気が付くと、見知らぬ戦場に降り立っていた。

周囲を見渡すと、黒煙と炎を上げて燃える家屋、踏み荒らされて倒れた稲や豆が無残に広がる 収穫前の田畑に、逃げ惑う人々の叫び声が響いていた。

家屋の形や着ている着物から、かつて自分がいた場所とほぼ同じような時代である事が分かる。


そんな中、人々を追っているのは、明らかに人とは思えない異形の兵たち。
まるで骸のような姿をしており、邪な刃をぎらつかせ、逃げる人々を襲い、無残に斬り捨てている。


そして今まさに、異形の兵の刃に貫かれようとしている者がいた。



目の前に倒れていたのは、年老いた夫婦。
夫は妻を懸命に抱えたまま、背中にかけて袈裟懸けで斬られている。
戦おうとしたのか、その手には一振りの刀が握られていた。

人の命とは、風に散る花弁のように儚いというが、これ程に脆い物とは。

そしてその老夫婦の前で、また2人を庇うようにして、異形の兵に立ち塞がっていたのは、まだ年端もいかない幼い少女だ。
土に汚れて涙を浮かべ震えながらも、しっかりと敵を見据え懸命に両手を広げて立っている。

「この方たちを、殺さないでください!」

少女の涙声での訴えも虚しく、異形の兵は刀を構え、その少女をも今まさに斬り捨てようとしていた。




そんな中突然、桜吹雪を伴って現れた、刀を携え戦装束を着た青年に、双方とも酷く驚いて動きを止める。

何より驚いていたのは、ここに呼ばれた側の方だった。
何故か人の身を得て、この場にこうして立っている不思議を顧みる間もなく、少女は尋ねた。


「あ、貴方は……?!」


その声は、暗闇の中、一筋の光と共に聴こえた、あの声だ。


あの暗闇の中、自分を呼んだのは、この少女なのか?
己がここに呼ばれた理由も状況も分からないまま、周囲を見返す。

だが、目の前の状況からして、恐らくこの少女に罪はなく、倒すべきは人々を斬り捨てる異形の兵の方だ。
ならば、手を貸すのに理由も要るまい。


赤い火の粉が散る風に、菖蒲色の髪が煌めきを放って頬をくすぐる。
緊迫した状況だというのに、何故だろう。不思議なくらい、気持ちは落ち着いていた。
目を瞑ると、彼方から戦いの記憶が、己が刀であった頃の記憶が、少しずつ蘇ってくる。
かつて己が振るわれたのも、こうした戦の場ではなかったか。

腰に下げた艶やかな拵えの漆塗りの鞘から、銀白に光る刀身をすらりと抜き、かつての主と同じように、口上を述べた。


「我は之定が一振り、歌仙兼定。
 故あって、この老夫婦と少女に助太刀する!」


刀身を真一文字に構えると、異形の兵は邪悪な唸り声を上げて襲ってきた。


人の身を得てから戦うのは初めてであったが、戦い方は何故か身体が覚えていた。

静かに構えた後、狙いを絞り刀を振り下ろすと、異形の者を真っ二つに切り裂く。
血が噴き出す代わりに、まるで塵が崩れるように、異形の者は消え去っていった。

しかし、相手は一人だけではないらしい。すぐさま次の兵が後ろから現れ、襲い掛かって来る。
先程の兵士よりも、随分と体格が違う。手にしている刀も、随分と頑強そうだ。
横には、小刀を咥えた、まるで泳ぐ魚の骸骨のようなものも居る。

態勢を立て直す前に、剛腕から繰り出される一撃に、対峙した刀は拮抗し、高らかな金属音を立てて弾き飛ばされた。
顕現したばかりの身であるためか、簡単に力負けし、肩に刀傷を喰らってしまう。
そこに、横を滑るように飛び回る魚のような骸骨が、咥えていた小刀でいくつも鎌鼬のように傷をつけていく。
着物は切り裂かれ、あっという間に鮮烈な紅い血で滲んでいき、鋭い痛みが襲う。まさに多勢に無勢だ。


