密かに着いた港町から、3人と1匹は目立たないようにしてサラーブの主要部を目指していた。
もともとサラーブに住んでいたサロードの助言もあってか、なるべく普通の民間人に見えるように
顔や身体をくたくたの布で包み、住民の身なりに近づけ、表情や顔を帝国兵から悟られないようにした。
サラーブは、日中高く上った灼熱の太陽が大地を容赦なく照り付け、焼けつくような、寧ろ突き刺すような陽射しがあらゆる生き物を襲う。
そのような地獄の業火とも思える程の暑さから身を護るのに、身体を大判の布でくるむのは、確かに理に適っていた。
陽炎がゆらめく黄土色の砂利道を、3人はひたすら王都に向けて歩き続けた。
「大丈夫? サラーブは結構暑いから、慣れないときついんじゃないかな?」
突き刺すような太陽の光に、サロードは、この国に初めてやってきた2人を気遣う。
慣れない2人にとっては、この厳しい暑さは過酷な筈だ。
スノウは幾分か鍛えているからまだそれほど音を上げないが、幼く旅慣れしていないルーシーには大分堪えているようだ。
道を進む足取りが大分重い。
「暑い……あっついよぉ〜……」
出航前に大分荷物を減らしたが、それでもトランクを運ぶのはルーシーにはきついようだ。
スノウが代わりに持ち運ぶ。しかし彼女も、流石にこの暑さで大分息があがっていた。額にうっすら浮かぶ汗を拭う。
ミケランジェロに至ってはその立派な毛並みが、今やこの暑さでは拷問だ。ルーシーの肩の上でぐでんと伸びていた。
かつては交易路として栄えていた王都へ続く街道も、帝国に制圧されてからは封鎖されてしまった為
以前に比べ人通りも大分少なくなってしまっていた。
賑やかだった頃は、街道のあちらこちらに休憩所があり、道行く人が足を止め、涼んだり、喉を潤したりしていた。
しかし今は、人通りが少なくなってしまった為に、出店もその数を減らし、休憩するような場所もなくなってしまった。
「頑張ってね……もう少しで宮殿のある王都が見えてくるから……
夜は夜で気温が急に下がり、凍えてしまうから、今日中に休める所に着かなくっちゃ……」
2人と1匹を励ましながら、サロードは少しずつ歩みを進める。
すると、王都に近づくにつれて、街道をゆく人の姿が増えてきた。
大きな荷物を背負い上げ、主人と並んで歩く使用人、壺をいくつも載せて荷車を引いて王都へ向かう商人たち。
皆、地方から王都へ向かう人々だ。占領下でも、自国内ではそれなりに交易はあるらしい。
3人は上陸時より警戒していたが、ここまでの道のりには、まだ帝国兵の姿は見られなかった。
「もっと、帝国兵があちこち常駐しているのかと思ったが、そうでもないな……」
「まだ、王都に大半が残っているのかもね。 帝国がサラーブを占領してまだそんなに経ってないから、辺境まで手が伸びないのかな…?
何か理由があるかもしれないね。」
街道の監視の少なさに、スノウとサロードは訝しんだ。
時々すれ違う、道行く人々に、王都の様子をさりげなく聞いて回る。
「……ふーん。それじゃ、王都は帝国軍の手に落ちて陥落したけれど、まだ第一王女様と腹違いの王子様は捕まってないんだね」
「あぁ。だから、占領統治の下、帝国兵があちこちくまなく捜索してるって訳だ。
この国を統治していた王族は何せ強大な権力を持っていたからな。全員処刑しなければ、面目が立たんのだろう。」
「だから、まだ帝国兵は王都に集中しているんだね。」
「あぁ。おそらくな。それに、王都を陥落したものの、まだ国民たちの中には、帝国に反旗を翻す機会を狙っている者もいる。
捕虜にされず、逃げ出した兵士たちも密かに潜伏しているって話だ。
王都の警備を強め、民衆の反乱を防止するのは、今一番彼らが気にかけている事だろうな。」
「なるほどねぇ…… だから地方なんかには、まだ帝国兵が警備になんかいけない訳だ」
王都の様子を知っている人物の話に納得がいき、サロードはスノウに小声で溢す。
「更に、王女様を探すって名目を掲げて、好みの娘を掻っ攫っちまってしまう、悪どい奴もいる。罰当たりだねぇ」
「それはなんと! 全く、男の風上にも置けないねぇ。手当たり次第に若い女性を攫っていってしまうだなんて」
更に聞き捨てならない事態を耳にすると、サロードは自国の若い女性たちへの仕打ちを嘆いた。
「サロードだって、手当たり次第に若いおねーさんに声をかけてるでしょー……」
