「ど、どうしよう……!? 行き止まりだわ!!」
追ってくる帝国兵たちから逃げ続けていた5人と1匹であったが、とうとう街の外れの城壁にまで追いやられてしまう。
戒厳令が敷かれた事により、扉という扉は閉ざされ、侵略戦争で破壊された壁が入り組んだ迷路のような街を、更に複雑にしていた。
追い詰められたねずみが迷路の端へと追いやられるように、スノウたちは逃げ場を無くして壁に追い詰められる。
「くそっ、またこれか……!! 最後まで俺を見捨てるつもりかよ……!?」
自分が捕まった時もこのように迷路のような街並みに裏切られたマトヴェイは、再び同じ道を辿った事に苛立ち悪態をつく。
行き場を失い立ち往生する5人と1匹の前に、帝国兵たちが剣や槍を構えて横一列に並んだ。
その後ろから、ゆっくりと1人の将校が歩いてくる。
「よくここまでしぶとく逃げ延びたものだ。それだけは誉めてやろう」
追い詰められたスノウが氷魔法で反撃しようとするが、全く魔法が発動しない。
「無駄だ。氷の精霊使いよ。
俺の力は、相反する属性を組み合わせた時に生じる消失魔力によって、同じ空間のみにおいて魔力を発生させない。
つまり、貴様らの途方も知れない魔力は、ここでは通用しないのだ。」
大勢の帝国兵を率いて現れたシスカーン将軍は、魔法を全く使えない事態に戸惑うスノウに、己の能力を淡々と説明した。
敵方にも丁寧に説明するということはそれだけ、何をしても無駄だという事を相手に痛感させるためだろう。
この余裕たっぷりの態度も、それだけ自分たちの力を誇示している証拠だ。
「さて……大分逃げ回ってくれたものだな。3人の精霊使いたちよ。
だが、それだけお前たちの能力が秀でているということは、我々にとっても喜ばしい事だ。
お前たちその優れた能力を、ただ持て余しているのは実に惜しい事。その力、帝国の為に使う心算はないか?
もしその気があるのなら、改めて我が軍に丁重に迎えよう。」
それまで追いかけていた時とは打って変わり、客をもてなすような態度の豹変ぶりに、マトヴェイはぺっと唾を吐き悪態をついた。
「けっ、よく言うぜ。敵兵だからって、今まで散々痛めつけて、力でねじ伏せようとしていた癖によ。
どうせ言う事を聞かなければ、力づくで従えさせるんだろう。んなの素直にハイと首を縦に振る訳ねぇだろうがよ!!」
体中につけられた拷問の傷を見返しながら、マトヴェイはシスカーン将軍の申し出を蹴った。
マトヴェイの隣にいたソニアも、声を荒げて彼の誘いを激しく拒否する。
「……私の力を、人殺しに使うんでしょ!! そんなの絶対嫌だよ!!
私たちの村を襲って、おじいちゃんを殺してまで、精霊使いを探していたくせに!!」
「村を襲って、精霊使いを探していた……?!」
スノウは、ソニアの言葉に耳を疑った。そんなスノウに、マトヴェイは心底嫌そうにそれまでの帝国軍の所業を説明する。
「帝国軍はな、強大な魔力を持つ精霊使いを戦力に加えるために、各地へ遠征しては、攫って捕虜にしてきていたんだ。
なんつったって、精霊使いは何百万人に1人の貴重な存在だ。扱う魔力も段違いに強い。
だから俺たちも捕らえられ、帝国兵にされる為に連れてこられたんだよ。んなの、死んでも御免だがな」
彼らの言葉に、シスカーンはふるふると首を振る。
「横暴な兵士により私刑を受けた事、連れ出すためのいくらかの制裁については詫びよう。
お前たちの能力は稀有なものだ。その能力次第では、帝国内で出世する事も夢ではない。
今よりずっと、待遇は良くなるだろう。
なにより、この世界を平定する為に、お前たちの能力は我々にとっては必要なものなのだ。
協力するならば、助力は惜しまない。我が旗の元、最大限の待遇を約束しよう。」
「……ふざけるな……!!」
拳を震わせ、怒りをその身にふつふつと湧き上がらせて、スノウは渾身の思いで叫んだ。
「力で人々を抑えつけ、支配するような国に、協力しろだと……?!
私はここまで、お前たちの所業を見てきた……
力にものを言わせて無理やり人々を従えさせ、恐怖で押さえつけている。
人々は抑圧された中で、息苦しそうに生きている。
そうして手に入れた国を責任もって統治するどころか、我が物顔で次々と資源を食い潰し、
底が尽きればまた次へ手を伸ばし、お前たちは好き放題やっている!」
それは、リトスからサラーブへの旅路で、実際に見てきた帝国の所業だ。
海洋貿易さえ艦隊による圧倒的な武力で封鎖し、自由貿易を妨げ
侵略で手に入れたサラーブで行っている占領地での横暴な振る舞いの下で、人々は恐怖で震えていた。
そんな振る舞いを、スノウは黙って見ていられない。
そして、視界にまだ幼い、逃走を重ねてぼろぼろになったソニアを捉えながら、帝国兵士に対して己の主張を続ける。
「おまけに、侵略をさらに広げようと、精霊使いを戦力にする為、罪のない国に攻め入り、
家族さえも皆殺しにし、何も知らないこんないたいけな少女まで兵士として狩り出すような、
非道なお前たちがこの世界を支配するようになるなど、考えるだけでもおぞましい!!
