夏の暑さも随分緩み、穂をつける前のススキやタチアオイが涼しい風に吹かれて
そよそよとそよぐ縁側で、庭で遊ぶ皆を眺めながら、歌仙兼定はぼんやりと物思いに耽っていた。
彼の主である蒲公英の少女も、短刀たちに誘われて、一緒に庭で遊んでいた。
「そぉ〜〜〜れ! ひこうきブーーンじゃ〜♪」
「うわぁーー!! はぇぇーー!! 高ぇーーー!!!」
はしゃぐ愛染国俊を軽々と持ち上げ、まるで飛行機が飛ぶように両脇を抱えて駆け回る、お面本丸の陸奥守吉行。
その隣では、小夜左文字がちらちらと2人を見上げていた。
それに気付いた陸奥守吉行が、愛染国俊を下ろすと、次は小夜左文字を抱え上げる。
「まっはは! 順番に行くぞぉ〜!次は小夜じゃ〜!」
肩より高い位置へ持ち上げられ、爽やかな初秋の空気の中、赤とんぼと一緒に空を切る感触に、
小夜左文字はきらきらと目を輝かせて両手を広げる。
「これ、楽しいね……」
別の本丸の刀剣だというのに、あっという間に彼らは仲良くなり、楽しそうに遊んでいる。
寡黙で気難しいあの小夜左文字ですら、陸奥守吉行と遊んで貰い、随分楽しそうな様子が傍目でも分かる。
初対面での気後れをあっという間に乗り越える、陸奥守吉行のおおらかさを目の当たりにして、
歌仙兼定はもう一度深いため息をついた。
先程の銀の皿の話を思い出し、今居る自分の立ち位置を振り返る。
銀の皿……即ち、能力値としてもさほど優れない分類。
それに引き換え、先程刀帳で見かけた金の皿の持ち主である、和泉守兼定や山伏国広などは
今までの戦線を振り返ってみても、本丸の仲間たちを率いて出かけた刀剣たちの話を聞くと
戦略性・統率性・戦闘での実力共に、随分勇ましい活躍ぶりを見せたという。
一方、自分が率いて赴いた演練では、無様という程に相手に蹴散らされてしまう。
計算事が苦手であり、力任せで挑んだ故の敗北だという事も、痛い程分かっていた。
本丸での生活では、人見知りであるが故に、新しく来た刀剣たちとも未だに距離を縮められない。
故に、誰とでもあっという間に仲良くなれてしまう、ここの本丸の陸奥守吉行の姿を見て
歌仙兼定は、ますます己に自己嫌悪してしまうのであった。
涼しい時間帯だけに咲く、折角の美しい露草の姿も目に入らず、意気消沈し、項垂れ続けていた。
すると、その当の本人が息を切らせながらやってきて、勢いよく隣に座り込んだのだった。
あまりにも突然の事に歌仙兼定が少し面食らっていると、陸奥守吉行が手ぬぐいで汗を拭いながら
豪快に笑って話しかける。
「まっはっは!! いやぁー、遊んだ遊んだ!! おんしの仲間たちはまっこと元気じゃのう!!
素直で朗らかで、実に可愛いらしぃのう!!」
「そ、そうかい? 遊んでくれて、ありがとう。彼らも喜んでいるよ。
あんなに楽しそうな顔は、僕も初めて見るよ。」
「だったら嬉しいのう!
