夕暮れ時を過ぎ、夜の帳が降りた雪景色。白と黒の、モノクロームの世界。

薄闇の中、音もなく深々と降り積もっていく、六華の結晶たち。

そんな美しさと対照的に、ところどころに、使い古して今は誰も住んでいないようなあばら家が散在している。

時折隙間風が吹き、びゅうびゅう、ひゅうひゅうと哀しげな音を立てる。


そんな閑散とした道を、1人静かに雪を踏みしめて歩いていく者がいた。



円錐状の笠を被り、雪避けの外套を着てはいるが、身に着けている紺色の甲冑はこのワダツミのものではない。

カチャカチャと無機質な音を立て、次々に雪の積もる道を歩いていく。その腰には、ワダツミ伝統の和刀が1本差してあった。


雪の降りしきる人の全く通らない道を歩き続けていると、暗闇の中からぽつんと明かりが見えた。

人気のないところにひっそりと、まるで、世俗から離れて暮らしているように、その木造の一軒家は建っていた。



外套に積もった雪を払いのけ、障子戸を開くと、ふわりと暖かい空気が体を包む。

菜種油を使ったランタンが下がった工房で、1人の老人が椅子に腰かけ、熱した和刀を鍛え続けていた。



「ただいま戻りました、師匠」

「おぉ、ユキヒコ、帰ったか。済まないが、完成まで暫し待って貰うぞ……」

「構いません。ずっと続けておいでだったのでしょう。今、お茶を淹れます。」



熱避けの眼鏡を外して、老人は青年に声をかけるが、再び作業に没頭する。

笠の雪を払い、使い込まれた外套を入り口の上着掛けに掛けると、囲炉裏の鉤棒にひっかけてある薬缶を取り

急須に棒茶と熱湯を注ぎこむ。香ばしい匂いが部屋に立ち込める。



隣の作業場の土間で、老人はひたすら紅く熱せられた和刀を叩き続ける。

丹念に刀身を眺め、ひとつ頷くと、粘土をつけて炉に入れてから水に浸す。ジュッと水煙が立ち上る。

それを取り出すと、砥石でゆっくり刃をつけていく。


暫くして完成した、綺麗に反った刀身に満足そうに老人が頷く。


「うむうむ。こんなものかな。」


出来たばかりの和刀を置いて、肩を回しながら、老人は囲炉裏の傍にやってくる。

淹れてから少し経ってしまったが、まだ温もりの残る湯飲みを手にすると、一口で一気に飲み干す。


「はは、飲み干すには丁度良かったな」


青年がもう一度急須を傾け、今度は熱いお茶を湯飲みに注ぎ込む。






「どうだ、ユキヒコ。この国には慣れたか?」


温かい湯気の立つ棒茶を飲みながら、ふと、老人が青年に尋ねる。


「お前がこの国に来てから、もう1年になるな。

 他の国とは気候も文化も、習慣も大きく異なるワダツミは、はじめは戸惑いしか感じられなかっただろう。

 このような大雪にもな。」


湯飲みを置き、ユキヒコと呼ばれた青年は、老人にゆっくりと答える。


「……1年前、嵐の中海に漂い、このワダツミに流れ着いた私を、道すがら助けて頂いたご恩は忘れません。

 あの日も、このような大雪の日でした。私の生まれ育った国は、雪と氷には全く縁のない国でしたので、

 凍える寒さそれだけでも、私は死を覚悟しましたとも。


 それが、命を助けて頂いたばかりでなく、快くここに置いて頂けるとは。

 異邦者である私を、麓の街の皆は不審がるどころか、困ったことはないかと、いつも温かく声をかけて頂ける。

 この国の方々は、本当にお優しい……

 ユキヒコという名まで頂き、こうして師匠の元で剣の稽古をつけて頂けるだけで、本当に有り難いものです。」


しみじみと語るユキヒコに、老人は笑う。


「なに、おせっかいが多いのだよ、この国はな。

 まぁ、冬にあれだけの大雪が降るワダツミでは、生きる為には、皆協力し合わなければな。

 私たちも、ユキヒコが来てくれて助かっているのだよ。

 大社殿から助っ人が来てはくれるが、お前の力で、雪かきなど力仕事が至極はかどるからな、ははは」


温かいお茶を一口飲み、老人は尚青年に尋ねる。


「この間もな、大社殿の者が言うておったぞ。お前が来てくれたら心強いとな。

 どうだ、御国守りを務める気はないか?」


「師匠もかつては、ワダツミノ国の御国守りだったのですよね?」


「そうだ。今は引退して、和刀の精錬や、若い者たちに剣道を教える役目を受け持ってるがな。

 まぁこの国は、精霊の護りによって、悪意を持つ外敵は荒波や大雪で阻まれるから、もっぱら雪や海での災害の救助が多い。


 しかしな……ここ最近、ワダツミノ国を取り巻く周りの国々から、不穏な話を聞くのだ」


「不穏な話?」


「ワダツミと貿易をしているコリンドーネ国の事は知っているな?

