出発すると言っても、まず何処から行くべきなのか、スノウは皆目検討もつかなかった。
それ以前に、出航するために乗る船を手配しなければならない。
今回はルーシーも一緒に連れて行くため、リトスに来た時のように粗末な貨物船に乗る訳にはいかない。
「お困りのようですね?」
考えあぐねていると、1人の警備兵の青年が、スノウに声を掛けてきた。
「船を手配したい場合、この港の先にある集会所に行くと良いでしょう。
船の持ち主や乗組員たちが集まっている筈です。」
にっこりと笑い、港から続く道の先の集会所がある方向を指し示している。
「あっ! サム!!」
ルーシーが警備兵の顔を見て、ぱっと名前を言い当てた。
「名乗り遅れました。私は、トーマス公の直属の部下、サミュエルと申します。気軽にサム、とお呼び下さい。
まだ街に不慣れでしょうから、困った時は手助けするよう承っております。
ただ、お助け出来るのは、残念ながらこの周辺だけとなります。
ルーシー様、何故だか分かりますね?」
「うん! パパに教わったよ。
リトスは、商業地区・興行地区・錬金地区の3つに分かれていて、それぞれが独立してるんだよね。」
「はい、良く出来ました。
それぞれが行政を独自に行っており、自治権や治安を沈静する部隊も、こことは全く異なっているのです。
故に、公爵家のある商業地区にいる間は、我々が幾許か手助けする事は出来るでしょう。
しかし、その一歩外へ出れば、もう治外法権。己の責任は、己で取らざるを得なくなります。」
「成る程……」
リトスの仕組みの解説を聞き、スノウはうんうんと頷く。
「更に、どこの区も自警団により比較的治安が保たれておりますが、すぐ裏通りでは密輸や密売を行う者たちの巣窟です。
特に錬金地区に向かわれる際は十二分にお気をつけ下さい。
あそこには、あまり良い噂があるとは言えません故。」
「ありがとう。情報、感謝します。」
サミュエルに礼を述べると、スノウはとりあえず集会所に向かう旨を伝えて
ルーシーとミケランジェロを連れて歩き出した。
「……早速、君のお父上に助けて貰ったな」
「え?いいじゃない。この国にいる間は助けて貰おうよ」
スノウは苦笑いして、きょとんとするルーシーを小声で諭した。
「昨日の事を忘れたのかい? 君の身分がばれると、いつ身代金目的で誘拐されるか分からない。
護衛兵を引き連れて歩けばそりゃあ安全だろうが、目立ってしまうしな。
それに、お父上はあえて出港するための船を手配しなかったんだ。
公爵の名前で船を借りれば、どんな目的で無粋な輩が集まってくるか分からないからな」
「ふむふむ。なかなか良い推理ですね」
「「うわぁっッ?!」」
何ら違和感無く、自然に2人の会話に溶け込んでいたのは、先程とは違いくたくたのマントを羽織った
サミュエルの姿であった。あまりの自然さに、声を揃えてスノウとルーシーは驚いた。
「勿論、警備兵の制服のまんま、貴方がたと行動を共にする心算は毛頭ありませんよ。
ルーシー様は、これを被って下さい。」
そう言って手渡されたのは、栗色の地味なベレー帽とコートだった。
なるほど、被ってみると、ぱっと見ただけでは公爵家の令嬢とは思えない、
そんじょそこらにいる街の子供のようだった。
「公爵の名前で船を借りなかったのは勿論ですが、
公爵様は、ルーシー様にこの街の事をもっと学んで頂きたいのですよ。
それには、実際に自分で船を手配してみる事が一番の近道、だそうです。
街の事をよく知らないスノウ様だけでは、荷が重いですからね」
「ははぁ……流石、リトス連邦を取り仕切る公爵様というだけあるな。
事前に私たちが困る事を察知して、君を寄越した訳か」
「そういう事です」
感服したスノウに、サミュエルはにっこりと微笑んだ。
「……で、船乗りたちの集会所までどうやっていくのかな」
公爵邸で手渡された、この街の地図とにらめっこしながら、スノウは次の行き先を探していた。
これからの歩みを確認しようと目の前の道を見ると、雑多な露店が立ち並び
狭い小路がいくつも入り組んでいて、どこから入ったのか分かったものじゃない。
サミュエルはただ黙って、微笑んでいる。行き先までは教えてくれる様子ではなさそうだ。
するとルーシーが、目の前にいる軒先で昼寝をしていた、黒い毛並みの猫に近づいた。
ルーシーが何か問いかけると、黒猫は首を上げ、気持ち良さそうにひと伸びしてから
にゃあにゃあにゃあ、と3回鳴いた。
そして、小路のうちの1本の道を、しっぽで指し示す。
「分かったよ! ここの小路を入って2つ目の角を右に曲がり、海沿いにまっすぐ向かうと集会所だって」
「え……? 君は、猫の言葉が分かるのか?」
「うん! ミケと、いつもお話してるの。猫だけじゃないのよ、カモメも、犬も、ネズミの言葉だって分かるのよ」
猫との会話をすらすらと翻訳するルーシーの話を聞き、スノウはとても驚いた。
「へぇ……凄いな、ルーシー。そんな能力があったなんて。これは役立つよ」
「でしょー! えっへん! 頼っていいのよ!」
感嘆するスノウに、ルーシーは誇らしげに胸を反らせた。
「ネズミたちは、一体どんな話をしているんでしょうね?」