うちに始めに居た短刀は、大層大人びた前田藤四郎に、癖の強い薬研藤四郎、ちょっち捻くれた不動行光じゃ。
なかなか遊ぶような面子じゃないき、ここまで遊んだのは久々じゃあ。
あそこまで無邪気に遊んで、こじゃんと喜んでくれると、こっちも遊び甲斐があるのう!!」
「でも、流石じゃないか。彼らは、君に随分打ち解けていたようだよ。
流石、人と人を結び付けた、坂本龍馬の佩刀だっただけあるね。」
歌仙兼定としては、今の言葉は本心で、尊敬の念も込めて言ったつもりだったのだが、
その言葉を聞いた瞬間、陸奥守吉行は少し寂しそうに笑ったのだった。
「そんな飾っとるような堅苦しい言葉じゃのうて、もっとおまん自身の声が聴きたいのう。
……本当は、もっと違う事、考えちゅうがやないき?」
そう言われ、歌仙兼定はどきりとした。
庭で遊ぶ短刀たちや、相手をする大きな刀たちの明るい笑い声の中で、ひっそりと2人の会話は続く。
「見とったぜよ。おまん、ずっと寂しそうな目で、わしらを見ちゅう。……気付かんかったが?」
陸奥守吉行にそう指摘されると、歌仙兼定は耳まで赤くなってしまう。
なんとか体裁を保とうと、涼しい顔で答えようと努めるが、言葉のあちこちに動揺が滲み出て、うまくいかない。
「そんな雅じゃない様子をしていただなんて、気恥ずかしいね……」
「別に恥ずかしい事でもなんでもない。おまんは、他のもんに言えん悩みがあるちゅうことじゃ。……ほうじゃろ?」
「…………」
彼の問いかけに、歌仙兼定は何も答えられず、ただ俯くことしかできなかった。
「おまんは、ほんに奥ゆかしいなあ。ぽぽ子ちゃんそっくりじゃ。
同じ歌仙兼定、陸奥守吉行とは言うても、違う主の力で顕現して、違う環境や立場で過ごせば変わるもんじゃの。
……ただ、初期刀になったもんの共通点みたいなもんはある。わしには分かる。
わしも初期刀じゃったからなあ。
よその加州にしろ、よその蜂須賀やまんばにしろ……初期刀は皆悩んで、そん悩みを抱えて出せんまま皆を率い、
大きゅうなる本丸を見守っていく。
出せんじゃろ? 自分が本丸の最初の一振り……本丸じゃ誰より先輩じゃき。
そんつもりはのうても、気張っとるんじゃろうなぁ……」
かつての本丸での苦労を思い出し、陸奥守吉行はしみじみと呟いた。
ここで初めて歌仙兼定は、目の前に佇む陸奥守吉行に、今まで抱えてた思いを吐露したのだった。
「……先程の言葉は本心だよ。
僕は、かつて主であった者の家臣の命を36も奪った刀だ。そんな自分が恐ろしい……
仲間ですら、どう接したらいいのか、分からないんだよ……
だからかな。歴史に語られる、薩長を結び付けた坂本龍馬の逸話を背負うに相応しい、皆を惹きつけるような
君の明るさ、人柄の大きさが、僕には眩しく感じたんだ。
でも、君みたいに、明るくて誰とでも気さくに話せるような人柄を持っていても、悩むことがあったんだね……」
「だから、ここに来てからもどこか一歩引いちょったんじゃな?」
陸奥守吉行は、蒲公英本丸の面々がやって来た時から、いや、初めて彼らと出会った時から、
歌仙兼定が自分に対してどこか遠慮しているような素振りをしているのに、ずっと気付いていたのだった。
「うちの本丸では僕が初期刀だけれど、まだまだ僕には力不足な事が多くてね……
僕より強い刀は、いくらでも居る。
主のために集った刀たち、彼らを傷を負わせる事無く、戦場から無事に帰したいと思っても、
他の刀に任せた方が良かったのではないか、って思う時も多々あるんだよ。
かといって、人付き合いだって上手く出来ないし、畑や馬の世話も得意でない。
本丸での僕の存在意義は、どこにあるのだろうだと……ね……
……情けないね、初期刀だというのに」
最後の方の呟きは、まるで掠れたような弱々しい声になっていた。
しかし、そんな歌仙兼定の弱音を、陸奥守吉行は笑うまでもなく、無理に励ます事もなく、
ただひたすら黙って、真正面から受け止めていた。
そして、こう答えたのだ。
「そりゃあのう、人は誰しも悩みや葛藤を少なからず持つもんじゃ。
おまんの悩み、ちっともおかしくも、情けなくも無いぜよ……!
