出来てからまだ日の浅い蒲公英本丸は、今日も新しい刀剣男士を迎える為に刀を鍛えていた。
そんな彼らの元に、新しく現れたのは ―――――
「俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね。
扱いにくいけど、性能はピカイチ。
俺の事使いこなせて可愛がってくれる人、募集してるよ」
黒い洋風のジャケットに深紅のマフラーが印象的な、目元涼やかな黒髪の青年。
彼を見かけるなり、それまで刀匠の式神と刀を鍛えていた青年が大声を上げた。
「清光ーーー!! ようやく来てくれたんだからーもうーー!!」
「あれ、安定じゃん。俺をここに呼んでくれたの、もしかしてお前?」
「そうだよ。お前、なかなか現れないからさ。もう待ちくたびれちゃったよ」
ぼさぼさの黒髪に浅葱色の羽織を着た刀剣男士・大和守安定は、
かつての相棒の顕現を今か今かとずっと心待ちにして、今まで鍛刀に励んでいたのだった。
大和守安定の大声につられて、他の面子が鍛刀部屋へぞろぞろとやって来る。
「お! 新しいお仲間かー?」
「加州さんじゃないですか! お久しぶりですね!」
「堀川の知り合いかい?」
「はい! 新撰組の時にお世話になった方ですよ」
入口からぴょこんと真っ先に現れたのは、愛染国俊だ。
興味津々で新しい刀剣男士を見ている。
続く堀川国広は、彼が顔見知りである事を、隣にやってきた蜂須賀虎徹に説明していた。
「新しい方がいらしたのですね!」
すると彼らの後から少し遅れて、ぱたぱたと1人の年若い少女が駆け足でやってきた。
色素の薄い栗皮色の髪には、黄色い小菊の花飾りがついている。
「あるじさま、ま、待って下さい……!!」
「そんなに急がなくても、消えたりしないから大丈夫だよ……」
少女の後に続くのは、4匹の虎の子を両手いっぱいに抱えて息を切らす五虎退と、
五虎退が取りこぼした虎の子を拾いながらやってきた、小夜左文字だ。
「安定、この子は?」
急に賑やかになった鍛刀部屋で、1人だけやや異質に見える少女の正体を訊ねると、
彼の問いに答える前に、もう1人の刀剣男士がやってきた。
「彼女は蒲公英の付喪神で、彼女こそが僕らの主さ」
落ち着いた風情で、静かな微笑を湛えて小さな蒲公英の少女に傍に寄り添うのは、この本丸の初期刀・歌仙兼定だ。
「我が本丸に、ようこそお出で頂きました、加州清光さま。
私はこの本丸を預かる身、審神者の蒲公英と申します。宜しくお願いします」
加州清光の前に、少女はちょこんと座り、両手を揃えてお辞儀をする。
それを聞くなり加州清光は目を見開いて、今しがた挨拶をしてくれた小さな少女をじっと見つめる。
「この子が、俺の新しい主?」
すると、隣に佇む相棒がぷるぷると震えているのに、大和守安定は気付く。
突然目の前のまだ幼い子供が自分たちを率いる主だと言われ、頼りないと憤るのも無理はない……
そう思い、加州清光にそっと声をかける。
「清光、主は、見た通り幼くて、確かにまだ心許ないかも知れないけれど、
僕らが全力で支えるから大丈夫……
……って、清光?」
大和守安定がそっと顔を覗くと、どうやら思っていたのと様子が違うようだ。
なんと加州清光は思いきり頬を緩めて、新しい主に見惚れていたのだった。
「俺らの主、こんなに小さいのに、健気で可愛いじゃん!