道端を小走りに去る2匹のネズミを興味津々に眺めながら、サミュエルが尋ねると、ルーシーはこう答えた。
「ええと、おいしいハムチーズサンドが落ちていないかなぁ、だって」
「ネズミも案外所帯じみているんだね」
腹を空かせたネズミの言葉の代弁に、くすっと笑うスノウとサミュエルだった。
路地裏を暫く歩いていくと、細い小路の先に見える、古びてくすんだ壁の建物。
船乗りたちの集会所に、3人は到着した。
「……ここ、なんだな?」
スノウがおそるおそる扉を開けてみると、部屋一杯に充満した煙草の煙が一斉に襲ってくる。
思わず数回咳き込んでしまう。どうやらここの煙草は、刺激の強い種類のようだ。
ルーシーも少し、入るのをためらう。その視線の先には、ガラの悪そうな、屈強な男たちが見えた。
腕や胸、身体の至る所に刺青の入った者、大きな傷を背や顔に受けた者の姿も見える。
思わずスノウは、ルーシーを外套の後ろに庇った。
場違いのような出で立ちの3人に船乗りたちは気付き、にやにや笑いながら近寄り、冷やかしにくる。
「よぉ、可愛い嬢ちゃんたち。こんなアブない所に来るにゃ、護衛不足じゃねぇか?」
「楽しいピクニックをご所望ならば、こんなムサ苦しいオジサンが集う所にくるんじゃねえぞ」
スノウの外套を握りしめるルーシーの手が震え、ぎゅっと縮こまった。
それでもスノウは一向に臆する気配を見せず、気丈に男たちに問いかけた。
「私たちは、腕の立つ船乗りを探している。このリトスから、諸外国へ向かう船はないか?」
「そいつぁ大層なこった。行き先はどこだい?」
「カーディレット帝国領・旧サラーブ王国だ」
スノウは次の行き先について、出発前にトーマス公爵に相談していた。
すると、トーマス公爵はこう助言してくれたのだった。
「そうですね……現在の諸国の勢力図はご存知ですか?」
「いえ、あまり詳しくは……
私もフロレアールからあまり外に出た事が無いもので。
ただ、このリトスに来る途中で、カーディレット帝国のよくない噂は度々耳にしていました。
諸国に戦争を仕掛け、領土を拡大している……と」
表情を曇らせて、スノウは今まで来た道のりで出会った、船乗りや旅人など
あらゆる人々から聞いた話を思い出して、トーマス公爵に話して聞かせた。
「周りの現状を把握するのは、とても大事な事です。
そして、見聞を広めるならば、敢えて危険な道をいくのも、大いにありかと。
一度、この大陸を牛耳っている帝国領に、足を踏み入れてみるのも、何かしら役に立つ筈です。
ただ、いきなり帝国に進入するのは危険です。
まずは、帝国の属領とされたサラーブに向かうと良いでしょう。
併合されてまだ日も浅く、統治もゆるく、入国審査も甘い筈です。
逆に言えば、あの国に入れるのは今しかない。
百聞は一見にしかず。帝国が行っている事を、直に目に焼き付けてくるといいでしょう。」
帝国の名前を出した途端、集会所に居た屈強な男たちは、一斉に静まり返った。
奇妙な沈黙が流れ、暫くするとあちらこちらから、ひそひそ話す声が聞こえてきた。
「……狂ってやがる…… あんな物騒な所に行くなんてよ」
「命がいくつあっても足りねぇよ……帝国が支配しているんだぜ?」
「誰が好き好んであんな所に船を出すかっての……積み荷を奪われ、あっという間に奴隷にされちまうぜ!」
屈強な筈だった男たちは皆、帝国の名前を聞いただけで尻込みしている。
そんな彼らの様子を見て、ルーシーは不安げにスノウに尋ねた。
「船、出してくれる人、いなさそうだよ……? そんなに怖い所なのかな?」
不安がるルーシーの頭をぽんと撫でて、落ち着いてスノウは答えた。
「大丈夫。君の事は私が護るよ。
それに、帝国の名を聞いただけで怖気づいているような小船じゃ、帝国に着く前に嵐ひとつ乗り越えられないさ」
「何だと!? この小娘、言わせておけば!!」
スノウの言動を聞き、荒々しい船乗りたちは一斉にいきり立った。
そんな彼らの様子にますます怯え、泣き出しそうな表情を浮かべてルーシーは後ろに下がる。
剣を取り出し、腕っぷしの強そうな船乗りたち相手に、スノウは一向に怯まず睨み付けた。
一触即発の、その時。
今にも掴みかかりそうな勢いの男たちの前に、1人の古ぼけた外套に身を包んだ青年が立ちはだかる。
「たくましい海の男が、華奢な女性に手を上げるなんて、ナンセンスだねえ」
使い込まれたリュートをその手に、青年は爽やかな笑顔を浮かべて佇んでいた。
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少しずつアイデアを頂きながら、リトスでのお話の続きを書いてみました!
ルーシーちゃんの能力も活躍出来そう!とか、ちょっと危険な香りのする
船乗りたちの酒場とか、色々空想しながら書くのは楽しいね。
サムも、実はこのお話を書きながら自然に出来たキャラなのです。
お話を作りながらキャラメイキングをするって、初めてのパターンで、新鮮だわ。
最後に登場したのは誰なのか、言わずとも分かるかな?
ずっと前にお話した時の雰囲気と記憶を思い出しながら
登場して貰いました……が、これでよかったかしら。どうかしら。