時間遡行軍の襲撃にあった里は、どうやら住民のほぼ全てが討たれてしまったようだ。


彼らの亡骸を一か所に集め、土に還し、弔いを捧げる。
人の子たちがそうやってきたように、蒲公英の少女も、そして歌仙兼定もまた、手を合わせ、彼らの冥福を祈った。


「もう二度と、こんな悲しい事が起きないように……」


蒲公英の少女が懸命に祈りを捧げると、盛り土からいくつも蒲公英の花が咲き始める。
そして、あっという間に、黄色い絨毯のように咲き広がったのだった。


「すごい……」

「これまた、随分と見事ですね……」


菜摘とこんのすけは、その光景に圧倒される。
事情さえ知らなければ、まるでおとぎの世界にでも紛れ込んだのかのように、それは優しい風景だった。


「……君の眷属が共に居てくれるならば、きっと彼らも寂しくないだろうね」


陽の光の色の花の群れを眺め、優しく歌仙兼定はそう呟く。
隣に佇む蒲公英の少女は、もう一度静かに涙を流し、しかしその涙をしっかりと拭い、凛とした面持ちで答えた。


「彼らのためにも、私は私の出来る事を、精一杯やろうと思います」



小さな花の群れが取り囲む丘は、いつまでもそよ風に揺れていた。




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「こんのすけさま、菜摘さま。あの、彼の怪我は、治すことが出来るのでしょうか……?」


未だに全身がぼろぼろの状態である歌仙兼定の身を案じて、蒲公英の少女はおそるおそる問いかけた。


「刀剣男士は見た目こそ人の身体ではありますが、その仕組みは普通の人間とは大きく異なっています。
審神者が刀剣男士の身体を癒すには、霊力を使った『手入れ』が必要になります。
その為にはまず、審神者が己の霊力を発揮できる場所、結界を作る必要があります」

「この里は時間遡行軍の襲撃によって、無人の場所となった……
こんのすけ、本丸として整えるには、丁度良い場所かも知れないね」

「本丸……?」


蒲公英の少女の疑問に対して、こんのすけが説明する。


「はい。本丸とは、刀剣男士たちを束ねる審神者の拠点となる場所です。
霊力の結界で囲まれた場所の中で、戦いに傷ついた刀剣男士たちを癒したり、 新たな戦力を得る為に、新しい刀の付喪神を降ろす儀式などを行う、神聖な場所です。

当然、重要な場所になる為、ここを襲撃されたら大変なことになります。
その為、本丸は見つかりにくいように、人里離れた場所に建てられたりする事が多いです。

また、生活をする場所にもなる為、衣食住の設備を整えなければなりません。」


「新しく本丸を作るには、なかなか大変なんだよなぁ……
空間を操作して、新しく建物を構造するのにも大きな霊力が必要だからなぁ……
最初は随分、時の政府に厄介になるんだけどね。建物とか、必要な生活用品とか。
今回は急な事だから、政府の方にも連絡がいってなくて、準備が何もまだ出来ていないんだ……

そういう意味で、ここの屋敷は、うってつけの建物になるんだよ。
衣食住は揃っているし、何しろ武家屋敷だ。襲撃に備えた頑丈なつくりにもなっている。
ここを、お借りして、本丸として整えさせて頂いてもいいかな……?」


何が何やら分からず固まっている蒲公英の少女を見て、こんのすけは得心する。


「ははぁ、そういえば、貴方も人間としての身を得たのは、この度が初めてでしたね。
分かりました。わたくしがサポートもさせて頂きますので、どうぞご安心を」

「よ、よろしくお願いします……」


蒲公英の少女は慌てて、こんのすけにぺこりと頭を下げた。






先の住人であった老夫婦の墓前に、もう一度4人と1匹が深々と祈りを捧げる。
それから、屋敷の改造、本丸としての準備に取りかかった。



「じゃあ、とりあえず俺が簡易的に結界を張るよ。
こんのすけ、この子の霊力が落ち着いたら、後で書き換えておいて」

「承知しました」


そう言うと、菜摘はいくつかの石を拾い集める。ほんのりと淡い緑色をした石だ。
石のわずかな霊力を感じ取り、探し当てているようだ。


「この辺りは、何故だか翡翠がたくさん落ちているね」

「昔から、勾玉を作る為の翡翠の産地だったようです」


竹垣の向こう側から雑木林を抜けて遠くを眺めると、青い海岸線が見える。
棚田になっている田んぼの脇を小さな水路が流れ、山から流れてきた清らかな水の中には、めだかも泳いでいた。

屋敷とその周辺の一帯をぐるりと取り囲むように、菜摘は淡い緑色の小石に何か書き加えながら、ひとつひとつ配置していった。


随分と長い事歩いた後で、ようやく彼が立ち止まる。


「よし! このくらいの広さもあれば、十分かな」


両手を静かに合わせると、緑の小石からそれぞれ光の筋が現れ、互いを結んでいく。
すると、小石に囲まれた辺り一帯を、光の環が包み込んだ。


「これは、一体何を……?」


「この建物の姿と気配を、周囲から覚られにくくする結界を張ったんだよ。
弱い霊力なら弾き飛ばす程度の力はあるよ。外敵が侵入するのを感知する役目もある。
手入れ中に敵に襲われたらひとたまりもないからね。

