スノウたち一行を引き連れた海賊船は、岩礁多い岩場の海に身を潜めながら、帝国軍艦が見張りをする湾をすり抜け

ひっそりと静まり返った、人気のないとある湾岸に停泊する事に成功した。


リトスのあの賑やかな港とは打って変わって、色で例えるならばそう、錆びれた黄昏色とも言うべきか。

朽ちかけた桟橋に、その周りにはすっかり使われなって久しそうな空き家が立ち並び、寂しい空気が流れていた。



「よっと。ロクに手入れされてねぇから、木が腐ってらぁ……

 それまでは複雑に入り組んだサラーブ湾にはあちこち小さな港があって、貿易を行う商船で賑わっていたんだがな……

 帝国が湾岸を封鎖しちまってな。小さな港はこの有り様さ。

 ま、この入り組んだ海岸線のお陰で、奴らが主に使う一番デカい湾から見つかる事なく、侵入することができるって訳で。

 ほらよ。着いたぞ。」


錨を下ろし、舫をかけると、ヴァンペイユは警戒しながら桟橋に降り立った。


「サラーブの繻子織物とか、凄く綺麗だもんね。ナツメヤシも美味しかったんだけどなぁ。

 今は殆ど市場では見なくなっちゃったよね。」


リトスの市場でかつて見かけた、見事な伝統的な織物を思い返して、あの綺麗な織物が滅多に見られなくなってしまった事を

ルーシーは残念がった。おやつにたまに食べていた、ナツメヤシの味も思い出しながら。


「えぇ。カーディレット帝国がサラーブを併合してしまったから、サラーブで作られる製品や作物は皆帝国が管理しているのよ。

 だから市場には出回らなくなってしまって、その分法外な値段をつけられてしまっているのよ。

 それもま、帝国の作戦なんでしょうけどね……」


「あえて輸出制限をかけて値段を上げようってことかい?」


「おそらくね。そうやってあざとく外貨を稼いでるんでしょうね。

 だから、密航できないようにこうして湾岸に艦隊を張り巡らせ、目を光らせても居るのよ。

 外的侵入防止もあるでしょうけど、そういう意味もあるって訳。

 ま、一度手に入れた領土も作物も死守したいでしょうねぇ……帝国は自国の領土がどんどん衰退しているって言うし」


ミネオラはスノウの質問に対してここ最近の貿易や帝国の事情を伝える。

すると、スノウには衰退という言葉が引っかかった。


「……衰退している? 領土を拡大しているのにか?」


「そ。あちらさん広い国土から人員をかき集めるだけかき集めて、兵士としてその力でどんどん領土を広げていっているのに

 折角手に入れた領地も、十分な統治が出来ないって噂よ。だからどんどん衰退していってるって話。

 だから余計に他の豊かな国を手に入れようと躍起になっているのよ。」


「でもそれでは問題の根本的な解決にはならないんじゃないか?

 自分の国でさえを持て余しているのに、他の国を吸収したところで、同じことの繰り返しだろう」


「アタシもそう思うわ……広がるだけ広がって、他をどんどん蝕んでいる……まるで病原菌みたいね」


苦々しげにミネオラは呟いた。

彼女の話を聞き、スノウは殊更に、帝国の横暴をそのままにしておけないという気持ちになるのだった。








「サラーブの主要な市街地は、この港村から続いている道を真っ直ぐ東に進んでいけば、辿り着けるよ。

 但し道中は帝国兵が見張っているだろう。気を付けていきな、嬢ちゃんたち」


「ありがとう、ヴァンペイユさん。ミネオラさん。海賊団の皆さんたち」


ここまで連れてきてくれた海賊団たちに、笑顔でスノウは感謝の意を示す。


「ミネオラちゃんと離れるのは寂しいけど、サラーブの街にはきっと俺を待っている出会いがある!」

「ハイハイ、アンタの言い分は分かったから、さっさと行きなさい!

