「豊穣を望む迷えるフロレアールの子羊たちよ、陽の光と緑の救いを求めたければ、プランタン教会の教えを信じるのです!」


人々が行き交う白昼の街道の下、プランタン教会の司祭・コスモが陶酔しきった声で呼びかける。

見た目麗しく可憐な秋桜色の特別な装飾のついた司祭の服を纏い、凛とした呼び声で人々を魅了する彼女は

布教活動である街頭演説にはうってつけであった。


その隣では同じく司祭の1人であるキエロが、花の魔法で奇跡を起こすパフォーマンスを行っていた。

キエロが跪いて祈りをささげると、何もない乾いた地面から清らかな鈴蘭の花が次々と咲き始める。

人々が驚いている傍から、街道の一角にあっという間に、鈴蘭がまるで春の訪れのように咲き乱れた。

彼女が祈りを終えて顔を上げると、鈴蘭の清らかさと相まって、その姿は人々の目に眩く映りこむ。


「奇跡だな……プランタン教会の司祭たちの力は!」

「あんたたちのおかげで、この国に豊かな実りがもたらされているんだね……ありがたや、ありがたや」


「ありがとうございます……フロレアールの皆さま。私はいつでも、この国や皆さまの幸せを願っています」


人々の称賛を受けてゆっくりと、とても嬉しそうにキエロは微笑んだ。



花の奇跡を司祭たちが披露する一方、教会の前では修道士のナルキソスが教会の教えを熱く語っていた。


「この緑の豊かさは、我々プランタン教会の教えによって護られているのです! 陽の光と緑を讃えるのです!

 そして緑の実りを奪う、氷と闇と火の守護を持つ者たちを野放しにしてはなりません!

 どうか皆さま、異端者たちを見つけたら、ただちに教会までお知らせください!!」


関心を持って演説を聞く街の人々に、力強くナルキソスは呼びかける。




そこに、ひとりの住人がそっと隠れるようにやってきて、

修道士になにやら耳打ちをして、足早に、その場から逃げるように去っていった。

彼はナルキソスに住人から聞いた内容を伝えると、街の北側を指さした。

すると、意気揚々と教会の紋章が描かれた聖旗を翻し、ナルキソスは人々に告げる。


「住人のひとりが情報提供をしてくれました。罪深い者が街のはずれに隠れて住んでいると!

