事の発端は、いつものように越中お面審神者の本丸に、蒲公英本丸の面子が遊びに来ていた時の
とある会話の中の一言からだった。


「ねぇ、蒲公英さんの所のみんな、本丸が出来てからもう大分日が経つよね?
 随分皆鍛え上げたんじゃない?」


越中お面本丸の乱藤四郎が、興味深そうに尋ねてきた。


「あ、あぁ。確かに、幕末の維新の記憶から大分遡り、今では練度をある程度上げないと挑めない
 厚樫山の歴史まで出陣が許されているよ」

「わぁ!やっぱり!」

「という事は、そろそろ極の修行の解禁ももうすぐだな」


蒲公英本丸の歌仙兼定の回答に、越中お面本丸の乱藤四郎と薬研藤四郎は向かい合ってそう答えた。
極という単語に、蒲公英本丸のいくらかの刀剣男士たちが興味を示す。


「極って、何ですか……?」

「修行って?!今より強くなれんのか?!」


「そうだな……演練には出ているか?
 厚樫山まで出陣出来る練度ならば、たまにいつもと様子が異なる同位体を見た事があっただろう」


越中お面本丸の薬研藤四郎の話に、蒲公英本丸の蜂須賀虎徹は、ふと思い当たる節があった。


「そういえば、服装だけでなく、纏う雰囲気が明らかに段違いな者がいたね。
 底知れない力を感じたから、主はいつも彼らが配属されている本丸との演練を避けていたな。
 思えば、彼らが極となった者たちだったのかな」

「そういうことだ。極になると強さの上限が跳ね上がる。今よりもっと強くなれるって事さ」

「ホントか!? そりゃすっげーな!」


極の話に、蒲公英本丸の愛染国俊はワクワクする気持ちを抑えられず、目をキラキラさせた。


「でも、いつも戦うのを避けてばかりじゃ、どれくらい向こうが強いのか、分からないままだよね」


同じく蒲公英本丸の小夜左文字が、極の話を聞きながら、冷静に告げた。


「おっ! じゃあ、わしらと演練、どうじゃ?」

「えっ……?! いいのかい?」

「面白そうだな! 俺やってみてぇ!」

「ふむ……それは非常に興味があるな。主に話を持ち掛けてみよう」


越中お面本丸の初期刀・陸奥守吉行の提案に、次々面白そうだと食いついてくる蒲公英本丸の面々。

戸惑う蒲公英本丸の初期刀・歌仙兼定を他所にして、話はどんどん盛り上がりを見せ、
あれよあれよという間に越中お面本丸と蒲公英本丸の演練の話はまとまったのであった。




話はとんとん拍子で進み、それぞれの審神者の了承を得て、演練は開かれる事となる。
そこで、演練を行う上で、それぞれの本丸で誰を選抜するか皆で話し合っていた、その時の事だった。


「えぇっと、やっぱ初鍛刀同士戦わせてみたいよね…… そうなるとやっぱり、前田きゅんを配置して……」

「待って、主さん!」

「へぁ?! ど、どうしたの、みだれーぬ??」


男士たちの希望と、現在の練度などを照らし合わせながら、メモ書きに色々書きながら
ぶつぶつ呟いていた越中お面審神者に、乱藤四郎が突然話しかけてきた。


「主さんお願い!今回のぽぽ本丸さんとの演練、僕にやらせて!」


突然の願いに、越中お面審神者は眼を丸くする。
いや、お面を被っている故に表情は分からないが、とにかく仕草や纏っている雰囲気で、
大層驚いているという事は伝わってきた。


「こりゃ珍しいねえ、みだれーぬから直々にそんな熱いお願い事をされるなんて。
 万屋でリボン欲しがってた時でもそんなにお願いしてこなかったよね……驚いたなぁ。
 でも、一体どうしてだい?」


審神者の問いに、乱藤四郎はもじもじしながら、先日蒲公英本丸に遊びに行ってきた時、
向こうの短刀の面々から聞いてきた話を打ち明けた。


「あのね。あっちのボクは、主さんから鍛刀で呼ばれたんじゃなくって、戦地で拾って来られた子なんだって。
 主さんに打って貰った訳じゃなく、拾って来られた身だから、一軍になれない、強くなれないって沈んでたの……」