この力を以てして、お前たちのような横暴な連中に協力しろだと?!
私たちに、侵略の片棒を担げだと……?!」
怒りのあまり一旦伏せた瞳を再びかっと開き、拳を強く握りしめ、
スノウは蒼天の天頂に轟く程の、はっきりとした声で一同に向かって叫んだ。
「そんな寝言は休み休み言え!!
私は!! 徹底的にお前たちに抗い、戦う事を今ここに決めた!!
無理にでも従えさせるならば、この剣、折ってみろ!!」
深緑の瞳に怒りの焔を燃え上がらせて、スノウはカーディレット帝国への徹底抗戦を宣言する。
スノウの宣言に、マトヴェイとソニアも強く頷く。
「ったりめーだろが!!」
「私も、精一杯戦うよ!!」
彼女の言を聞いていたルーシー、サロード、ラーレ、そしてミケランジェロも、帝国に反する意志を共鳴する。
「うん、帝国のような国を、これ以上広げちゃダメだよね……!」
「よっ、スノウちゃん、カッコいい〜♪」
「ま、当然よね? こんな息苦しい国、広がっちゃたまんないわ!」
「にゃあ!」
「説得は無駄だったか……」
溜息をつき、シスカーンは武器のクロスボウを構えて臨戦態勢に入る。
その照準はまず武器を身構えているスノウを狙っていた。武器を持つ者から倒すのが彼の礼儀だ。
既にシスカーンの相反魔法による制約結界は起動しており、その範囲にいるスノウたちの魔法は全く使用不可能な状態に陥っていた。
マトヴェイは武器を持たず丸腰である上に、ルーシーとソニアの子供も抱えているこの状況では、
彼のクロスボウによる攻撃や、展開している大勢の帝国兵による襲撃を防ぐ手立ては全くない。
そんな絶体絶命の彼らに、シスカーンは再び最後通牒を問いかける。
「もう一度聞く。我ら帝国に恭順を示す意志は?」
「お前たちに従うつもりは、微塵も無い!!」
冷たい眼差しで最後通牒を突きつけたシスカーンに、スノウはそこにいる誰もがはっきりと聞こえる程の声で言い放った。
それを皮切りに、帝国兵がなだれ込む。シスカーンのクロスボウの狙いがスノウに絞られた。
唯一の武器を持つスノウは、大地に足を踏みしめて皆の前に立ち塞がり、帝国兵たちからの攻撃を受けようと身構える。
その時、ルーシーが天に向かって、大声で叫んだ。
「お願い、みんな!! 力を貸して!!」
澄んだよく通る声が辺りにこだましたと思うと同時に、小刻みに地面が震えだす。
「何だ……? 精霊魔法は結界で封じてある筈……?」
構えたクロスボウを下ろし、シスカーンは何事かと訝る。
すると突然、道という道から、何百、いや何千匹ものネズミが怒涛の勢いで現れたのだ。
サラーブの街に住まうネズミというネズミが、ルーシーの呼びかけによって、
今まさに窮地に立たされたスノウたちの所へと駆けつけてきたのだった。
「うわぁぁぁぁ、な、大量のネズミだーーーーっ!!!」
「なんだこりゃぁぁーーーっッ?!! いったいどこからこんなに押し寄せた……?!」
何千、さらにとめどなく現れてくる何万匹ものネズミの大群が押し寄せる様子は、
さながら流れ落ちる鼠色の大瀑布とも、堰を切って流れ出す濁流のようでもあった。
同志の助けを求める呼びかけに、ネズミたちは敵と認識した紅い血のような軍服を着た連中の
手という手、足という足、耳やら鼻やら、噛みつけるところはとにかく噛みつき、齧り尽くす。
「いでっ、痛だだだ!!!」
「こらお前やめろ!! 齧りつくな!!」
噛みついたネズミの歯の威力は相当なもので、帝国兵たちは振り払うのに躍起になり
とてもスノウたちを攻撃出来る様子ではない。
そのネズミたちの濁流は、シスカーンにも押し寄せた。
黒い軍用手袋やブーツを端っこから齧りつこうと、様々な方向から一気に何匹も飛び掛かってくる。
「貴様ら、邪魔だ! 退け!!」
シスカーンはクロスボウを振り回し、激しくネズミを追い払う。
しかしネズミたちを追い払うのに必死になったせいか、集中力が途切れ、スノウたちを縛る制約結界が解けた。
『マト! 制約結界が解けた!! 今だ、魔法を使うんだよ!』
ネズミに気を取られたせいでシスカーンの制約結界が解かれた事に、いち早く気が付いたセリコが
マトヴェイに呼び掛けた。
しかし、マトヴェイは周りを見渡し、固まったままだ。
『どうしたの、マト!? 早くしないと、あいつがまた結界を使っちゃうよ!』