そがいな大きゅう悩みじゃったら、押しつぶされても不思議じゃないき、寧ろ受け止めてて立派なもんじゃ。」
陸奥守吉行がそう言うと、ようやく歌仙兼定は沈んでいたその眼差しを、再び陸奥守吉行に向け直した。
すると、歌仙兼定の視線に気恥ずかしそうにして、彼はこう言ったのだ。
「……わしはのう、ほんとは戦は好きやないき。それは前の主の坂本龍馬の、戦をなんとか回避しようと働き、
平和な新しい時代を作ろうとした、その魂によってわしが形造られた為なんじゃろう。
じゃが……わしは戦う為に顕現した。顕現したからには戦わにゃいかん。
割りきっちょったつもりやったんが、それで主に気ぃ使わせてしもうてな……一時期前線を外された事もあった。
今、おまんが話してくれた悩み。全部一緒っちゅう訳やないが、わしもあん頃よう考えとった事と同じじゃ。
わしより、ずっと強い上に各も高い刀が初日からおって、戦に積極的でやる気のあるもんもすぐに増えた。
……わしが率いるより、そうしたもん等が率いた方が、皆の為にも、主の為にも最善かもしれんとな。
飯も、歌仙のようにゃあ作れんしの♪」
最後の方をやや自虐的に笑って寂しそうに語った陸奥守吉行に、歌仙兼定は思わず立ち上がって叫ぶ。
とてもやるせない、切なそうな眼差しを向けながら。
「そんな、そんな事はないさ……!
最初本丸を立ち上げ、右も左も分からず奮闘していた皆を支えたのは、
君が作った味噌にぎりだったんだろう? それは、どんなものより皆にとってはご馳走だったろうさ……!」
同時に、今彼が語ってくれた、彼が抱いていたかつての悩みが、今まさに歌仙兼定が抱えている思いと共鳴して
歌仙兼定は、これまでにない気持ちを胸に抱いたのだった。
それは、共に戦い、苦しみを分かち合うような感覚。
今まで、自分より遥か遠い所に居ると思っていた者が、実は一番近い所で見守ってくれていたような、
そんな感覚だ。
陸奥守吉行は、初期刀として抱えていた悩みを、歌仙兼定にも慮って、こうして話しかけてきてくれたのだろう。
それまで壁一枚隔てたような接し方であった歌仙兼定が、自分に対して気持ちを開いてくれている。
そう感じて、陸奥守吉行は、心の底から嬉しくなる。
「〜〜〜っ、嬉しい事言ってくれるのう、おまんは……!!」
心を許してくれた事への嬉しさに表情が綻び、思わず笑みを浮かべる陸奥守吉行。
「やっぱり、おまんはやっぱりわしが知っちゅう他のどの歌仙とも違う。優しい気質じゃ。
もっと手打ちの逸話が色濃い苛烈な歌仙や、問題児が多すぎて人見知りしちゅう暇もない歌仙、色々居る。
じゃが、おまんが自分の逸話の手打ちを好まん、優しい気質なんは、ぽぽ子ちゃんが主だからなのかもしれんのぅ……」
歌仙兼定の主である蒲公英の少女を思い浮かべ、陸奥守吉行は目を細める。
そして、こう言ったのだ。
「わしが悩んでいた時、うちんくの主はこうも言うてくれた。
【陸奥には陸奥にしか出来ない事がある。戦を好まず、それがない未来を見つめるお前みたいな刀だからこそ、
出来る事が。私はそれを必要としている】とな……。
それを聞いた時、わしがどれ程嬉しかったか。あん時程、力を貰った事は無いのう……」
「君にしか、出来ない事……」
「ほうじゃ。わしにしか出来ん事じゃ。
ぽぽ子ちゃんがおまんに注ぐ眼差しもきっと、同じな気がするの。おまんにしか出来ない事が、きっとある筈じゃき。
どんなに強い刀や気の効く刀がこじゃんと増えても、おまんを必要としちゅうよ。
ほいたら、守らにゃいかんよな? 大事な主を」
にっこりと笑う陸奥守吉行に、歌仙兼定は彼が告げた言葉を反芻する。
「僕にしか、出来ない事……」
ちょうど、中庭で遊んでいる蒲公英の審神者の少女と目が合う。
彼女は、無垢な笑顔で、縁側に佇んでいる歌仙兼定に向けて両手を振っていた。
あの純粋で健気な主を、この手で護らなければ。
そして、意を決したように、歌仙兼定は両の眼をしっかりと閉じ、再び開き直す。
「戦う為に顕現した……か。確かに、僕らは主と共に戦う為に、こうして遣わされたのだろう。
平和を願い、戦を望まない筈の君が、悩んでひと時戦から離れても、それでも戦い続けているのは、
主と己の信念を、何者からも護る為なんだろうね……
己より秀でている刀剣男士がいたとしても、主の傍に誰より長く居て、共に戦い続けてきたのは、
誰でもない僕ら初期刀だ。……ならば、迷う事はもうあるものか。
力量不足ならば、己を鍛えればいい。
……ありがとう。僕の悩みを受け止めてくれて。 おかげで少し、迷いが晴れた気がするよ」
深い泉のような色をしたその眼に、もう迷いは無かった。
凛とした佇まいで、牡丹を描いた肩掛けを翻し、歌仙兼定はその背筋を今一度ぴんと伸ばす。
そんな彼の様子を、陸奥守吉行は心底嬉しそうな表情で見守っていた。
「なぁに、お安い御用じゃ!」
すると、廊下を急いで駆けてくる足音が近づいてくる。
やってきたのは、文を携えた前田藤四郎だ。
「主様、時の政府から指令です!