 あの国は他国と国境を接するゆえに、昔から侵略の戦乱に晒されてきたのだが、どうやら彼らの密偵によると

 中央大陸で大規模に侵略戦争を広げているカーディレット帝国が侵略の手をどんどん広げているそうなのだ。

 その戦乱の飛び火が、この国にいつやってくるかも、分からない状況だと聞いている。


 ますます、ワダツミノ国は、防衛に力を入れなければならなくなるかも知れないな……」

 他国と殆ど戦をしたことのないワダツミが、どこまで戦えるものか……


難しい顔をして、老人は腕を組み、囲炉裏の前で考え込む。



同様に、ユキヒコも眉間に皺を寄せて、じっと膝に拳を置いて黙り込む。


「私も、諸国を渡り歩いてきた時に、帝国の所業をこの目に焼き付けてきました。

 彼らの行いは、酷いものです。 横暴極まりなく他国を侵し、踏みつけ、それまで築いてきたものを簡単に壊す……

 この穏やかで優しいワダツミが、そのような目に逢う事など、考えたくもありません……」


「そうか、お前は外国からやって来たからな……私らよりも、外の国について詳しいだろうな」


「その上で、防衛には些か不安を感じないと言えば、嘘になりましょう。

 帝国は、侵攻の為に精霊魔法に長けた部隊、大掛かりな機械を用います。

 何よりその国土の広さ、軍隊の規模も考えると、苦戦を強いられかねません……」


「そうか……帝国の事を少しでも知ったお前が、御国守りの役目に就いてくれると、心強いのだがな……」



すると、青年は首を横にふるふると振る。


「私はこの国からしてみればどこの馬の骨とも分からない余所者です。

 この国はおろか、私は祖国を逃げ出してきた身。 他所の国の防衛の事をとやかく言える立場ではありません。

 国を護るような重要な役目は、私にはとても務まりません……」


彼の意志は固いようだ。

ユキヒコの言葉を聞くと、老人は惜しそうにつぶやく。


「そうか、残念だな……まぁ、気が変わったらいつでも、大社殿に声をかけるといい。」

「考えておきます……」


そう言うと、湯飲みに残ったお茶をずずっと飲み干した。







2人が囲炉裏を囲みお茶を飲んでいる所、入り口の障子戸がガラガラと開き、活気に満ちた声が響く。


「ごめんくださーい! ツトムおじいさん、この薙刀と包丁、打ち直して貰えますかー?」

「おぉ、チアキ。こんな時間にはるばるよく来たね。」

「夜分遅くにごめんなさい。明日は龍神さまのお祭りだから、火ノ姫神さまたちがお供え料理に腕を振るわなくてはならないのだけど、

 ユメエちゃん愛用の包丁が欠けてしまって。大急ぎで持ってきたの。お願いします!」


赤茶の髪を2つの髷にして結わえた少女の巫女兵が、薙刀と、和紙に包まれた包丁を差し出す。


「いいとも。これは大分刃こぼれしたね……」

「今日釣り上げて捌いて貰った、あのあんこうの鱗が固かったのかな……」

「早速打ち直す事としよう。ユキヒコ、お前はそっちの薙刀を頼む」

「分かりました」


2人は囲炉裏から立ち上がり、土間の作業場にて熱した炉に刃をかざし、打ち据え始める。

玉鋼を塗り、欠けた刃の補強をして、熱しては叩き、冷やし、再び熱して叩くのを繰り返す。


作業をしながら、老人……ツトムは、土間の傍らでお茶を飲んで待っているチアキと雑談する。


「どうだ、最近の調子は?」

