お面の審神者が蒲公英本丸の歌仙兼定を月夜の庭園に招待したその日、
二人はある程度語らったのち、後は審神者の掻き鳴らす月琴の音色を聴き、
風に乗って来る薔薇の香に身を委ねながら、特に何を言うでもなく時を過ごした。
それは何とも言えない不思議な時間で、一夜明けてしまうと夢だったのではないかと思う程だった。
と言うのも、宛がわれた客間で目を覚ました歌仙の耳に、さっそくにも廊下で食堂まで競争する
短刀と幕末刀達や、それを叱る者等の賑やかな声が聞こえて来たからである。
「ぽぽ歌仙さーん! 朝ごはん出来てますよー!」
まだ、昨夜見た月下の庭園に自分を半分置き去りにして来てしまったかのように
ぼんやりとしている歌仙に、この本丸の堀川国広が明るく人懐こい声と笑顔でそう呼び掛ける。
支度を済ませて食堂へ行っても、片付けを済ませてもやはり同じで、静けさの「し」の字も無い賑やかさ……
もっと言ってしまえば、破天荒さで満ちている。しかし……
「じゃあ、ぽぽ歌仙君、これお願いね」
「あぁ、任せておくれ」
朝食の片付けが済んで、次は午前中のうちから洗濯が始まるのが大体の運びだ。
修行に来た歌仙は、ここでは主に家事を手伝っているので、大体それらの仕事を持ち回りで監督している
堀川や燭台切等と一緒に居る事が多かった。
逆に言うと、よく気が利いて、比較的人当たりも良い上に穏やかな気質の彼らとしか、
ここに来て殆どまともに接する事が出来ていないとも言うが…。
ともあれ、燭台切から預かった、綺麗に洗濯されて畳まれたシーツを指定された各部屋に届ける為に、
歌仙は大分慣れたお面審神者本丸の廊下を進んで、覚え書きに書き留められた部屋を準々に回って行く。
「えっと……次は粟田口部屋……」
粟田口といえば、刀剣男士の中でも最も刀数が多い刀派で、しかも遊び盛りの子供の姿をした短刀が多い。
特にここの本丸の子等は元気だ。
連日歌仙に飛び付いて来て、興味津々に質問責めにして来るのも、その半分くらいは粟田口だ。
だが……
「失礼するよ……あれ?」
「? 歌仙か…」
少し意を決して襖を開けると、そこにはあの賑やかな大家族の姿は無く、居たのは骨喰藤四郎と鯰尾藤四郎、
そして蒲公英本丸にはまだ居ない、白い髪の剣だけだった。
「おや、今日は君達だけなのかい?」
「はい!他の非番の弟達は表に遊びに行きました!」
鯰のようなぴこぴこのアホ毛を揺らしながら、鯰尾は元気にそう答える。
「君達は行かないのかい?」
「いやー……それがねー……」
鯰尾は言いながら、卓に向かって何やらせっせと折っている剣の方を目で促した。
「鯰尾藤四郎………これはどうすれば良いのでしょう…」
抑揚の無い小さな声で、剣は何やらヘンテコな形の紙を摘まみ上げて、鯰尾にそう訊ねる。
それを見て、鯰尾は声を上げた。
「あー……ハイハイ、これはちょっと折り直しかなー…」
鯰尾は少し苦笑しながら、そのしっちゃかめっちゃかに折られた紙を見る。
どうやら、彼らは折り紙をしているようだった。……何を折りたいのかは、皆目検討も着かないが。
歌仙が少したじろいでいると、鯰尾が頭を掻いて笑いながら言った。
「いやー……白山がね、乱や秋田達が折り紙してるのを見て、
興味ありそうだったから教える事にしたんだけど……なかなか難しいっぽくて」
「兄弟の見本が悪い。確かに兄弟は上手いが……途中で凝り過ぎて、ガ○ダムとかを作り始めるから」