急遽、時間遡行軍に襲われている、文久の時代に赴いて欲しいと……!!」
「おーおー、時の政府も時間遡行軍も、いつの日だってタイミング関係なしだねぇ……」
お面の審神者は、縁側で佇んでいた陸奥守吉行に呼び掛ける。
「陸奥、お客様のお相手をしている時に申し訳ないけれど、文久といえば、君がよく知っている時代。
出陣、頼まれてくれるかな?」
「勿論じゃ!」
陸奥守吉行は勇ましい表情で、主からの要請に応じる。
「ちゅうわけで、残念じゃが、ちっくと行ってくるぜよ!」
「あぁ。主の期待に応えなければいけないね?」
「ほうじゃの。なーに、すぐ片づけちゃる!
……ほいたら、またこうして遊びに来てくれるかの?」
「勿論だよ。その時はまた是非、君の活躍を聞かせておくれ。楽しみにしているよ。」
話半ばで名残惜しそうな陸奥守吉行に、歌仙兼定は穏やかに激励を送る。
初めに比べると歌仙兼定が随分親密そうな笑顔を見せてくれた事に、殊更嬉しそうに笑ってから
陸奥守吉行は陣羽織を翻して、合戦場へと出掛けて行った。
ひとり残された歌仙兼定の傍に、お面の審神者がひょいっと顔を出す。
「あれ、随分むっちゃんと仲良くなったんだね?」
「あ、あぁ。彼は良い刀だね。貴方が彼を懐に置きたい気持ちが、よく分かるよ」
「でっしょー!! うちのむっちゃんは、優しくて強くて、懐がどどーんと大きいんだから!
頼りにしてるよー!!」
お面の審神者のはしゃいだ声に、歌仙兼定はくすくす笑う。
「僕も、貴方たちに負けないぐらい、研鑽を重ねないとだね」
いつか、彼らのように、主や仲間たちと、信頼出来る間柄となれますように。
そう願う歌仙兼定の傍に、中庭遊びを存分に楽しんだ蒲公英の少女や仲間の刀剣男士たちが
笑いながら戻ってきた時には、煌びやかな黄金色の夕陽の光が、皆を明るく照らしていたのだった。
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私が刀剣乱舞を始めるきっかけを作ってくれたのが、創作審神者としても先輩のある友人。
そこの友人宅の審神者さんと、うちの審神者・ぽぽ子、互いの刀剣男士らが交流するお話を
今回書かせて頂きました!
ここの審神者さん、通称・越中様が、また随分とキャラが濃いお方で…(笑)
奇想天外・天真爛漫ですが、その分おっきな懐の広さが魅力的な御仁。楽しく描かせて頂きましたv
同じ刀剣男士が登場しますが、本丸によって随分個性が違ってくるんだなぁと、興味深かったです。
彼らの主である、審神者さんの個性の違いが、彼らが顕現した刀剣男士たちにも影響してくるのかなぁと。
そんな中、同じ初期刀として抱える悩みは、分かち合えるものがある。そんなお話でしたv