日もすっかり暮れ、夜の帳が港町を包み込んでいた。
暗くなってからも、リトスの街並みは様々な色の灯火に照らしだされ、
楽士たちの奏でる賑やかな音色や華麗に舞う踊り子たちにより、賑やかな装いを呈していた。
色とりどりの明かりに飾り付けられた街から少し離れた、街並みや海を見渡せる小高い丘に
公爵家の官邸は建っていた。
警備兵たちに引っ張られ、スノウが連れて来られたのは、まさにこの公爵官邸だった。
白く美しい城壁が鮮やかな海の青に映えるこの建物は、リトスに住まう人々の羨望を受ける場所であった。
しかしスノウは今、公爵家令嬢の誘拐という不名誉な罪を着せられて、この美しい建物の地下牢にぶちこまれた。
「怪しい女! そこでおとなしくしてろ!!」
いきなり理不尽な扱いを受けたが、スノウは怒りよりも寧ろ驚きが勝っており、
鳩が豆鉄砲を喰らったように、ぽかんとして牢に1人取り残された。
「まぁ……誰も見ていなかった訳だし…… 私はこんなボロボロの身なりだし、疑うのも無理はないだろうな……」
傷んで擦り切れた外套を見ながら思わず苦笑して、床に座り込み、事の成り行きを待つことにした。
一方ルーシーは、警備兵たちに厳重に護られ、公爵官邸の一番奥の部屋に通された。
そこには、心底心配そうにして娘の帰りを待つ2人の姿があった。
「パパ! ママ!!」
「おぉ、ルーシー…… 無事だったか……!!」
両親の胸に飛び込むルーシー。それをしっかり抱きしめて、父親は何度も我が娘の無事を確かめた。
「警備兵がお前を見失ったと聞いた時は肝を冷やしたよ。
この商業区は表通りは比較的安全だが、路地裏や外国船が多く停泊する場所はならず者が多いから
気をつけなさいと言っただろう?」
「私は大丈夫。ちょっと怖かったけど……
それより、警備兵のみんなが捕まえた人は無実なの!! お願い、放してあげて!!」
怖がるよりもまず娘が訴えた必死の弁明に、公爵は少し驚いて娘の顔をまじまじと見る。
「警備兵たちが連れてきた、今、地下牢につないでいる者の事か?」
「そうよ!」
牢に入れられて、3、4時間は経ったであろうか。
1日中歩き回ったためか少し疲れを感じて、地下牢のゆらめく蝋燭の下で
スノウは眠らない程度にうとうとしていた。
すると、階段を降りてくる足音が聞こえ、目を覚ます。
警備兵が2人、牢の鍵を開け、先程とはまるで違う丁寧な応対でスノウに頭を下げた。
「公爵令嬢をお救いして下さったとは知らず、ご無礼致しました。
公爵様が、貴殿にお会いになりたいと仰っております。ご案内致しますので、どうぞ」
兵士たちに案内されるがままに、臙脂色をした絹の美しい絨毯が続く廊下を歩いていく。
その廊下の一番奥に突き当たったのは、金色の美しい装飾が施された大広間だった。
警備兵がドアを軽くノックすると、中から公爵と思しき人物から返事があった。
「どうぞ、お入りください」
スノウを中に案内し、警備兵が立ち去ろうとすると、公爵が兵士たちに席を外すよう、穏やかに告げる。
少し心配する兵士たちに大丈夫と言い聞かせ、大広間は公爵とスノウだけとなる。
改めて、大広間の中央の人物が振り返る。
人が良く柔和そうな、それでいて英知を感じさせるような、明るい笑みを浮かべた人物だった。
「初めまして。私はトーマスと申します。公爵としてこのリトス海洋貿易都市連邦を統括しています。
ならず者たちから娘を助けてくれた事、感謝致します。
知らぬ事とはいえ、部下たちが失礼しました。」
「ご厚遇感謝致します、公爵様。私の名前はスノウと申します。
訳あって、今この海を旅して歩いております。
着の身着のまま、明日の事さえ分からぬ身、不審に思われても仕方がありません。」
深く会釈をし、スノウは公爵へ礼儀を示す。
「この港町には、そういう流れ者の方が大勢やってきます。
