なんとか帝国軍による包囲網を脱し、サラーブの街を後に砂嵐の吹き荒れる荒野へと飛び出した5人と1匹。
一般街道は帝国兵が見張っているため、街道をそれた、ほぼ砂漠と言っても差し支えないような荒れ地を選んで進んだ。
吹き付ける砂礫をマントなど外套で防ぎながら、とにかく街を背にしてその歩みを進めていく。
「う〜… 砂が痛いよう……」
「歩けるだけ今日はまだいい。酷い時は視界さえ分からなくなるし、呼吸すら難しくなる。
それに、帝国に捕まる事を考えたら、こっちの方がよっぽどマシだろ?」
慣れない砂嵐に目を開けるのも困難なソニアが歩きにくそうにそう言うと、砂嵐をよく知ったマトヴェイは今日はまだマシな方だと言う。
口元を布で隠し、砂が気管に入らないようにする。
地盤がしっかりあったサラーブ近郊から離れるにつれて次第に砂が深くなり、足元を取られてうまく歩けない。
砂に埋もれてしまいかねないソニアを、マトヴェイは抱っこして肩に乗せ、ゆっくり進む。
「このままじゃ、帝国軍に追いつかれてしまうんじゃ……」
後ろをちらちら振り返りながら、同じく砂に埋もれないよう小さいルーシーを背負いながら、スノウは追手を警戒する。
「大丈夫よ。帝国軍は砂漠は初めてでしょう? 砂と共に生きてきたあたしたちには及ばないわ。
それに、この砂嵐を甘く見たら命だって危ないわ。王都も離れることになるし、警戒してそう深追いしてこないといいんだけど……」
「甘いな。こっちに精霊使いが3人もいるって分かりゃ、アイツら血眼になって追っかけてくるだろうさ……
砂嵐が吹いているうちに、なるたけ距離を取れればいいんだが……」
ラーレの憶測に、それまで帝国軍に捕まっていたマトヴェイは楽観視できず、そう告げて先を急いだ。
「ところで、私たちはどこに向かっているんだ?」
スノウが問いかけると、マトヴェイがこれから向かう先を説明する。
「以前、サラーブ軍にいた時、遠征で使った洞窟がある。そこならば、サラーブ軍が滅んだ今ならば知っている奴もいねぇ。
そこへとりあえず逃げようと考えている」
砂漠の向こう側にうっすらと見えるのは、岩肌がむき出しになったゴツゴツした岩山の群れだ。
そこにある洞窟に、彼は一時的に身を隠す事を提案した。
入り口は狭くて分かりづらかったが、洞窟の中は意外と広く、5人位ならば余裕で手足を伸ばせる空間があった。
高い天井には黒い蝙蝠が何匹もひっそりと休んでいる。
洞窟の中には、以前サラーブ軍が使ったであろう焚き火のあとの燃え滓がいくつか残っていた。
奥は光が届かない為か真っ暗だ。サロードが荷物の中から蝋燭のランプを取り出し、火を灯す。
洞窟特有の、ひんやりとした空気に腕をさすりながら、ソニアは暗い洞窟内を見上げて呟いた。
「なんだかここ、ひんやりするね……」
「外の暑さに比べたら、大分涼しいかもな。
砂嵐も防げて、炎天下で焼けるような気温になる砂漠の暑さを凌げる。割と俺は気に入ってるんだが。よっこいしょ」
近くにあった手頃な岩に腰かけて、マトヴェイは肩をコキコキと鳴らす。
「はぁ〜あ。ようやく落ち着けたな…… なんだか訳の分からねぇ逃走劇だったぜ、ったく」
「ホントよ! もう、あんたたち、何いきなり帝国兵に追われてるのよ、まったくもう!