 今こそ罪を暴く時です! さぁ、教会の修道士たちよ、我に続け!!」



ナルキソスの声が高らかに響くと、教会から錫杖や杖を構えた修道士たちが現れた。

彼らは一同にして鋭い眼差しを持ち、聖職者と言えるような穏やかな顔つきとはまるで程遠かった。

異端審問に繰り出される聖職者たちは皆、強力な魔法の使い手である。

街の人々は互いに顔を合わせ、固唾を飲みこみ、黙って彼らの進軍を見守っていた。








時を同じくして、フロレアール王国宮殿にある塔の一角から、フィオレットもその様子を眺めていた。




本来ならば、異端者の討伐はそれまで王国の聖花騎士隊が行っていたが

隊長であるルドベキアの意見により、聖花騎士隊は一旦その役目から降ろされていたのだった。

聖花騎士隊の役目は王家と国民を外敵から護る事が第一であり、自国内の異端者のあぶり出しは任務の範疇を超える、と。


しかし、実の所は白の反乱以降、聖花騎士隊は人々の信仰を集める教会を妨げたとして、世間からは冷たく見られていた。

そのせいで、聖花騎士隊には入隊希望者が年々減少していき、異端審問にまでかける余裕がなくなってきたのだった。

その代わりを補うようにして、異端審問を担うようになったのが、魔法に長けた教会所属の聖職者たちである。


国民は人が好く牧歌的な農民が多く、今では国中が豊かな実りに恵まれたフロレアールでは

満ち足りた豊穣のおかげで人々は皆衣食住には困らず、窃盗や詐欺などの犯罪も殆ど起こらない。

かつて、異端者を逃がした経歴を持つ者が聖花騎士隊に存在したことを理由に、

今では国境の警備すら、教会に全て一任されていた。

聖花騎士隊は、年々役目を失ってその地位を追われ、今では王宮の警護ぐらいしか仕事が残されていなかった。



また、先代のギルランダ国王が治めていた頃は、王家には常に聖花騎士隊が付き従っていたが

今では女王フィオレット1人。無骨な聖花騎士隊の面々だけには任せられないと、宰相たちが進言し

教会の修道士が女王の身の回りを世話することになったのだった。






「……気がかりですか? フィオレット様」


窓から外を眺めるフィオレットに声をかけたのは、無垢な愛らしい眼差しをした、1人の修道士の少女だった。


「えぇ……ごめんなさい、ポピー。心配をかけてしまって。」

「いえいえ。私はフィオレット様をお世話させて頂く身ですから。どうぞお気になさらないで下さい。」


ポピーと呼ばれた赤毛の修道士は、心配そうな表情を浮かべるフィオレットににこりと笑いかける。

そしてテーブルに向かうと、ティーポットに熱めのお湯を注いだ。

優しい香りが部屋にほんわりと漂う。


「どうぞ。特製のブレンドティーです。

 暖かいものを飲んで、お気持ちをお休め下さい。」

ポピーは、ティーカップをそっとフィオレットに渡して微笑んだ。

「ありがとう……」

フィオレットがそれをひとくち飲むと、その優しい味に思わずうっとりする。


「わぁ、とても美味しい……いい香り……」

「朝摘みの薔薇を一輪添えました。気持ちを和らげるマロウの花びらも入っているんですよ。」


感嘆の声を上げるフィオレットに、嬉しそうにポピーが説明する。



「花はいいですよね……その可憐な見た目も、香りも、人々を癒す存在ですね」


笑顔で語るポピーの言葉を聞くと、フィオレットは再び表情を暗くして、視線を膝元に落とす。


「花……ですか……

 ……この花の風景を守るために、どれだけの人が犠牲になっているのでしょうか……

 あの窓の向こうの方々も、今討伐に向かわれるのでしょう……?」


「……異端者たちを狩る仕事は、辛い仕事ですからね。

 国を統べる身としては、討伐を見送るのは、さぞお心が痛むことでしょう。」


フィオレットがそれまで眺めていた窓の方を見やり、ポピーはそっと付かず離れずの距離を保ち

彼女が考えているであろう事を察する。

そんなポピーに、フィオレットは少し遠慮がちに問いかけた。


「貴方も、教会の修道士なのですよね……異端審問、どう思いますか?」

「とても辛い事だとは思います……」



フィオレットの様子を見守りながら、ポピーはゆっくりと切り出す。



「……フィオレット様、私も、実は姉妹を異端審問でなくしているんですよ。」


「え……?」


突然の話の内容に、大きく目を見開いて、フィオレットはポピーを振り返る。



「これだけ異端審問があれば、知り合いを失う人間は大勢います。彼らに悲しみが無いはずがありません。

 私は、大事な姉を奪われました。家族はバラバラになり、異端審問を憎みもしました……」


ポピーは視線を落とし、ぐっとこらえた。その手は震え、目には涙が浮かんでいる。

そんな様子に、フィオレットはポピーの前に跪いて見上げ、彼女の手に自分の手を重ねて哀願した。


「貴方は、どうやってその辛さを乗り越えたの?

 お願い、教えて……

 私は、大事な家族を失った悲しみから、抜け出せずにいるの……」


フィオレットの澄んだ湖のような美しい碧い瞳は、悲しみの色に揺らぎながら、ポピーを見据えていた。

ポピーは少しためらいながらも、フィオレットのその真っ直ぐも哀しい色の眼差しを、しっかり受け止めてからゆっくりと答えた。


「そうですね……

 フィオレット様。フィオレット様は、生きる為に多くの命を頂戴しているという事を、自覚していらっしゃいますか?