何も、貴方だけ目立って不審という訳では無いので、ご安心下さい」
自分が不審者である事をそのままそっくり受け止めているスノウの様子に、笑って公爵は答えた。
「商業を発展させるため、この自由な風土の都市国家を私の一族は築き上げてきました。
しかし自由というものは常にリスクがつきもの。
今回のように、ならず者がこのような企てを起こすのは、この街では決して珍しい事ではないのですよ。
貴方は、素晴らしい剣の腕と、類稀なる魔法の才をお持ちのようですね」
「……用心棒の仕事ならば、申し訳ありませんが、私はお断りしています。
ひとつの所に留まる予定は、今のところありませんので」
目を閉じて頑なに言い放ったスノウに、少し苦笑して公爵は先を続ける。
「まぁまぁ。話を最後まで聞いて頂けますか。
実は、貴方にお願いしたいのは、私の娘の護衛なのですよ。」
「娘さんを?」
「左様。あれは、将来このリトス連邦を背負う身です。
まだ11歳と年若いですが、好奇心に溢れ、外の世界を知りたいと毎日のように私にせがんでいます。
しかし先程の通り、公爵令嬢と知って立場を狙ってくる存在は、それこそ星の数ほどいます。
そこで、貴方の旅に、娘を同行させて頂きたいのです。」
突然の公爵の申し出に、スノウは驚き、ためらった。
「お待ちください、公爵様。
公爵家令嬢という高貴な身分の方を、私のような素性も分からない存在に同行させると仰るならば、
失礼ではありますが、公爵様のお目も曇っているというもの。
そのご提案は有難くはありますが、私にはお受け出来かねます」
そう告げたスノウの前に、公爵は静かに黙って、一本の剣を机の上に置いた。
白銀の刃を煌かせ、真っ直ぐな刀身の持ち手には、12枚の花弁を持つ金色の花の紋章が象られていた。
その剣は、スノウが肌身離さず持っていたものだった。
公爵は、笑みを浮かべて穏やかに答える。
「これは、フロレアール王国の王家の紋章ですね。
私はこれでも、様々な人間が交錯する街、リトス連邦を束ねる身。
人を見る目を研鑽し、各国の情勢はよく理解しておりますよ、フロレアールの追放された姫君」
紋章がどこの国のものであるかだけでなく、自分の身の上まで、公爵は全てお見通しだった。
容易く出自がばれたことに、スノウは激しく動揺する。
そんな様子をものともせずに、しかし決して威嚇したり、高圧的にはならず
公爵は穏やかな笑みと口調と変えることなく、淡々とスノウに話しかけた。
「落ち着いてください、スノウ王女。貴方の身の上を知っているのはごく限られた者だけです。
私の他には、誰も貴方の身分に気付いている者は、この国には誰もおりません。」
「人払いをさせたのは、この為だったのですね」
「勿論です。こんな大事な話、誰かに聞かれたらとんでもない事です。
娘どころか、貴方の身まで危険に晒してしまう。」
「そうでしたら、尚の事この話は受けかねます。
貴方の大事な娘さんを、危険に巻き込むわけにはいきません。
それとも、出自の口止め料として、強制されますか?」
毅然として、公爵の申し出を頑なに断り続けるスノウに、公爵は負けじと粘り強く話を続けた。
「そんな小さな駆け引きこそ愚か者のする事でしょう。
腕が立てば、高貴な生まれの者であれば、誰でも良いかという訳ではありませんとも。
そんな薄い理由で、大事な娘を託したり致しません。
何の接点も、つながりもない娘を、通りすがりの身ながら、突如として助けてくれた事。
兵士たちに無実の罪で囲まれながらも、自らの素性を踏まえ決して反論せず、手柄を振りかざしたりしない潔さ。
長年人を見る商売を続けてきて、貴方のその人柄の誠実さに、私は自分の命よりも大事な家族を託すのです。」
しばらく無言のまま、2人は動かず、表情を変えず対峙していた。