「それは確かに、刀によっては、鍛刀でやってくる子もいれば、戦場から迎える子もいるからね。
 そういう生まれを気にする子もいるんだね……」


同じ刀剣男士でも、個体によって、悩む思いもそれぞれ異なっているという事を、越中お面審神者は改めて感じたのだった。

そして乱藤四郎は、己の強い思いを主に打ち明けた。


「でも、主さんはボクを強くしてくれた!
 拾い物だって、初期メンツじゃなくたって関係ないよ。
 一からだって強くなるって、僕があの子達に見せたいんだ!」

「そうだな……今回の演練に一番相応しいのは、検非違使ぶっ飛ばして一から叩き上げたお前かもしんねぇ。
 あっちの乱や俺や前田、秋田達に、叩き上げの根性と戦いっぷり、見せてやって来い。
 主。そういうことだ。乱を推してやれ。」


隣で控えていた薬研藤四郎が、そう檄を飛ばす。彼もどうやら一緒に蒲公英本丸で話を聞いていたようだ。


「薬研、うちで1、2を争うくらい鍛えてたのに、いいの……?」

「あぁ。俺っちはまた別の機会に遊ばせてもらうから、気にしなくていいぜ」


「わかったよ。君たちの思い、あの子たちに届けるね」


2人に向かい、越中お面審神者は優しくそう答えたのだった。






そしてやってきた、演練当日。

それぞれの本丸の、演練に参加しない男士たちも、わらわらと集まって、演練場のギャラリー席に座って
賑やかに過ごしながら、今か今かとその時を待っていた。

今回の演練で越中お面本丸が出陣させるのは、陸奥守吉行、にっかり青江、後藤藤四郎、乱藤四郎、
日本号、三日月宗近の6振り。
尚、三日月宗近以外は、皆極の修行を終えた者たちばかりだ。

一方、蒲公英本丸は、歌仙兼定、堀川国広、信濃藤四郎、小夜左文字、山伏国広、和泉守兼定の6振り。
極めては居ないが、いずれも現時点で可能な限り練度を上げていた。


はじめ、予想していたメンバーと異なる顔ぶれに、蒲公英本丸の面子は少々驚いた。


「あちらでも特に練度が高い、初鍛刀の前田君か、最古参の薬研君が来ると思っていたよ」

「僕もそう思っていたよ。でも、どうやら事情があるみたいでね。
 こちらに合わせて、敢えて乱君を選んでくれたらしいんだ。」


予想と異なる面子にやや疑問を浮かべる蜂須賀虎徹に、燭台切光忠は越中お面本丸の内情を説明した。


「あの子は極める修行に出た後、練度を一度まっさらにして戻って来たらしいよ。
 言うなれば、強くなるために、今まで積み上げたものを一度全部手放したんだね」


「えっ?! 折角強くなったのに、一度まっさらに?!
 今回の戦いに居る乱兄さんは、そんな事情があったんですか…?!」


前田藤四郎は、燭台切光忠の説明に酷く驚いた。


「そう。でも、今こうして他の子たちと肩を並べる位に強くなって、戻って来た。
 がむしゃらに強くなるって事ってどういう事なのか、しっかり見ておかないとね」


そう話す彼らの隣で、蒲公英本丸の乱藤四郎と薬研藤四郎が、演練上にいる越中お面本丸の乱藤四郎を
じっと注視していた。


「あっちの乱の戦い方、よく見ておくんだ」

「うん……! ボクがどれだけ強くなれるのか、学びたい……!」








青々しく風が吹き抜け、陣旗がはためく中、越中お面本丸、蒲公英本丸の両陣営に
それぞれ選抜メンバーが顔を揃え、横一列に並んだ。


「この度、僕たちの本丸との演練を快諾して頂けたこと、誠に感謝しているよ。
 君たちに比べればまだまだ若輩者だけれど、良ければ、御指南、宜しくお願いする」

「まっははは! わしらとおんしらの仲じゃろ。今更そんな堅苦しい事抜きじゃ!
 わしも、おんしらとはいっぺん刃を交えてみたかったんじゃ。あれから随分強うなったじゃろ。
 さぁ……思いっきり行くぜよ!」


ぺこりとお辞儀をする蒲公英本丸の歌仙兼定に、越中お面本丸の陸奥守吉行は豪快に笑いながら
迎え撃つ姿勢を取った。その表情は、戦いを存分に楽しもうとする、期待の笑みに溢れていた。


「うちにはまだ三日月宗近はいねぇからな。
 天下五剣の中でも随一と名高いその実力、確かめさせて貰うぜ!!」

「はっはっは! それでは、俺が後々の三日月宗近の基準になってしまうなぁ。
 これは手ぬるい試合は出来んな」


一方、蒲公英本丸の和泉守兼定は、目の前に佇む越中お面本丸の三日月宗近に向かって
荒々しく挑戦状を叩きつけた。

対峙する越中お面本丸の三日月宗近は実にのんびりとした様子だ。
その対比だけでも実に両極端であった。






そして、演練場を包むざわめき声が段々と静まり返っていく。

やがてひっそりと静まり返ると、戦いの開始を告げる法螺貝の音が響いた。







越中本丸の陸奥守吉行が構えた白刃が、きらりと鋭い光を放つ。
彼を始め、向こうの陣地に構える刀剣たちは、こちらが切り込んで来るのを静かに待っていた。
相手が切り込んでくるのを待つのは、練度がより高い方の者の礼儀だ。