 ……でも、無茶はするんじゃないわよ! 気を付けてね! 帝国の悪行をしっかり暴いてくるんだよ!」


ひっつこうとするサロードを引き剥がしながらも、ミネオラは皆に激励を送る。



「きっとお前さん方ならば、帝国に酷い目に逢わされているこのサラーブでも、何かきっと掴める筈さ。

 大丈夫。お前さんたちは1人じゃない。志を同じくしている同志が、俺たちの他にも、きっと居る。

 必ず仲間と出会えるさ。」


「うん!」


晴れやかな明るい笑顔でウインクし、送り出すヴァンペイユの励ましの言葉に、3人と1匹は力強く頷いた。




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所変わって、カーディレット帝国軍・サラーブ陣営の駐屯地。

かつてサラーブ王宮のあった城塞が、今はそのままそっくり帝国軍の基地として使われていた。


但し、もともとここに住んでいたサラーブの王族たちは殆どが処刑されて、今はこの地を支配する帝国軍の兵士しか残っていない。

先日の激戦によって、捕虜とすべきサラーブの兵士たちも、僅かな手勢を残して、その殆どが戦死してしまっていたのだった。




その中の生き残りの1人、サラーブ兵のマトヴェイは、この要塞の牢獄に鎖で繋がれていた。


何日もの間、水と僅かな食糧以外与えられず、鎖に吊るされて過酷な拷問を受け続けていた。

それでも彼は、帝国旗に屈する事を拒み、その軍服に袖を通す事を頑なに拒み続けていたのだった。

まるで獣のようなその瞳からは、帝国に対する、いや、己を縛り付けようとする何者からも

いかなる命令をも受け付けようとしない、不屈の反抗心を感じ取る事が出来た。



この日も、まるで朝起きたら歯を磨くように当たり前のように漫然と行われる毎日の拷問に、マトヴェイは無言で耐え続けていた。


「ち……っ。いけすかねぇ目をしやがる……!」


そう言い、帝国兵は棍棒を振るい、ボロボロになったサラーブの制服をまだ纏い続けるマトヴェイの身体を強く打ち据えた。

彼は呻きこそせず、無言で耐え続ける。ちっとも苦痛を与えられていない事に、兵士は苛立ちを隠せない。

そんな兵士を、もう1人の兵士が宥める。


「おい……あんまり痛めつけ過ぎんなよ…… 一応、精霊使いなんだ。死なれちまったら困った事になるぞ」

「はんっ、精霊使いだとしても、帝国に忠誠を誓わない、反抗的な野犬なんざ役に立ちゃしねーよ……

 反抗的な奴は、処分しちまうに限るぜ……」


ぺっと唾を吐き、拷問を加えていた兵士は、棍棒で打ち据えるのも飽きたというばかりに、その場を後にする。


残った兵士たちは、マトヴェイが目の前にいるにも構わず、監視と拷問を続けることへの愚痴を溢した。


「まー確かに、大勢の捕虜たちの中から精霊使いを探して言う事を聞かせるなんざ、砂漠の中から砂粒を探り当てるようなもんだよな。

 こいつみてーに、言う事聞かなきゃ話にならんしよ。いくら稀代の力っつーても、確率が低いばかりに、かかる労力を考えればなぁ……」


「今や、技術開発部では、人工的に精霊使いを作り出せるんだろ? そっちの方がよっぽどラクじゃねーか。

 ま、割り込みバニラ将軍みてーな成り上がり野郎も作っちまうがな……はは」


「そいやぁ、精霊使いといえば、このサラーブ戦線にも役立つように連れてきた精霊使いがいたっけな。」

「あぁ。帝国領のはずれで見つけたガキだ。何でも爆発的な炎の力で、半径100メートルを灰燼に帰したらしい。」


子供、という単語を聞き、マトヴェイはぴくりと反応する。その様子に兵士たちは全く気付いていない。


「そのガキの扱いにも、なかなか手こずってるようでな。

 技術開発部が調査や洗脳の為に器具を取り付けようとしたら、器具諸共ぶっ壊しちまったんだとさ。」

「うぇ、そりゃすっげーな!」

「んで、扱いに困った上層部が、しょうがなく戦線で役立ちゃしねーかとここに連れてきたんだが……お手上げ状態だとさ」

「どうしようもねーな。んで、そのガキいつまで飼い慣らしておくんだ?」

「分かんねえな。この反抗的な野郎と一緒で、役立たなきゃ、そのうち処分されるんじゃねーか?

