さくさくと地面の玉砂利を踏む音がいくつも重なり、それぞれの音の主の歩調によって様々なリズムを奏で合う。
ある者は淡々と静かに一定のペースを守り、ある者はまるで陽気な仔馬のギャロップのようだ。
それらの音は、とある場所にやってくると、一斉に止まる。
見上げると、青空の下に木組みと瓦屋根仕立ての、立派な櫓門が目の前に聳え立つ。
「……来たのはいいけど、他所の本丸は緊張するなぁ……今準備出来る手土産も、実に質素だし……」
「貴方が行くと言ったんでしょ。早く門をくぐりなよ」
上質な染め物の風呂敷包みを抱え、櫓門を見上げて不安な面持ちを見せるのは、蒲公英本丸の歌仙兼定。
そんな彼に、すぐ後ろの小夜左文字が、淡々と表情と声色を変えずに先を促す。
このまま止まっている訳にはいかないよ、とでも言いたいような眼差しで、じっと歌仙兼定を見つめた。
「この間お世話になった方々と、会えると良いのですが……」
「まぁ、だからといって不意に、あのお面の審神者さんに話しかけられるのも、かなり驚くけどね。
大丈夫、きっとすぐ会えるよ」
不安そうにそう答えたのは、彼らの主、蒲公英の付喪神の少女だ。
彼女も、初めてやってくる他所の本丸に、大分緊張しているようだ。
そんな彼女に、隣から堀川国広が心配し過ぎないように、優しく声をかけた。
先日、蒲公英本丸に突然現れた、お多福のお面を被った審神者とそのお付きの刀剣男士たち。
人里離れた雑木林の奥にひっそりとある蒲公英本丸を、彼らがどうやって見つけたのか不思議に思う間もなく
あれよあれよという間に就任祝いの皿鉢料理を、賑やかなうちに振る舞われ、たらふく御馳走になったのだった。
後から聞けば、就任したての本丸は人数や資源も少ない為、台所事情が厳しくなりがちとの事で
それを心配した先方の本丸の面々が、同じ越中国のよしみで応援に駆けつけてくれたらしい。
このような事は随分と稀なケースのようで、奇妙なきっかけではあるが、こうして彼らの本丸との交流の機会を得たのだった。
今回はそのお礼として、彼らの本丸へ手土産を持参して、蒲公英本丸の第一部隊と主が、先方の本丸へと挨拶に来たのであった。
まだ設立してから間もない為、お礼として準備出来たのと言えば、本丸で初めて採れた野菜で作った、ささやかな料理。
料理を準備した歌仙兼定は、僅かばかりの料理しか準備できない事をもどかしく思いながら、
目の前の立派な櫓門を静かにくぐろうとした。
すると、隣に居た愛染国俊が、櫓門から玄関に続く道を見て、一歩先に駆け出した。
「面白れー!! ここの本丸の入り口の石畳、まるでけんけんぱしてるみたいだ!」
不規則に並べられた石畳は、一定のリズムを置いて敷かれており、なるほど、確かにけんけんぱが出来そうだ。
「行こうぜ、五虎退、小夜!!」
「あ、ちょっと待ってください……!」
焦った五虎退が待つよう呼びかけるが、愛染国俊の素早さには敵わず、彼が一歩先に駆け出そうとした、その時だ。
「こらこら、悪戯っ子め。他所様の邸宅でいきなりけんけんぱするものじゃないよ?」
「うわっ!?」
駆け出そうとした愛染国俊の首根っこを引っ掴み、ふわりと持ち上げたのは、蜂須賀虎徹だった。
「あぁ、ありがとう、止めてくれて。助かったよ」
「なんのこれしき。君は手土産を持っていたからね。全く、愛染は元気が良過ぎてしまって参るなぁ」
風呂敷包みを抱えていたため、止められずにいた歌仙兼定は、蜂須賀虎徹のとっさの機転に礼を述べる。
「まぁ、このままここで固まってしまっていたら、また悪戯っ子が痺れを切らしてしまうからね。玄関に進もう。」
