スノウたちの一行は、サラーブの首都を出てからいくつもの砂漠、険しい岩山を渡り歩いて、

帝国兵に見つかる事無く、なんとかサラーブの国境までやってきた。



「ソニアちゃん、待って〜」

「あはは! ルーシーちゃんも早く早く!」


年の近い少女らはすっかり打ち解け、互いに駆けっ子をしながら道を進む。


「くそ……ガキはなんであんなに元気なんだよ……状況が状況だってのに……」


彼女らの後ろから、重だるそうに足を引きずって、マトヴェイがぼやく。


「まぁまぁ。あの子たちの明るい声を聞いているだけでも、気分が明るくならない?」


鼻歌を歌いながら、サロードがその後に続く。

そんな彼も、荷物を運ぶ役目を率先して引き受けていた。

流石、吟遊詩人として各国を渡り歩き、旅慣れているだけある。疲れを他の者よりあまり見せない。



「情けないわねぇ……一応兵士なんでしょ? それくらいの体力身につけなさいよ」

「まぁ、仕方ないさ。 彼は今まで捕虜として捕えられていたんだ。体力だって随分消耗している筈だ。

 小休憩をいくつか挟みながら進もう」


マトヴェイのぼやきにラーレがため息をつくと、スノウが彼女を宥める。

確かに、マトヴェイは解放されるまではカーディレット帝国軍に酷い拷問を受けていた。

そのため、体力をかなり消耗していたのだった。



加えて、この暑さだ。

砂漠は抜けたとはいえ、岩場も多いこの国は、夜には氷点下だった気温が

昼間になるとあっという間に40度近くにも上がってしまう。

この寒暖差は、健常者ならともなく、病み上がりや体力を消費した者にとっては相当きつい筈だ。



幸い、飲み水に関しては困らなくなった。

というのも、スノウが氷魔法を扱えることに着目したサロードが提案したのだ。


「氷魔法が使えるんだったら、この銅で出来た鍋に、氷をつくって入れておいたら?