 んなおっかねぇ力野放しになんかしておけねぇからよ……」


そう言い合いながら、兵士たちが話していると、別の兵士が駆け込んでくる。


「おい、またサラーブ湾に展開する大洋艦隊のうちの一隻がやられたそうだ……!」

「またかよ。最近多いな…… うちの軍に表立って相手しようだなんて酔狂な奴ぁ、今時例の海賊ぐらいだろ。

 そんな奴らにやられちまう艦隊も弱っちぃなぁ。情けねぇ。で、またあいつらの仕業か?」


面倒そうにあしらう兵士に、報告を持ってきた兵士は少し顔色を変えて告げる。


「や、はっきりとは分からないんだが……どうやら報告の中に、強大な氷魔法を確認したらしい。

 それも、船を覆うくらいのデカい氷の防御壁を展開したそうだ。そんな強力な魔法を使えるのは、精霊使いぐらいだろうって」


「ほ、本当か?! また精霊使いが出現したのか?!」

「おーおー、そいつぁまたその氷を扱う精霊使いを探して捕えろって命令が出るのかね。」


「わからん……だが、今捕まえている精霊使いたちは反抗的だし、我が軍に被害を与えた点を考えると、

 その精霊使いも我が軍に恭順の姿勢を示すとは考えにくいな……」


「見つけ次第処分しろって言われるさ。もはや精霊使いは、自分たちで従順な兵士をいくらでも作り出せるんだからよ……」

「その事も含め、今上官殿がいらしていて、今後の方針を決めるそうだ。」

「あの割り込みバニラか?」

「いや。カールハインツ殿は今別の戦線に召集されていて、サラーブを離れている。別の官僚だよ」

「めんどくせぇなぁ……」


そう言い合い、兵士たちはその場を離れていった。







1人鎖に繋がれたまま取り残されたマトヴェイは、兵士たちが言っていた事を反芻していた。


帝国は各地に侵攻をかけ、そこで手に入れた希少な精霊使いたちを強制的に従えてきた。

しかし彼らは反抗的で、従えるまでに時間がかかる。

そこで、自分たちの手で手っ取り早く、言う事を大人しく聞く精霊使いを作り出した。

用済みになった、生まれながらの精霊使いたちは、その大きすぎる力が脅威となる可能性がある。

だから、言う事を聞かなければ処分してしまえ……と。




あまりにも身勝手すぎる。



マトヴェイは、腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。



帝国に捕まる前に、己が仕えていたサラーブを思い出す。

かの国も、己を育てた事への恩義を振りかざし、類稀なるこの力と身寄りのない己の身元故、言う事を聞くように強要してきた。

そして、いざサラーブが危険な目に逢うと、自分を捨て駒として敵前に置き、宮殿に身を隠したその身勝手さ。



「……どいつもこいつも、自分に都合のいい事しか考えねぇ……クソッタレ共が………」




そんな身勝手な国々に振り回され、あまつさえ彼らの都合だけで、己の命が奪われるかもしれない状況に

マトヴェイは非常に腹立たしい気持ちになる。

自分は、自分たちはそんな身勝手な奴らに振り回される為に生まれてきたんじゃない。