 私たちは、生きる為に食べ物を食べなくてはなりません。

 多くの植物を、家畜たちを、その命を厳しく言えば奪い、私たちの中に取り込んでいるのです」


「命を、頂いている……」


「そうです。異端審問も、その一環なのです……

 彼らは、生まれつき宿命を帯びた者。 大勢の人々を生かすため、その身を大地に捧げるのです。

 私も、それを分かるまでは随分時間がかかりました。何故、愛する者が犠牲にならなければならないのか。

 しかし、それは私たちが決められる範疇の事ではないんです。誰にでも与えられ得る運命なんです。

 食べられる植物だって、動物だって、決して文句は言わず、黙って運命を受け入れます。

 異端審問も、決して好き好んで行っている訳ではない事が、司祭様のお話を聞いて分かりました。

 彼らも心を痛め、涙を堪えているのです。

 そうしなければ、この世の中が再び冬の悲しみに覆われてしまう……

 それは、より大勢の罪のない人々を混沌の中に陥れ、命を無駄に奪ってしまう事になるのです。」


「異端者たちは、その生まれは初めから定められた運命だと言うの……?」

「そうです……いえ、そうだと考えなければ、私はとても辛くて受け入れられません……

 何も罪を犯していないのに、裁かれるだなんて……」



ポピーは、自らの胸に手を当てて、厳かに言った。



「私は、決して姉の犠牲を乗り越えてなど居ません。今でも、悲しみを思い出す事だってあります。

 それでも、いいんです。悲しいのは当然なんです。

 だって私たちは、その人たちの命を頂戴して、生き延びているのですから。彼らは豊穣の為の、尊い人柱なのです。

 豊かな緑は、犠牲なしにしては手には入らないのです。

 では、私たちはどうすればいいのか……愛する者たちの分まで、強く生き抜く事です。

 彼らの命は、私たちを生かすために、この国の大地と光になるのです。

 生きる事そのものが、彼らへの贖罪となるのです。」



そこまで言うと、ポピーは一旦息を大きく吸い込み、フィオレットの瞳を真っ直ぐ見据えて語り掛ける。


「フィオレット様……姉君が異端者という裁定を下されて、お辛い気持ちを抱えておいででしょうが……

 本来ならば冬を呼び込む呪われし御身であり、国の豊穣の為に処刑されるべきところを、姫というお立場から

 教会もフロレアール王家への最大の譲歩として、国外追放で済ませたそうです。

 フィオレット様は、今はこのフロレアールの国を治めるお立場。何万人もの国民の命を預かっているお立場です。

 時には、国の為に厳しい決断をしなければならない事もあるでしょう。

 その時……そういう事情があるという事も、念頭に置いて頂ければ幸いです……」


「国民の命を預かっている身……ですか……」


ポピーの話に、フィオレットはその瞳を揺らがせながら、己が担った荷の重さを改めて実感するのであった。













教会総本部の大聖堂。

大聖堂のステンドグラスの光の下、ファレノプシスの傍にはアマランサスが控えていた。


「国王も崩御し、いよいよフィオレット女王に国の舵を切る役目が回ってきます。

 アマランサスよ、フィオレット女王は異端審問に関してまだ疑問を持っておられるようですが、その点は大丈夫なのですか?」


「ファレノプシス卿……いや、大司教猊下。その点につきましては、ぬかりなく手配しております。

 我が教会の修道士、ポピーを世話係として送り込みました。

 彼女は姉妹を異端審問にて失ったというフィオレット女王と共通の立場を持っています。

 その境遇から、女王は彼女に感情移入しやすくなり、異端審問の正当性を学ぶことでしょう。」


「……全く、貴方は知恵が回りますね」


「全ては、教会の教えを広め、この国ひいては、世界に永遠の豊穣をもたらす為。

 その為であれば、私はどんなことでも致しましょう」



アマランサスはファレノプシスの前に静かに跪き、色とりどりの花の彫刻が施されたステンドグラスの美しい光を仰いでいた。





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フィオレットが姉を失った悲しみも、教会は全て把握しています。
その上で、いかに教会に正当性があるかを刷り込ませるのです。