 太陽の熱で溶けて、飲み水が確保できるよ」


なるほど、とスノウは感心する。そんな使い方は、今まで考えつきもしなかった。


こうして時々休憩ごとに氷で飲み水を作成し、皆の喉の渇きを癒したのだった。






皆から少し離れて、岩場で身体を横たえ休むマトヴェイに、スノウは氷水で冷やした手ぬぐいを持って行く。


「大丈夫か? あまり無理はしてはいけないぞ」


「あぁ、サンキュな……

 ……くそ、情けねぇな……皆のお荷物になっちまってよ……」


手ぬぐいで目元を隠しながら、頭に手を当てて、マトヴェイは随分気弱なセリフを吐いた。

それを聞いたスノウは、言葉少なだが、彼を励ます。


「そんなことはない。寧ろ感謝しているよ。

 君の地殻魔法のおかげで、帝国兵に囲まれたあの危機的な状況を乗り越えられたのだから」


「あれが、か? ……いや、俺の力は、破壊しか生み出さねぇ。

 あの時の状況だって、アンタの氷結魔法がなければ、皆を地割れに巻き込んで命を奪ってしまった筈だ。

 氷を飲み水に変えて皆の癒しに変えられるアンタの力と違って、俺のこの力は、人を傷つける事しか出来ねぇんだよ。

 だから軍に召し抱えられて、戦争の道具として今まで使われ続けてきたんだ」


半ば自虐的に笑いながら、マトヴェイはそう答えた。

そんな彼の笑みと、何も言わずに彼の後ろに佇むセリコの表情が、とても寂しそうだったことが、スノウの心に突き刺さる。


同時に、自分の力は人を傷つける事しか出来ない、という彼の台詞に、

スノウはどこか共鳴する思いを抱いて、今まで自分が抱えてきた心の葛藤を、彼に打ち明けたのだ。



「私の力が皆の癒しに……か……

 そう考えた事は、今まで一度だって無かった」


「……?」


訝しがるマトヴェイに、スノウはそれまでの自分の境遇を彼に語る。


「私のこの氷の力は、国では衰退の象徴として忌み嫌われていた。

 植物たちにとって氷の力は、死を招くものでしかない。

 私は国にとって不要な存在、相応しくないから追放されてしまったのだと、いつも考えていたよ」



そう語るスノウの横顔を、手ぬぐいを取って、マトヴェイは静かに黙って聞いていた。



「だが、こうして初めて皆の役に立つことが出来た。いや、皆のお陰で、それに気付く事が出来た。

 国にいては、決して気付けなかった事だ。

 それまでは、呪われた力だとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい……

 そう言ってくれる仲間のおかげで、少し救われる思いがするんだ……


 だから、君のその力だって、決して人を傷つけるばかりではないと思うんだ……どうかな?」



スノウはマトヴェイを見て少し微笑む。彼の隣にいた、セリコにも視線を向けて。


「……フン、どうだかな」


そんな彼女の眼差しを素直に眺めていられず、気恥ずかしそうにマトヴェイはそっぽを向いた。









やがて、歩き続けた一行の目の前に、今までと違う景色が見えて来る。


それは、ほのかに薔薇の色を含んだごつごつとした岩が織り成す、広大な谷だった。

まるで地面を大きく掘って出来たかのようなその谷に、乾いた風がどこまでも吹き抜けていく。



その谷は、あちこち岩をくりぬいて造られたような住居跡がいくつもあった。大勢の人々が住んでいたのだろう。

谷の岩壁には、一部削り取られたような繊細な彫刻が施されていたり、様々な色の塗料で複雑な模様が描かれたりしている。

但しそれらの装飾は、この谷に吹く乾いた風が全て平等に削り取っていってしまい、殆どが風化してしまっていた。

建物という建物は全て、その形をわずかに歪に残すだけであり、照り付ける太陽の白い光が、その影をより一層濃いものにしていた。



今、かつて栄え賑わっていたであろうその谷には、音のない静寂だけが残されていたのだった。




「ここは……」


「カッシュマペアと呼ばれる、大陸の東に位置していた、大きな商業国家があった場所だよ。

 交易路の中心に存在するから、様々な国から色々な商品や大勢の人たちが集まり、交易で栄えていたんだ。

 ただ、その繁栄に目を付けられ、初期のうちに帝国に攻め込まれて滅んでしまったんだけどね」


小高い丘の上に立ち、おそらく繁栄期には谷に広がっていたであろう、風化した街並みの残骸を眺め、

サロードはそうぽつりと説明した。


かつては彼も、この街を渡り歩いたのだろうか。

彼の眼差しは、懐かしがっているようでもあり、また街の崩壊に無常感を抱いているようでもあった。



谷を一望し、あちらこちらを詳しく観察してから、彼はこう言った。


「今のところ、人の気配はないみたい。帝国兵もまだやってきていないみたいだし。

 俺は、この近辺の地理に詳しいマトヴェイと一緒に、この先の道が安全か調べるから

 もしだったらその間、君たちは街を少し見てきてもいいよ」


「ホント?!」

「わぁ、探検だ!! 行こう、ソニアちゃん!!」


「ちょっと、あんまり遠くに行くんじゃないよアンタたち!

 どこに帝国兵が潜んでいるかも分からないのに、まったくお転婆っ子たちねぇ……」



サロードがそう言うと、子供たちははしゃいでミケランジェロと一緒に、早速岩山を駆け下りていった。

その後をラーレがぼやきながら追いかけていく。



マトヴェイとスノウがその後から、慎重な足取りでやってくる。


「本当にここは安全なのか……?