サラーブの王都を出る羽目になったんだから、そこの経緯も説明して貰わないと!」
「まぁまぁラーレちゃん、怒ったら折角の美人が眉間に皺だらけになっちゃうよ〜」
「んなぁんですってー!?」
それまでの慌ただしい逃走からようやく落ち着いたところで、思い出したようにラーレは追われる事になった経緯をスノウとルーシーに求めた。
王都を追われる事にしまった事態に、申し訳なさそうにスノウはまず謝った。
「済まなかった…… まさかあんなことになってしまうとは。
私たちは、サラーブの宮殿を今一度、しっかりと見ておく必要があった。それで、ルーシーを連れて見に行ったんだ。」
「サラーブの宮殿を……? 今は帝国軍に支配され、サラーブの王族たちが公開処刑されて首が晒されている場所じゃない。
なんだって、そんな所に?」
ラーレの反応は想像した通りだ。帝国兵が常に駐屯し、厳戒態勢で警備に当たっている王宮なんて、行く方が寧ろ危険を伴う。
疑問を持たない方が不思議だ。
「昨晩、君からサラーブのそれまでの在り方を聞いた。
それまで、サラーブは採れる鉱物や宝石で豊かに発展していると聞いていたが、カーディレットに攻め込まれた時の対応は酷いものだ。
それでなくとも、近年は権力争いに明け暮れ、国政をないがしろにしていたと言う。
そんな国の中枢の現状と王政の末路を、この目で見ておかないといけないと思ってね……」
「色々な国を見て回り、そこで何が起こっているのか、この目で見て感じるのがあたしの役目なの!
サラーブの国は、あたしも酷いと思ったわ。だって、攻め込まれた時も、国の人たちを盾にして、王宮の中に逃げ込むだなんて
王様が聞いて呆れるわ!」
ルーシーも言葉に熱を込める。幼い彼女からしてみても、サラーブの様子は酷く映ったのだろう。
「んな事、国民がいくら叫んだところで、お偉いさんたちの耳なんかにゃ届かねぇよ……
そんな国にすら仕えてくるのが、バカバカしいぜ」
彼女らの言を聞き、マトヴェイは呆れてそう言い捨てた。
「君はサラーブ軍に仕えていた兵士だったんだろう。国に忠誠はないのか?」
スノウがそう不思議がると、マトヴェイはその表情を思いっきり不満そうに歪める。
「俺は好きで仕えていたんじゃねぇ。仕えさせられていたんだ。強制的にな」
「強制的に……?」
穏やかでないマトヴェイの物言いに、スノウは眉をひそめる。
何も知らないようなスノウの様子を見て、マトヴェイは尚苛立った様子で、それまでの己が受けてきた仕打ちを説明する。
「そう。強制的にだ。精霊使いってのはな、もの珍しい上にその魔法のとてつもない力で、重用されるんだよ。
俺は、小さい頃からこの力を持っていた事から、両親に半ば捨てられるように軍隊に預けられた。怖かったんだろうよ、この力が。
身寄りのない子供なんてのはな、上に従うしか生きていく術を知らねぇ。周りにとっちゃ、扱いやすいコマさ。
この力を以てして、戦争に駆り出されたり、やれどこそこの誰を葬れだとか、周りは好き勝手なことを言われてきたぜ。
自分たちの都合の良いように動かすんだ……おまけに、自分の身が危うくなったら、簡単に切り捨てられる……そりゃ忠誠なんざ起きねぇよ」
それだけ説明すると、マトヴェイは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
苛烈な過去を歩んできたマトヴェイを前にして、何も知らずに問いかけたスノウは申し訳ない気持ちになる。
「すまない、そうだったのか……」
軍に仕える兵士が全て忠誠的かと問われれば、必ずしもそうではない。
スノウの故郷フロレアールに存在する、王宮を守護する聖花騎士隊は、国を護るという気概を持つ若者が大勢集っていた。
しかし、マトヴェイの所属していたサラーブ王国や、侵攻してきたカーディレット帝国は、他国との戦争を何度も繰り返している。
その度に手に入れてきた戦争捕虜やソニアのような孤児が、強制的に兵士として徴兵される事も、そこでは日常茶飯事なのだろう。
そのような国で育った者たちを前にして、自分がいかに平和な国で育ってきたのかという事を、スノウは痛感したのだった。
申し訳なさそうにしているスノウを横目でちらっと見て、少しバツが悪そうにマトヴェイは頭をがりがりと掻いた。
「ま、オメーが世間知らずなだけで、別に謝るこたぁねーんだけどよ。
んで、精霊使いってのを嗅ぎつけた帝国軍にとっ捕まっちまったんだがよ。その時に、同じく捕まっているコイツと合流したんだ。」
そういうと、マトヴェイはソニアを顎で示す。