俺、これから、主の為に頑張っちゃうからね!」
加州清光は、どうやら新しい主を一発で気に入ったようだった。
本丸の中を案内されながら、加州清光は大和守安定から、ここでの生活の一通りの説明を受ける。
「ここの本丸はまだ出来たばかりで、やらなくちゃいけない事がたくさんある。
皆を養うための作物を育てる畑づくり、馬の世話、ここの屋敷の片付けもしなくちゃだし。
料理、掃除に洗濯……人の身だと、1日の仕事がいっぱいあるんだよ。
だから、すぐ刀剣男士として、戦いに出られる訳じゃないんだ。
人の身体にまず慣れないといけないし。
みんなで分担して、日々の暮らしを頑張っているんだよ」
「へーえ……」
刀剣男士として顕現したからには、早速戦いで活躍できる、そう思っていた加州清光は、
大和守安定から聞かされた事に、少し驚く。
どうやら、戦に出て活躍するようになるのは、そう簡単な事ではないらしい。
戦う前にまず、人の身を得てから初めて行う事、覚えなければならない事が、目の前に山積みだ。
「そう言う僕も、実はまだあんまり戦には出ていないんだけどね。
殆ど畑や馬の世話ばかりだよ」
「じゃあ、俺が安定より先に強くなる可能性もあるって事?」
「お、言うねぇ。そんな事には、簡単にさせないけど」
自身もまだあまり合戦に出陣しておらず、笑いながらそう話す大和守安定に、
加州清光は自信ありげに言ってのける。
かつてもともと同じ主に仕えていた事もあり、2振りは早速ライバル心むき出しでじゃれ合う。
「まぁ、とにかく色々やってみるよ。1日でも早く、主の力になりたいもんね」
張り合うのもそこそこに、気を取り直して、強くなるためなら何でもやってやろうと、
加州清光はやる気を見せたのだった。
すると、丁度玄関先で、遠征へ出かけようとする面々を見かける。
五虎退、愛染国俊、小夜左文字、堀川国広、蜂須賀虎徹、鯰尾藤四郎の6振りだ。
それを見送っているのは、主と、近侍である歌仙兼定だった。
「あ! 丁度遠征に出かける所だね。」
「遠征?」
「そう。遠征は、出陣と違って、敵と直接戦う事がない。言ってみれば、裏方仕事みたいなものかな。
僕らはまだ戦いに慣れていないから、こういった小さな仕事をいくつも積み重ねて、
経験を溜めて、少しずつ強くなっていくんだよ。
彼らはここの本丸が出来てからすぐに顕現しているから、その分僕たちより先に戦いに慣れている。
だから、遠征によく出ているよ」
「主の隣にいるのは……」
「あぁ、近侍のこと?
近侍はね、主の一番傍で仕えて、主のお手伝いをする役目なんだよ。
うちでは、この本丸に一番最初にいた初期刀が歌仙だったから、彼がよく近侍をやっているよ」
「ふーん……」
そういえば、初めて顕現した時から思い返すと、彼は小さな主の傍にいつも寄り添うように控えていた。
主のすぐ隣……その場所は、加州清光にとって、とても特別なものに感じられた。
「ねぇ、こんのすけ。初期刀って、なに?」
ここで生活する間、良く耳にする、初期刀という存在が気になり、
どういったものなのか、時の政府から遣わされた管狐・こんのすけに、内番の合間に尋ねてみた。
彼からの質問にやや驚きながら、蒲公英本丸に仕えてるこんのすけは、
加州清光に初期刀の事を丁寧に説明する。
「初期刀とは、審神者が本丸を起こす際に、政府から与えられる初めての刀剣男士です。
審神者の資質を持つ者を政府が見定め、彼らに5振りの刀を選ばせます」
「5振り? 今ここにいる刀剣男士たちは、それ以上にいるじゃん」
