「さぁ。見つかる前に、急いでここを脱出しましょう。」


そう言い、エリスがケントの手をとり、牢を脱出しようとした、その時であった。


ゆらゆら揺らめく蝋燭の明かりが、唐突に足音と共に現れる。見廻りの修道士がやってきたのだ。

月が大分傾き、時刻は既に明け方近くになっていた。

しまったと思う間もなく、空っぽになった牢獄を見つけ、修道士は大声を上げる。


「脱獄だ!! 大変だ、異端者たちが脱獄したぞ!!」


「急いで!!」


修道士が他の仲間たちに大声で知らせる。追手が到着する前に、エリスたちは大急ぎで逃げ出した。



「エスカーダ、済まないが君は他の数人の騎士たちと一緒にここに残って、警護を続けてくれ。

 修道士たちに、我々は異端者たちを追いかけていると告げるんだ。」

「了解。なんとかして修道士たちをごまかしてみせましょう」


番人として彼を残し、残りの4人は追手を逃れ、坑道の奥へと進んでいく。



坑道は幾重にも入り組んでいて、何本も分かれ道があった。

エリスは坑夫から聞いた話から、地上に出る道を地図に記していたが、

折角逃げた異端者たちに追手を追いつかせるわけにはいかない。

違う道へと進み、追手たちを異端者たちから少しでも遠ざける。





4人は暗い坑道を大急ぎで駆け抜けていく。遠くから少しずつ修道士の追手たちが近づいている音がした。


「くそ……追いつかれるか……」


懐から剣を取り出し、臨戦態勢を取ろうとするジェノを、ルドベキアが制止する。


「早まるな。国王の命で護衛の任についている我々が交戦したとなると、聖花騎士隊そのものに疑いの目がかかることとなる。

 聖花騎士隊が妨害したとなれば、彼らは王の周りから我々を退け、ますます王家へ支配力を強める事になる。

 我々の勝手な行動で、聖花騎士隊を窮地に晒す訳にはいかない。

 幸い、我々の手引きだとまだ感づかれていない。ギリギリまで粘るんだ」


「う……分かりました……」


剣を仕舞い、渋々ジェノはルドベキアの言に従った。


2人の話を、走りながらもエリスは耳にしていた。






走り続ける小一時間が、とても長く感じられた。

ようやく出口が見えてきた。外は明け方の光が見え、もうすぐ夜明けだという事を示していた。

埃っぽい坑道から出ると、朝露できらめく草原の風が涼しく、肌に心地よかった。


しかし悠長にしてはいられない。明るくなってしまった故に、追手が坑道から出てくれば、明るみに姿を見られてしまう。

早くここから立ち去らねば。


3人が坑道を出たのを見届けると、不意にエリスが踵を返す。



「?! エリス殿……?」


ルドベキアが振り返ると、エリスは微笑んで言う。


「ここまで、無事に送り届けてくれて、ありがとうございました。本当に、感謝致します。

 聖花騎士隊の皆さまが協力してくれた事実がもし知られれば、貴方がたは困ったことになります……

 異端者審問を止める事が出来る貴方がたを、教会に捕らえさせる訳には参りません。

 ……ここでお別れです」


そう告げると、ケントを聖花騎士隊の騎士たちの手に託す。


「おねえちゃん!!」


「待て……!! はじめから、貴方は1人で全てを背負う気で……?!」


「……最後のお願いです。私がいなくなっても、異端審問が間違いだという事を、どうか伝え続けてください」


騎士たちが止める間もなく、エリスは坑道の出口の扉を内側から閉め、閂をかけた。

その上で出口だと分からないように坑道の岩壁を崩し、完全に岩でカモフラージュした。


いくらルドベキアたちが奮闘しようとも、哀しい事に、外側からは何も為す術がなかった。






坑道の内側では、エリスは出口から遠ざかり、別の道へ走り、追手たちを誘導する。


「異端者たちは、こちらに逃げました!」


彼女の声に誘導されるままに、追手たちは彼女を追う。



そして、分岐部がついに行き止まりになった所で、エリスは立ち止まる。

追手の修道士たちが追いつくと、そこには彼女1人しかいない。


「異端者たちは……? どこへ逃げた!」


「……今頃は、遥か彼方にいるでしょう。貴方たちを退いて。これ以上は追っても無駄ですよ」

「貴様!! 我々を裏切ったのか!! 修道士の身でありながら、この大罪人め!!」


エリスの目の前に槍が突きつけられる。すぐさま、彼女の手には重い楔が科せられた。


彼女は修道士たちに、裏切り者の反逆者として捕らえられたのだった。







「どうしよう! おねえちゃんが捕まっちゃった……!