蜂須賀虎徹にそう言われ、一行は石畳を進み、立派なつくりの玄関へとやってくる。
以前、蒲公英本丸に来客が訪れた際に、向こうの陸奥守吉行に言われて気付いたのだが、
古い屋敷を新しく本丸に作り替えた時に、政府より呼び鈴なるものを設置して貰っていた。
だが、新しい設備がよく分からない審神者の少女、初期刀の歌仙兼定は、それに全く気が付いていなかったのだった。
今回は、陸奥守吉行に教えられた通り、玄関先にある呼び鈴<いんたーほん>なるもののスイッチを、
恐る恐る押してみる。
すると、ぴんぽーん!! ……と、随分明るい調子の音が、玄関に響き渡る。
その音を聴いた瞬間、一同はびくっと身体が硬直した。
呼び鈴の高らかな音が鳴ってから、暫く一同は待ってみた。
だが、玄関の奥からから誰かがやってくる気配はない。
「……聞こえないのかな?」
「これだけ大きくて、目立つ音でか?」
小夜左文字が首を傾げると、愛染国俊はまさか、とでも言うように眉を顰める。
「もしかしたら忙しくて気付いていないのかもしれない。もう一度押してみよう」
歌仙兼定は、もう一度玄関の呼び鈴を軽く押した。
高らかな音が再び、玄関から屋敷の奥へと響いていく。
すると、長い廊下の向こう側から、なにやらどたどたどたと複数の足音が聞こえてくる。
しかしどうやらそれは、来客に気付いてやってきたような感じではないようだ。
「こらぁ!!! 廊下を走るなといつも言っているだろう!!!」
突然の怒声と共に、複数の人影が現れる。
それは、まだ蒲公英本丸に顕現していない幾人かの短刀と、脇差の少年たちだ。
賑やかな笑い声を上げながら、廊下を一目散に駆け抜けていった。
「あ、あれは、僕……?!」
「兄さん方がいる……!」
紅白のたすきを締め上げて、前髪を結い上げた袴姿は、まさしく内番での歌仙兼定そのものだ。
但し、手にふとん叩きを持っている事以外は。
突然現れた自分の現身を、驚いた眼差しで見送る蒲公英本丸の歌仙兼定の隣で、五虎退も彼らの姿を目で追っていた。
その中には、粟田口吉光が打った、五虎退の兄弟刀たちの姿もあったようだ。
「い、今のは一体、何だったんだ……?」
突然の一部始終に皆ぽかんと眺めていると、ようやく来客に気付いた、この本丸の刀剣男士がやってきた。
「ははは、全く、程々にせぇよ……と……
なんじゃ?! おまんら、いつの間にうちに来ちゅうがか?! なんじゃあーもっと早く言ってくれんがの!!」
いつもの戦装束ではなく、紺地に波の絵柄が描かれた軽装をした、陸奥守吉行だ。
背中には、畑仕事をしてきたばかりなのか、芋がどっさり入った籠をしょったままである。
突然の来客に驚きつつも、まるで陽が射したように満面の笑みを輝かせて、蒲公英本丸の面々を歓迎する。
「や、やあ。突然の訪問で誠に申し訳ない。
呼び鈴という物を押してみたんだけれど、はじめ誰も気付かなかったようでね……」
陸奥守吉行の人懐っこい笑顔に、歌仙兼定はまだ少し緊張の残る笑顔で挨拶する。
そして、目の前の風呂敷包みを持ち上げ、丁寧に会釈をした。
「先日はどうもありがとう。今日は、お礼に心ばかりの品をお持ちしたんだ。
拙いものだが、皆で食べて頂けると嬉しいよ」
「おん…? こりゃあ……」
「うちでとれた南瓜の煮物と、きんぴらごぼうだぜ! うまいから食べてくれよな!」
「こら愛染! そんな出過ぎた事を……!!」
Vサインを掲げて意気揚々と説明する愛染国俊を、慌てて歌仙兼定が止めに入る。
そんな彼らの一連のやり取りを前に、陸奥守吉行は豪快に笑い飛ばす。
「まっはっは!! そりゃあまっこと嬉しいのう!! 畑で採れた野菜料理は、わしらも大好物じゃ!!