彼らが話し込んでいる横で、ようやく手にした貴重な水をくぴりくぴりと飲みながら、ぼそりとルーシーが呟く。
彼女のぼやきなど何も聞こえなかったように、サロードはスノウにも注意を促す。
「じゃ、スノウちゃんも気をつけなきゃだね? 17歳か、18歳ぐらいの若い女の子だって」
「17、8歳と言うのならば、私はもう範疇に無いだろう。
それに、私はそんな帝国兵が探しているような、高貴な身分の者に見えるとも思えないが」
そう言うスノウも、一応フロレアールの王女ではあるのだが。
軽鎧と白いマントという味気ない恰好は、それなりに着飾った年頃の娘とは確かに一線を隔しており
まるで旅人の青年のようだ。確かに、帝国兵が好んで声をかけるとは思えなかった。
逆に、その武装故に、別の意味で帝国兵に声を掛けられてしまい兼ねない恐れもあった。
そう思ったサロードは、別の言葉でスノウに注意を促す。
「ま……まぁ、確かに、サラーブの普通の女の子とはちょっと違うかもね……あはは……
ま、もう少しで王都に着くよ。そうしたら、ここよりもっと帝国兵の監視の目が光ってる。
その武装だと逆にかえって目についてしまうかもしれないかな。
だから、あんまり目立つような行動はしないように。いいね?」
「分かったよ」
サロードの忠告にそう答えながらも、スノウは別の事を考えていた。
17、18歳の若い少女
今頃、フィオレットはどうしているのだろうか。
小さい頃から、自分の後を泣きながら追いかけてきた、気の弱い泣き虫な妹。
道標のように前を歩いていた自分が居なくなってしまって、あの子は途方に暮れていないだろうか。
「…………スノウちゃん?」
サロードに呼び掛けられて、スノウははっと我に返る。
今は遠い地に居る妹を心配するより、目の前の仲間たちをしっかり護らなければ。
スノウはそう改めて己に言い聞かせ、気を取り直して王都を目指す。
やがて、白っぽい粘土で作り上げられ、空のような青磁色を基調とした、色とりどりの釉薬が塗られたタイルが散りばめられた城壁が見えてくる。
サラーブの王都への入り口だ。
鉱石や宝石の産出が豊富なサラーブでは、こうした色彩豊かなモザイクタイルの装飾が街を飾っている。
砂漠や荒れ地の中にあっても、交易路の中心に位置するこの都には、東西の珍しい品々が集まる。
それらの交易品を、産出される宝石類と交換し、この国は栄えていた。
街を彩るのは鮮やかなモザイクタイルの装飾だけでない。
道行く踊り子たちも、サラーブで採れた宝石をふんだんに使った艶やかな衣装を身に着けていた。
但し、それらの鮮やかななタイルはところどころひび割れ欠けてしまっている。
街を取り囲む白い壁には、いくつかの砲弾跡が痛々しく残っていた。
華やかな筈の踊り子たちの表情も、どことなく皆、翳っているような者たちばかりだ。
それらは皆、この国を飲み込んでしまった、カーディレット帝国の侵攻の爪痕なのだろうか。
そんな事をスノウが感じていると、サラーブの都の入り口に、ようやく帝国兵を目にすることが出来た。
血のような深紅の制服。かっちりとした黒の軍用手袋にブーツ。この暑い中、ネクタイをきっちりとしめている。
兵士たちの手にはそれぞれ鉄の剣やら槍が握られて、物々しく鈍い光を放っている。
この入り口を関門として、都に入る者、出ていく者たちを鋭い眼差しで監視しているようだった。
都の入り口から少し離れた所で道行く人々に紛れ、帝国兵による検閲をしばらくスノウたちは眺めていた。
いくつかの壺を荷台に乗せた商人を、帝国兵が呼び止めて剣を突きつけた。
「おい貴様! この荷物には何が入っている!?」
「へ、へぇ! こん中には、香辛料やら貴重な砂糖やら、そういったものが入っております……」
「ふん、香辛料や、砂糖か……まぁいいだろう。一応持ち込み可能な物だ。通るがいい。」
「ありがとうごぜぇます!」
壺の中身を開いて中身を確認すると、兵士は剣を下げ、商人の通行を許可する。
ごとごとと音を立てて、荷馬車は入り口のアーチをくぐり抜けていった。
一方、別の商人は兵士に止められていた。
「だめだだめだ!! こいつは硝石!! 武器の原料になる!! 通す訳にはいかん!!」
「そんな、殺生な! これは硝石じゃありません! 崩れた城壁やタイルを直す為の陶鉱石でございます!