 ぼくのせいだ……ぼくが、逃げるの嫌がったから……」


閉ざされた扉の前で、ケントは涙ぐむ。

扉を開けようと奮闘するが、内側から閂で鍵をかけられたうえに土壁で塞がれてしまっては

大人はおろか、子供の力などではどうすることも出来なかった。


「ぼくだけ助かって、ぼくを助けてくれたおねえちゃんが処刑されるのは嫌だよ……!!」

「勿論だ。このまま、彼女を放っておくことなんて出来ない」

泣きじゃくるケントを宥めながら、ルドベキアは強く頷く。


「しかし、どうやって助けるのです?

 異端者たちが脱走した後だから、警備は厳重になってしまいそうですし」

ジェノが頭を悩ませると、ルドベキアは少し頭をひねらせて、1つの事を提案する。


「これだけ大掛かりな謀反だ。おそらく大々的に制裁を行い、教会の権限を民衆に見せつけるだろう。

 つまり、処刑台送りはほぼ間違いない。助けるチャンスがあるとすれば、その一瞬だけだろう」


「処刑場……」


ぶるっと身体を震わせ、ケントは青ざめる。

かつて何人もの異端宣告を受けた者たちが、その命を無情に立たれてきた場所だ。

厳重警戒の中、衆人環視で行われる処刑に飛び込むことは、到底無謀な事に思える。


「おねえちゃん、助けられるかな……」

ケントがそう気弱に呟くと、3人はうなだれた。





「その役目、俺たちにも手伝わせて貰えねぇか」


その声に驚いて3人が顔を上げると、そこには逃がした筈の異端者たちが集っていたのだ。

再び処刑場に連れていかれて命を奪われる恐れもある中、異端者たちはエリスを助けたいという一心で戻って来たのだった。


「子供がひとり残っているって言って、戻っていったあんたらが帰ってこなかったから

 心配して戻ってきたんだが、あのおねーちゃんが俺らの代わりに捕まったみたいじゃないか。

 そんなの、見過ごせる訳ないだろ」


「しかし、貴方たちを折角逃がす事が出来たのに、また捕まえられるような事をするなんて……」



申し出にルドベキアが渋っていると、異端者の中の1人が、真摯な表情で4人に言った。


「異端者審問をかけられて、自分自身の命や、家族や友人を奪われた人たちはこの国にたくさんいるんだ。

 それまで真面目に生きてきたのに、一度異端者宣告を受けると、皆から害虫のように。ゴミのように冷たい目で見られる。

 ただ生きてるってだけでな。それは、異端者宣告を受けた者だけにしか分からない苦痛さ……


 そして家族も、異端者が身内から出ると、周りから糾弾されてしまう。

 悲しみを表に出せない事はおろか、身内から異端者が出たことを恥じて、それを隠そうとしてしまう。

 遠くに引っ越してしまったり、異端者だと分かった瞬間、絶縁してしまう者もいるくらいだ。

 そんな状況だから、異端者は突然世間から無情に切り離されてしまう。ほんとうの孤独を味わうんだよ。」



異端者宣告を受けた者や、その家族にしか分からない気持ち。

突然、人生そのものを否定される瞬間。 生きててはいけない存在だと知った時の絶望感。

家族が異端者だと知らされた時の衝撃、悲しみ。それを表に出せない辛さ。

なにより、家族からも見放されてしまう事さえあると。それは、どれだけ残酷な事なのだろう。


今まで異端者と接してきた中で、どこか自分には関係のないと思っていた事を、彼らの話から思い知らされる。

彼らの話は生々しく、その恐ろしさを実感させられる。

もし、自分が、そして自分の家族や友人がある日突然異端者と宣告されてしまったら。

考えただけで、寒気が走る。


「……誰一人として見て見ぬふりをし、手を差し伸べようとしなかったが、あの人だけは違う。

 俺らは悪くないって声を大にしていってくれた、ただ1人の人なんだよ。

 異端者審問なんて人が人を貶める制度、あっちゃいけないんだよ……」


異端者は、騎士たちに嘆願する。


「どうか、あの人を助けさせてくれ。お願いだ……」


その者の申し出に、周りにいた異端者たちも静かに頷く。


「あたしらを助けてくれた聖女さまが、あたしらの代わりに犠牲になるなんて、とんでもないよ!