その怒りが、マトヴェイを縛り付けていた鎖を引きちぎろうと軋む。


しかし頑強な鎖はなかなか千切れず、マトヴェイは苛立ちを覚える。

いっそ、鎖に繋がれたこの腕ごと引き千切ってでも、逃げ出してやろうか……そんなことを考えていた矢先だった。



マトヴェイは、奇妙な光景を目にする。



牢獄の扉の向こうに、子供がいるのだ。

しかも、齢10を過ぎたぐらいの、小さな子供が。


灰色のおかっぱで、目が隠れそうなくらい前髪を伸ばした、紅い伝統装束のマントを身に纏った少女だ。


何故こんな所に子供が……そう思う間もなく、鍵のかかった扉の錠前は真っ赤に溶け落ちる。

あっという間に扉が開くと、その子供はマトヴェイの方にとことことやってきたのだ。



「……なんだ、テメェは」


愛想のかけらもなく、鋭く睨み付けながらマトヴェイはその子供に問いかけた。

すると、その子供は質問を質問で返してきた。


「おにーちゃん、精霊使い?」

「……あぁ、そうだ」


やや不服そうにマトヴェイがそう答えると、少女はぱっと笑顔になる。


「やっぱり! こんな所でボロボロになって、鎖に繋がれているから、そうだと思った!」

「だからテメェは何なんだよ……」


すると、その少女はにっこりと笑って自己紹介する。


「私、ソニアって言うの。おにーちゃんとおんなじで、精霊使いなんだよ。」


そう言うとソニアは、マトヴェイを縛り上げていた鎖を見上げ、手のひらから眩い焔を灯す。

頬に熱い風を感じたと思う間もなく、一筋の火柱が立ち、マトヴェイの横を通り過ぎていく。

すると、焔の熱で溶けだし、鎖は甲高い音を響かせて地面に落ちた。


あまりの突然の出来事に、マトヴェイが唖然としていると、間髪入れずにソニアが言う。


「早く早く!! 兵士さんたちが戻ってくる前に、逃げ出さないと!!」


ソニアは傷だらけのマトヴェイの手を掴み、逃げるよう促した。

訳が分からず、マトヴェイはソニアに連れられて、牢を後にしておぼつかない足取りで走り始めた。


幸い、上官が訪れて兵士たちは会議を行っているようで、頑強な鎖に繋がれている故に逃げ出せないと判断したのか

マトヴェイの牢には見張りもついていなかった。


入り組んだ城内には、抜け穴や秘密の通路がいくつもある。

新しく入ってきた帝国兵よりも、古参の兵士であるマトヴェイの方が、ずっと城内については詳しかった。

もっとも、その複雑な城に、自分は出し抜かれて敵前に晒されてしまったのだが。

もう二度とそんなヘマはすまい。


走っていると、小さなソニアをひょいっと小脇に抱えて、通路の脇から伸びている排水溝に身を隠す。


表立った通路を歩く見張りの兵士から身を隠しながら、マトヴェイは改めてソニアに食って掛かる。


「あのなぁ……いきなり現れて、何なんだよ、オメーは!!」

「お前じゃないよ、ソニアだよ! ちゃんと名前で呼んで!」


ぷんすか怒るソニアに、ぼりぼりと頭を掻きながらも、ちゃんと対峙して対等に話す。


「〜〜っ……、じゃあソニア、お前は何の目的があってここに来た? なんで俺を助けた?