真っ直ぐで、自分を隅から隅まで信じきるその曇りない瞳を見て、スノウはついに折れた。
「……分かりました。公爵令嬢、この身をもって御守致します。」
再び公爵の前に跪き、敬礼した。
「スノウー! ほら、大きな帆船だよ! 私たちの乗る船はどれかなぁ?!」
朝日が煌く明け方の港に、今日1番の帆船が白い帆をはためかせながら着岸する。
そんな様子を、ルーシーは飼い猫の三毛猫・ミケランジェロと一緒にはしゃいで迎えていた。
期待に胸を膨らませ、遠くの水平線を見つめるルーシーの瞳は、
オパールのように不可思議かつ何ともいえない美しい色にゆらめき、輝いていた。
「まだ、乗る船はこれから捜すんだ! ほら、スカートがめくれてしまうよ!」
思った以上のお転婆っぷりに目を丸くして、スノウは遠くからはしゃぐ1人と1匹に、大声で呼びかける。
それでも、ルーシーは思った以上に早くスノウに懐いてくれていた。
それがなんだかスノウにはこそばゆくて、しかしどこか嬉しかった。
「スカートは間違いだったかしら… キュロットの方が動きやすいかも知れないですね……」
穏やかに見守っているのは、ルーシーと同じ美しい色の瞳を持つ公爵夫人、ペラギアだった。
「お荷物に追加致しますか? 奥様」
隣で、秘書のパレアナが物腰柔らかに対応する。
「ふ、服は必要最小限にして頂きましょうか……」
ぱんぱんに入りきらないトランクを前に、どこか斜め上を見た2人の言葉に思わず肩から脱力しながら、スノウは苦笑いする。
後ろから、にこにこしながらトーマス公爵が近づいてきた。
「絶好の旅立ち日和ですね。これも風と海の加護のお陰でしょうかな?」
「今日も良く晴れるでしょうね。この様子なら、時化も起きないでしょう」
「やぁやぁ。流石私の娘だ。旅立つ日から天候に恵まれるとは!」
なるほど、子煩悩とは、民たちは的を射ている。
嬉しそうな表情を浮かべる公爵を、少しあきれつつもどこかくすりと笑いながら、スノウは眺めていた。
そんなスノウに気付いたのか、トーマス公爵はスノウを手招きで呼び、こっそり耳打ちする。
「……くれぐれも、頼みましたよ。あの子は若い故に、自由奔放で怖いもの知らず、世間知らずです。」
「承知しております。しっかり手綱を握っておりますとも。」
「それと……」
「それと?」
深刻な表情を浮かべる公爵に、スノウはごくりと息を飲んだ。
「お菓子と美しい物に目が無い子です。どうか旅先で、無駄遣いしないように言ってやってください」
その瞬間、スノウは盛大に脱力する。
明るく笑う公爵は気を取り直して、懐からあるものを取り出した。
それは、メディティレーニアン・ブルーの、公爵家の紋章を象った美しいペンダントだった。
「これを娘に渡します。旅先で困った事があったら、これを見せてください。
事情を知ったものが、よくしてくれるでしょう」
自らの素性を明らかに出来ない今、通行手形として使うように託されたものだった。
「これは…… ご厚遇、感謝致します。公爵様」
公爵の細やかな配慮に礼を述べ、スノウは出発するため、ルーシーに声を掛ける。
トーマス公爵、ペラギア夫人、秘書のパレアナが見守る中、
スノウとルーシー、そして猫のミケランジェロは、リトス連邦をスタート地点に
世界各国を廻る旅に出発したのであった。
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第2弾書けたー!!!
ってかまず最初にトーマス様やペラギア様出てきてないのに
登場させちゃってすみません(倒)
こう、よしちゃんのSSを参考に、書きたかったんだー
スノウと真面目なやりとりをさせたかったんだー(逃走)
こっそりぱれちゃんも登場させて、天然な台詞をつぶやいて貰いたかったとかなんとか(ぁ)
こ、こんな感じで如何でしょうか?!