こいつが無いと、サラーブの街並みを戻すことが出来ません……
帝国との戦闘で傷ついた、美しいサラーブの伝統の街並みを早く元通りにしなくては……!」
「なんだとこいつ、俺たちが悪いとでもいうのか!?」
「ひぃっ!!」
帝国兵はそれを聞くなり、鞭を振り上げ、商人をひっぱたく。
ここでも帝国兵たちの横暴がまかり通っていた。
その姿を見て辟易するスノウは、声を潜めてサロードに話しかけた。
「見ろ……武器の材料になるかもしれない物まで検閲で振り落とす程の用心深さだ。
見た所、問題ない積み荷を運んでいる貿易商人ぐらいしか通して貰えないようだ。
これでは、私たちのような者は、不審者として門前払いされるのではないか?」
「う〜〜ん、これは思ったより難しそうだねぇ……」
そう言い、サロードは辺りをきょろきょろ見渡す。
すると、何かを見つけたようで、しめしめと言わんばかりに微笑んでスノウに耳打ちする。
「お。あれがいいんじゃないかな♪」
都を監視していた兵士たちの元に、とある商人がやって来る。
彼らの前にやってくると、その恰幅の良い商人は両手を合わせ、ぺこりと丁寧にお辞儀する。
「サラーブの辺境で酒造をしている者でございます。
都を警備する皆さまを労う為に、ほんのささやかではございますが、このうちからいくつか進呈させて頂こうかと……」
にこやかに商人がそう言うと、彼の後ろには人の背丈ほどもある白い陶器の瓶に入った椰子酒がいくつも並んでいた。
それを眺めると、帝国兵は上機嫌で商人に声をかける。
「ほう! そいつぁ気が利くな。こんなにたくさん運ぶのは大変だっただろう。手を貸そうか」
「いえ、召使たちが何人もおりますので、皆様の手を煩わせる必要はございません。
通行の許可を頂けますか」
「構わん構わん。上等そうな酒だ。何人でも通るがいい」
「それはそれはどうも有難うございます。では……」
帝国領となったサラーブでは、運び込まれる交易品はこのように入り口の検閲でチェックされ、
そのうち殆どが都を実質的に支配している帝国軍の兵士たちの元へ下ることとなる。
この上等そうな酒もいずれ自分たちの腹に収まる事になる……そう考え、帝国兵たちは上機嫌でその商人を城壁内へ招き入れた。
ぞろぞろと幾人かの召使たちを率いて、商人は大きな酒瓶をいくつも運び入れていった。
サラーブの都に入ると、商人は酒瓶を抱えた召使たちを引き入れ、都の一角にある備蓄庫へと運んでいった。
その酒瓶はとても大きい為、大人1人が運ぶにも相当の力を要していた。
土壁造りのひんやりとした備蓄庫に、召使たちは酒瓶を運び入れる。
「これで全部です」
召使たちは主人である商人に全ての酒瓶を収めた事を報告する。
「えぇ、御苦労でした。そこの御仁方も、ご協力頂き感謝致します」
商人が振り返ると、白い外套で顔を隠したスノウたちの姿があった。
「いえ、たまたま通りかかった身。こちらこそ、何も言わずに引き入れて頂き、感謝致します。」
ぺこりと頭を下げ、スノウは商人に感謝を告げた。
「丁度召使の幾人かがこの暑さと、酒瓶の重さに耐えられず倒れてしまいましてね。
申し受けた酒瓶を運べなくて困っていたのですよ。これこそ天からの助け。
どうぞ旅路に精霊のご加護がありますように」
商人はそう礼を告げると、無事酒瓶を運ぶ仕事を終え、にこにこと去っていった。
たまたま通りかかった商人に交渉し、酒瓶を運ぶ召使に紛れて、3人と1匹はうまくサラーブの城壁内に忍び込めたのだった。
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少し日にちを置いて、こちらも進める事が出来ました!
会話も楽しいんだけれど、自然の描写も最近同じぐらい楽しくなってきた昨今。
サラーブの街並みを想像しながら筆を走らせてみましたが、こんな感じでどうでしょうか?
宝石がいっぱい採れて、踊り子さんたちも煌びやかな恰好をしていたり。
アラベスク調のタイル模様とかありそうかなーなんて思ったり。中東の交易地をイメージです。
さりげなく、サラーブでの王女様・王子様失踪とも絡ませてみたり。