鯰尾が事を歌仙に説明していると、その横で骨喰がほぼ無表情で、
鯰尾が折ったという『見本』を歌仙に見せた。
むしろ、一体どうやったらコレを作れるのか、歌仙にも謎だった。
確かに見本がコレではなかなか難しいだろう。
「文句言うんだったら骨喰が見本作れよー!」
「折り紙は苦手だ」
折り過ぎてくったくたによれた白山吉光の折り紙と、鯰尾作のガン○ム折り紙とを廻って、
鯰尾と骨喰はわちゃわちゃと……いや、テンション的に鯰尾だけ騒がしく
言い合い…にもならないじゃれ合いを始める。
一方、白山はまだめげずに一人で無言で折り紙を折っていた。
洗濯物を各々の部屋に届ける仕事がまだあったが、少しだけならまだ時間は大丈夫だろう。
燭台切光忠も、少し帰りが遅くなったぐらいで怒るような人物像でもない。
そう思った歌仙兼定は、この脇差と剣たちの遊びに、少し付き合ってみる事にした。
「折り紙か……うちでも、主と一緒に作った事があるよ。
もっとも、僕は簡単な物しか折れないけれど。
もし良かったら、一緒に折ってみないかい?」
折り目が付き過ぎてしわくちゃになってしまった折り紙を手にした白山吉光に、
蒲公英本丸の歌仙兼定は手にしていた洗濯物を脇に置くと、穏やかに話しかける。
すると、白山吉光は顔を上げて期待の眼差しを向けるが、手にしている折り紙を見て、
再び視線を落とした。
「教えてくれるのですか……? でも、こうなってしまっては、もう何も……」
「大丈夫。貸してごらん」
確かに、白山吉光が手にしている折り紙は、もうくしゃくしゃに何度も折り痕がつき過ぎてしまい、
くったりとしてこれ以上形にならなさそうな状態だった。
気落ちする白山吉光の隣にゆっくりと赴くと、折り込まれたその折り紙を受け取る。
「簡単な折り方ならば、きっと形になるよ。
一緒にやってみよう。君は、新しい折り紙を用意してくれるかい?」
折り込まれてあちこち痕のついた折り紙を、歌仙兼定はもう一度丁寧に広げる。綺麗な牡丹色だ。
そして、折り紙の端を合わせてひとつ重ね、もうひとつ端を重ねて、細い指先でその形を整えていく。
白山吉光の様子を1つ1つ確認しながら、共に行程を進めていく。
「ここをこうして…… そう、で、ここをふくらませてみるんだよ。
少しコツがいるね。ゆっくりでいいから」
途中、分かりにくい箇所は、白山吉光が折るまで待ち、共に作業を進める。
決して急かさず、ゆっくりと見守りながら。
やがて、2人が折った折り紙は、かわいらしい花の形を作り出した。
「どうだい? ご覧、可愛らしい椿の花が出来上がったね。これからの季節にぴったりだ。
この折り目が美しい模様になっていて、実に雅だね」
「ちゃんと形になった…… 私が最初に折っていた方も……」
最初に白山吉光が折っていた方の、折り皺だらけだった折り紙も、無事形にすることが出来た。
何度も折った折り目は、まるで霜が降ったような模様となり、椿の花をより味わい深くさせていた。
目を輝かせる白山吉光に、歌仙兼定はにっこりと微笑んだのだった。
「すごい………すごいです…。歌仙兼定…」
出来上がった可憐な椿の折り紙を眺めながら、白山吉光は呟くようにそう言う。
その表情は折り紙を折っている時と同様、殆ど変化が無い。
……が、その手の中の折り紙をしげしげと見つめる瞳は大きく見開かれ、輝きを増している。
そんな白山を、更に鯰尾ががばっと抱き締めた。