「ここに居る方々は、貴方がやってきたように、刀を鍛える事によってその刀を媒体とし
付喪神として宿らせたり、また戦場から様々な方法で獲得された刀からお迎えした方々なのですよ。
中には、付喪神としては、最初から扱うには難しい方々もいらっしゃいます。
そこで、扱いやすい5振りのうちから、審神者になったばかりの主様に、まず初めに、共に戦う刀剣男士を選んで頂く訳です。」
「ふーん。で、その5振りって、誰?」
その質問に対して、やや答えにくそうに、こんのすけはその5振りを挙げた。
「山姥切国広、蜂須賀虎徹、陸奥守吉行、歌仙兼定。
そして……… 貴方です、加州清光」
「え、俺……?!」
こんのすけの答えに、加州清光は戸惑う。
己が初期刀として選ばれるうちの一枠であった事を知ると、複雑な心境になった。
「主自身が自ら選ぶって事は、俺はつまり、選ばれなかった事になる訳……?」
難しい顔をしている加州清光に対して、こんのすけは恐る恐る、言葉を選びながら話しかけた。
「……貴方は、個としての在り方に非常に拘りを持っていらっしゃる。
それは、前の持ち主に殊更大事に使って貰ったという逸話をお持ち故の事だと、我々は受け止めています。
ですが、その上で、最初の5振りの中に居たとしても、貴方が選ばれなかったという事を、
あまり重く受け止めないで欲しいのです。
この5振りは、初めに選ばなかったとしても、鍛刀や戦場などで顕現しやすいのですから。違いは、あまりないのですよ。
寧ろ、主様の場合は、選んだというより、寧ろ選ばれたというか……
政府としても、少し特殊な事例なのです……
これに関しては、わたくしからはこれ以上何も申し上げる事ができません」
まだ色々と聞きたそうな加州清光に、こんのすけはそれ以上話せないと釘を打ち、尻尾を翻すとその場を立ち去った。
「あー… 俺、早く顕現したかったなぁ……」
日が照り付ける畑の中、雑草むしりをしながら、加州清光は小さくぼやいた。
先日こんのすけから聞いた事が、ずっと頭の中から離れないのだった。
主の一番傍の特別な場所、初期刀という立場。
しかしその場所には、既に別の刀が居る。
しかも、初期刀枠の中でも、自分は一番後から来た者。
自分はどう頑張っても、その場所には決して行けないという事を、加州清光は痛感するのだった。
「仕方ないよ、こればかりは時の運だからね」
「まぁ、そうなんだけどさー…… 初期刀の中でも一番最後かぁ……」
「いいじゃん。政府が最初に示す5振りの初期刀の中に、清光はいるんだから」
「でも、俺、選ばれなかったし……」
そう呟くと、加州清光は殊更にずーんと落ち込んでしまう。
この本丸に加州清光が顕現したのは、数えて21番目だと言う。
その間に、こんのすけが述べた初期刀枠の他の4振りは、自分より先にここに顕現していたのだ。
5振りの中でも一番最後に本丸に来た事が、尚更加州清光の心に引っかかる。
初期刀に選んで貰えなかった事に加えて、顕現する順番は運任せ故に、
自分ではどうにも出来ず、後から来た分皆と差があるのは仕方がないと
頭では分かってはいたものの、さらに実力が引き離されているのは、
上昇志向の強い加州清光にとっては殊更悔しかった。
「安定は、悔しくないの?」
「そりゃ勿論、僕だって出来れば早く活躍したいけど、顕現の順はどうしようもないし。
初期刀枠じゃなかったのは、僕がどうこう出来る問題じゃないし。
それに、例え初期刀枠だったとしても、選んで貰えなきゃ意味ないでしょ?