 いきなりすぎて訳が分かんねぇよ……」


頭を抱えて目の前の状況を整理するのにやっとやっとなマトヴェイに、くすくす笑いながらソニアは答えた。


「そんなに小難しく考えなくても、簡単なことよ。

 私もおにーちゃんも、精霊使いだから帝国軍に捕まってる。で、言う事聞かないから殺してしまえって。

 そんな話を聞いてきたから、逃げ出してきたんだよ。

 で、私の他にも捕まっている精霊使いさんがいるって聞いたから、ポルヴォーレに聞いて案内して貰ったの」


「ポルヴォーレ……?」


マトヴェイがよく目を凝らしてみると、ソニアの隣に、むっすりとした浅黒い肌の異国のいで立ちの少年が控えていたのだった。


『全く、いい大人の癖して、ソニアみてーなちっちゃな子供に助けて貰ったなんて、恥ずかしくねーのかよ!』


開口一番、その少年は思いっきり生意気な憎まれ口を叩いたのだった。

それを聞いて、思わずマトヴェイはいきり立つ。


「んだと、このくそガキ……!」

「待ってポルヴォーレ、このおにーちゃんは帝国と戦ってるサラーブの兵士さんだったから、

 私たちより厳重に見張りも、制約結界も張ってあったんだよ……仕方ないんだよ。」


そう言い、ソニアはもう一度、マトヴェイの両手首にまだ残っていた鉄の枷に、焔の力をこめる。


「ポルヴォーレ、あまり焔を出さないようにして、熱でこの枷を溶かすことって出来る?」

『んな事簡単だぁ。待ってな……』


ポルヴォーレは己の力をセーブしながら、ソニアに力を分け与える。

すると、鉄の枷に熱の力だけ伝わり、焔で身体に大きな火傷を負わせることなく、マトヴェイの手首の枷を溶かすことが出来た。


「アツツっッ……っ!!」


熱くなった鉄で少しだけ皮膚を焦がしはしたが、マトヴェイの手は、制約結界が仕込まれた鉄の枷から解放されたのだった。

ようやく重たい鉄の感触から解放され、マトヴェイは感慨深げに自分の手首をさする。


「……ありがとな。ソニア。」


素直な彼の感謝の言葉に、ソニアはとても嬉しそうににぃぃっと笑う。


「どういたしまして!」




すると、制約結界で制限されていた魔力が解放されたためか、マトヴェイの守護精霊・セリコが現れる。


『はぁ〜あ……! もう、がんじがらめに縛られちゃって、身動きとれなかったよ!

 あれ、マトヴェイ? この子たちはだあれ??』


和服に身を包み、ぴこぴこと動く狐の耳とふさふさの尻尾に、ソニアとポルヴォーレはぱぁぁ…っと目を輝かせる。


「うわぁ、ふかふかの狐のおねえさんだ……!!」

『すっげぇ立派な尻尾……!!』


いきなり目の前に現れた、きらきらした子供たちの眼差しに、セリコは少したじろぐが、優しく笑顔で返す。


『は、初めまして、カワイ子ちゃんたち……アタシはセリコ。彼についている精霊よ。』

「はじめまして! おにーちゃんの精霊さん!」


にこにこしながら自分を見上げる子供たちに目をぱちくりしながら、セリコはマトヴェイに説明を求める。


『えっと……どうなってるの、この状況? ってか、アタシの事見えるって事は、この子も精霊使い?』

「まぁ、そういう事だ……」

『そういえばマト、アンタ捕まったんでしょ? 何で今無事なの?』

「こいつらに助けて貰った……」

『あらら! それはお礼を言わなくちゃ……!! そういえば、アンタちゃんとこの子らにご挨拶したの?!』

「いや、まだだ……ってか、そうマシンガントークで来るな……」

『つべこべ言わず、まずはちゃんとご挨拶しなさい!!』

「はい……」



矢継ぎ早に捲し立てるセリコに説教され、マトヴェイは改まってソニアとポルヴォーレに自己紹介する。


「……俺はサラーブに仕えていた兵士、マトヴェイだ。 長いからマトって呼んでくれ。

 改めて、ソニアにポルヴォーレ、俺を助けてくれてありがとな。


 ……なぁ、何でお前ら、俺を助けてくれたんだ……?