「まぁまぁかなー。訓練に励むけど、ソヨちゃんにいつも負けてばかりなんです。もっと精進しないと。」


同期との訓練でいつも結果を残せない事に、少し悔しそうに、チアキは土間で足をぶらぶらさせる。


「ソヨは筋がいいからなぁ。はは、まぁお前も日々頑張ることだな。訓練を続ければ、腕も上がるさ。

 大社殿の皆に変わりはないか?」


そうツトムが笑って励まし、皆の近況を尋ねると、チアキはぴょこんと立ち上がり、両手を広げて面白そうに答えた。


「それがね、今面白い事が起こってるんです。

 私は直接話した訳ではないんだけれど、大社殿に珍しく外国のお客様が来ているの。」

「外国のお客様? コリンドーネの使節団かい?」

「いいえ。今まで国交を持ったことのない国。えーと、確か、国の名前は……

 フロレアールって言ったっけな……」



その単語を聞くや否や、砥石で薙刀の刃を鍛えていたユキヒコの手が止まる。


「……フロレアール……だと……?」


表情を固くして、2人に覚られないように耳をそばだてる。



「いらっしゃったのは、まだあっちでも見習いの若い騎士の子みたいよ。

 うちの若い子たちと一緒に訓練したりして、あちこち見学しているみたいなんですけど。

 文化が違うから、色々戸惑っているみたい。

 このあいだ、御火ノ番の様子も見学に来ていたっけなぁ。火の扱いは慣れないみたいでね。

 魚を焦がしてなんかいたっけ。ふふ、なんだかおかしかったなあ。」


「フロレアールといえば、大陸の山の中にある、争いとは無縁の小さな平和な国だろう。

 なんでまた、こんな極東のワダツミなんぞに来たのかね?」


「さぁ…… 何でも、巫女姫様が仰るには、雪国の文化を学ぶ為だそうですよ。

 フロレアールは花が咲き乱れる常春の国。冬の暮らしを全く知らないみたいです。」


「社会見学かなんかかねぇ」




チアキの言う通り、フロレアールに住まう者は、雪というものを見たことが無く、冬を知らない。

このような雪国での過ごし方は、全く想像だに出来ないだろう。

そのフロレアールが、何故若い聖花騎士隊の子供たちをワダツミに派遣したのか……



それは、決して社会見学だなんて生ぬるい理由じゃない。



ユキヒコには、確信があった。





ワダツミにやってくるまでの間、ユキヒコは旅の道中でフロレアールの話を小耳に挟むこともあった。

しかし諸外国とやり取りを殆どしていないフロレアールの情勢は、少し話を聞いただけでは全く分からない。

ただ、プランタン教会が次第にその力を増し、王宮をも意のままに操ろうとしている事だけは想像できる。

自分は、その争いの渦中に、あの国を追われたのだから。



聖花騎士隊の小隊長、ルドベキアの采配により、国をなんとか逃れた自分と同じように、

異端審問を是としない事を学ばせるために、若い騎士たちを何らかの手法でこのワダツミに派遣したのではないか。



逆に言えば、そうでもしなければならない程、フロレアールの国内で異端審問が苛烈化している、あるいは

教会の影響力が広がり過ぎているかもしれない……

何か深刻な事態が起きているのは間違いない。



ユキヒコは、砥石を持つ手に全く注意が向かなくなってしまった。




「おいおいユキヒコ、そんなに削り過ぎると、薙刀の刃が和紙より薄くなっちまうぞ」