しかも、おんしらが一生懸命育てた野菜じゃき、尚更のう……有難く頂くぜよ!!」
そう言うと、陸奥守吉行は嬉しそうに、歌仙兼定から南瓜の煮物ときんぴらごぼうの包みを受け取る。
「あの時の船盛り! いや、皿鉢料理だったっけ? うまかったぜ! 御馳走さん!!」
「今度は是非魚の捌き方を御指南頂きたいよ」
「あ、僕も僕も!! お手伝いできるようになりたいな!!」
以前振る舞って貰った土佐の名物、刺身などが盛り合された皿鉢料理を、愛染国俊は随分気に入ったようだ。
蜂須賀虎徹や堀川国広も、その作り方に興味があるようだ。
彼らに褒められると、陸奥守吉行は随分嬉しそうにして、後ろ頭をがりがりと照れ臭そうに掻いた。
「いやぁ……料理ちゅーても、わしのは随分とざっくばらんなもんじゃがの。気に入って貰えたなら何よりじゃあ!」
「来客かい?珍しいね。 ……おや、君たちは、この間の本丸の子たちじゃないか。」
玄関先で楽しそうに話していると、廊下の奥からもう1人の刀剣男士が現れた。
あの日、蒲公英本丸にやってきた顔見知りのうちの1人、鶯丸だ。
「あ、鶯丸さん! こんにちは! 先日はどうも、有難うございました!」
「こちらこそ、楽しい時間を過ごさせて貰ったよ」
堀川国広が挨拶すると、鶯丸も久々の来客に嬉しそうに目を細める。
そして、まだ芋の入った篭を背負ったままの陸奥守吉行に声をかけた。
「陸奥守、折角の来客ならば、こんな場所じゃなくて、上がって貰ったらどうだい?」
「ほうじゃの! わしときたら、気が利かんですまんなぁ! ささ、皆こっちじゃ!!」
「え?! い、いや、僕らは、ただお礼を渡しに来ただけであって……」
突然の提案に、歌仙兼定は驚いて遠慮する。
そんな彼に、陸奥守吉行は相変わらず人懐っこい笑顔のまま、ずいっと身を乗り出して手招きする。
「構ん、かまん! 折角の久々のお客じゃき、皆で話しゆうのも楽しいものぜよ! ささ、遠慮せんと!
愛染らや五虎らの、そこのちっちゃい子らは、うちの庭にあるブランコで、遊んでみんか?」
「ブランコ?! ブランコって何だそれ?! 楽しいのか?!」
「なんでしょうかね……ちょっと、気になりますね……」
聞き慣れない単語と、説明する陸奥守吉行が醸し出すその楽しそうな気配に、愛染国俊や五虎退はわくわくを隠せないようだ。
「しかし、皆さまには、忙しい任務がおありなのでは……?」
歌仙兼定の傍に寄り添って、蒲公英本丸の審神者の少女は、2人に遠慮がちに問いかける。
「丁度ひと段落ついたとこじゃ。それに、急を要する任務もありゃあせん。
わしらの主も、是非おんしらに会いたがってると思うき、わしが声かけてくるぜよ!
この芋も片づけてこんきゃあならんしの!
相変わらず政府からの報告書に追われて、今も書類の山に埋もれちゅう。息抜きも大事じゃ!!」
「うちの主は、息抜きの方が多いかも知れないけどねぇ」
「まっはっは、違いないのう! そういうおんしも、実は今日は馬当番じゃったろう?
まーた抜け出してきよったが?」
「最近は、随分と上手くなっただろう?」
「逃げ足はまぁまぁじゃの。まぁ、相方に叱られるき、程々にのう!」
そう言い、鶯丸と陸奥守吉行は大声で笑い合った。
「な、なんだかこちらの本丸の皆さん、底抜けに明るいようですね……」
「そのようだね……」
2人の様子をしばし唖然として見守る、蒲公英本丸の主とその初期刀であった。
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