 どうか、助ける手伝いをさせておくれ」


「人数が揃えば、それだけ助けられる可能性が高まるじゃないのさ!」


彼らは3人に懇願した。その思いに、騎士たちは胸がいっぱいになった。


「皆さん……有難うございます」








一方、プランタン教会内部では、修道士による裏切りが発覚した事により、動揺と混乱が生じていた。


「教会内から異端者排除に異を唱える者が出るとは……」

「異端者差別から、処刑まで罪を重くするのは、流石に民衆の反感を買ったのか……」

「いや! 異端者排除は、国の豊穣を護る為に必要な事だ!」

「教会内部でこんなに意見が割れていては、これでは、人々にどう説明すればいいのだろうか……」


大聖堂に集まった修道士たちが顔を見合わせて囁き合っていると、その壇上に、とある司祭が1人の修道士を引き連れてやってくる。


「静粛に!!」


司祭が壇上の槌をふるうと、修道士たちは声を潜め、辺りは水が打ったようにシーンと静まり返る。



「この度、知っての通り、我が教会内から異端者排除に反旗を翻す者が出てきました。

 ここに集う者たちの中に、ご自分の胸に手を当てて思い返して御覧なさい。

 異端者排除が是なる事だということに、少しでも曇りの感情を持たない者はいないでしょう……」


その司祭の呼びかけに、大聖堂に集った修道士たちは互いに顔を見合わせ、息をのむ。


「しかし!! それはまっことに、自然な感情であるのです。

 人を裁く時、人は必ず良心の呵責を感じます。それは当然なのです。

 何故ならば、同じ人間を同じ人間が裁くのです。感情は揺らぐものです。


 我らは聖職者。人々を教え導く者。これは我らに与えられた試練なのです。

 我らが恵みを護らなければ、この国にはたちまち寒さと飢えに苦しみ、罪なき者が路頭に迷うのです。

 人々を護るものに課された、義務なのです。


 今回教えを裏切った同志は、その良心の呵責に耐えられず、一時の憐れみで人々を再び不幸に招き入れようとする存在。

 それを許してはなりません。我らは強くあらねば。この国に恵みを与え続けなければいけないのです。

 教会の皆、一致団結するのです」


司祭の言葉の後、後ろに控えていた修道士が一歩前へ出た。


「この者は幼き頃、家族を冬の寒さと飢えで失っています。さぁ、その時の事を話すのです」


少しやせた体形の修道士は、幼い頃の自分の経験を話して聞かせる。


「私は小さい頃に、大切な家族を失いました。

 私の家は畑を営んでおりました。両親は共に働き者で、朝早くから夜遅くまで、骨身を惜しまずに働き

 私と姉を育ててくれていました。決して豊かではありませんでしたが、優しい家族に囲まれ、幸せでした。


 ……しかし、季節風が強まったある年、例年にない寒さで、作物が全く育たなかったのです。

 家計を殆ど育てた作物で担っていた私の家は、収入はおろか、家族が食べる分だけの食料を残しておくことが出来ず

 父母は私たちの分の食料だけ残し、飢えの果てに死んでいきました。

 残った食料も底をつき、まだ幼かった私たち兄妹は、路上に生える僅かな草や根を食べる毎日。

 そんな姉も、ようやく見つけたわずかな芽を私に託し、雪の降る冷たい晩に、息を引き取りました……


 この国の住人は皆、勤勉で一生懸命働き続けています。

 なのに、自然は無情にも我々の命を奪っていく……実りを奪う冬をなくす事は、我々の悲願です!」


温厚そうな修道士が最後の言葉を口にする時、その瞳には決意の色が浮かんでいた。

それは、かつて味わった苦渋の日々を思い出すがごとく、やせた身体に似つかわしくなく、

有無を言わさない迫力を孕んでいた。



「……聞いた通りです。

 我らプランタン教会が何故創設されたのか。冬の飢えから、木と陽と光の力を持って恵みをもたらし、人々を助ける為です!

