勇ましい行動とは裏腹に、青年の口調はその場にそぐわない、至って陽気なものだった。


「あぁん? そこの兄ちゃん、邪魔をするなら、容赦はしないぜ?」


拳をバキバキ鳴らす屈強な男たちを目の前に、その青年は全く臆する様子を見せないどころか、

にこやかに彼らを説き伏せ始めたのだ。


「彼女らの行き先は、かつての砂漠の一番星。

 見たところ、腕に自信はあるようだし、彼女らと一緒に行けば、名産品の繻子織物など

 珍しい品物を仕入れる事が出来るかもよ? これはおいしい話だと思わないかい?」


「むむ……確かに……」


その魅力的な誘い文句に、船乗りたちは拳を収め、しばし考え込んだ。

そしてしばらく考え込んだ後、少し冷静になり、青年に対して自分たちの考えを告げた。


「美味しい話ではあるがな。俺たちだって命は惜しい。船も沈められたくないしな。

 戦争のドンパチがある所に、むざむざ出向くような船は、今時あんまりねぇよ」


「うーん、そっかぁ。それは残念だなぁ。」


「そんなにサラーブに行きたければ、商業区や錬金区に関わる奴らに聞けば、船が見つかるかも知れねぇぜ?

 まだ帝国に見つからないよう極秘に取引を行っている船があるっていう噂だからな。

 ここの自警団が十分に取り締まりをしてるとは言えねぇが、その分ハイリスク・ハイリターンって訳だ。

 たんまり分け前を貰っている分、命を狙われる危険もつきものだから、気をつけろよ。」


「そうなんだ。情報、ありがと♪」


船乗りたちに礼を述べると、青年はぽかんと呆気に取られてその様子を眺めていた3人を連れて

一旦その場を立ち去り、店を後にした。





「どなたか存じ上げないが、感謝するよ……ありがとう」


4人が外に出ると、キツネにつままれたような心持ちのまま、スノウは青年に礼を述べる。

すると青年はスノウに振り返り、にっこりと笑みを浮かべたまま告げた。


「あの荒くれ船乗りたちを前にして、あれだけの啖呵をきるなんて凄いね!