「やったじゃん、白山ー! 良かったなー!! いや、兄ちゃんも鼻が高いぞー!」
「苦しいです、鯰尾……。
それから、剣の私はあなた方の言う兄弟の序列に当てはまらないのではと……」
「堅い事言うなってー! 俺の方が先に顕現したんだから、俺が兄ちゃんだよー!」
無表情で息苦しさを訴える白山に構わず、鯰尾はその頭をかいぐり、かいぐりしながら
そんな事をのたまう。
大変に温度差のある二人だ。……だが。
「……仲が良いんだね。君達は」
ひたすら白山をぐりぐりと可愛がる鯰尾と、されるがままになりながらも、
決して拒否の姿勢は見せない白山の様子を見て、歌仙は思わずそう口にしていた。
すると……
「そりゃ、勿論ですよ! なっ!?」
「仲が良い……ですか…」
「良いだろ? 仲悪いか?俺達」
「………悪く……ありません」
殆ど鯰尾の誘導尋問みたいな形だが、少ない言葉数でそう答える白山からは、
嫌がっているような気配は感じられない。
鯰尾藤四郎と白山吉光。これ程までに気質に差がある者同士なのに、
その一緒に居る姿は何処かしっくり来ている。
「こらー!! 鯰尾藤四郎ー!! 何処でサボっているー!!?」
「あ、いっけね! 俺、今日長谷部さんと馬当番だった!!!」
歌仙が両極端な粟田口兄弟のやり取りを目にしていた時、外から怒り混じりの長谷部の声が聞こえて来る。
それを耳にした鯰尾は、大事な事を思い出したようにように跳ね上がって、慌てて部屋から飛び出して行った。
「馬糞は投げるなよ、兄弟」
「善処するよ! そんじゃ、行ってきまーす!」
鯰尾はそう言って、バタバタと廊下を駆けて行く。
そんな鯰尾が居なくなってしまうと、部屋はそれまでとは打って変わって、
一気にしん…と、静まりかえった。
それもそのはず。残ったのは口数、表情共に少ない白山吉光と骨喰藤四郎なのだから。
しかしその時、骨喰がおもむろに口を開いた。
「凄いな…あんたは…。白山があんなに嬉しそうな顔をするなんて、滅多に見ない」
「そうなのかい?」
歌仙は思わず訊き返す。すると、骨喰はこくりと頷いた。
「鯰尾や、他の兄弟……刀達はそうではないかもしれないが……。
俺も白山も、お互い喋るのは得意じゃないから…。大体喋っているのは鯰尾だ」
骨喰は言いながら、部屋の中で再び熱心に折り紙に挑戦している白山の方を見つめた。
骨喰藤四郎にそう言われると、確かに思い当たる事があった。
鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎は、それまで本体である刀が共に居た経歴もあって、
いつも一緒に居る事が多い。
だが、2人を見ている限り、いつも話している方は確かに鯰尾藤四郎の方ばかりだ。
歌仙兼定は、骨喰藤四郎が話すところを、あまり見た事がない。
きっと彼も、自分から話す事が得意ではないのだろう。
今まで接する事が無かった彼に、共通する悩みをこうして初めて聴いたことで、
親近感というのだろうか。そういうものを、初めて感じたのだった。
「もし、白山君が嬉しそうにしてくれたのなら、嬉しいなあ。
僕も、誰かに話しかけたりするのは、本当は苦手なんだよ。
だから初めは身構えてしまったのだけれどね。
でも、無理に話そうとする必要は、きっと無いんだよ。僕も君も。
無理に何かしようとすればするほど、身構えたりして緊張してしまうだろう?