 冬を呼び込む可能性を秘めた者が、大勢の豊穣への苦労を無駄にし、この国に危機を招くのです!

 貴方の大切な家族が、友人が、愛するこの国が、飢えに苦しむのを黙ってみているのですか!

 呪われた異端者を庇護するなどとは、魔性のささやきです!!

 ここに集いし貴方がたは、木と陽と光に愛された、聖なる存在。

 我らプランタン教会が何をすべきか、同志たちよ、思い出すのです!!」


威厳ある司祭の言葉が締めくくられると、大聖堂に集まった修道士たちは立ち上がり、拳をあげる。


「異端者には、死を!」


「異端者には、死を!!」


ものの数分としないうちに、大聖堂は修道士たちの歓声がこだましていた。





異端審問を過激と見ている温和なグループもある一方、今の教会を牛耳るのは、異端審問を推し進める一派だった。

その一派の中の実力者、ファレノプシスの演説は、教会内部の修道士たちの心を掴むことにとても長けていた。

彼の影響で、教会は異端者排除運動に力を入れるようになったのだった。


一方、古くから教会に在籍し続けているマグノリアらは、ファレノプシスの一派から次第に追いやられるようになっていったのだった。




地下牢に厳重につながれたエリスの元に、人目を憚って、年老いた司祭と、長い髪をした1人の修道士がやってくる。

その気配に気づき、月明りの元、エリスはゆっくり顔を上げる。

衣服もその身体も、捕まった時に聖職者たちのロッドに打ちのめされて、すっかりぼろぼろになってしまっていた。



「! マグノリア様……それに、ヴェロニカ……」


マグノリアは牢獄に繋がれたエリスを見て、悲しそうに話しかけた。


「エリス……あれほど忠告したのに、貴方は我慢できなかったのですね……

 1人で早まった行動をしてはいけないと、あれほど言ったでしょう。 時を待ちなさいと……」


「申し訳ありません、マグノリア様……折角ご助言頂いたのに、このような姿を見せる事になってしまって。

 しかし、異端審問は年々加速的になっています。

 今回の処刑は特に規模が大きかった……ここで食い止めなければ、更に犠牲になる人が増えます。

 誰かが声を上げなければ。それが、私の役割だと思ったのです……」


傷だらけでありながらも、心配をかけさせまいと、エリスはにっこりと笑顔を見せる。

その笑顔が、見ているしかできないマグノリアにとっては、痛々しかった。

そんなエリスを、ヴェロニカは叱咤する。


「アンタ、バカだよ……アタシにも相談しないでさ。そんな危険な事、1人でやってたなんてさ。

 異端審問を良く思っていないのは、アタシたちも一緒だよ。

 簡単には動けない。けど、勿論、そのままになんかしておけなかったさ。

 だからと言って、相談もなしに、1人で行動おっぱじめちまうなんて。

 ……アタシたち、そんなに頼りなく見えたかい?」


「……ごめんなさい……信じていない訳ではなかったの……巻き込みたくなかったの……」


親友の叱咤に、エリスはうなだれた。


「アンタはいつだってそうさ。よかれと思って、何でも1人で抱え込んじまう。

 だけど、私たちの気持ちはどうなるんだい? アンタを心配する私たちの気持ちはさ……

 このままだとエリス、アンタ、教会の名のもとに処刑されちまうんだよ……」


「…………」


涙を浮かべながら訴えるヴェロニカに、エリスは何も言えなかった。



「貴方1人に抱えさせてしまったのは、私たちの不甲斐なさですね……

 もう少し、貴方の話をよく聴くべきでした……」


大きなため息をつき、マグノリアは頭を抱えた。



すると、エリスは辺りを見回し、誰も居ない事を確かめてから、そっと2人に告げる。


「……ただ、私は1人っきりではありませんでした。

 今回の事は私1人で行う心算でしたが、実は助けてくださった方々がいたのです。

 その方々も、異端審問を間違っていると思っている人は国民の中にはきっと大勢いるだろう、と仰ってくださいました。

 その言葉が、何よりも私の背中を押したんです。」


「まさか……教会の人物じゃないだろうね?」


訝しがるヴェロニカに、エリスは出会ってきた者たちの事をそっと告げた。


「聖花騎士隊の騎士さんです。 彼らも、国政が教会によって踊らされていると感じているようですよ。