束の間、静寂が合戦場を包み込む。


「我は之定が一振り、そして今は一つの野の花を護る刀剣、歌仙兼定なり!」


勇ましい鬨の声を皮切りに、越中お面審神者の本丸と蒲公英審神者の本丸の演練が開始された。


蒲公英本丸側からまず駆け出すのは、小夜左文字と信濃藤四郎の二振り。


「行くよ!」


信濃藤四郎が向かったのは、同じ粟田口の眷属、後藤藤四郎。
無駄のない動きで、素早く相手の懐に飛び込み、急所めがけて一撃を振るう。


「正攻法は得意じゃないんだ……ごめんね」


同時に小夜左文字が狙ったのは、自身の本丸に居る者よりも、より華やかないで立ちの乱藤四郎だ。
山賊の所有でもあった所以か、正攻法ではない角度から奇襲を狙う。

ひらひらとしたあの可憐な衣装を汚したくない故に、激しい動きは控えるのではないか……
そう小夜左文字は目論む。


「僕が相手にすべきなのは、やっぱりにっかりさんですよね……」

「カカカ!では拙僧は、日本号殿の相手を務めようぞ!!」


同じ部隊に同時出陣した和泉守兼定を手伝いたい気持ちが強い堀川国広だったが、
今己が果たすべき役割をしっかりと認識し、極の姿で佇むにっかり青江に切り込んでいく。

その隣で、山伏国広は太刀を構え、歴戦の風格を漂わせる日本号の元へと駆けていった。



「そういう訳で、アンタの相手はオレだ」


蒲公英本丸の和泉守兼定が対峙したのは、越中本丸でも最古参のうちの一振り、三日月宗近。
勇んで構えるが、迎え撃とうとする三日月宗近の動きは、非常にゆったりとしたものだった。
しかし、一度構えると、その眼光が放つ気迫が、まるで衝撃波の如く、和泉守兼定の身体を貫いた。


「(これが、天下五剣、そして歴戦の刀の迫力ってヤツか……!!)」


圧倒的な迫力に半ば気圧されると同時に、どこか、未知なるものに立ち向かっていく高揚感、
気持ちの昂ぶりを感じる。

刀を構え、気持ちが冷めやらぬうちに、その一撃を放つ。



そして、合戦場の中央では、それぞれの初期刀が刃を激突させたのだった。







蒲公英本丸の歌仙兼定の口上を合図にして、親善試合は始まった。

各自勇ましく斬り込んで来る彼らの姿、その燃えるような闘志と瞳を前に
越中審神者の第一部隊の面々も、期待と高揚感、そしてそれと同じだけの闘志を
静かに燃え上がらせて迎え撃つ。


まず、いの一番に仕掛けて来たのは信濃藤四郎。

彼は同じ藤四郎の短刀である後藤を選ぶように、持ち味の軽いフットワークを駆使して
急所を狙って打ち込んで来る。どうやら一撃で倒すつもりらしい。だが…


「させるかよっ!!」


後藤とて、おとなしく相手の一撃必殺を喰らってやるつもりは毛頭無い。

確かにその動きは無駄話が無くて的確だが、そうした相手との組み合いは、それこそ年中やっている。
信濃の動きをよく見定めてギリギリまで引き付けてから、こちらの急所を狙う彼の手元に逆に打ち込んだ。
刀の柄と、それを握る指との、僅かな隙間だ。



一方、その隣でも既に戦いは始まっていた。
小夜左文字から正攻法では行けないという断りと共に、その言葉通りの変則的で殺意の高い攻撃が乱を襲う。
それでも、乱はそれを避けながら逆にこう返した。


