過去に遡る事、およそ8年前 ―――


フロレアールの国は、今ほどではないが、その国土には至る所で花が咲き誇っていた。

冬のない常春の国……それが、諸外国からのフロレアール王国の呼び名だった。

常春の気候の下で、豊穣の実りが国土を常に満たし、人々は豊かに暮らしていた。



その豊かさを保っていたのが、異端審問であった。

美しく豊かな国のどこかで、異端属性の者たちが狩り出されている喧騒の声が

今日もどこかで聞こえていた。



窓辺に両手をついて、ギルランダ国王は深くため息をついた。

「……異端属性の者は、追放しても、追放しても、次から次へと見つかってくる。

 彼らに罪はないのだが、国を衰退に導くものは、国王として放っておくわけにはいかん」


今でこそ温暖で花の咲き誇るフロレアール王国であるが、

標高の高い山々に囲まれ、氷河からもたらされる冷風にさらされて

過去に何度も飢饉を起こし、多くの人命が失われた事があった。

その時、暗雲の間から差し込む光のように、人々の前に現れたのが、プランタン教会の存在であった。

花や光や陽の光を使い、凍えて痩せ細った大地から暖かさを取り戻し、植物たちを生き返らせた。

おかげで多くの人々を飢えから救い、人々の絶大な支持を得て、今日に至るまで繁栄してきた。



しかし、教会の教えは長い年月のうちに捻じ曲がり、植物を枯らす元凶の

寒さと闇を徹底的に排除する『異端審問』という考え方に至ってしまったのである。



国王も、過去の飢饉の痛手を恐れるあまり、半ば強行ともいえる異端審問を黙認。

罪のない国民が、ただ異端属性の持ち主だからという事実だけで、その身を追われる事となる。

ただ、それを良しとしない民も、少数であるが国の中には存在していた。





エリスは、そんな時代に生を受けた。

花を愛し、自然をこよなく愛する彼女は、プランタン教会の修道士でありながらも

異端審問に疑問を感じていた。


つい先日も、異端審問で闇の守護を持つ事が発覚した幼い子供が、母親から引き離され

追放判決を言い渡されたのを見たばかりであった。

引き止められながらも、子供の名を何度も呼ぶ母親の悲しそうな叫び声、

辛そうに振り返らないまま、連れ出される幼子の涙が、頭から離れない。



子供であれば追放処分で済むが、反乱の可能性を秘めた大人であれば

処刑処分という重い判決が下るのも、近頃の異端審問では日常茶飯事の光景であった。



祈りを捧げる時間も、思い出してばかりで集中できず、溜め息ばかりついていた。




「浮かない顔をして、何か辛いことがあるのですか、エリス?」


沈んだ表情をしたエリスを気にかけ、司祭のマグノリアが優しく声を掛けた。


「マグノリア様……」


マグノリアは司祭の中でも一番古参であり、修道士たちをいつも優しく気遣う母のような存在であった。

穏やかで包み込むような包容力、まるで大地のような優しさに満ちていた。

他の仲間にはいえない事も、何故か彼女には打ち明けられた。

堰を切ったように、エリスはマグノリアに思いのたけを打ち明けた。


「緑の恵みは、何故全ての人に平等に行き渡らないのでしょう?