 カッシュマペアと言えば、帝国に併合された国。ここに帝国兵が潜んでいても、おかしくないぞ」


「カッシュマペアは初期の頃に帝国に併合されたから、根こそぎ奪われつくして、今はなんにも残っていないよ。

 ここは中心部とは離れてる辺鄙な場所だから、彼らももうここを警備する必要はないんだ」


「辺境でこれだけの規模なのか……かなり栄えた国だったんだな」


サロードの説明に、カッシュマペアの遺跡を見渡してスノウは感嘆の声を上げた。



「交易路の中心に存在していたからね。色んな品々が集まり、それを買い求める人たちで、当時はとても賑わっていたよ。

 だけど、帝国の侵略で、あっという間に滅んでしまったんだ。」


「これだけの規模なのに?」


「うーん。商業を重視していたから、軍隊があまり発達しなかったと聞いていたなぁ。

 警備を厳重にすると、人々が警戒して離れていく、って。

 あと、色んな種族の人たちがいたから、意見が対立し、国政がまとまりにくかった、という話もあるよ」


「まとまりが悪きゃ、その隙を突かれてあっという間に全滅してしまうもんだ。サラーブのようにな」



かつてのサラーブでの悪政を挙げ、マトヴェイはカッシュマペア衰退の理由に納得する。






サロードとマトヴェイが道を探索している間、スノウもカッシュマペアのかつての街並みに足を進めた。


崩れ去ったアーチの上を、午後の太陽がゆっくりと通り過ぎていく。

この街が活気に満ちて賑やかだった頃も、そして滅び去ってしまった今も、太陽は同じように昇り、また沈んでいく。


何もなかった岩山を削り出して、豪奢で雄大な街を築き上げ、栄えた国。

そこでは多くの人が笑い、時には怒り、時には悲しみ、幾多の命が通り過ぎていったことだろう。

そして、繁栄から一転、他国からの侵攻であっという間に滅んでいく。そしてここには今、何も残ってはいない。


悠久の自然の中で、栄えてやがて滅んでいく人々の営みなど、ほんの一瞬の出来事なのかもしれない。

自分たった1人の命なら、尚更の事だ。


今、己が抱いている悩み、悲しみ。

己の存在価値を探そうと、もがき続けようとする事自体、実に空虚な事なのかも知れない。


そんな無常感が、寂しくスノウの胸の中を過ぎ去っていく。






やがて、石灰質の街並みを歩き続けた先に、あるものが見えた。



それは、人々の生活をレリーフにして刻んだ、壁画彫刻だった。

その彫刻の下には、このような文面が刻まれていたのだ。





種を撒け 種を撒け

灼熱の陽に照らされて 枯れ果てようとも


種を撒け 種を撒け

荒れ狂う大河の洪水に 押し流されてしまおうとも


撒いた種はやがて育ち 花を咲かせて実を結び

次の花へと命を繋いでいく


歴史とは 人々の生の延長線に 織り成されるもの

今日を生きて初めて 明日へと繋がっていくのだから




それは、当時の生活の様が手に取るように分かるような、活き活きとした彫刻だった。




後ろから、サロードがリュート片手にやってくる。

そして、文面に刻まれた詩と同じ歌を奏で出した。


それは力強く、躍動感と生命力に満ちた、逞しさを感じさせるリズムとメロディーだった。



「この地方に古くから伝わっている歌なんだよ。昔ここでよく歌ったっけな。

 カッシュマペアはね、かつては商業で栄えてはいたけれど、この気候と氾濫を繰り返す大河のおかげで

 国が大きくなるまでにはかなり苦労をしたんだよ。


 今は滅び去ってしまったけれど、それでも当時の人たちは、国の未来が発展する事を願って、毎日を必死に生きていたんだ。

 その事がよく現れている歌詞で、俺は結構好きなんだよね」



発展した先にこうして衰退で終わってしまったとしても、当時の人々は力強く生きてきた。

先人たちの歩みを目の前にして、スノウは今、未来がどう転ぶか分からずとも、己の歩みを止めてはならないと思うのだった。



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