「ぜーんぜん構わないよ。いざ本当の戦になったら、正攻法じゃないなんていっくらでもあるし。それに……」


そこまで言った瞬間、乱は思いっきり大地を蹴り上げ、その弾みで舞い上がった瞬間に
細身に見える脚を思いっきり回転させて、その踵を相手に叩き込んだ。


「おっ! さっそく出たな、乱の空中回し蹴り。いんや〜、相変わらず見事じゃのぅ〜!」

「陸奥守、のんきによそ見してっと危ねぇぞ」

「身体と身体を重ね合っている最中に他に目移りするのは相手に失礼だよねぇ。あぁ、もちろん刀身の事だよ?」

「おっと、そうじゃったそうじゃった」


もはや無差別格闘技の領域にも達している乱の見事な回し蹴りに、陸奥守は歌仙の相手をしながら楽しそうにそれを褒める。

しかし、山伏の重い一太刀を牽制しながら忠告してくる日本号と、堀川の剣激を風に揺れる
柳のように受け流す青江の言葉を受けて、笑いながらも自身の相手に向き直る。


「わしらも乱達に負けてられんのぅ……歌仙よ!」


苛烈な相手の刃を受け止めながら、陸奥守はその相手の名を呼ぶ。
それと同時に、受け止めた刃を押し戻す高い音が鳴り響く。



その音を耳にしながら、青江はその逸話に相応しい艶やかな笑みを浮かべた。


「さぁ、堀川君。僕に身を委ねてごらん。新しい世界を見せてあげるよ。……極の世界をね…!」


何処か官能的で誘い込むようでありながら、青江はその左半分を隠すように流した前髪が翻る勢いで、
打ち込まれた堀川の太刀筋を避けて、同時にこちらからも隙を見て切り込む。

それはまさに掴み所がない。まるで幽霊のように。


そんな流れるような脇差同士の組み打ちに、槍と太刀が打ち合う豪快な音が重なり、
演練場はそれぞれの放つ熱で満たされる。


中でも、最も躍動するような激しい熱に魘されているのは、幕末の打刀と平安の太刀の二振りだった。


「うむ、良い気合いだ。やはり若者との立ち回りは楽しい。上へ、上へと高みを目指すその熱さが良い」


三日月は戦っているとは思えない程穏やかな調子で、勇猛果敢に切り込んで来る和泉守にそう言う。
最後に、その三日月を宿した瞳を少し鋭く光らせて。


「…まだまだ荒削りだがな…!」




一撃で決めようと懐に飛び込んだが、流石相手は自分より数段上の実力者。そう簡単にはいかなかった。

後藤藤四郎に逆に刀を握る手を狙って打ち込まれ、刀を一瞬取り落しそうになるが、
すぐさま反対側の手で何とか取り持つ。


「痛ったぁ〜…… やっぱりそう簡単にはいかないね……」


しかし打ち込まれた右手には、痛みと衝撃が残り、打撃の反響がじんじんと響き、力が入らない。
これでは刀はろくに握れないだろう。

すると、信濃藤四郎は、利き手でない側の左手で刀を持ち替え、逆手で構えた。
そして再び、後藤藤四郎に向かい突進する。


「じゃあ、これならどう?!」


左手で打ち込むと見せかけて、右手に備わっていた、暗器の爪で斬りかかった。



一方、乱藤四郎による見事な回し蹴りの直撃をもろに受けた小夜左文字は、地面に激しく叩きつけられる。


「げほ…げほ……っ! ……成程ね……正攻法でいかないのはお互い様か……」


口元についた血を指で拭い去り、顔を上げる。今の一撃で、刀装兵の護りは全て壊されてしまったようだ。
以前大きなダメージを受けた後、怒りで我を忘れてしまった事から、なるべく取り乱さないように努め、
ゆらりと刀を再び構えた。


そんな短刀たちの戦いの傍ら……



「まったく……妖しい言動で僕たちの気を逸らそうって、これはある意味、君たちの共同作戦なのかい……?」


艶かしいにっかり青江の物言いに、やや気を取られて呆れてしまいつつも、
歌仙兼定は陸奥守吉行との真剣勝負に再び集中しようと努める。

演練を眺めていた蒲公英本丸の面々のうち、長曽祢虎徹や蜂須賀虎徹は、
浦島虎徹や今剣らの耳を一生懸命塞いでいたが。


一方、にっかり青江と対峙していた堀川国広は、際どい台詞をあまり意に介していないようだった。
寧ろ彼が興味を持ったのは、いくら打ち込んでも刃が彼に届かないという目の前の事実と、彼が口にした別の言葉だ。


「極の世界……僕たちがまだ辿り着いていない境地を見せてくれるのですか………
 じゃあ、本気でいかないとですね……!」


組み打ちを一旦止め、堀川国広が小さくそう呟くと、彼の眼差しが急にトーンダウンする。

低く構え、暗い淵から覗き込むような、静かでありながらもじっと見逃さないような、張り付く様な眼差しだ。
これはそう、確実に相手を屠る時にのみ見せる、普段穏やかな堀川国広の、もうひとつの顔でもあった。
音が消えたひとときの刹那、次の瞬間隼が急降下する勢いで、堀川国広はにっかり青江に斬りかかる。



