「さぁ、俺ともっと戦ってよ! 極のその実力、見せてみてよ!」
奇策によって一矢報いたとは言え、後藤の推測が正しければ信濃の右手は
かなり痺れていてもおかしくないはずだった。
何せ、相手の練度に合わせて一応加減したとはいえ、刀を握れなくして
決着を着けるくらいにはしっかり打ち込んだのだから。
にも関わらず、信濃は後藤を煽って来る。
瞬時にあれだけの判断や奇策を実行出来るのだから、手傷を負わせたとはいえ、
状況や練度差的に勝てる見込みが薄い事はわかっているはずだ。
多分、後藤が手加減をしている事も。
「(また何か策でもあんのか……。いや…)」
先程の隠し爪もあって少し考えたが、無駄な思考を巡らすくらいなら、いっそ乗ってみて
確かめるかと、後藤は動く。
相手の動きに一層注意を払いながら、今度は短期決着を狙うより、この赤い髪の策師の思惑を
探るように様子を見て打ち込む。
そして気付いた。信濃の本心に。
「(コイツ……さっきから避けるだけで殆ど打って来ない。
それ以上に、俺の一挙手一投足を注視する事に集中してる…)」
全てを観察するような目。一つ残らず吸収しようとフル回転する頭脳が、その瞳の先に見えた気がした。
「(成る程ねぇ…! いいぜ、そういう事なら付き合ってやるよ)」
信濃の意図を解した後藤は、口元が勝手に綻ぶのを感じながら、信濃の誘いを受けて
右に、左にと刃を打ち込む。避け方、払い方、そこからの攻撃への転じ方を披露するように。
「……だが、そうそう沢山は見せらんねぇかなっ!」
暫くそうして組み合ったかと思うと、突如後藤はそう叫ぶ。
そして、それまでの動きとは一変して、信濃が再び近付いた所で、その動かない右手をぐっと掴み、
一瞬怯んだ所に左腕から肩に掛けての装備を、大きく切り裂いた。
後藤と信濃に負けず劣らず白熱した戦いを繰り広げていた乱と小夜、その小さな身体に似合わぬ
荒々しい戦いは、一時乱に優位に傾いていたが、ここへ来てまた向きが変わった。
小夜にスカートの端を掴まれて、乱が少し態勢を崩したのだ。その眼に殺意の高い切っ先が映りこんだ。
「きゃっ!! ……くっ!うぅ…!」
小夜の刃は乱の右太ももに食い込んだ。かなり深く刺さっている。
しかも、小夜はそれをしっかり握って徐々に下へずらす。このまま乱の脚をかき切る気だ。
「さ…せ……るかああぁっ!!」
乱は痛みを堪えながら、左手で小夜の刀の柄を手ごと掴み、それを阻止する。
そして、刀と共にそれ以上動けなくなった小夜のみぞおちに再び左脚で膝蹴りを入れ、
のけぞった瞬間に逆に組み伏せた。
脚だろうが歯だろうが、使える物は何でも使う。ある意味、全身が乱の刀である。
地面に伏せて、どちらかが力尽きるまで獣のように取っ組み合う乱と小夜とは違い、
脇差同士の勝負は一気にカタがついた。
流星がごとき速さで堀川の横をすり抜け、追い越した青江の背後で、どさりと膝から崩れ落ちる音がする。
「勝負あったな」
スタンドで見ていたお面審神者のへし切長谷部がそう言う。
一方、身体中から血を噴き出して倒れ伏す仲間の姿を見て、蒲公英本丸の方はどよめき出す。
「待て、他はまだやり合ってる最中だ。そっちの兄弟なら心配無い」
今にも堀川の元に駆け出しそうな蒲公英本丸の面々を見て、お面審神者の山姥切国広は
それを制止し、演練場を見るよう促した。
そこでは、既に刀を収めた青江が堀川の側に歩み寄っていた。
青江はしゃがみこむと、堀川の身体を抱き上げる。
「堀川君、さぁ帰ろう。後は僕に身を委ねていいから」
青江は囁くようにそう言うと、薄く開いた堀川の眼に微笑みかけた。
妖しい輝きも破滅的な殺気も無い、柔らかな眼差しで。
青江が堀川を連れて主等の元に戻る傍ら、彼の兄の山伏は自慢の腕力と鋼のような肉体を駆使して、
その槍の柄を掴んでいた。
突然ビクともしなくなった槍に顔をしかめる間も無く、日本号の身体はその槍ごと宙に浮く。
そして、大きく投げ出された。
地面に叩きつけられる直前に身体を捻り、何とか受け身を取ったが、その凄まじいパワーに