ツトムにそう注意され、ユキヒコがはっと手元を見ると、大分削り過ぎてしまっていた。


「あ……すみません。うっかりしていて……」

「お前らしくないな。いつもは集中しすぎるくらい集中するのに。

 疲れているのだろう。早く休むといい。」

「はい……」


「ほら、チアキ。こっちも終わったぞ。これでうまい御膳料理を作ってやんな」

「わぁ! 見違えるぐらい良くなりましたね!

 これで、明日も間に合いそう。ユメエちゃんもきっと喜びます。急だったのに、どうもありがとうございました。」


「暗いから、道中気を付けていきな」


研ぎ終えた包丁を薙刀を惚れ惚れと見つめ、チアキは2人に感謝の意を示す。

そして再び笠を被り、白地に赤い刺繍の施された羽織を肩から掛け、大社殿に向かい歩いていく。


「少しお待ちを……途中まで送りましょう」

「あら、ありがとうございます。大丈夫ですよ、これでも大社殿の巫女兵を務めている身ですから」


慌てて和傘を開き、送ろうとするユキヒコに、チアキは笑って遠慮する。


「そうそう、ユキヒコさん、今度、是非お手合わせお願いしますね。

 ツトムおじいさま仕込みの剣技、腕試しさせて頂きたいです!」


そうチアキが笑いながら言うと、ユキヒコも少し笑みを見せる。


「望むところです。やはり、たまには誰かと手合わせしないと、腕が鈍ってしまいますから」

「はは、私みたいな年寄りとばかりじゃ、上達できないからな」


ツトムが茶々をいれると、ユキヒコは慌てて言い直す。


「決して、そのような事は……師匠の腕には、まだまだ敵いませんよ」

「色んな相手と戦ってこそ、型が広がりますもんね。ユキヒコさん、やっぱり大社殿にいらっしゃればよいのに。

 いい腕してらっしゃるんだから、もったいないですよ〜」


フォローしながらもさりげなく勧誘するチアキに、ユキヒコは面食らってしまう。


「お申し出はとても有難いのですが……」


「まぁまぁ。気が変わったら、いつでもいらしてくださいね。ではでは」


そう言い、にこりと笑って手を振ると、チアキは降りしきる雪の中を歩いて行った。






チアキを見送るユキヒコは、先程の2人の会話を思い出しながら、再び口を閉ざす。

吹雪の先に小さく霞む大社殿と参道街。ほのかな街の明かりが風に揺れる。

このワダツミの国と、己の故郷であるフロレアールの国のこれからの行く末を、ユキヒコは心配せずにはいられなかった。


そしてその青年の後ろ姿を、師匠であるツトムもまた、黙って見守っていたのだった。



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名前出してないけど、巡り巡ってワダツミにやって来たあの人のお話でした!

毎回新しいキャラが生まれる罠(笑)んでも、お話作っていくうちに出来ていくってのはあるよね。
こんな感じで、フロレアールを出た後、あっちゃこっちゃ傭兵業をしているうちに
嵐にあって流れ着いたところを、刀鍛冶 兼 元武装神職者のおじいちゃんに助けてもらうのです。
1年ぐらい先について、ワダツミの暮らしに少しなじんで、彼なりにワダツミの文化を教わっていればなーと。

ついでに、うち、おすみさん以外に巫女兵さんいなかったから、作ってみました!
ふわふわソヨちゃんをライバル視していたら、面白いかなー!