「ほう……! 兄弟に本気を出させるとは、にっかり青江殿もなかなかのものだな……!!」


久しく同じ部隊で出陣していなかったため、活躍を見るのが嬉しいのだろう。
日本号の一撃を受けながらも、脇差同士の戦いを見守っていた山伏国広も感心の声を上げる。



一方、三日月宗近と和泉守兼定の戦いは。


刹那、三日月宗近が見せた鋭い剣戟は、三日月の弧を描き、圧倒的な威力で和泉守兼定を襲う。
周囲への無駄な破壊が無い分、一点に凝縮されたその剣戟は、たった一撃で重傷を負わせた。


「がぁッっ……!!」

数メートルは吹き飛ばされ、倒れた周囲には激しい土煙が舞う。


「和泉守!!」

2振りの対峙を見守っていた歌仙兼定が思わず叫ぶ。


やはり、実力差は明らかだ。

それは、今自分が対峙している相手……陸奥守吉行に対してもそうだ。

いくら打ち込んでも、決して優位にこそ立てないが、それでも歌仙兼定は、果敢に打ち込んでいく。
顕現してから今まで積み重ねるだけ積み重ねた、その修練の成果を剣戟一閃ごとに込めて振るう。
刃が拮抗する音が、それはまるで美しいカノンのように、高らかに虚空に響き渡る。


「僕の今の実力では、正直君に勝てるとは微塵も思ってはいない。
 けれど、こうして刃を交えてみると、今まで感じた事のない感情が湧き上がってくるよ。
 己が認めた、より強い者と戦う事が、こんなに心を沸き立たせるものだなんてね」


己より強い者と戦う時の、挑戦する気概、気持ちの昂ぶりを、今まさにこの瞬間、身に染みて感じていたのだ。





刀の柄を狙った後藤の一撃に、しかし蒲公英本丸の信濃藤四郎の判断は素早かった。

普通なら大体これで刀を取り落とし、試合は後藤に軍配が上がる所なのだが、
信濃はすぐに反対の手で開きかけた利き手を押さえ、刀が離れるのを阻止した。


「(さすが相手本丸でも優秀って言われてるだけあるな…。
 暫く響くくらいには力入れて打ったのに、瞬時でカバーしやがった…)」


相手信濃のとっさの判断力と、それを実行に移す素早さに、後藤は驚きと関心を同時に抱く。


「(けど、利き手には今ので大分ダメージを受けたはず…。もうそう簡単には……)」


後藤がそう考えていると、信濃はやはり力の入らなくなった様子の右手から
左手に刀を持ち替えて、尚も果敢に後藤に挑んで来る。


「良い根性だけど、左手の付け焼き刃で俺を倒せると思うな…………よっ!!!?」


左手で挑んで来た信濃を迎え打とうとしたその瞬間、後藤は思わず驚いてそう叫んだ。
攻撃は刀を持ち替えた左手からでは無く、刀を握れなくなった右側からふいに繰り出されたのだから。


「っ!!」


声にならない痛みの悲鳴を微かに上げて、後藤は少しよろめきながら後退する。


「後藤!!」


近くで戦っていた仲間達や、スタンド席の仲間から案ずる声が上がる。

二本の足でちゃんと立ってはいるが、声に応えるように顔を上げた後藤の服には、
襟元に引き裂き跡がついていた。口元から頬にかけても、赤い引っ掻き傷がある。



「成る程……爪か…」


スタンド席で戦いを見守っていた越中審神者は、関心するようにそう呟く。

一方、その一撃を喰らった後藤自身も、頬から流れる血を片手で拭いながら信濃を見た。


「やるなぁ……お前……!」


後藤はそう言いながらも、どこか笑いが込み上げて来るのを自分で感じていた。

それは、久々に面白い戦い方をしてくる相手を見つけた事による興奮の為なのか。
それとも、まだ極前にも関わらず、極めて幾分練度も上がってきた自覚のあった自分の刀装を、
一つではあるが破壊した相手への恐れから来る物なのか、それはわからなかったが。




そんな後藤と信濃の戦いの横では、乱の蹴りを食らった小夜左文字が、
血を吐きながらも何とか立ち上がってみせていた。

形成は圧倒的に乱が有利だが、当の乱は手負いの小夜が抑えているであろう、
凄まじい殺気を十分に感じていた。



「凄い殺気だね…。わかるよ、ボク。それでも君が抑えてるって」


極めたとは言え、人の身を得たばかりの新入りを連れての検非違使との戦いは決して楽とは言えなかった。

まだ弱い彼等を守りながら強大な相手と戦い、しかし過保護に守って、
強い敵は全部自分が倒してばかりでは育成にならない。
そう、新たな仲間を一人前に育てるのは、ある意味ただ勝鬨を上げる為の単純な戦より難しかった。