改めて全身がビリビリとする。
「ふぅ……危ねぇ危ねぇ……。知っちゃあいたが……改めてすげぇ馬鹿力だな……」
後もう少し踏ん張りが足りなければ、壁に激突する所だった。
これだけの距離を投げ飛ばせる山伏の力と、それを可能にした度胸に彼は感服する。
「だが! この正三位、力だけだと思うなよ!!!!」
今の山伏の強力な投げ飛ばしでかえって火が着いたように、日本号は心底楽しそうに笑いながらそう叫ぶ。
先程ぶつかりかけた演練場の壁を蹴りつけ、その反動で猛烈に加速して山伏に斬り込んだ。
そんな周囲に比べて、三日月と和泉守の戦いは和泉守が起き上がるまで静かなものだった。
「おぉ、やっと起き上がったか。じじぃは心配したぞ。もう終わってしまうのかとな」
こちらを睨み付けて、ボロボロになりながらも威勢の良い啖呵を切る和泉守に、
三日月はこの状況にまったくそぐわない呑気かつ嬉しそうな声を上げる。
そして、すぐにまた自身も刀を構えた。楽しげな表情はそのままに、呑気さだけ切り捨てて。
「その意気込みよ、幕末の刀。お前を見込んだこのじいを失望させてくれるな」
かなり手酷い傷でありながらも、自分を倒す等と大声で叫んで向かって来る和泉守に、
三日月は弾むような心持ちで改めて迎え打つ。
その刃はむしろ先程より冴え、不屈の闘志が三日月に飛び火する勢いで剣激から伝わって来る。
これこそ真剣必殺。傷を負い、追い込まれた状態でこそ発揮される刀剣男士の力。
「むっ……!」
和泉守の攻撃を今まで通り受け止めた三日月だったが、この時の和泉守の全身全霊の一撃に一瞬揺らぐ。
今までとは比べ物にならないくらい重い一太刀は、三日月の表情を初めて歪ませた。
そして次の瞬間、高い金属音が鳴り響く。
三日月が和泉守の刀を払い飛ばした音。
だが、それは同時に三日月の全ての刀装が完全に破壊された音でもあった。
そして、陸奥守吉行と歌仙兼定。この二振りの戦いはまだ続いていた。
極になっただけでは強くなれない。
その自分の言葉を聞いて目を見開く歌仙の姿に、かつての自分の姿が重なる。
それが何やら懐かしいような愛おしいような、刃を交えている最中であるにも関わらず、
何ともいえない微笑ましい気持ちになる。
極になれば、その瞬間に今までより強くなれると陸奥守もかつて思っていた。いや、皆思っていた。
だが、今は知った。極とは伸び代がそれまでよりも格段に増える事だと。
だからこそ、あまりにも果てしがない。
自分の無力さをかえって突き付けられるようなあの感覚。
いっそ行かない方が強いままでいられたとさえ思う程。
それでも、諦めなかったから今がある。
死に物狂いで研鑽を積み直し、再びまともに出陣が出来るようになるまで泥にまみれた。
それを、陸奥守は真面目であるが故によく思い悩む彼に伝えたいと、いつも思っていた。
だが……
「……なんじゃあ、そん様子じゃと大丈夫そうじゃの」
以前悩んでいた時と違い、蒲公英本丸の歌仙兼定は「上等だ」と言わんばかりに
瞳を輝かせ、更に打ち込んで来た。
果てなき道は、更に、更に強くなれる無限の可能性。
歌仙にそう受け取って貰えた事を確信した瞬間、陸奥守はその胸に飾られた美しい牡丹の花を、
花だけを切っ先で凪ぎ払い、散らした。
暫くは、極の実力を持つ後藤藤四郎のその洗練された動きを、出来るだけ長い時間
見ていられるよう、動きについていく事に全力を傾けた。
走り方、脚の運び方、構え、振るい方など、刀の扱い方ひとつひとつにかけても、
身体に染みついた丁寧で滑らかな動き。フェイントをかけての切り込み。
すべてにおいて、己の遥か上を行く技術ばかりだった。
そして、手負いの右手を掴まれ、動きを止められたと思った次の瞬間。
左の肩から腕にかけてばっさりと斜めに袈裟斬りを受け、具足は砕け散り、赤い鮮血が迸る。
試合の決着をつける一撃を受け、信濃藤四郎はその場に倒れた。
しかし、信濃藤四郎は笑みを浮かべ、目の前に佇んでいる後藤藤四郎に話しかけた。
「俺がもう途中から戦えないって事には、気付いていたんだよね?