最初の勢いはどこへやら、脚もふらつき、息も絶え絶えに刀身に凭れかかっていると、 それまで後ろで動向を見守っていた少女が、突然目の前に走り出た。


「もう、やめてください! これ以上誰も、傷つけないで……!!」

「危ない、早く後ろに下がるんだ!!」


止める間もなく、前に出た少女を、異形の者が切り裂いた。

武器も持たず、己の身を盾にさえしたこの健気な幼い少女を傷つけられた事に、歌仙兼定は全身の血が遡る程の怒りを覚えた。


「この無作法者が……! 貴様らの罪、万死に値する!!」


刀に込めた力は何倍にも膨れ上がり、少女を切り裂いた異形の兵に向かって放たれる。
その鋭い一閃に、異形の兵は断末魔の叫びを上げ、瞬く間に塵と消えていった。

しかし、次から次へと現れる異形の兵の数はキリがない。
深手を負い今に倒れる、まさに一歩寸前だった。




空が歪み、そこから不思議な赤い隈取をした、一匹の小さな狐が現れたのだ。


「遡行軍の気配はここからです!」

「こんのすけ、よく見つけ出したよ。
 丁度交戦中らしいね。奴らをまずは一掃しないと」


次に現れたのは、痩せた体格の、見た目ぱっとしない青年だ。
その手には、何か書物のようなものを抱えている。

書物を開き、青年が手をかざすと、若葉がさざ波のように舞い、一振りの刀が現れる。
そして、若葉は桜吹雪へと変化し、刀を包む桜吹雪が舞い止むと、そこには1人の青年が立っていた。

眩く輝く金色の髪に、まっすぐの碧い瞳。
美しい外見を持ちながらも、何故か、薄汚れた白いフードで隠している。
しかしその姿からは、まるで迸る電流のような、近づきがたい波動を感じるのだ。


「山姥切国広。奴らを一掃してくれ」

「……心得た」


青年から、山姥切と呼ばれた刀の付喪神は、携えた刀を振るい、次々と異形の兵を斬り倒していく。
その技はまさに流麗の一言。
流れる水のような滑らかさで、あんなに苦戦していた敵を、あっという間に片づけたのだった。



里から異形の者たちを一掃すると、その不思議な狐と青年は、傷だらけの少女の元にやってきた。


「あの……助けて下さって、ありがとうございます……」

少女は、書物を携えた青年と、山姥切国広と呼ばれた青年に頭を下げた。
見た目の割に、随分しっかりとした物言いをするものだ、と青年は思った。


「君が礼を言うべきなのは、俺たちじゃなくて、寧ろ彼の方だと思うよ」

戦っている時とは打って変わって随分穏やかな語り口調で、青年は少女に笑って答える。
その視線の先には、肩で息をしながら、すっかりぼろぼろになってしまった歌仙兼定が居た。

「全く、不甲斐ないね……それでも、君が無事で良かった……」

どうやら先程の一撃は、彼女の着物をわずかに裂いただけで済んだらしい。
慌てて駆け寄る少女の無事を確認すると、歌仙兼定は安堵の表情を浮かべた。
そんな彼の姿に、少女は涙を浮かべて声を震わせる。


「どうして……どうして、見ず知らずの私に、命を投げ打ってまで助けようとしてくれたのですか……」

「どうしてだろうね……
 そもそも、僕はどうしてここにやってきたのかすら、わからない……
 けれど、暗闇の向こうから呼び掛けてきた君の声……
 その声を聴いたら、君を助けなくてはいけない、そう咄嗟に思ったんだ」