「君も、精霊使いなのかい?」
「うん! 私、ソニアって言うの。」
にこにこしながら、ソニアはスノウに笑いかけた。
「軍の連中から聞いたが、こいつも幼くして、精霊使いと分かったから、兵士にされるために攫われたんだとよ。」
「こんなに小さいのに……」
ソニアのあまりの幼さに、いたたまれなさそうにスノウは憐みの目を彼女に向けた。
「精霊使いは希少だからな。相手がガキだろうがそんなの軍にゃ関係ねぇんだろうよ。
……だがな。このまま帝国軍に捕まって好き勝手されるのは我慢ならねぇ。そう思って、牢をこいつと一緒にぶち破ってきたんだ。
そういや、帝国軍の連中が言ってたな。コイツ、その能力で実験器具やら牢をぶっ壊す、問題児だったって」
「こんなに小さいのに!!」
前言撤回、先程とは一転、そのお転婆というか、ソニアの帝国軍での破天荒ぶりに、スノウは目を丸くする。
ソニアと言えば、悪戯っぽさそうにピースサインをしていた。
「それはそうと、どうするんだよ、これから。
精霊使いって知られたからには、帝国の連中につけ狙われるぞ。」
マトヴェイはスノウに問いかけた。そう、寧ろスノウも今後追われる立場となってしまったのだ。
「まさか、精霊使いだったなんて知らなかったわ!」
「俺もだよ。氷の魔法も、あの剣の技も、普通じゃ身に付かないようなものだよね」
ラーレもサロードも、スノウが精霊使いだという事実を知り、驚いていた。
「おまけに、帝国軍相手に、あんな啖呵切りやがって。普通しないぞ、あんな事。
怖い知らずというか、世間知らずというか、命知らずというか。
お前、一体何者なんだ……?」
旅の女剣士、という肩書だけでは収まり切らない何かを不思議がり、マトヴェイたちはスノウにその正体を問いかける。
あそこまで公だって敵対を表明し、今後追われる立場になれば、帝国は彼女の身分を洗いざらい調べつくすだろう。
ずっと黙っているわけにはいくまい。
皆を目の前にして、スノウは己の身分を改めて明かす。
「……私は、ここから遠く離れたフロレアール王国からやってきた。
いや、やってきたというより、追放されてきた、と言った方が正しいかな……
この氷の力を以てして、呪われた子として国を追われた、フロレアール王国の第一王女だ。」
「王女さま……?!」
「まさか、本当のプリンセスだとはねぇ!」
その身分に驚くラーレとサロードの一方、マトヴェイは王女と聞いただけで嫌悪の表情を浮かべた。
「王族……だと?!」
しかしそんな様子の3人に、やや自嘲気味にスノウは苦笑いを浮かべた。
「過去の話だ。言っただろう、国民の手によって、私は国を追われた。国に帰る事は、許されない身の上なんだよ」
「でも、それと精霊使いである事と、何の関係が?」
ラーレが頭に疑問符を浮かべて問いかける。
「正しくは、精霊使いであるという事ではなく、氷の守護を持つ事に問題があったんだ。
私の祖国は、植物を緑の恵みとして崇敬していてね。
冬の寒さで植物を枯らしてしまうこの氷の力は、国では忌むべき存在なんだ。
だから、国に相応しくないとして、祖国を追放され、流浪の旅に出ていたんだよ」
寂しそうにスノウはそう答えた。
それを聞いたサロードは、どこか納得する。
「そうか……だから、あんなに気候の事を気にしたり、自分の名前を快く思わなかったり、故郷の事を気にしていたんだね。」
スノウは、王族と聞いて警戒し、敵意のこもった眼差しを投げつけるマトヴェイに、寂しそうに笑いかけた。
そして彼らを前にして、頭を下げて皆に詫びた。
「追放されたとは言え、他国のあんまりな国の在り方に、私はどうしても目を瞑っていられる性分ではないようでね。
滑稽だろう。追放された人物が、国の在り方を問うなどと。
だが、人々が困っているのを、私は見て見ぬふりなど出来ないようだ。
すまなかった。色々と、皆を巻き込んでしまって…………」
スノウが頭を下げると、当初王族と聞いて嫌悪を投げつけていたマトヴェイは、彼女の立場を聞いてその怒りを鎮めた。
「べ、別に巻き込んだのはお前の方じゃないだろ……寧ろお前も巻き込まれた側じゃねぇのか。
何にせよ、帝国の奴らと共に戦ってくれたのは、偶然とはいえ、おかげでこっちも逃げる事が出来た。ま、助かったがな」
ふいっと向こう側を向きながら、素直にありがとうと言えずうやむやに礼を告げるマトヴェイ。
「それに、巻き込まれた訳じゃないわ! スノウの人柄を見込んで、あたしのパパは同行するようにお願いしたんだもの。
世界を一緒に巡り、色々な国を見てくる旅に!