敵に狙いを付けられたり囲まれた新参達を守る為に、正攻法意外のあらゆる戦い方をその場その場で要求され、
気がつけば剣技というよりは格闘術のような動きまで身に付いていた。しかも我流で。
時にはその辺の枯木を蹴り倒して敵を潰したり、足技を掛けたり締め上げたり等もした。

すべては教わった物ではなく、自然と編み出されてそうなったのだ。


それが今の越中国本丸、乱藤四郎だ。



「ぜんぜん綺麗な、正統派な剣技じゃない事はわかってるんだよね…。
 でも、ボクは後悔してないよ……。君も、謝る事なんかない。
 引け目感じないでかかっておいでよ! ボクと一緒に乱れよう!!!」


そう言うが早いか、乱は長い髪と桃色のリボンをたなびかせ、
春の空を舞う蝶のように再び小夜左文字に向かう。数多の我道殺方が染み付いた身体で。




更に他方では歌仙と陸奥守、堀川と青江、山伏と日本号がそれぞれに組み合う。

特に、歌仙から妖しさ満点の青江節をつっこまれて、陸奥守は苦笑し、日本号は呆れていた。


「共同作戦って……誤解ぜよ〜! やっとるのは青江だけじゃ!」

「おい、青江。お前のせいで俺達まで変な疑いかけられただろうがよ!」

「おやおや、それはすまない事をしたね」


青江は一応そう言って謝るが、その綺麗に笑う様子には、あまり本気ですまなそうにしている感じは無い。


「それに……彼は僕の言葉の上っ面じゃなく、真の意味を受け取ってくれたようだよ。

 嬉しいねぇ……真心を受け止めて貰えるのは」


青江は言いながら、口角を上げ、黄金色の目を細めて笑う。


しかし、その笑みはそう長くは続かなかった。

今まで打ち込みを続けていた堀川の目が、急に熱を落とし、光も消えたように感じたからだった。
それは夜の凪いだ海のように仄暗い。波も立たず、音も光も吸い込むような、闇の気配。
これはまさしく、闇討ちや暗殺に特化した者のそれだ。


そして、その静寂を一気に切り裂くように駆け抜けて来たその鋭い白刃に、青江は思わず目を見開いた。


「(速いっ…!?)」


思った瞬間、青江は咄嗟に自身の刀でその鋭い刃を受け止めていた。
避けるという判断が間に合わないと、本能で感じたのだろう。

先程、自身が言った【重なり合った刀身と刀身】の合間から、堀川の顔が見える。
その目はただ青江を……いや、屠ると定めた対象を捉えている。


「……僕のすべてを奪う気だね……。いいよ、なら僕も君のその情熱に応えてあげよう……!」


拮抗する刃の合間から、青江は堀川にまるで求愛に応えるようにそう叫び返す。

そして、その激しい暗殺の刃を払い退けると、肩に纏った白装束に風を孕ませて、
今度は自ら堀川のすべてを奪いに行った。

露になった右目は、不穏と呼ばれる月より赤い。





「……青江の奴、またあの癖が出やがったな…」


山伏を相手取りながら、日本号はそれまでとは違って堀川に向かって苛烈に斬り込んで行く
青江の姿を見ながらそう溢した。

だが、それに対して陸奥守が歌仙と戦いながらも、こちらはまだいつもの調子で笑ながら口を挟む。


「おんしは意外に心配性じゃのぉ。青江なら大丈夫じゃ。
 ちっくとばかし高揚しちゅうが、前はようやっとった刺し違え前提の捨て身の斬り込みとは違うぜよ。
 極めゆうと、ええ意味で角が取れるのう。」