 勇気があるのは素晴らしい事だと思うよ、うん」


腕を組んでうんうんと頷きながらも、ぴっと人差し指を立てる。


「……だけどね、避けられるいさかいは、極力避けた方がいいと思うんだ。

 可愛いお嬢さんを連れているんだったら、尚更さ? ね?」


青年にそう忠告されて、スノウは少し反省する。


「そうだな……むやみな争いは避けられるに越したことはない。

 私はまだああいう交渉は苦手だ……」


しゅんとして、自分の行動を省みるスノウの様子を見て、青年は笑う。


「あはは、俺自身も人の事言えた柄じゃないけれどね。

 そんな俺の話を怪しまずに素直に聞いてくれるなんて、なんというか、君は純真なんだねえ。気に入ったよ。」


そんな青年の言葉に、目をぱちくりしてきょとんとするスノウ。



「そうよ、どこの誰なのか分からないひとに、説教される筋合いはないんだから!」

「そうですね、貴方の素性も教えて頂けると有り難いのですが」


一連の流れを見守っていたルーシーが、ぷんすかしながら素性の知れない青年に文句を言うと、サミュエルもそれに同調する。


「あぁゴメンゴメン。そういえば自己紹介がまだだったね。

 俺はサロード。旅の吟遊詩人さ」


そう名乗り出ると、おもむろに彼はリュートを取り出して、ポロロンと弦を弾いた。


「この美声を発揮しながら、各地を渡り歩いているんだ。」

「そうですか。騒音被害が届け出ていない事を願いますね」


さわやかな笑顔で堂々と言い切るところがどこか腹立たしいのか、サミュエルはにっこり笑いつつも棘のある言葉を返す。


「やだなぁ、これだから警備団の人はお堅くて。俺の苦手とする分野の人だねえ」


「?!」


おちゃらけた様子でけらけらと笑うサロードであったが、くたくたのマントを羽織って全身を隠しているにも関わらず

彼がサミュエルの素性を言い当てた事に、その場にいた全員が、驚いた。



「あ、何で分かるかって? そりゃあ分かるよ、公爵にいつも付き従っているの、街中で興行しながら見ているもの。」



サロードはまだ冗談めいてけらけら笑っていたが、サミュエルの目つきが一瞬にして険しくなった。

その身の後ろにルーシーを隠して、剣に手をかけるばかりの勢いで凄んで言った。


「……という事は、勿論後ろにいらっしゃる公爵家令嬢の素性も分かっていますね……

 何が目的で私たちに近づいたのですか。返答次第では……分かっていますよね?」


一触即発の事態だというのに、サロードは一向に笑みを崩さず、頭をひねって考える。


「目的ねぇ……? うーん、面白そうだったから、かな?