「私の、声……?」




「やはり、貴方が、そちらの刀剣男士……歌仙兼定を呼び寄せたのですね?」


「刀剣男士……? 呼び寄せた……? 私が?」

何が起きたのか分からず戸惑う少女に、赤い隈取の狐と、書物を携えた青年が話しかける。


「まず、改めまして自己紹介させて頂きます。わたくしは、管狐のこんのすけと申します」

「俺は菜摘。共に歴史を渡り、あの異形の者たち……時間遡行軍と戦う使命を持つ者を探しているんだ」

「時間遡行軍……?」

「そう。あれは、未来からやってきた、異質な存在。
 過去にあった事に介入し、捻じ曲げ、思い通りの歴史にしようとしている連中の事さ。
 そして俺たちも、彼らと戦う為に、未来からやってきた。 
 ……厳密に言えば、時間遡行軍と戦うのは僕ではなく、俺が呼び寄せた者たちだけどね」


そう言い菜摘が振り返ると、視線の先には先程異形の者を斬り倒した、山姥切国広が黙って佇んでいた。


「彼は、山姥切国広。俺の相棒であり、最も信頼している刀剣男士さ。」

「時間遡行軍は異形の者、人以上の力を持っております。故に普通の人間では太刀打ちできません。
 彼らと互角に戦えるのが、刀から生まれた付喪神、刀剣男士なのでございます。

 そして、そちらにいらっしゃる方……歌仙兼定も、名のある刀剣男士のうちの一人なのですよ」

「刀剣男士……? 僕が……?」

急に告げられた事実に思考が追いつかず、混乱する歌仙兼定の様子に、こんのすけは尚更訝しがった。


「記憶が混濁している上に、刀剣男士としての自覚が欠落しているようですね……
 これも、予期しない形で顕現された故でしょうか……」

「どうやら、そのようだね……」

こんのすけと菜摘は、互いに顔を見合わせる。


「刀に眠る付喪神たちの心を励起し、人の姿として顕現できる者の事を、審神者と申します。
 わたくし共は、遥か未来にある時の政府の命を受け、歴史を渡り、審神者になる資質のある者を探しておりました。

 審神者の資質を持つ者は、非常に限られています。故に、探し出すのも困難なのです。
 しかし、先程の異形の者……時間遡行軍は増え続けるばかり。このままでは、歴史に狂いが生じ、未来が変わってしまいます。
 そこで、審神者の資質のある者に、共に戦って頂けないか、頼んでいるのです。

 そして……どうやら、貴方にも、審神者の資質がおありのようなのです」

「私に……?」


少女が庇っていた老夫婦。その夫が携えていた刀を、こんのすけはじっと観察する。


「こちらの刀を通して、顕現されたようですね」

「やはりそうか。流石に、何も媒体が無い状態では顕現出来ないからね。
 ……こちらの方は?」

「私を拾って頂いた、恩人の方です……」

「こちらの御夫婦は、この地域に住まう農民たちを守護していた御武家の方のようですね。
 急な敵襲に迎え撃とうとされ、討ち死にされてしまったのでしょう……」

「それは、随分と気の毒な事だったね……こんな小さな養女さんを残して……」

老夫婦を振り返り、菜摘は深く頭を垂れた。


ところが、こんのすけは、今の菜摘の台詞に言及した。


「そこなのですが。歴史上には、彼らが養女を迎えたという記述はありません」
「えぇっ? じゃあ、この子は一体……」

首にぶら下げた鈴の形をしたものは、どうやら投影装置が内蔵されているようで、 そこから映し出される資料をいくらか照らし合わせながら、こんのすけはきらりと目を光らせる。


「……貴方は、人間ではありませんね?」


こんのすけが指摘すると、少女は静かに頷いた。


「はい。私は、この方たちが住まう屋敷の敷地内に生えていた、蒲公英の精でございます。
 花の姿を通して、大好きな方をそっと見守っておりました。
 そこに、あの異形の者たちが現れたのです……」