 彼らと協力できれば……」


そこまで言うと、地下牢に近づいてくる複数の足音を察知して、口をつぐむ。



やってきたのは、ファレノプシスと、先程の演説で引き連れていた若い修道士だ。


「おや、これはこれは、マグノリア殿。 こんな時間にまで起きているのは、老体にはおきついのではないですか?」

「御心配、痛み入ります。 体裁上のお気遣いと言えども、有り難く受け取っておきますね」


皮肉たっぷりにマグノリアが返すと、お互い笑顔でありながらも、火花が散るような視線をぶつからせ合う。


「しかしまた、こんなところに何の御用ですか? この罪人に何か吹き込んだりしておいでで?

 これ以上教会の教えを阻まれてはたまりませんからね。

 もうあまり無理は出来ないでしょうから、余計な事をしない方が、貴方の身の為ですよ」


「あら、教会の教えを歪め、阻んでいるのは、どちらの方でしょうかしら。

 私はこの憐れな修道士の懺悔を聴くため、ここに居るにすぎません。

 それを止める権利など、いくらほぼ教会を掌握した貴方でも、持ち合わせていない筈よ」


ファレノプシスの詮索するような問いかけを、マグノリアは冷たく一瞥する。



「余計な事をしてみなさい。いくら司祭といえども、反逆罪で貴方を貶めることなんて、今では簡単に出来るのですよ」


怒りを込めて、マグノリアを睨むファレノプシス。

しかしすぐその怒りを引っ込め、再び勝ち誇ったような笑顔を取り戻す。


「……しかし、まぁいいでしょう。古くからこの教会にのさばってきた貴方を、ようやく表舞台から引きずり下ろすことが出来ます」


ファレノプシスは、控えている修道士から一枚の書類を受け取り、彼女の前でそれを広げて読み上げた。


「ここに、司祭たちの不信任決議案があります。

 今日付けで、貴方をプランタン教会の司祭から解任します。

 これは、司祭たち皆で話し合った事。反論は認めません。」


「そんな……!! マグノリア様が司祭を解任されるなんて……!!

 とんでもないよ、今まで緑の恵みを国民に与える為に、一番奔走されてきた方なのに……!!」


ファレノプシスの言葉を聞いたヴェロニカが絶句する。


「黙りなさい、小娘。 この者が今までのさばっていたおかげで、異端者排除運動を速やかに行う事が出来なかった……

 しかし、教会の者たちの熱望により、ようやくこの決議を得る事が出来ました。これは喜ぶべき事ですよ」


「熱望ですって……?! 修道士たちを騙し脅し、陰から操ってきた人が、よくそんな事を言いますね。

 貴方のやっている事は、恐喝に等しい事です!」


鎖を鳴らして抵抗しながら、エリスは普段の穏やかな表情とは打って変わり、強い眼差しでファレノプシスを睨みつけた。

そんな様子を全く意に介さず、ファレノプシスは勝ち誇った様子で、吐き捨てるようにエリスに言い放つ。


「貴方は明日、どうせ処刑される身。何とでもいうが宜しい。ホホホ……」


高笑いを上げながら、ファレノプシスは修道士を引き連れて、立ち去っていく。

痩せた修道士は、振り返りざまに、鋭い視線をエリスに向けた。まるで、敵でも見るかのような、冷たい視線だった。





「あぁ……なんてことでしょう……」


エリスはマグノリアが司祭を降ろされると聞いた瞬間、全身の力を失い、座り込んでしまった。


「とうとう、司祭の役目を降ろされてしまう時が来てしまいましたか……

 こうなると、おそらく教会全体が彼の言いなりという事。

 貴方を逃がしてあげたいけれど、監視の目をかいくぐるのは、難しいでしょうね……」


「やめてください! 私の為にマグノリア様までも反逆者扱いされ、処刑されたら、それこそ一巻の終わりです……

 私の事は心配なさらないでください……覚悟はついていますから……」


「私は、この老いぼれた手は、貴方を止める事はおろか、護ることすら出来ないのね……」


マグノリアは、目の前に居る傷だらけのエリスを見ると、ふるふると両手で顔を覆う。


「どうぞ悲しまないでください…… これは私の意志なのです。 希望を、未来へ繋ぐための……」



残された3人は、ただただ、牢獄から差し込む月の光を黙って眺める他なかった。





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