 今時、危ない帝国領に行こうとする人なんて滅多にいないもの。

 あと、俺もサラーブに用事があったんだけど、帝国軍が属領にしちゃったから、行けなくて困っていたんだ」


「用事ですか……密輸か何かですか」

「あはは、そんな商売してたら、こんなボロボロな恰好してないよー」


確かに、彼が着ている服は大分年季が入っているようで、お世辞にも高価とは言えなさそうなものだった。




そんな2人に、それまできょとんとして見守っていたスノウが、慌てて仲介に入る。


「サミュエルさん、待ってください。この人は、野心があって私達には近づいた訳ではないと思います。

 困っていた時に、私たちを助けてくれたじゃないですか」


「しかし、最初から悪人面で近づいてくる者なんかいません。彼が嘘をついていないという証拠なんかないですよ」


そうサミュエルが念を押して、もう一度3人がサロードの方を振り返ると

のほーんとした、気の抜けた笑顔を浮かべて佇んでいる。


「……何か企んでいるっていう感じでも、なさそうね……」

「まぁ、いいでしょう……船を手配しなければ、話は進みませんし」


すっかり毒気を抜かれた3人であった。







「ふ〜ん。公爵家令嬢のご遊学に、用心棒付きとはねぇ。」


「もしもの時の為に、用心棒をつけるのは当然でしょう。

 貴方のような怪しい根無し草に、いつ何時狙われるか分かったものじゃありませんから」


ここまで来た経緯を話し込みながら、相変わらず刺々しい応酬を繰り広げるサロードとサミュエル。


「でも、君は顔が知れ渡っていると思うから、あまり同行は勧めないなぁ。」

「私が同行するのは、この街の中までです。それから先は、このお方が一緒に旅をしてくれるのですよ」


そう言い、サミュエルはルーシーと話していたスノウの方を振り返る。


「え、何か言ったかな?」


スノウが聞きそびれてサロードに問いかけると、サミュエルに対する反応よりも遥かに嬉しそうに、サロードは彼女に質問した。


「君の名前を教えて欲しいな! 純真なかわいこちゃん♪」


「私の名前はスノウだ」


「へぇ、雪の意味を冠する名前かぁ」


サロードにそう言われた瞬間、スノウは追放された自分の身を思い返す。

花の国に生まれながら、忌まわしき氷の名前をつけられた自分。 知らずの間に、スノウは暗い表情を浮かべていた。



しかし ―――



「素敵な名前だね。 清らかで、恵みのある名前だなぁ」


サロードは、満面の笑みを浮かべていた。そこには、軽蔑も、畏怖も、負の感情は一切感じられなかった。

そんな彼の様子にスノウは戸惑い、そっとさりげなく聞き返す。


「凍てつく、冬をもたらす、氷を意味する名前だぞ……? 呪われた名前じゃないのか?」


「ん?どうして? そりゃ確かに冬は寒いけど、雪はとても綺麗だし、何より水の恩恵をもたらしてくれるもの。

 俺は灼熱の砂漠の国で生まれたから、氷はなにより有り難いものだよ。

 それに、どうして呪われた名前なんて、親が子供につけようと思うんだい?」


「……!」


その答えを聞き、何か心にはっとするものを感じる。


スノウがそのえも言われぬ感情に浸る間もなく、後ろからルーシーがぴょんこぴょんこ跳ねてサロードに問いかける。


「じゃあ、私の名前は? ルーシーって、どういう意味を持つの?」

「別の国の言葉ではルチアとも言って、『光』を意味するんだよ」

「へぇぇ! サロードは物知りね!」


すっかり感心するルーシー。最初は彼を訝しんでいたものの、少しずつ馴染んでいるようだ。





「ところで、サラーブに行く船は、どうやって手配するつもりなんだ?」


スノウがサロードに尋ねると、待ってましたとばかりに彼は答える。


「サラーブは今、カーディレット帝国の属領とされているのは知ってるね?

 そんなサラーブの近海は、カーディレット帝国の軍が見張っていて、自由な貿易が出来ない状態なんだ。

 だけども、そんな状態でも生きていかなくちゃいけないからね。生活に必要な物資を運ぶ船は免除されるのさ。

 それと、高価な品物を取引する代わりに、軍のお偉いさんにこっそりお包みして、通行を許される船もあるんだ。」


「そんな状況が、サラーブ産の上質な繻子の織物などを、今以上に高価にしている要因なのですがね。

 それを逆手に商売する輩もいるのです。困ったものです」


サミュエルが溜息をつく。

現に、今のサラーブ産の品々は、何でも揃うリトスの市場と言えども、滅多にお目にかかる事は出来なかった。


「リトスにいる間は自由貿易が許されますが、サラーブ近海となると、ほぼ帝国が制圧しています。

 生活必需品の運搬船は、ほぼ帝国が管理します。乗組員も厳しいチェックを受け、怪しい点が少しでもあると捕らえられます。

 ただし、密輸船については賄賂を渡す代わりにある程度融通が利くから、チェックは緩いそうですよ。

 私たちが乗るであろう船は……言わずとも、分かりますね?」


「後者だろうな……」


容易に想像がつき、スノウは肩を落とす。


「しかし、仮にその船に乗せてもらうにしても、私達には彼らに払える報酬はとても持っていないのだが」


「あ、その点に関しては大丈夫♪ スノウちゃんがいればね」


「……?」


サロードの言葉の意味が分からない、スノウとサミュエルとルーシーだった。











歴戦感を漂わせる風格の剣士が、どっと地面に倒れこむ。


目の前には、剣を鞘に収めたスノウの姿があった。



「こりゃ驚いた! こんな華奢ないで立ちで、用心棒のディゴリーを剣一本で倒すとは!」


「どうかなあ? ディゴリーはノビちゃったし、彼の代わりに、この子を用心棒としてこの船に乗せてくれないかな?

 これくらいの力があれば、もし帝国軍の検閲が入ったとしても、きっと荷物を護れると思うんだ」


「ううむ、今回の品は貴重なもので、あまり帝国軍に知られたくないものじゃからのお……

 お主の口車と併せれば百人力じゃな。よし、この話、乗ったとも! サラーブまで頼んだぞ、お嬢ちゃん!」


「はあ……」


やや曖昧な笑顔を浮かべて、商人とサロードに頷くスノウ。


「これって、うまくいったの?」

「どうやら、そのようですね。いやはや、用心棒として乗り込むとは、彼も考えますね」


後ろの物陰で、ミケランジェロを抱えたルーシーと、サミュエルがぼそぼそ呟いた。



サラーブへ向かうための手筈は、ようやく整ったのだった。



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ちょっと間が空いちゃったけど、ようやく話の続きが思い浮かんで書けました!

こないだのお国質問、サロード兄さんとルーシーちゃんのキャラを掴むのに、役に立ったよありがとう!
とは言っても、ちゃんとキャラと合ってるか心配……違ったら言ってやってね!

おちゃらけてて、尚且つ情勢をどこか冷静によく見ている……サロード兄さんは、そんなイメージ。
動かすのも楽しいね! 絶対(主にサムが一方的に)ばちばちしてそうだと思ったのでした(笑)

ともあれ、ようやく海に出られそうですよ!