あたしは、スノウの考え方に賛成よ! 帝国は酷い事をしているから、それに従っちゃいけないと思うもの!」
後ろから、それまで黙っていたルーシーも、スノウの考えに賛同した。
そして、皆に改まって彼女もミケランジェロと共に自己紹介した。
「改めまして、あたしはルーシー・ハーシェル。リトス海洋貿易都市連邦の公爵、トーマス・ハーシェルの娘です。
この隣にいるのは、ミケランジェロ。
パパがあたしに託したのは、スノウと一緒に世界中を見て回り、どんなことが世界中で起こっているのか自分の目で見てくる事です。」
「成程、旅に出られない立場の御父上の代わりに、君を旅に出し、実際の世界情勢を見て回らせるという魂胆だね?」
ようやく彼女の旅の目的が理解できたのか、サロードは腕組みをし、納得しながらうんうんと頷く。
「スノウちゃん、ルーシーちゃんが言うように、俺たちは君に巻き込まれた訳じゃない。
君たちが持っている思い、争いを起こすような国にはっきりとノーと言える勇気に、俺たちは惹かれて集まったんだよ。
精霊使いだって事には驚いたけれど、それよりもあの帝国にあれだけハッキリと物言える。その行動力、勇気。
俺たちは君と、一緒に戦いたいって思って、ここまでついてきたんだ。」
にっこりと笑いながら、サロードはスノウに語り掛けた。
自分たちが、同情や憐みなんかでなく、確かにやや半ばハプニングもありはしたが、決して成り行きなんかでなく
スノウたちの考えに共鳴しているという事を、彼女にはっきりと言い聞かせたのだ。
「えぇ! それまでサラーブは、帝国の支配に怯えっぱなしよ。あそこまではっきり対峙出来る人はいないわ。
私も帝国のやり方は気に食わないし。このままアイツらに怯えっぱなしなのも癪だからね。
何か出来る事があったら、この歌と踊りで力を貸すわ。」
ラーレも、最初はこうなった事態に怒ってはいたものの、スノウたちと共に戦う姿勢を見せてくれたのだ。
すると、スノウは真っ赤になり、目を潤ませておろおろする。
「そ、そんな…… 私たちの思い、勇気に惹かれて、一緒に戦いたいだなんて……」
生まれ故郷を追い出されてからずっと、スノウは己の存在に価値を見出せずにいた。
国にとっては、自分は冬をもたらす災厄の化身として恐れられ、蔑まれる対象であった。
そんな中、自分の存在を許してくれた事。頼りにしてくれる事。
そして自分と共に歩もうとしてくれる存在が現れた事。それが、スノウにとって何より嬉しかったのだ。
潤んだ瞳から、熱い涙が一筋零れ落ちる。
「ありがとう……」
スノウは感謝の意を込めて、皆に礼を告げた。
「で、滅多にいやしない精霊使いが3人も集まったから、帝国の奴らに狙われる事になっちまったんだが。
これから俺たちはどこに行きゃいいんだよ……?」
「君も、同行してくれるのかい?」
「サラーブを抜け出した俺に行く宛てなんざねぇ。とりあえず、とっ掴まないように逃げるだけだ。
こいつも、帝国から護んなきゃなんねぇからよ」
「私も、おねーさんと一緒に行ってもいい?」
マトヴェイは、隣に控えて満面の笑みを浮かべている少女、ソニアと共に同行を申し出る。
「ありがとう。私はスノウという。宜しくな、2人共」
「俺はマトヴェイだ。長いからマトでいいぜ」
スノウの差し出した右手を、マトヴェイはやや気恥ずかしそうに握り返した。
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