プランタン教会本部にある、とある一室。

そこでは、若い修道士たちが聖典を熱心に読み、教会の教えをおさらいしていた。


「『陽の光とは、世界をあまねく照らし、全てのものに等しく恵みを与えるものなり。』」

「『緑は、どんな大地にも根を下ろし、我々に恵みを与え給う。』」

「『水を与えよ。過ぎたるは、及ばざるが如し。何事にも程々というものがある。』」



そこに、ひときわ大きな声で教えを朗読する者がいた。

「『闇と氷と火を恐れよ。これらは、豊穣をやみくもに奪い、大地を汚すものなり!』」


「あれ、聖典にそんなくだり、あったっけ……?」

修道士のひとりが首を傾げていると、その教えを読んだと思しき年上の修道士が、腕を組んでため息をついて見下ろした。


「お前たち、古い聖典ばかり読んでいないで、最近の教会の教えにも力を入れなきゃダメだろ。

 ほら、この一節。ここ最近、ファレノプシス様が書き加えたものだぞ。

 知ってるだろ、異端者たちが団結して白の反乱を起こした事。あの年だって、例年にない寒さが起こり、大規模な被害が出たんだぞ。

 闇と氷と火の守護を持つ異端者を、教会が駆逐しなくちゃフロレアールの平和はあり得ないさ。」


熱っぽくその修道士が他の若い修道士たちに語り聞かせていると、別の方から朗らかな声が聞こえてくる。



「相変わらず、ナルシーは真面目だねぇ。」


明るい笑顔を見せて、他の修道士たちとは違う向日葵色の修道服を身に纏った青年が、階段を下りながらやってきた。

その様子に、今まで説教をしていたその修道士はチッと舌打ちをして、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「なんだよ、ヒュウガ。このお天気頭め。のらりくらりしていないで、もっと教会の布教活動に力を入れたらどうだ。