結界の張り方は、後々こんのすけに教えて貰ってね。
君の力が強くなる程、ここを護る結界の力は強くなるから」


「あ、はい……」


菜摘の説明に、分かったような分からないような、半ば曖昧な返事を返す。


「手入れは、わたくしがお手伝い致します。
まずは、山姥切国広様、歌仙様に手を貸して頂いて、この屋敷の中へお連れ頂けますか」

「分かった」


こんのすけの指示に、山姥切国広は静かに頷き、手負いの歌仙兼定に肩を貸す。




屋敷は、昔ながらのつくりで、質素ながらもしっかりとした佇まいの建物だった。
天井を支える頑丈な梁に立派な柱、床は丁寧に磨かれている。

とりあえず勝手口から急いで入り、囲炉裏の傍にある藁で編まれた座布団を枕代わりに使う。
今まで気力だけで立っていたのか、倒れ込むように横になった。

そしてその隣に、彼を顕現させた老武士の刀がそっと置かれる。
刃先はぼろぼろで、随分と刃こぼれを起こしてしまっていた。



「ここの水は浄化作用がありそうです。
手を清めて頂いたら、手ぬぐいを濡らして軽くお身汚れを拭ってください。
そうしたら、本体である刀もお身拭いをしてください」


屋敷の傍にある小川から引き入れた小さな水路は、冷たく澄んだ水が流れていた。
その水を木桶に汲み、手ぬぐいを浸して搾り、泥のついた箇所を拭き取っていく。

深手を負い、浅く呼吸をし、苦しそうな歌仙兼定の様子に、蒲公英の少女は青ざめながらこんのすけに問いかける。
自分のせいでこれだけの傷を負ってしまった彼の事が、心配でたまらなかった。


「だ、大丈夫でしょうか……本当に良くなるのでしょうか……」


手ぬぐいを掴む手は、心配と恐怖でかたかたと震えていた。
そこに、こんのすけが囲炉裏に火を入れた。
植物なら忌避すべき火の存在を感じ取った蒲公英の少女は、ますます竦んでしまう。


「気をしっかり持って。大丈夫。君なら彼をちゃんと治せるから」


蒲公英の少女の肩に手を置き、菜摘は力強く励ます。


「刀剣とは、自然に存在する鉄を、火や水や土の力を借りて、人の手で作り上げるもの。
故に、その身を癒すのも、自然にあるがままのものだけではダメなんです。
彼らに力を借りた審神者の手でこそ、癒すことが出来るのですよ。

さぁ、これを用いて、彼の傷を癒してください」


そう言ってこんのすけが差し出したのは、鉄の原料となる砂鉄だ。


「火に撒き、戦いに欠けた刀身を補うのです」



パチパチと弾けながらゆっくり紅く光って燃える炭に手をかざすと、ほんのりとした温もりが伝わってくる。

思い返せば、人の生活は常に、傍に火の姿があった。
炊事をする時、暖をとる時。山を切り拓く時。ものを作る時。
生きていく為には、この温もりが必要なのだ。


「力を、どうか分けて頂けますか」


一心に祈りを捧げて、砂鉄を火にくべる。


すると、砂鉄が火に熱せられ、ひときわ明るく輝く。
輝きを放ち、舞い上がった砂鉄は、欠けた刀身に集まっていく。


「主様の霊力と反応し、本体である刀の傷を、砂鉄によって修復しているのです。
 どうぞこちらもご覧になってください」


こんのすけが促すと、視線の先の、歌仙兼定の傷も同時に癒えていくのが分かった。
明るい光を放ち、傷がみるみるうちに塞がっていく。


「すごい……」

「審神者の力でこそ、刀剣男士を癒せるのです。
 さぁ、熱せられた刀身を清らかな水で冷やし、砥石で再び磨き上げて下さい」


熱せられた鉄で補われた刀を、山の清らかな雪解け水で冷やす。
じゅう、という音を立て、湯けむりが立ち上った。

そして、渡された砥石で、懸命に刃を研ぎ澄ましていく。
慣れない為か、手つきはおぼつかず、何度も手を滑らせてしまう。
研ぎ続けるうちに、額には汗がじわりと滲み浮かんでくる。

それでも、非常にゆっくりではあったが、次第に刃が鋭さを取り戻していくのが分かった。



そして、刃が白銀に輝くきらめきを取り戻した、その時。
すっかり傷の塞がった歌仙兼定がそこに居た。


「良かった……治ったんですね……!」


歌仙兼定がにっこり笑うと、その懐に思わず蒲公英の少女は飛びついた。
そしてそのまま、蒲公英の少女は、しゃっくりあげながら泣き出してしまったのだった。


「あんなに酷い怪我……死んでしまうのではないかと……怖くて……」

「ありがとう。君の力が、確かに注がれていくのを感じたよ。
 こんなに、大事に想われたのは、初めてだ……
 小さな君の手の暖かい温もり……僕を心配してくれている君の思いが、凄く良く伝わってきたんだ。
 だからかな。奥底から、どこまでも力が湧き出てくるような気分だよ」


泣きじゃくる小さな主を抱え、一つ一つ思いをかみしめながら、歌仙兼定は蒲公英の少女に感謝の意を伝える。


それは、初めて触れる、優しい想い。
己の存在を全肯定してくれる、暖かい光だ。

ここに至る前は、自分を恐れる逸話の暗闇に飲み込まれそうになっていた。
そんな心の闇から救い出してくれたのが、懸命に自分を研ぎ直してくれた、目の前にいる小さな主なのだ。



「僕は、君を助ける事が出来て、本当に良かったよ。
 そして今、君にこうして全身全霊をかけて直して貰った……

 やはり、僕の仕えるべき主は、君しかいない。
 君の声が、僕を導いてくれたんだ。

 刀剣男士とか、役目とか、まだよく分からないけれど……
 君を護るために、僕は君にどこまでも仕えよう」


そう、歌仙兼定は、蒲公英の主に固い忠誠を誓ったのだった。




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