先に本丸に来た連中と差があるのは、そりゃ仕方のないことだよ。
だから今は、出来る事を少しずつやらなきゃ。
……ほら、南瓜、育っているよ。」
自身もここにやって来たのは15番目という大和守安定も、
先に第一線で活躍している面々に追いつくにはまだまだ時間がかかる事を自覚していた。
その上で今日ももくもくと畑に向かい、立派に実った大きな南瓜の実をぽん、と相棒に渡す。
「わ! おっきな南瓜!!」
「ね、美味しそうだよね。
この子も同じだよ、きっと。すぐには大きくなれないけれど、毎日葉っぱを広げて
太陽の光を浴びて、ようやくここまで育つんだ。
僕らだって、毎日頑張れば、きっとこの子のようになれると思うよ。
焦らなくて大丈夫。地道に頑張ろう。」
「う、うん……」
大和守安定はにっこりと笑って、つやつやに育った南瓜を優しく撫でた。
マイペースな相棒の言葉に、随分急いていた加州清光も、とにかく今は
目の前の事から頑張るしかないと、改めて自覚するのだった。
それから毎日、加州清光と大和守安定の2振りは、稽古場に揃って通い、互いに手合わせに励んだ。
畑当番や馬当番も最初は汚れると嫌がっていたが、今では寧ろ積極的に行い
日々の暮らしの雑務も、洗濯や掃除など、自分から率先的にその役目を買って出た。
そのおかげか、徐々に基礎体力や柔軟性がついていき、手合わせではその切れ味を次第に増していったのだ。
「30戦30勝〜! また僕の勝ち!」
「くっそー、あと少しなんだけどなぁ……」
汗だくで、稽古場の畳にばったり倒れる2振りの刀。
今回も手合わせの軍配は大和守安定に上がり、悔しそうに加州清光はぼやいた。
「でも、初めの頃に比べると、随分太刀筋が冴えてきたよ。
これなら、戦場でもきっと戦えるよ」
「だと良いんだけどなー……」
早く戦場で戦いたくて仕方がなさそうな加州清光の様子に、今しがた勝ったばかりの大和守安定は、相棒を励ます。
「カッカッカ! 鍛錬、頑張っておるな!」
「そろそろ夜も遅い…… あまり無理をしてはいけないぞ」
「加州さんに大和守さん。お疲れさま!」
すると、稽古場の道場に、3振りの刀たちがひょっこり様子を見に来た。
1人は、豪快な笑い声をあげて感心している山伏国広。
もう1人は、そんな山伏国広の後ろに隠れるようにしている、山姥切国広。
そしてもう1人の国広の刀で、加州清光がよく見知った脇差、堀川国広だ。
そういえば、いつも大和守安定と居る事が多く、あまり他の刀たちと
長く話す機会が無かった事に加州清光は気付いた。
「あ……えっと……?」
「拙僧は、山伏国広である! カッカッカ、宜しく頼むぞ!」
「こっちは僕の兄弟、山姥切国広です。よくして下さいね」
2振りともこの本丸では比較的初期に顕現している面々で、今は第2部隊で鍛錬を積んでいた。
まだ気後れしている加州清光に、堀川国広は己の兄弟たちを紹介する。
「どうも、俺、加州清光。宜しく」
「カカカ! お主は、毎日畑に馬に、励んでいる所を見ておるぞ! 感心、感心!」
「俺、来たばっかりだから、出来る所から頑張ろうと思ってね」
「己の出来る事から励む。良い心がけだ! 皆も感謝しておるぞ!」
「え、感謝……?」
唐突に言われた山伏国広のその言葉に、加州清光は理由が分からず戸惑う。
「畑や馬当番、そして雑務をこなす事は、この本丸の皆の助けになっておるのだぞ!」
「助け……?」
言われた事をいまいち理解できていない加州清光に、山姥切国広がそっと声をかけた。
「畑の手入れをすれば、旨い作物を収穫でき、それが皆の食料となる。
馬は戦いに赴く際に頼りになる仲間だ。馬の肥やしは良い畑の肥料になる。
掃除や洗濯は、日々を気持ちよく過ごす為に、必要不可欠な事だ。
仕事は自分の為ではなく、共に過ごす仲間たちの為になる事なんだ」
そういえば、山姥切国広も、初期刀として選ばれるうちの一振りではなかったか。
思い返せば彼は、主の隣に控える近侍を気にする様子など全く見せず、日々もくもくと、畑へ出かけたり、鍛錬に道場に足を運んでいた。
山姥切国広の言葉を聞き、加州清光は、今までの己の仕事への取り組み方とは
根本的に違うその考えに、大きな衝撃を受ける。
「俺…… そんな風に考えた事、なかった……
畑も、馬の世話も、自分が強くなるために、って……」
今まで、自分が強くなる事ばかりしか考えていなかった加州清光は、
本丸の仕事が全て共に過ごす仲間たちの為になっているという事を知り
目の覚める思いを抱く。
同時に、今までの自分の振る舞いを思い返し、やたら恥ずかしく思う。
そんな加州清光を、優しい眼差しで、山伏国広は背中をぽんと叩く。
「なぁに、初めから皆の為にと思うような者などそうそうおらぬから安心せい!