セリコの呼びかけに、マトヴェイはためらいの表情を浮かべる。
そして、先程見せた強気な口調とは一転、今までの彼らしくない、弱々しい台詞を吐いたのだ。
「俺の力は、皆を巻き込んじまう…… 俺が力を使ったら、こいつらも犠牲になる……」
こいつらとは、今一緒に逃げている、スノウたちの事だ。
自分が捕まった際に帝国兵に斬り捨てられた子供の姿と、ソニアやルーシーの姿が重なる。
自分が今、地殻操作魔法を使ったら、彼らはそれに巻き込まれて犠牲になり兼ねない。
マトヴェイは、自分自身の力で罪もない人間が、ましてや帝国と対峙すると宣言した
自分と志を同じくした同士を、自分自身の手で傷つけてしまう事を、極端に恐れていたのだ。
そんなマトヴェイとセリコのやりとりを、スノウは隣で見ていた。
先程の帝国兵から逃げる時の様子を見るからに、彼の能力は広範囲で、自分でコントロール出来るようなものではないようだ。
しかし、自分の力で罪のない者たちが傷つくことを、彼は極力避けたいと願う故に、動けないでいる。
スノウは気付いた。無骨で荒々しく、言葉こそ乱暴だが、この人物は心根はとても優しく、人一倍不器用なのだ、と。
ならば、今、私が出来る事は。
迷っているマトヴェイと瞬間、目が合った。スノウは叫ぶ。
「……君は、大地を操る魔法を使えるようだな! 先程の地割れ、あれも君の能力なのだろう?
しかし欠点は、その範囲をコントロールできずに味方も巻き込んでしまう事。
ならば、私が援護する! この一帯を氷で固めるから、君は遠慮なく帝国兵たちに地殻魔法をぶちかますんだ!!」
突然の申し出にマトヴェイは驚く。
スノウの瞳には、こう書いてあった。私を信じろ、と。
迷っている暇はない。
マトヴェイは、両の掌にセリコから受け取ったありったけの魔力を込め、大地に両手をつき、叫んだ。
「うぉぉぉおおお!!!」
同時に、スノウも持てるだけの魔力で、ルーシーやソニア、サロード、ラーレ、ミケランジェロの居る範囲を氷の結界で包み込んだ。
彼女を中心とした半径5メートル程の円を囲った範囲の地面に、氷の華がその枝葉を大地に伸ばし、周囲を囲っていく。
さらにマトヴェイの発動した地殻変動魔法によって、その範囲の先の地面が、ビキビキッと音を立てて大きく崩れ始めた。
あちこちから岩が隆起して飛び出し、地面が割れ裂け、地震を起こしながら崩れていく。
何百と集まった帝国兵たちは、轟音を立てて大きく形を変えて崩壊していく大地に飲み込まれ、為す術を失う。
ネズミをようやく追い払い態勢を整え直そうとしたシスカーンは、大規模な精霊魔法を前にして再び制約結界を張る余裕なく、
地震を前にして倒れこんだ。
すると、双つの魔法の威力により、スノウたちが追い詰められていた背後に立ち塞がる、サラーブの王都を囲う高い城壁に大きなヒビが入り、
美しい色とりどりのタイルで敷き詰められた王都の威厳を示すその城壁は、音を出して崩れていく。
城壁が崩れたことで、彼らの背後に逃げ道が出来た。街の外の砂漠へと続く道だ。
5人と一匹は、土埃を上げながら盛大に崩れた城壁を見上げる。これならば乗り越える事は簡単だ。
「……この好機を逃すな! 街の外へ走れ!!」
マトヴェイが叫ぶと、他の面々もこの機に乗じて、一斉に街の外へと駆け出す。
地割れに巻き込まれなかったシスカーンはじめとする帝国兵たちが追いかけようとすると、
サラーブの街から外に広がる広大な砂漠は、吹き荒れる砂と風で、あっという間に逃げる彼らの姿を覆い隠してしまう。
まるで、自然が彼らの逃げ道を護っているように。
彼らが逃げていったのを見送ると、シスカーンは追いかけようとした兵士たちを呼び止めた。
「無駄だ…… この砂嵐では、簡単に見つからないだろう。
我々はサラーブの王都の警備・統治も担っている。奴らを追いかける為にその任務を放棄する訳にはいかん。
今後、他の将軍たちとも話し合い、追跡隊の結成を検討しよう」
そして、サラーブの都に吹き荒れ始めた砂嵐を眺めて呟く。
「3人の精霊使いたち…… 今後、我々帝国に立ち向かう驚異となりうるか……」
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