「審神者の資質に必要な霊力を持つのは、人間だけではないと聞いていたけど、まさか植物の精がいるとはね……」
「刀の付喪神がいるのです。生き物や植物にも、意志があっても不思議ではありませんよ」
「俺もまだまだ修行不足だなぁ…… 人間との違いに気付けないなんて」

予想を超えた事実に目を丸くする菜摘だが、こんのすけは動じずに淡々と答える。


そして、こんのすけは改まって少女に向き直り、頭を下げた。

「貴方には、秘めた大きな力がございます。
 出来る事ならば、共に時間遡行軍と戦う事をお願いしたいのです」

「ただ嘆くだけしか出来ない私に、戦う事など、とてもできません……!」

突然の申し出に、蒲公英の少女は困惑してしまう。


戸惑うばかりの少女を前に、怖がらせないように、なるべく穏やかな調子で、菜摘は彼女に説明した。


「君は、戦乱に巻き込まれ、大事な人を護ろうと、必死に助けを求めた。
 そんな呼びかけだからこそ、歌仙兼定が応じてくれたんだと思うよ。
 こうしてぼろぼろになるまで、君を必死に護ろうとした。こんな事、誰だって出来る事じゃない。

 本来ならば、時の政府の手助けなしに、最初の一振りを呼び寄せる事は不可能に近いんだ。
 何故なら、最初の一振りは、審神者の資質を俺たちが見出してから、政府が与えるものなのだから。
 こんのすけがこれだけ推すのはね、予想しない事に、俺たちも随分驚いているんだよ。

 ……それだけ、君がこの方たちを大切に想う気持ちが、強かった事なんだと思うよ」


そう菜摘が話すと、蒲公英の少女は、その眼に涙を浮かべて、静かに嗚咽の声を漏らした。


「……ぐすっ……うぅ…っ…… 大好き、でした……

 領地の方々を、いつも暖かく見守ってくれていて……皆から慕われていらっしゃいました……
 道端に生えていたしがない蒲公英の私にも、お2人はいつも優しく声を掛けてくれて……
 護りたかった……です…… 助かって、欲しかったです……」


しかし、真っ赤に目を腫らして泣きながらも、蒲公英の少女は強く叫んだ。

「でも! その為に、誰かがまた傷つくのは嫌なんです……」

少女の眼差しは、傷だらけの歌仙兼定を捉えていた。


しゃっくりあげながら泣き続ける蒲公英の少女の傍に、ゆっくりと近づいていく。
そして、歌仙兼定は、彼女を着物の袖でふわりと包み込み、涙をそっと優しく拭った。


「君の心は、大切な誰かの幸せを願っている。
 それだけではなく、戦う僕までも、身を挺して護ろうとしてくれた。
 なんと優しく、気高い事だろう……

 そんな君の尊い想い、君が護ろうとする未来があるのならば。
 どうか僕に、護らせてくれないかい?」


その手の暖かい感触と、彼がくれた優しい言葉に、蒲公英の少女はもう一筋涙を流す。
そんな彼女らの様子を見守りながら、菜摘は静かに呟く。


「……歴史の中には、今回の君のような境遇に立たされる人が大勢居る。
 時間遡行軍の攻撃によって、何も罪のない人々が、無残に殺されていくんだ。
 俺は、そんな人たちを1人でも多く救いたくて、この仕事を選んだんだよ。

 これは強要じゃない。けれど、君の力で、救える命、救える未来があるって事を、知って欲しいんだ。
 大丈夫。君は無力なんかじゃない。君を護る刀剣男士たちは、必ず君の力になってくれる。
 その強い絆が、今、君たちの間に生まれたんだ。

 あのご夫婦のような悲劇を、これ以上増やしてはいけない。
 だから、一緒に、歴史を護って欲しいんだ」


差し出されたその手を、まだ泣きながらもしっかりと、蒲公英の少女は掴んだのだった。




次ページ →