今までの僕がそうだったからさ。
きっとこうして、ただ一緒に折り紙を折っているだけでも、いいんだね。」
それは、今初めて分かった事だ。
お面の審神者に言われた事が、ようやく理解できた気がした。
色々な気質の者がいる。だけれど、無理に話そうとしなくてもいい。
ただ、共に同じ空間を過ごすだけでいい。
この穏やかな空間に、言葉なく、ただ穏やかに佇むだけが、どこか心地よく感じたのだ。
鯰尾藤四郎も、寡黙な骨喰藤四郎が何も言わなくても、傍にいてくれる。
彼が話そうとするのを無理に促したりしていない。
それでも、2人は仲が良いのだと分かる。
それは、骨喰藤四郎のペースを、鯰尾藤四郎が決して急かすことなく、
見守ってくれているからなのだろう。
そしてその距離感に、骨喰藤四郎が安心しているからなのだろう、と。
「歌仙兼定」
歌仙と骨喰がそう話していると、今まで後ろで新たな折り紙制作にチャレンジしていた白山が、
ふいにそう言ってこちらに近づいて来た。その手に、新しく折った椿の花を持って。
更に、白山はその椿を歌仙に差し出す。
「もう一つ折れました。差し上げます」
白山の言葉は短くて、表情は相変わらず虚無に近いくらい動かない。
しかし、その大きな硝子玉のような瞳で歌仙を見つめながら
折り紙の椿を差し出すその姿は、何処か幼子のようでもあった。
純粋無垢な、白山吉光のそのまんまるな瞳は、きらきらと輝いていた。
手のひらに乗っていたのは、彼が初めて折る事が出来た、折り紙の小さな愛らしい椿の花。
自らの手で作り出せた喜びを、まるで共に分かち合いたいとでも言うように、差し出してくれたのだ。
歩み寄ってきてくれたのだ、そう感じ取った瞬間。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
白山吉光が作った椿の花を受け取ったその時、椿の花とはまた別の薄紅色の花びらが
はにかんで微笑んだ歌仙兼定の周りに、無数に舞い上がる。
「桜吹雪……!!」
「これは……??」
突然の事に、目をぱちくりさせて驚く骨喰藤四郎と白山吉光。
桜吹雪を背負った当の本人も、唐突に己の身に起こった事に困惑する。
「な…… どうしていきなり、こんな……?」
そして、己の気持ちに気付き、その頬を紅潮させる。
こんなに、心温まったことは、ついぞ無かったから。
嬉しかったのだ。
自分と同じく、人と距離を取ってしまうような相手が、こうして近づいてきてくれて
好意を示してくれたことが。
今まで、人と接する事は、どこか恐ろしいと感じていた。
相手から失望されたり、拒絶される恐怖。相手を傷つけてしまわないかと恐れる気持ち。
しかし、決して恐れるようなものだけではない。
今こうして、ひと時だけでも、何気ない事で嬉しさや楽しさを共に感じて、心通わせる事が出来た時。
こんなに嬉しく、心温まるものなのか。
折り紙を通じた、2人とのこの穏やかな時間が、それを教えてくれたのだ。
「あーーーー!!ずるい、ばみ兄ぃたちばかり、折り紙で遊んで貰ってたんだぁー!!!」
感慨深い思いに耽っている間もなく、突然賑やかな声たちが、思考を遮った。
驚いて振り返ると、そこには遠征や訓練を終えた他の短刀の子たちが、粟田口部屋へと帰ってきた所だった。
「ボクも一緒に遊んで欲しいなぁ!」
「これは何を折っていらしたのですか? 私にも是非教えて下さい!」
「悪いな、チビ共と遊んでやってくれないか?
なぁに、この洗濯物の片付けなら俺がやるさ。気にしなくていいぜ」
好奇心のままにあれよあれよと短刀の子たちに囲まれて、当惑する蒲公英本丸の歌仙兼定。
しかし、もう以前のように、無理に話そうとする必要はない。
気負う必要などないという事を、彼は分かっていた。
賑やかな子たちに囲まれる中、少し離れた所にいた骨喰藤四郎と白山吉光と視線が合う。
2人は黙って、穏やかな眼差しで頷いた。
あるがままで、自然に接していけばいい。
「あぁ、勿論だよ。一緒に遊んでくれるかい?」
歌仙兼定はそう言い、ふわりと微笑む。
残りの折り紙を幾枚か持ち、わくわくしながら待っている短刀たちの元へと向かったのだった。
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いつもお世話になっている、越中様本丸との、リレー形式SSです!
うちの歌仙さんが随分人見知りだという話から、越中様の本丸で鍛えたら
少しはタフになるんじゃないの?という事で、先方様宅に修行で赴くという内容を
2人でSSをリレー形式で繋いでいく、という形で書いてみました。
夜の中華庭園での風流な語り合いから、鯰尾君&白山君&骨喰君との折り紙と
交流にほっこりさせて頂きました! 先方さまに感謝vv