「普通、俺達刃物は鋭さが取れちゃいけねぇんだがな…。まぁ、いいか」


少しぼやきながらも、日本号は今自分が相手にしている修行僧姿の太刀に意識を戻す。

向こうも向こうで、もはや試合とはギリギリの物騒な戦いを繰り広げている弟脇差の様子を見て、
陸奥守以上に豪快に笑っている。


「さーて、脇差の坊主達に俺達も負けちゃいらんねぇな。
 こっからは俺もちっとばかし本気で行かせてもらうぜ!山伏さんよぉ!」


日本号はそう言うと、槍を構え直して豪快にそれを振り回す。
間合いには決して入れさせないと言わんばかりに。



「日本号のも、なんやかんやゆうて張り切っちゅうのぅ」


周りの組み合いの熱に引っ張られて、いよいよ本領を発揮しだした日本号をチラと見てから、
陸奥守は次に三日月と和泉守の方を見る。

すると、こちらは三日月の一太刀で吹き飛ばされた和泉守が、見るからに重傷を負ってふらついていた。


「おじいちゃんはちっくと張り切り過ぎじゃのぅ…」


陸奥守が思わずそう溢すくらい、和泉守と三日月の組み合いの差は凄かった。
三日月はいかにも余裕の様子で和泉守に声を掛ける。


「和泉の、まだいくらも戦ってはおらんぞ。
 うちの部隊で極めておらぬのはこの老骨のみだ。つまり、俺はお前と条件は同じよ。
 もう諦めるのか? それでは修行に出向いたとて、極める事さえ出来んだろうなぁ」


三日月は言いながら、和泉守が立ち上がるのを待っている。


他方からは、倒れた和泉守を案じて彼の名を呼ぶ声が聞こえた。


「和泉守!!」


天下五剣に一撃の下に払い飛ばされた末代を目にして、歌仙兼定は思わずその名を呼んだ。


しかし、歌仙とて助け舟を出すような余裕は無い。
何せ、先程から陸奥守は周りと会話等をしつつも、その実隙が有りそうで無いのだ。

それもそのはず、陸奥守自身には実は手を抜いているつもりは一切なかった。
端からはそんな風には見えないかもしれないが、その気は常に歌仙から外さないように努めていた。

そして、そんな陸奥守に歌仙は全力で食いついて来る。
例え練度に大きな差があっても、勝てる見込みが無いとわかっていても、
己が研鑽して得たすべてを束にして向かって来る。その意気込み、その情熱の何と激しい事か。


「歌仙、よう聞け。練度を限界まで上げた先に極はある。
 じゃが、極たからと言ってそれで強うなるわけじゃあ、実は無い。
 極は新たなスタート地点に過ぎん。むしろ、練度上限に達したそれまでより弱まった気さえするもんじゃ。
 強うなるにはそれまで以上に果てが無い。心が折れそうにもなる。それが極の世界じゃ」


言った瞬間、陸奥守は歌仙の怒涛のごとき剣を払い、こちらから打って出る。


「こっちに来たら、今まで以上に悩んじゅう暇なんか無いぜよ…! 覚悟しとき!!」





「どう? 少しは一手返せたかな?」


右手の爪による攻撃で一矢報いる事が出来た信濃藤四郎だったが、
内心これ以上戦うのは厳しいと考えていた。

反撃に出た右手は刀は握れない上に、先程の攻撃に転じただけでも、
頭に響くぐらいの痛みが強く後を引く。

その上、後藤藤四郎の身を護る刀装兵はまだ余力がありそうだ。
力の差は、ここではっきりと出ている。次の攻撃を喰らえば、おそらく勝負がつくだろう。



しかし、今ここで諦めたくない。

普段は出さないような強い思いが、信濃藤四郎を突き動かす。


「(どうしたら、もっとこのまま戦っていられるかな……?)」


深手を覚られないように、背筋をぴんと伸ばし、構えの姿勢を取り続ける。
そう考え、信濃藤四郎がとった行動は、あえて後藤藤四郎を挑発する事だった。


「さぁ、俺ともっと戦ってよ! 極のその実力、見せてみてよ!」


フットワークを生かし、なるべく攻撃を受けないようにして避け続ける。
反撃できなくても、相手の剣捌き、足捌きをしっかり見据え、くまなく観察し、
そこから学ぶことは出来る。

自分の更に先を行く後藤藤四郎のその動きを見て、自分のものにするべく、
その技を目に焼き付けるよう努める。




こちらの戦いが正攻法とすれば、乱藤四郎と小夜左文字の対戦は、もはや型に囚われない
奔放で、自由なものだった。

乱藤四郎の煽り文句を受けて、演練故に行儀よく戦おうだなんて遠慮しなくても良いと分かって、
目の前の相手に勝つ事、ただそれだけを目指す貪欲な渇望だけが、小夜左文字の闘争心に火をつける。


「いいよ……じゃあ、僕も、なりふり構わないよ……どうなっても、知らないからね……!」


そう叫ぶと、もう一度地面を蹴って相手に飛び掛かる。

乱藤四郎はその可憐な姿に似合わず、随分豪快で野性的な動きで、飛び掛かってきた
小夜左文字を迎え撃った。
空中で、短刀と短刀がせめぎ合う高らかな音が、何度も繰り返される。