 何故、異端属性のある者たちは、何も罪を犯していないのに、その存在だけで追われる事になるのでしょうか?」


一心に悩むエリスをよく見据えて、マグノリアはゆっくりと答えた。


「その問題に心を痛めている者は多く居ます。私もその1人です。

 本来、教会は緑の恵みの声を聞き、豊穣を手助けする者が集う場所でありました。

 それがここ最近、急進的な者たちが行き過ぎた主張をしてしまい、国王陛下も影響を受けています。

 花を枯らすという単純な理由だけで、異端属性に仕立て上げ、分かりやすい弾圧対象を作っているだけなのです。

 異端属性の者たちも自然の一環、本来裁かれるべき存在では無いのです……」


そう答えたマグノリアの言葉に、エリスは疑問が晴れ、胸を撫で下ろす。


「あぁ、マグノリア様も、異端審問は間違っているとお思いなのですね。

 それでは、一刻も早く異端審問をやめさせなくては……!」


「落ち着きなさい、エリス。

 国王陛下が急進的な考え方に傾倒してしまっている今、反論すれば貴方も危ういのです。

 今は事を起こす時ではないのですよ。私も老いを重ねてしまい、貴方や皆を護れる力はありません……時を待つのです」



心配するマグノリアに十分忠告を受けたエリスであったが、元来心根が真っ直ぐで誠実なエリスは

異端審問をただ黙ってみている事が出来なかった。




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王を守護する役目を担う、聖花騎士隊。

現在は王の命令で、異端審問を受けた者たちを捕らえ、護送する任務に当たっていた。

しかし、捕らえられた異端属性の者たちの中には、逃げ出したり、激しく抵抗する者もいた。

そんな抵抗者をその場で処刑するという、唾棄すべき権限も、騎士隊には与えられていたのであった。



若かりし日のルドベキアも、この任務についていた。


この日も、異端審問を受けた沈んだ面持ちの人々を、処刑場まで護衛していた。

馬車に揺られ、不安な面持ちで、どこへ連れて行かれるのかと恐れる異端者たち。

異端者たちの中には、先日追放処分を受けた筈だった幼子の姿もあった。

もう泣くのをやめたのか、沈んだ表情で、他の異端者たちに混じって黙りこくっている。

異端者たちの手には、重く頑強な鎖が一様にはめられており、彼らの足取りを更に重くしていた。



ルドベキアは、異端審問に疑問こそ感じていたものの、王命であるが故に、黙って従っていた。



処刑場へと続く教会に到着すると、逃げないように見張りながら異端者たちを地下牢へ送る。

異端者たちの処刑は、明朝行われる予定であった。


鍵をかけて地上の聖堂に戻ると、隣にいた銀髪のまだ若い騎士が俯いて呟いた。


「……罪もないのに、処刑だなんて……」


はっと顔を上げて、その少年騎士を見る。

すると、少年騎士の隣にいる先輩らしき騎士が叱咤する。


「馬鹿者! 王命に異を唱えるなど、言語道断だぞ!」

「理不尽な命令でも従うのですか! 何の罪も無い人たちを前にして!