付き合ってくれて、ありがとう。君の技、しっかりと学ばせて貰ったよ」
反撃しないでいた事には、おそらくすぐに後藤藤四郎は気付いていただろう。
しかし彼は、そんな信濃藤四郎の意図を分かって、敢えてそれに付き合ってくれた。
とても楽しそうな笑みをもって。
彼も、こうして自分と戦うのが楽しかったのかな……そうであればいいな、と願って、
信濃藤四郎は眼を閉じた。
乱藤四郎と小夜左文字の戦いは、随分と荒っぽい展開となった。
乱藤四郎の膝蹴りをみぞおちに強かに喰らい、地面に組み敷かれた小夜左文字。
「ぐぅ……うぅ……!!」
必死にばたばたと手足を動かして抵抗しようとするが、流石に二度もあの強烈な蹴り技を受けて、
身体は無事とはいかなかった。おそらく、肋骨は何本かいっているだろう。
対する乱藤四郎も、脚から血を流し、決して無事とは言えない状況。
全身全霊をかけて、必死にこちらを押さえにかかってきていた。
もがこうとすればするほど激痛が走り、小夜左文字はこれ以上身体を動かすのは無理だと判断し、
獣の如く猛っていた手足をようやくだらんと伸ばし、無抵抗の意を示したのだった。
血を随分流してしまった為か、浅い呼吸で、意識も朦朧とする中、自分を抱き上げる
にっかり青江の姿を、堀川国広はぼんやりと見上げる。
先程の鮮烈な赤が、まるで幻だったかとも思わせる程、触れてくるその手は、
先程までの戦いとはうって変わり、柳に吹く春の夜風のように優しいものだった。
今まで感じた事のない程の、彼の包み込むような温かさに、逆立っていた感情は穏やかに凪いで、
もうこれ以上誰かを傷つけなくてもいい……と安心しきったように、すぅと堀川国広は目を閉じたのだった。
「兄弟は……本気で戦う時、異様に冷たい目になる。
だけど、その反動は大きいのか、戦い終わった後、暫く誰とも口を利かない。
己から皆を遠ざけるように……
あれだけ安心した顔を見たのは、初めてだ」
スタンド席から見守っていた蒲公英本丸の山姥切国広は、にっかり青江に
すっかり身を任せて安心しきっている堀川国広の様子をみて、そう呟いた。
自分たちにまだ見せない己の兄弟が相手に見せた、すっかり気を許した様子に、少し嫉妬を感じながら。
日本号と山伏国広の戦いも、佳境を迎えていた。
大きく投げ飛ばされた日本号は、体勢をいち早く立て直したかと思うと、間髪入れずに
反撃の一手を繰り出してきた。
その素早さに、山伏国広は刀を構える暇もなく、鋭く閃いた日本号の槍に大きく右肩を貫かれる。
貫かれた勢いのまま、演練場の壁に槍が貫いた身体ごと突き刺さり、身動きが全く取れない。
「……拙僧の負けよ。見事なり!!」
山伏国広は握っていた太刀を下ろし、これ以上抵抗する心算が無い事を示した。
少し離れた所では、丁度三日月宗近が、和泉守兼定の刀を弾き飛ばした所だった。
甲高い音と共に弾き飛ばされた刀は、彼らが対峙していた場所から大分離れた所に突き刺さる。
「くっそ……負けちまったな……」
飛ばされた刀を見送り、和泉守兼定は悔しそうに項垂れた。
己の無力感を感じながら、拳を握りしめる。
ひと時、確かに三日月宗近を押している、という手ごたえを感じたのだった。
だがそれは、窮地に立たされた時に発動した真剣必殺、いわば火事場の馬鹿力のようなもの。
あの時のような集中力がいつでも出されなければ、ほんとうに己の強さになったとは言えない。
まだまだ自身の力不足を感じて、今以上に研鑽に励むことを、和泉守兼定は己に誓ったのだった。
そして初期刀同士での戦いでは。
陸奥守吉行が示したのは、今より遥かに険しい修行への道。
極限まで己を高めた上で、研鑽をし直す為に、もう一度敢えて初歩に戻る事。
そこから先は、今まで以上に長く果てしない修行の日々が待っているという事を、
陸奥守吉行は教えてくれたのだ。
それは、気の遠くなる程、長い道のりとなるだろう。
彼自身も、辛く長いその道筋を今までずっと辿って来たのだ。
それはどれ程に、嫌になる位に己と向き合い続け、どれ程耐え続ける事だったのか。
それでも、極の道を進む覚悟があるか。そう、彼は問いかけていた。
だが、今の限界を超えられるのであれば。
「一度弱い身の上に戻る事など、百も承知。
これ以上強くなれない、敵わない相手がいると知った時のあの絶望感に比べれば……
未来に可能性が残る方が、僕は何倍も耐えられる。きっと、乗り越えてみせる」
そう言い、歌仙兼定は笑ったのだ。
そして、胸に飾った牡丹の花が散らされると。
ゆっくりと、手にした刀を下げる。
「我が主の象徴ともいえる花を散らされるは、首を切られたも同義。
軍配は君に上がった。手合わせ、感謝する」
刀を鞘に収め、陸奥守吉行を前にして、歌仙兼定は今一度姿勢を正し、深く頭を下げたのだった。
勝負は着いた。
装備を破壊され、肩にも傷を負い膝を付く信濃藤四郎はしかし、悔いなど一つも無いと言った
晴れやかな表情で後藤に礼を述べて来た。
「気付いてたのはお互い様だぜ。それに、お前の判断力に俺も結構驚かされたんだぜ?