 一応、司祭の端くれなんだろ?」

「そんなに布教活動がしたいならば、ナルシーが司祭を代わればいいじゃない。

 前の代のマグノリア様が任命してくれたから、僕は頑張っているだけ。それだけだよ」


ヒュウガと呼ばれた少年は笑ってから少し欠伸をして答える。その動作は実にのんびりとしたものだった。



「全く、ナルキソスの言う通りですわ。ヒュウガったら、司祭としての自覚が足りないんだから。

 ファレノプシス様に、私から進言したいくらいですわ」


のんびりとした様子のヒュウガに苦言を呈したのは、司祭の1人であるコスモだ。


「だろ? 君もそう思うだろ、コスモ。

 全く、ファレノプシス様がこいつを解任しないのが全く不思議でならないよ……」


ナルキソスと呼ばれた青年修道士は、ぶつくさと持論を並べ立てて不平を口にする。


「それでも、ヒュウガの向日葵を咲かせる能力は、悔しいけれどそれは見事なものですものね。

 だからこそファレノプシス様も、彼を解任しないのでしょうけれど」

少し悔しそうに、釈然としないままコスモが呟く。


「そうだよね。おかげで、たくさんひまわりの種がとれて、それでいっぱいお菓子を作れるしさ。

 はい、3人共。ちょっとお茶でも飲んで休憩しようよ」


そう言って、いい香りのハーブティーを持ってきたのは、修道士の1人のロピオンだった。


「あら、気が利くじゃない」

「君たちはいつも顔を合わせる度に火花が散るからさ」

「フン、こいつののんきさが僕を苛立たせるんだよ」


それを聞いて少し苦笑しながら、ロピオンは3人にお茶を配っていった。




「それにしても、ここ最近異端審問の仕事が本当に増えたねぇ。

 特に、コスモ、ナルキソス、君たちはよく出かけているよね。宣教活動よりも、増えているんじゃない?」


ロピオンが何気なく日頃見ていた様子を口にすると、待ってましたとばかりにナルキソスが胸を張って答える。


「そりゃそうさ。花壇の手入れには雑草を駆除するのが大事なように、異端審問で異端者たちを管理するのは

 花を増やすのと同じくらい、フロレアールの秩序と豊かな豊穣を守るために大事なことさ」

「待ってばかりでは、この国の花と実りは失われてしまいますわ。こちらから諸悪の根源の芽は、早いうちに摘み取ってしまわないと」


コスモも、どうやらナルキソスと同じ意見のようだ。


一方、ヒュウガはのんきに彼らの話を聞きながら、ロピオンの淹れたお茶を一杯うまそうに引っかけている。

そんな悠長なヒュウガの様子に苛立ちを見せるナルキソスとコスモを背に、ロピオンが心配して彼にこそっと話しかけた。


「ひゅ、ヒュウガはコスモたちと同じ意見かな?」


「あー…… まぁねぇ。 ナルシーたちが頑張ってくれているから、僕は代わりに花を咲かす役目を担うだけさ。

 同じ人間を追いやるだなんて事、僕には可哀そうで出来ないよ。」


少し考えながらも、どこか寂しそうに笑ってヒュウガは答えたが、それがかえってナルキソスたちを苛立たせた。


「まぁ。ヒュウガったら司祭の割に、随分弱気な発言をするのね。この国に冬の飢餓が戻ってもいいのかしら」

「チッ……相変わらず甘い奴だな。まぁいいさ。そのうち誰が司祭に相応しいか、ファレノプシス卿には分かって頂くつもりさ。

 さ、コスモ。仕事に行こう」


ぐいっとお茶を飲み干して、テーブルに乱暴にティーカップを置き、2人は再び異端審問の役目を果たす為に出かけていった。


「はは、2人とも頑張ってね〜。 ……出来ればお手柔らかにね」


そっと、消え入りそうな声で最後の言葉を付け足し、ヒュウガは2人を見守っていた。





「あの2人、君には当たりが厳しいねえ……ごめんね、かえってコスモたちを焚きつけちゃったみたいで」


2人が去った後、ロピオンはヒュウガに謝った。

そんな彼に、全く気に留めない様子で、ヒュウガは笑って答える。


「はは、気にしてないよ。 ナルシーたちの考えを、僕は否定することはできないし。

 ホントはナルシーが司祭をやりたいって事は知っているけれど、花を咲かせる能力は人を選ばないからね。

 僕にはどうしようも出来ないよ。僕は、僕に出来る事をするまでさ」


そう言って屈託なくヒュウガは笑う。





「異端審問かぁ……」


その一方で、ロピオンは暗い表情をしていた。


ここ数か月の間で、異端審問が激しさを増している為に、教会に捕獲されてくる人数が劇的に増えているのだ。

摘発が厳しさを増した為に、白の反乱以降、異端属性を疑われて今まで隠れて住んでいた人々が

より捕らえられるようになったのではないか、と修道士たちの間では憶測されている。

異端審問の審議を待つ間、牢に繋がれた人々を、ロピオンは見かけたことがある。


生まれた時から定められた守護属性、変えられぬ運命だったとしても、

人々を裁くという行為は、少なからず心の痛みを伴うものである。


自分は、コスモやナルキソスのように敢然と異端審問を行えない。

教会の修道士として、それは果たして許される事なのだろうか。ロピオンは悩んでいたのだった。



同じ悩みを、ロピオンは同期の修道士に相談したことがあった。

彼女は、聡明で賢明だった。常に正しい事は何か、自分で考える人物だった。

そんなロピオンは、彼女から助言を受けたことがある。

<真実か分からなければ、安易に従ってはいけないし、否定をしてもいけない>


結局のところ、自分では判断できないから、ロピオンは異端審問からなるたけ距離を取り

植物を芽吹かせる方の仕事を優先してきた。



ところが、最近そうもいかなくなってきたのだ。

異端審問に派遣される修道士の召集が増え、自分も召集される可能性が出てきたのだ。


同じく修道士の1人、プリムにその事を相談すると、彼女はやる気に目を輝かせてこう言ったのだった。

「フロレアールを守るために、異端者を追っ払う役目、私も頑張らなくっちゃ!

 冬を呼び込む異端者は、花園を荒らす害虫みたいなものよね!」



コスモやナルキソスのように異端審問に積極的な者もいれば、ヒュウガやロピオンのようにあまり積極的でない者もいる。

教会内でも、異端審問に関する意見は、実際の所割れていたのだった。





そんな暗い顔をするロピオンをひょいっと覗き込み、ヒュウガは優しく話しかけた。


「……心配しなくていいよ。異端審問に呼ばれるのがイヤならば、僕の仕事を手伝って。

 実のところ、異端審問で人手が取られ過ぎて、花を咲かせる方の人手も減ってきているんだよね。

 特に、北の国境付近の荒野の辺り。

 教会執行部は、異端審問を推進しているけれど、こっちだって大事な仕事。

 他にも、もし嫌だって人がいたら、僕やベル姉さんの所に来るといいよ。」


「あ! ありがとう、ヒュウガ……」


不意に声をかけられ驚きつつも、彼の意外な心配りにどこかほっとする。


お気楽そうに見えて、案外教会の修道士たちの事を気にかけているんだなと、ロピオンは感じたのだった。








「さて、と。そろそろ僕も仕事しなくっちゃ」

3人が飲み終えたハーブティーのカップやらポットやら、後片付けをしていた時の事だった。


ふと、ロピオンはキッチン回りに目が行く。

そこには、ロピオンが準備したハーブの茶がらの他に、別のハーブらしきものが落ちていた。

その中の1つに、普段滅多に使わないものが落ちているのをロピオンは見逃さなかった。


「これは……芥子の実……?」



その植物がどんな効果をもたらすのか、誰が何のために使ったのか。

植物の種類に詳しいロピオンは、その思惑を慮り、一抹の不安を覚えたのだった。





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普段の修道士たちがどんな考えで日頃過ごしているのか。
少しとっかかりになればなぁ、と思って書きました!

同期の愛称呼び萌え!(はいはい)