ちなみに隣にいる兄弟もそうだったからな! カッカッカ!」
「『自分は写しだから何もできない、ここの名刀たちのようにはできない』って、最初は閉じこもってばかりだったよね?」
「よ、余計な事を言うな……!」
兄弟たちにからかわれて、山姥切国広は、トレードマークの白いフードを深く被って隠れる。
フードに隠れた耳は、真っ赤になっていた。
「だから、加州さんは立派なものですよ!
自分の出来る事からまず、頑張ろうとしているのですから!」
「……お前が昨日収穫した胡瓜、旨かったぞ」
仲間たちに感謝されるのは初めての感覚で、それは随分こそばゆくもあり、尚且つとても嬉しいものだった。
加州清光は、素直にありがとうと言えず口ごもってしまう。
「そ、そうなのかな……?」
「ふふ、清光ったら照れてる〜」
「う、うるさいなぁ!」
「だからはい、これ、そんな頑張ってるお2方に、差し入れです!」
そう言うと堀川国広は、厨から持ってきたおにぎりを加州清光に手渡す。
「お、ありがとー! 丁度腹減ってたんだよねー」
「僕もいいの? ありがとう! わぁ、中身何かなー?」
「中身は昆布煮ですよ。今朝採れた昆布で作ったんです」
「へー。じゃ、いっただきまーす!」
堀川国広からおにぎりを受け取ると、早速大きく口を開けてかぶりついた。
「う…… うんまーい!!」
おにぎりは冷めてはいたが、鍛錬の後だからだろうか、ごはんと昆布の優しい味が、殊更美味しく感じる。
「ホント、堀川の作るおにぎりはいつも美味しいねぇ……はぐはぐ」
「あ、違いますよ? ほら、僕、さっきまで遠征行ってましたから。
今日のおにぎりは、歌仙さんが作ってくれたんですよ」
大和守安定がおにぎりの美味しさをしみじみと感じていると、堀川国広は作ったのは自分ではないと説明する。
それを聞いて、加州清光は驚いた。
「え、近侍なのに料理するの?」
「はい。歌仙さんは料理が得意なんですよ。
元の持ち主の方が、料理が得意な方だったそうで。
よく、遠征や出陣に行った後、お腹を空かせて帰って来る僕たちの為に、
厨に率先して赴いて、おにぎりやおかずを作っておいてくれるんです。
僕も時々お手伝いするんですけどね。
料理の仕方は、殆ど歌仙さんから教えて貰ったんです」
「へー…… そうなんだ……」
手にしたおにぎりをまじまじと見つめながら、加州清光は感心する。
「うまい飯が食べられるのは、幸せなことだぞ。
俺たちがこうして何事もなく飯を食べられるのは、有り難いことなんだ」
いつの間にかおにぎりを手にして頬張り、口いっぱいもぐもぐしている山姥切国広が、ぽつりとそう言う。
「うん、そうだよね。
疲れきった時に美味しいご飯が出てくるって、本当に嬉しいよね。
遠征が大変な時でも、鍛錬で疲れても、美味しいご飯が待ってるって思うと、僕ももうちょっと頑張ろうって思えるよ」
山姥切国広の言葉に、食いしん坊の大和守安定は、実感を持ってうんうんと頷く。
「逆に、戦いに行く皆を送り出す方としては、せめて疲れて帰ってきた皆に、
何か出来ないかなって、美味しいご飯を作ろうって、思うんじゃないかな……
歌仙さんも、そう思って作ってくれている気がします。
僕も時々、厨当番でお手伝いするから、なんとなくそう思うんです」
「カッカッカ! 初期刀殿は、我らの事をいつも気遣ってくれているのである!
