翌日、雲一つなく真っ青に晴れ渡った気持ち良い空が、リトスの波止場の上に広がった。

絶好の船出日和だ。


だか、スノウたち一行が乗るのは、お世辞にも世間体の良いと言える船では決してなかった。

乗組員はどことなく訳有りな風貌が漂い、名称の書かれない積み荷が船のそこかしこに乗っていた。

それでも、彼女たちが乗る船は、いくつもの大きな白いマストを持った、立派な船であった。


積み荷作業が終わると、乗組員のひとりが一行に声をかける。


「終わったぞー! そろそろ出航するから、早いところ乗ってくれ!」


甲板に上がる為、船と船着き場を結ぶ板がかけられる。

人生初めての船旅に出かけるルーシーは、足取り軽く、ミケランジェロを抱えてうきうきと乗り込んだ。

ルーシーの後に続いて、鼻歌を歌いながらサロードがルーシーの鞄を代わりに抱えて乗り込む。

最後にスノウが乗り込もうとすると、サミュエルが彼女を呼び止めた。


そして、彼は3人の旅の無事を祈り、敬礼の姿勢を取ったのだった。


「スノウ様。 どうぞ、トーマス公や我々に代わってルーシー様を御守下さい。宜しくお願い致します。」


「貴方がたの信頼に応えられるよう、最善の努力をしましょう。無事にまたリトスへ戻って参りますとも」



笛が鳴り響く。船出の合図だ。

甲板をつなぐ板が外され、白い帆に風を受けて、ゆっくりと船は港を離れていく。


ルーシーは甲板に駆け寄り、次第に離れ行くリトスの港町と、船着き場で見送るサミュエルを見つめる。

笑顔で手を振り、3人を見送るサミュエルが少しずつ遠ざかっていく姿に、ルーシーはふと、

慣れ親しんだリトスの街を離れる事を実感し、同時に人恋しい気持ちになり、ミケランジェロをぎゅっと抱きしめた。


しかし、ルーシーはひとりではない。

大好きなミケランジェロ、素性が知れないが朗らかなサロード、そして頼もしいスノウもいる。

見知らぬ新しい世界に旅立つワクワク感が胸の内から湧き上がって来て、きらきらした笑顔で手を振って叫んだ。


「サム、みんな、いってきまーーす!!」








港を出航してからしばらく、帆に風を受けて、一行の乗る船は碧い海を順調に進んでいた。

リトス海洋貿易都市連邦は、各国から多くの船を受け入れる海上貿易都市であるため、多くの帆船が行き交う。

色々な国籍の船とすれ違い、その多様な国旗を眺めながら、3人は船旅を楽しんでいた。


「ほら、あの国旗は、歯車と南十字星を象っているでしょ? あれはコリンドーネ共和国の船だよ。

 あの国は鉱石が昔からよく採れてね。工業が発達して色んな機械を発明し、各国に輸出しているんだよ。

 そういえば、市場で面白い製品を見たなぁ。ぜんまいを巻くとひとりでに歌いだす人形があったっけ。

 きっとあの船の積み荷には、また新しい発明品があるんだろうなぁー……」


「へぇぇ! 生きている訳でないのに、人形がひとりで動くの?! 凄いわねー!」


「歯車やぜんまい、ねじなどの部品を組み合わせて作る、カラクリ技術だよ。

 主にエムロードにリトス、あと友好国であるワダツミに大部分を輸出しているって聞いたよ。いつか見られるといいね♪」


流石世界を旅しているだけあって、サロードの解説は現状をリアルに伝えてくれ、面白くて分かりやすい。

まだリトスの他にあまり旅をしたことのないルーシーやスノウにとっては、いい勉強になりそうだ。


「色んな国があるのね。エムロード、リトス、あと、さっき言ってたのは何ていう国?」

「ワダツミだよ。北東の端っこにある、寒い島国でね。1年の大半がいつも雪に覆われているんだ。」


「?! そ、そんなに寒い所にも人が住んでいるのか?!」


サロードの何気ない説明を聞いて、スノウは心底驚き、尋ね返した。


「? そうだよ? ワダツミは寒いからね、それでコリンドーネの発明品で暖を取っているんだ。

 薪の代わりにヒーターっていうものを燃やして部屋をあっためる、ストーブっていうのがあるんだよ。

 あぁ、そうか。スノウちゃんの居た国はそんなに寒くなかったんだね。 世界も広いから、色んな気候があるもんね」


「そういえば、サロードはサラーブ出身だったっけ。どんな国なの?」


ルーシーの問いかけに、サロードはうーんと思い出しながら2人に説明する。


「常に真夏のようなあっつい日差しが差す灼熱の砂漠と、風が吹き荒ぶ荒野の国だよ。

 だけど、昼間は暑くても、夜は相当冷え込むんだ。1日の気温差がとてつもなく大きくてね。

 だから、こんな大きな布で身体を覆わなくちゃいけないんだ。照り付ける日差しと、夜の寒さから身体を護る為にね。」


「ふぅ〜ん。そのボロ布、ちゃんと役目があったのね」

「ルーシーちゃん、ボロ布って言い方は酷いよ〜。 まぁ見た感じ確かにボロ布だけどねぇ。あはは」



まず世界に色々な気候があるという事をスノウ自身も初めて知り、驚いた。

自分が住んでいるフロレアールのような、常に温暖で作物が採れる恵まれた気候ばかりではない。


「そんな過酷な環境にも人は住めるものなのだな……」


「なかなか大変だけどね。そういう訳で、1年を通して雨が少なくって、干上がった砂漠や荒野が広がっているから

 水はとても貴重品なんだよ。」


「生きていくのに水は必要だからな。どうやって手に入れているんだ?」


「オアシスっていう、水が湧きだすポイントが砂漠の中にいくつかあるんだ。