お前、ぜってぇまだまだ強くなるよ。この俺が言うんだから間違いないって」
後藤はそう言うと、息も大分上がっている信濃の隣に屈み、しなだれた右腕を自分の肩に掛けた。
「そら、肩貸しな。さっさと戻って一緒に手入れ行こうぜ」
別本丸同士の藤四郎の短刀二振りは、お互い傷をこさえた身体を支えあって観戦している仲間達の元に戻る。
それまで激しく抵抗していた小夜の手足から力が抜けたのを感じて、乱はその身体を抑えつけていた手を離し、
小夜の袈裟を縫い付けるように突き立てた短刀を抜いた。
自分の荒い呼吸の音がおかしいくらいによく耳に響く。
脚にはまだ小夜の本体が刺さったままで、下手に抜けば血が噴き出すだろう。
「ははっ……! 凄いや……ボクをこんなにするなんて……」
お互い髪は振り乱れ、服は裂けているし、地面を散々転がったので、文字通り泥にまみれている。
立ち上がって小夜に手を貸したい所だが、短刀が深々と刺さった脚ではどうやらそれは難しそうだ。だが…
「小夜君……よくやったね…。実戦はこのくらい……ううん、これ以上だって良いんだよ……。
ボクの脚に刺した刀の深さ……手応え……覚えておいてね…。
強い敵には、このくらい深く、激しく喰いつくんだ……って」
乱藤四郎はそう言って、隣で倒れている小夜左文字に笑いかけた。
桃色のスカートも、蝶のようなリボンも、すべて汚れて皺がより、所々裂けている。
きっとその姿は酷く野蛮で薄汚いのだろう。
それでも乱は気にしない。
自分の主と仲間達は、そんな乱をいつだって美しいと褒めてくれた。
あぁ…。観戦しているあの蒲公英本丸の子達に伝わっただろうか。
彼等の自信を引き出す事は出来ただろうか。
戦いが終わった今、乱の頭の中を廻るのはそれだけだった。
遠くに、駆け寄って来る仲間達の声を聞きながら。
試合の中、最も早く決着を着けた青江は、倒した堀川国広を抱えて一足先にスタンドに戻る。
命そのものを取ってしまわないよう、分散して浅く切ったとは言え、
その分傷は身体中何ヵ所にも及ぶ。早く手入れをしないと、出血が続いてしまう。
案の定、倒れた堀川を心配して蒲公英の審神者や彼女の刀達が、堀川を抱えて戻った青江の側に
駆け寄って来る。
肩や脇腹を血に染めている堀川を見てざわめく彼等に、青江は少し苦笑しながら言った。
「ごめんね、動きを封じる為に出来るだけ多くの箇所を切ったんだ。
そうでもしないといけないくらい、彼は速くて鋭くてね。
だから、周りが終わるのを待たずに拐ってきて来てしまったよ」
青江は堀川を抱えたまま、彼らしい冗談を交えつつ、先程の試合の状況を説明する。
その微笑みの下で意識を放棄している堀川の顔は驚く程穏やかだ。
「さて、出来ればこのままベッドまで連れ込みたいんだけれどね……。
ふふっ、そんな顔しなくても大丈夫。ちゃんと手入れ部屋の事だよ?」
「青江!蒲公英の子達の前で変な事を言うんじゃない! いいから、早く連れていっておあげよ!!」
「うちの青江がすみませんねぇ…」
「あ、いえ…。私は気にしませんので…」
一言余計な青江に、お面審神者の歌仙がそれを叱り、宗三が呆れながら謝る。
蒲公英審神者は言葉の意味を理解しているのかいないのかわからないが、
とりあえずおたおたしながらも二振りにそう答えた。
そんなやり取りを楽しみながら、青江は演練場の手入れ部屋に堀川を連れて去って行った。
そんな青江達を見送る時、お面審神者の堀川国広は蒲公英の山姥切国広の様子を窺う。
先程試合が決した時の彼の呟きと、その様子が気にかかったから…。
「青江さんにちょっと妬いてる? 蒲公英の兄弟」
別に驚かせるつもりはなかったのだが、そう言った瞬間に蒲公英審神者の山姥切は少しぎょっとする。