 俺はな、人に助けて貰えるような、そんな人間じゃねーんだよ……」


心底不思議そうに、2人が己を助けてくれたことをマトヴェイは不思議がった。

自分のような者を、まさか助けに来てくれるような人物が居るとは全く思わなかったからだ。

それだけ、マトヴェイは自分の周囲にいた人間を、誰一人として今まで信用していなかったからだ。

それに、自分がしてきた事を考えれば、誰かに助けて貰えるような、そんな人柄なんかではないと、自分でも痛いほど自覚していたのだった。


すると、ソニアは少しトーンダウンした調子でマトヴェイに問いかける。


「マトヴェイさん、じゃなくって、マトおにーちゃんかしら。

 おにーちゃんは、精霊使いだから、ずっとサラーブに仕えていたんでしょ……?」

「そうだ」


「精霊使いだから、ずっと戦うように命令されていたんじゃない?」

「…そうだ」


「……悲しく、なかった?」

ソニアは、今まで見せていた無邪気な笑顔を消し、寂しそうに呟いた。


「悲しい、なんて思う暇なんかなかったな……毎日生きていくのに精いっぱいだ」


確かに、毎日が目まぐるしく、とにかく生きていく為に、目の前に出された上からの命令をこなすだけで

マトヴェイは精一杯だった。

戦いに明け暮れ、かと思えば宮廷内での陰鬱な権力抗争に明け暮れる王族たちに巻き込まれる日々。

嫌気が差す程に忙しなく、毎日がただ規則的に過ぎていった。


しかし、心の底では、サラーブの為とはいえ、戦争で相手の命を奪う事にためらいがない訳では、決してなかった。

その事は見て見ぬふりをしてきた。いや、正面から見てはいけない気がしていたのだ。

それを自覚してしまっては、自分が今まで行ってきた罪の重圧に、自分は耐えられるのか…という恐れが、マトヴェイの脳裏を掠める。




「……私は、嫌だよ」


ソニアは、はっきりと言った。


「私ね、自分が精霊使いって知らなかった。

 でも、突然帝国が私たちの村を襲って、おじーちゃんを殺した時、私の中で力が弾けたの。

 そうしたら、おっきな爆発が起こって……」


そして、ぽろぽろと涙をこぼしたのだ。


「……周りにいた兵士さんたち、村のみんな、みんな燃やしちゃったの!!」


先程の純真無垢な笑顔は消え、悲しみに支配されるままにソニアは泣きじゃくる。


「掴まって、訳が分からないまま、私、人殺しの道具として連れてこられたの!!

 この砂漠の国でも、同じように皆吹き飛ばせって!!

 でも、そんなの、私嫌だ!! 私は人殺しなんかになりたくない!!

 私の力は、そんな事の為にあるんじゃない!!」


ソニアの痛切な叫びは、マトヴェイの心の一番奥深く、今まで自分が目を逸らし続けてきた場所に突き刺さる。



あぁ、これは過去の自分だ



抗う事さえ許されず、周りから言われるがままに人を殺める兵士となり、己が望まない事に従わされ続けてきた

幼い頃の自分自身と、過去と現在のピントがぴったりと重なった。



このまま、生まれ持った強大な力に引き摺られ、己が望まない生き方を続けるのか?


この罪のない年若き少女が、精霊使いとして生まれたが故に、過酷な運命を受けるのを、ただ黙って見続けるのか?







「……冗談じゃねぇ」


「……?」


その声に、涙を流して泣きじゃくっていたソニアが、ふと顔を上げた。


「俺たちは、そんな運命に翻弄されるために生まれてきたんじゃねぇ……!!」


全身の怒りを顕わにして、マトヴェイはまるで燃え盛る怒髪天のような形相を浮かべ、拳を固く握りしめた。


「奴らの言いなりなんかにゃ絶対ならねぇ!! ソニア、何としてでも俺たちはここから逃げんぞ!! 分かったな!!」


「! うん、マトおにーちゃん!!」


それまで抑圧され続けた、自由への意気込みを感じたのか、ソニアはマトヴェイの号令に大きく頷いたのだった。





すると、排水溝から大声が聞こえた事を不審がり、周りから見廻りの兵士たちがざわざわと集まってくる。


『駄目だよ大声立てちゃ! ほら、見つかったじゃないか!』

「まずい……逃げるぞ、ソニア!!」

「うん…!!」

『ほら、あっちの方向が出口に繋がってるぞ!! 2人共早く走れ!』



サラーブの捕虜兵と捕らわれの小さな精霊使い、そして2人を護る精霊たちは

己が目指す自由を目指して、今はひたすら、暗く長い、おまけにどぶ臭い排水溝をただ死に物狂いで駆けるだけだった。




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書けた……!! マトおにーちゃんとソニアのお話、どうしようかなって思ったら、指がどんどん動いたよ!!

ってか、結構マトさんの内面書いちゃってますが、こんな感じで良かったでせうか……?!
彼も、精霊使いの能力故にりっちゃんと似たような境遇で、周りに利用されるがまま
仕方なく生きてきた感があったんじゃないかなぁと。

それを、ソニアの訴えを受け止め、本当にこれでいいのかって振り返るきっかけになるかなと!


ってか、普通にちっちゃい筈のソニアが助けちゃってますねごめんねマトさん(笑)
ほら、小さいからって誓約結界とか牢も甘かったんだよ。
こう考えると、精霊使いって、協力が得られる子ならば精霊を見張りとかに出せて、
脱獄とか脱走とか割と得意かも知れないね(笑)