 そういう所には人が集まって町が出来やすいよ。

 あと、乾季と雨季というのがあってね。雨の降る時期とそうでない時期にぱっきり分かれるんだ。

 雨季の間にたまったため池の水を、大事に大事に少しずつ使うんだ。

 そんなわけだから、大きなプールやお風呂に入るのが、サラーブ人の憧れかなぁ」


「人々は環境に合わせて、柔軟に対応して生活しているという訳だな」


スノウは感心してサロードの説明に頷く。そんなスノウにサロードは笑って答えた。


「まぁそんな大層な事じゃないけどね〜。サラーブの他にも、大変なところなんていっぱいあるよ。

 さっき説明したワダツミもそうだしさ。

 それこそ、ノアプテっていう国は1年どころか、1日の大半が夜っていう国だからねぇ。かなり苦労しているって聞くよ」


「流石に1日の大半が夜ならば、日差しを増やせるなんてことは難しいだろうからな。

 そこまでして、何故その人たちはそこに住み続けたいと思っているのだろうか……?」


「あはは、スノウちゃんってたまに面白い事を言うよね。日差しを増やすだってさ。

 そうだねぇ…… 辛くてもそこに住み続ける……かぁ。

 全員がそうじゃないと思うけど……強いて言えば、自分の生まれ故郷だから、愛着を持つんじゃないかな?」


スノウの呟きに腹を抱えて笑うサロードだったが、彼女の真面目な疑問に、彼なりの解釈を添えてみた。


「……俺も、サラーブは本当に暑くて、かと思えば寒くて、荒野の他に何にもなくって、本当に苦しいって思う時はあるけどね。

 ふと、夜の砂漠や荒野に、満天の星や月が浮かぶあの光景が、時々無性に懐かしくなったりするよ。

 とっても綺麗なんだ。今度スノウちゃんやルーシーちゃんにも、是非見せてあげたいな」


そう語ったサロードの眼差しは、故郷を懐かしむような、どこか暖かな優しさを含んでいた。



「自分の故郷か……」


スノウは、追放されたフロレアールの事を思い出す。

花が咲き乱れ、緑に満ち、優しい陽の光が降り注ぐ、美しい自分の生まれ育った国。


しかし、いくら帰りたくても、自分はそこに帰る事は出来ない。



甲板から青い海原を見つめるスノウの眼差しは、次第に沈んでいった。




口をつぐんでしまったスノウを、ルーシーは思わず心配する。

何か言いたそうげなルーシーに、サロードは人差し指を立てて口に示し、目くばせする。


「(事情のある人には、自らが口を開くまで、尋ねてはいけないよ。それが相手に対する優しささ。

  思い出すことで、辛い思いをしてしまう人もいるからね)」


ウインクしてそう小声で諭すサロードに、ルーシーは少し頬を染めて恥じるが、しっかりと頷いた。




一緒に居てはくれるが、自分はスノウの素性の事をまだ何にも知らない。

助けてくれたスノウに、自分も何か力になりたい。 が、まだ彼女との間には壁がある。

そんなどこかもどかしい気持ちを抱きながら、ルーシーは隣に佇むだけしかできなかった。


「……難しいね」


ぽつりと呟くルーシーに、腕に抱えていたミケランジェロがみゃあ、と鳴いた。

彼女だけにしか聞こえない猫の言葉で、こう助言してくれた。


「焦るな。人との関係は一朝一夕で決まるものじゃない。俺とお前の間柄がそうだったようにな。

 だが安心しろ。彼女は護衛という役目ではあるが、お前の傍にいてくれるとトーマスに約束してくれた。

 時間が少しずつ解決してくれるさ。」


「……うん。ありがと、ミケ。 私、頑張ってみるね。」









暫く黙り込んでいたスノウの耳に、不意に心地よいメロディが流れてきた。

隣を見ると、ルーシーがミケランジェロを抱えながら、海風に吹かれながら、歌を歌っていたのだ。





いつか見た木漏れ日 あの青い空

眩しい光に彩られ 移ろいゆく季節


春は桜吹雪が鮮やかに舞い 夏は爽やかな風が海原を渡り

秋はたわわに実る果実たち 冬は雪の下に眠る草や木の芽


私は覚えている 美しい季節たちを

幾度廻っても またここに戻ってくれると 信じている


その時は笑顔で迎えよう 懐かしい季節たちを






不思議な柔らかさを含んだ、美しいその歌声に、スノウは思わず聞き惚れていた。


「ルーシー…… 今の歌、凄く綺麗だったよ……

 というか、歌、上手いんだな。驚いたよ」


真顔でそう言われ、ルーシーは思わず恥ずかしいやら、嬉しいやらでぱぁっと赤くなる。


「えへへ……ありがと…… あのね、この歌、ママが教えてくれたの。

 私も好きで、よく歌ってたのよ。 四季のある、外国の歌なんだって。」


「へぇ…… もし良かったら、教えてくれないかな。

 気分が落ち込んでいる時に歌うと、元気を貰えそうだ」


「うん!」



甲板にもたれて白い雲と碧い波を眺めながら、2人はたどたどしくも、ゆっくりとメロディを口ずさむ。

後ろでサロードがリュートを取り出し、静かに伴奏を奏で、

微笑みながら、まるで姉妹のような2人をそっと見守っていたのだった。



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こちらも久方ぶりではありますが、書き始めたらなんかすいすい筆が進みました。はい。

これまた色々捏造しちゃっている感満載ではありますが……(こら)
国ごとの気候・文化・生活・価値観などなどの違いを織り交ぜつつ、
ルーシーちゃんと仲良くなり隊!(はいはい)