その反応を見て、お面審神者の堀川は思わず笑う。しかし、笑いながらもこう言った。
「何となく分かる気がするんだけど、多分脇差同士、何か通ずる物があったんじゃないかな。
さっき蒲公英の兄弟がそっちの堀川国広の事を言ってたけど、うちの青江さんも
ちょっと違うけど、そういう所あるタイプだから…。
でも、多分そっちの僕は兄弟達が居るから、何があってもまた戻って来られるんだと思うよ。
僕の勘だけどね」
そう言って、お面審神者の堀川は他本丸の兄弟に笑いかけた。
異なる本丸の兄弟刀がそのような話をしていると、山伏と日本号も戻って来た。
「あ、こっちも帰って来たね。おかえりなさい!お疲れ様」
お互いなかなか豪快な傷をこさえて戻って来た二振りを、お面本丸の堀川は甲斐甲斐しく出迎える。
もう一振りの兄弟は怪我こそしているが、その表情はいつも通り…いや、それ以上に明るい。
それを見て少し表情が和らいだ蒲公英の山姥切を見て、お面審神者の堀川はにこにこと嬉しそうに笑った。
「おーい堀川、こっちも何か拭うもんくれや。いてて……! んっとにすげぇ馬鹿力だったな…」
日本号は投げ飛ばされた時に受けた衝撃がまだ残る足を庇いつつ、そうぼやく。
「でも、何か日本号さんも嬉しそうですね」
「あぁ? …まぁな。久しぶりに酒以上に気分が上がる戦いだったからな。
アイツ等、極たらどうなるか楽しみだ」
「そうですね」
お面本丸の日本号と堀川は顔を見合わせて笑う。すぐ側には、やはり清々しい表情の蒲公英本丸の国広兄弟。
たまには、こんなのも良い物だ。
そんな和やかなムードに包まれ行くスタンドに、またもう一組みが戻って来る。
戻ったのは重傷を負って立っているのがやっとの和泉守兼定と、それを支えている三日月宗近だ。
「先程の一撃、見事だったぞ。和泉守」
自分の肩に凭れながら何とか歩く和泉守に、三日月は先程の健闘を称える。
刀を弾き飛ばして勝敗を決めた後、和泉守はすべてを出し尽くしたように……同時に、
無力感に襲われるように膝をついたのだ。
恐らく、勝つ事の出来なかった悔しさによるものなのだろう。
しかし、三日月は力無く己の背に凭れている若者に笑いながらこう言った。
「俺もお前も他より条件は同じだったが……ただ一つ、刀種が違う。
お前が持てる刀装は二つまでだが、俺は三つだ。打刀と太刀では、基本の統率や生存値も違う。
まぁ、全体的に俺のが有利なわけだがな。ははは」
三日月が笑いながらそう言うと、背中で和泉守が少々毒付く声が聞こえた。
それをちゃんと耳に拾いながら、三日月は更にこう言った。
「…だが、お前はその差がある中でも、それを破った。
このじじぃ、統率の堅さにはそれなりに自信があるつもりでな。
刀装を全て破壊されたのは久しぶりの事よ。
お前は最後まで諦めず、そして差のある相手を上回ったのだ。
良い戦いだったぞ、蒲公英の和泉守兼定よ。これから先もその調子で行け。
お前は俺を越す為に。俺はお前に越されぬように。我々の先はまだまだ長いぞ」
三日月はそう言うと、晴れ晴れと笑った。
そして、この演練の最後を飾ったのは、風雅に舞い散る一輪の花の紅だった。
その花びらを前に、歌仙兼定は深々と頭を下げる。
試合は終った。越中国、お面の審神者の本丸の勝利で。
歌仙が下げた頭の前に、陸奥守は手を伸ばす。そして、顔を上げた歌仙に向かってにまっと笑った。
「わしらも行くぜよ、主らの所へ」
試合を終えて陸奥守が歌仙に言ったのは、ただその一言だった。
もう伝えたい事は十分に伝えた。伝わった。
後は言葉なんていらない。きっと、目の前のこの相手ならそれを解していると信じて。