なかなかそれを表に出せぬ御仁だがな!」
加州清光は、初期刀で近侍でもある歌仙兼定の事を、それまでどこか遠い存在のように感じていたが、
堀川国広や山伏国広がそう話す様子を見て、彼も本丸の他の仲間と同じように、
日頃から皆の事を思い、自分たちを見守ってくれている、という事に、初めて気が付いたのだ。
「……その様子だと、まだあんまり歌仙さんとお話していないようですね?」
黙り込んでしまった加州清光の様子に気付いた堀川国広が、そっと声をかける。
「あ、えっと……」
加州清光が答えにくそうにしていると、優しく堀川国広が話しかけた。
「きっと、忙しくしているから、なかなかお話する機会がないんですよね?
もし出来たら、近いうちに声をかけてみてください。
きっと、新しく気付ける事がありますよ」
堀川国広の言葉を聞いて慌てる加州清光に、他の3振りもうんうんと頷き合う。
「あのひと、あぁ見えて随分人見知りだからなぁ……
だから、僕に清光のお世話をお願いしてきたんだろうけど」
「俺だって、初対面の奴が苦手なのは同じだ」
「何張り合ってるの、兄弟。そこは張り合わなくてもいいよー」
「え、何、人見知りなの? 歌仙って」
今突然知った、歌仙兼定の意外な一面に気付き、加州清光は驚いた。
最初見た時の、あの物腰柔らかさからは、俄かに信じがたかった。
「隠すのが上手いんですけどね。実はそうなんですよ」
「ふむ、上手いかな?
拙僧が来た時には随分固まっていたような気がしたが」
「きょ、兄弟ー!」
首を傾げて疑問の声を上げる山伏国広を、慌てて堀川国広が止める。
「小夜左文字の兄、宗三左文字とのやり取りも、なかなかに見ものだぞ。
2振り並ぶと、一向に会話が続かず……
というか、歌仙が固まっているだけなんだが」
「どうにも、歌仙殿は宗三殿に、少し苦手意識を持っているようでな。
まぁ、かつての主との関係性や、あの小夜殿の兄だからかも知れぬがな。カッカッカ!」
「どうやら宗三さん、それを見て楽しんでいる節もありますよね……
ずっとくすくす笑っているんですもん」
これまた別のエピソードを山姥切国広が挙げると、山伏国広や堀川国広もその様子を思い出して頷く。
すると、彼らの会話を聞いていた加州清光が笑い出した。
「……ふふ、あはは、なんだ、かわいいとこあるじゃーん。安心したよ」
「加州さん、歌仙さんを苦手に感じていたんですか?」
「いや、苦手なタイプって訳じゃないけど、あのひと初期刀だから、主の傍にいつも控えてるでしょ。
なんか、俺なんか手の届かない所にいる存在っていうか。
そんな気がね、何となくしてたんだ。
……でも、話聞くと、面白い奴じゃん」
堀川国広に歌仙が苦手だったのかと聞かれて、加州清光は
それまでのとっつきにくさが、自分の中に築いた心の壁の中にあったのだと、気付いたのだった。
「確かに、初期刀ってどこか特別な存在ですもんね。
だから、僕たちは自分から壁を築いてしまいがちですが、あの方も僕たちと同じように
寂しい思いを抱いていたり、不安な気持ちを抱いていたりするんだと思います。
きっと、周りに対して弱みを見せちゃいけない、そう思って気丈にしているんじゃないでしょうか。
あの方は自分から近づいてこれない方なので、だから、こっちから押しかけないと」
加州清光の話を聞きながら、堀川国広が静かに、しかしどこか少し寂しそうに微笑みながら、そう呟く。
堀川国広は、歌仙兼定と同じ日に本丸に顕現した、この中では彼と一番付き合いのある仲だ。