繰り出されるアクロバティックな攻撃を後ろに回転して避け、斜めに身体を捩ると
刀を手にして鋭い突きを繰り出す。

渾身の突きも避けられるが、ふわりと翻った幾重もの段々重ねのフリルのスカートの裾を、
小夜左文字は見逃さなかった。
裾をはっしと掴み、動きを止めた所をぎらりと光る刀で狙う。


「そこだね!!」



堀川国広が、相手を屠る心算で放った一撃は避けられることなく、しっかりと
にっかり青江に受け止められる。

そのひたむきさは、確かに求愛と言ってしまって差し支えないくらいに、高い熱量を帯びていた。

そして今度は、それと同じくらい真摯な思いの込められた一撃を、にっかり青江は返して来たのだった。


「紅い、瞳……?!」


真夏の空に光る、さそり座の一等星・アンタレスのように鮮烈な紅が、
にっかり青江の隠された右目から、一筋の光の残像を描いた、そう思った瞬間。

肩に、腕に、脇腹に、脚に。幾重もの太刀筋が、流星のように降り注ぐ。
にっかり青江の隠された瞳の色と同じくらいの紅い血飛沫が、堀川国広の身体中から吹き出た。




同刻、日本号と山伏国広の対戦では。

仲間の様子に半ば気を取られていたが、互いにしっかりと向き合い、今一度刃を交える。


「無論!!本気を出しての戦いは、拙僧も望む所である!!」


日本号が豪快に振り回した槍を、山伏国広は紙一重で避けていく。


「(これは……一撃でも喰らえば、ただでは済まんな……)」


普段から山に修行に出かけたり、野獣と組み合ったりなかなか野性的な訓練を行って 己を鍛え、逞しさや体力にかけてはなかなか並ぶ者の居ない山伏国広だったが、 極の境地に達した日本号の攻撃は、例え一撃でも喰らえば再起不能になるであろうことは、 瞬時に肌で感じ取っていた。


「だがしかし、力ではこちらも負けてはおらぬぞ!!」


刀身の一撃を避けると、槍特有の持ち手の長さの間合いにまで全力で駆け寄り、 距離を詰め、大きく振り回してきた槍のその長い柄の部分を、両の掌でしっかりと受け止めた。

山伏国広だからこそできる、力技だ。

そしてそのまま、遠心力をもってして、日本号を槍ごと大きく投げ飛ばした。



一方、三日月宗近にやすやすと吹き飛ばされた和泉守兼定は。


彼の煽り文句に、ぴくりと、刀を握る手が動く。
そして何とか、刀に凭れかかりながらも、傷だらけのその身体を再び持ち上がらせた。


「んだと……?! オレが、諦めるって、いつ言った……!?」


拳でぐいと口元の血を拭い取り、不屈の眼差しで、目の前に余裕をもって佇む三日月宗近を睨みつけた。


「上等だ……!!これぐらいの方が、戦い甲斐があるってもんだ……!!
 オレは、もっともっと、強くなってやらぁ!! お前を倒してな!!!」


そして再び三日月宗近に向かって斬り込んでいった。

その太刀筋はめっぽう粗削りではあったが、先程の傷を受ける前よりも、
次第にその動きはキレを増していった。


「ちっとぐらい劣勢の方が、より燃えるだろ!!」



和泉守兼定が負った傷の状態が気になる歌仙兼定であったが、様子を見れば、
どうやら三日月宗近の挑発で、戦う意欲を再び取り戻したらしい。

血気盛んなその様子に、ひとまず安堵した。

一方で陸奥守吉行との対話の内容にも至極興味を惹かれ、こちらに注意を一度戻す。


「極めただけで、終わりじゃない……?」


持てるだけの全ての力を注ぎ込んだ。しかし、目の前の相手は簡単にそれさえ追い抜いていく。
更に、極めた後には、広大な砂漠に向かうが如く、果ての無い己との戦いが待ち構えているという。

極めたはずの陸奥守吉行の口から、まさか「心が折れそうになる」という言葉を聞くとは。


一瞬、気が遠くなるように感じた。


しかし同時に、これが終わりではない、まだこの先に、もっともっと強くなれる、
その光芒の彼方にある可能性を確かに感じて、刀の束を握る手のひらに、力が篭った。


「つまり、もっと、僕らは強くなれる、という事だね?
 君の言う通りだ。悩んでいる暇なんか、これっぽっちもなさそうだよ……!!」


無限の可能性を感じて、主の為にもっと強くなれる、その未来に希望を見出し、
歌仙兼定は目を輝かせたのだった。



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