自分たちがまだ知らない、初期刀故の悩みも、堀川国広はきっとどこかで実は目にしているのだろう。
そんな堀川国広や他の古参の仲間たちにも、歌仙兼定はまだ心の内を話せていない……
それが、仲間たちにとっては、殊更寂しく感じているのだろう。
どうしても一歩引いてしまっていたが、彼と色々な話をしてみたい。
そう思い、加州清光は頷いた。
「そうだね。決めつけないで、色々と話をしてみて、分かる事はあるかもね」
一方、稽古場の外では。
「あの2振り、遅くまで毎日頑張っているね」
「あぁ。手合わせだけじゃなく、本丸の事を色々頑張って貰っているからね。
頭が下がるばかりだよ」
丁度遠征帰りの蜂須賀虎徹と、彼らを迎えていた歌仙兼定は、夜更けの稽古場に
まだ煌々と明かりがついているのを見かけ、感心して呟いていた。
稽古場の中では、己の事が話題になっているとも、露とも知らずに。
翌朝、加州清光は、主と近侍の元に呼ばれる。
「え?! 俺が、第2部隊に配属……?」
「そうだよ。君は近頃、特に鍛錬を頑張っているというからね。
部隊で存分に、君の力を発揮して貰いたいんだ」
目の前に佇んでいた近侍の歌仙兼定は、微笑んでそう告げた。
近侍であり初期刀……即ち、主に一番近い所にいると思うと、どうしても少し緊張するというか、
昨日の皆の話を聞いた後でも、加州清光は彼を前にして随分身構えてしまっていた。
「でも……いいの? 俺、ここに来たのは随分後だし、まだ練度もそんなに積んでないし。
すぐに活躍できるか、分からないよ?」
第2部隊には、第1部隊程ではないが、鍛錬を積んだ者たちが顔を揃えていた。
そこには、まだ相棒の大和守安定も組み込まれていない。
そんな中、来たばかりの自分が、先に配属されて良いものなのだろうか……
いざ大役を任されると尻込みしてしまうのか、そんな事を思いながら、加州清光は遠慮がちにそう言う。
すると、そんな加州清光の気持ちを掬い上げるように、歌仙兼定は彼にこう言った。
「この本丸はまだ出来たばかりで、少しでも力のある者に助けて貰いたいんだ。
君は、仲間たちの中でも、特に頑張り屋だと聞いた。
毎日、大和守と鍛錬に励んでいる所、見ているよ。
それに、皆と打ち解けるのも早く、周りをよく見ている。
だからこそ今回、第2部隊に君を推したんだ。
そんな君の力を、僕たちに貸して欲しい。どうかな?」
「私たちには、貴方の力が必要なのです。どうか、お願い致します」
蒲公英の審神者の少女も、重ねて強く頼み込んだ。
自分を必要としているという、その言葉。
思いがけない言葉を、思いがけない相手から貰い、随分と驚いたものの、
今ここに自分が必要とされている事への嬉しさを感じると共に、
必要とされているのであれば、その思いに応えなければ、という強い使命感が、
加州清光の胸の内に湧いてくる。
そこには、今まで抱えていた悩みも、春の陽射しに溶ける雪のように、いつの間にか消え去っていた。
主の為に、この本丸の仲間たちの為に、自分が出来る事をしたい。
加州清光は静かに拳を握りしめ、凛とした眼差しを瞳に湛え、顔を上げた。
「うん……俺を必要としてくれて、ありがと。 俺、頑張るからね」
加州清光は、今まで積み重ねてきたその実力を思う存分発揮するため、
仲間たちと共に第2部隊で戦う事を決めたのだった。
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