 それが王国聖花騎士のやるべきことですか!?」

「自分の立場を弁えてからものを言え! このたわけ者が!!」


一連のやりとりを、ルドベキアがずっと見ていたのに気付き、

麦わら色の髪をした体格の良い騎士が、銀髪の若い騎士の頭を下げさせる。


「申し訳ありません、まだ騎士隊に入りたての青二才が、出すぎた口を利きました」

「構わないよ、エスカーダ。その者は?」

「ジェノと言います。剣の腕前はずば抜けて良いのですが、その分世間知らず、礼儀知らずで」

むっとした顔で顔を背ける少年騎士を横に、エスカーダと呼ばれた騎士が代わりに名乗った。


「はは、我々より、君の方が騎士の心得について十分自覚しているようだな」

若く正義感溢れる少年騎士を目の前にして、ルドベキアは苦笑した。



「先輩は、異端審問について、どう思うのですか?」

ルドベキアを見上げて、不意にジェノが問いかけた。

その真っ直ぐな瞳を見て、ルドベキアは心のうちを正直に話した。


「理不尽な命令だとは思うよ。私も、異端審問については納得していない。

 だが、王命である以上、王に仕える我々聖花騎士隊は、従わざるを得ないんだ」

ルドベキアの冷静な答えに、ジェノはまだ納得できないようだった。


「王命……教会に踊らされすぎじゃないのですか? 王も、騎士隊も」

「口は慎んだほうがいい。ここは教会の息の掛かった場所だ」

周囲の気配に注意しながら、ルドベキアはジェノに警告する。



夜の帳が降りた暗い聖堂の外には、外に何人かの修道士が見張りについていた。

その者たちに、この会話を聞かれてはまずいことになる。



「正義を掲げるのは結構だが、状況判断も大切だ。

 それに、理想を説くには、それ相応の経験をふまなければ、説得力が伴わないよ」

「全くだ。誰が青二才の言う事を信じるものか」


「だからと言って、ここにいる罪の無い人たちを、むざむざ追いやる事は私には出来ません。

 時を待ったとしても、間違った事に気付ける可能性が開けるとは限らない。誰かが、行動しなければ」



「その通りです」



暗がりから聞こえた声に、すぐさま3人は帯剣して警戒して振り返る。

静かに3人の前に現れたのは、白いフードを被り、顔を見えなくした1人の修道士だった。

その手には、異端者を縛る鎖の鍵が握られている。


「貴方は……? その姿は、教会に仕える修道士の恰好に見えるが……」

帯剣したまま警戒を崩さず、ルドベキアがその修道士に問いかける。


「ご安心下さい、貴方たちを教会に密告するつもりはありません。

 私は、異端者たちを逃がすお手伝いをしたいのです」


「どういう事だ……?」


警戒する騎士たちを前に、その修道士はフードを脱いで素顔を露わにする。


「私の名前はエリスと申します。

 ごらんの通り修道士ではありますが、教会の異端審問は間違っていると思っています。

 ですが、私1人の力では、彼らを逃がす事は難しい……

 困っている所に、貴方がたのお話を、そっと聞かせて頂きました。

 どうか、ご協力をお願いできませんか……?」



目の前にいる、細身の白い華奢な修道士の、無謀ともいえる大それた行動に

驚き困惑しているエスカーダは、エリスに問いかけた。


「これは、貴方1人で行っている事なのか?」


「そうです。教会の中にも、私と同じく、異端審問が行き過ぎていると感じている人はいます。

 異端属性の者は、殺されなくてはいけない程の事をしたのでしょうか?

 生きているだけで罪だなんて……私は、そうは思えないのです……


 しかし、教会内では、異端審問を推し進める声が優勢を占めており、

 声に出せば反逆者として吊るし上げられかねない。

 私は、大事な仲間たちをそんな目に会わせたくないのです。だから、単独で行動しました。」


「何と無謀な……」


騎士たちはエリスの行動に驚く。ルドベキアも、彼女の考えを聞き、自分自身を振り返っていた。


(異端審問は、心のどこかでは間違っていると、私自身もずっと思っていた……

 だが、王命という言い訳を盾にして、その矛盾からずっと逃げていただけなのではないか?

 異端者という烙印を押された罪のない者たちが、次々に処刑されていく姿を、

 私はただ黙ってみていただけだった……その事こそが、罪なのではないか?)



戸惑っているルドベキアたちを見て、エリスは慌てて付け加えた。


「勿論、騎士隊の皆様を共犯者にするつもりは決してありません……

 ただ、異端者たちの逃亡を追わず、見逃して頂きたいだけなのです。


 協力と言いましたが、この鍵で牢を開けて枷を外し、彼らを夜の闇に乗じて

 そっと逃がすのを見送って頂けるだけでいいんです。

 この鍵は、教会の関係者だけしか持つことを許されていません。

 まさか、教会の者が異端者を逃がすなど、上の人たちは露ほども思わないでしょう。

 牢と枷の鍵が老朽化していた……そう仰って頂けるだけでいいんです」



「そんな事をすれば、貴方も教会に捕まり、裁かれ、処刑されるかも知れないんだぞ……」

ジェノが問い質すと、エリスはにっこり笑って答えた。


「それでも、無実の人たちが苦しみ、ましてや命を絶たれることなんて、

 私はただ見ていられないんです。」



その純真な笑みに、騎士たちは心打たれた。






「……彼女のような、勇気のある者を護る事こそ、我々のやるべき事だと、私は思います。

 異端審問が本当に正しいのか分からない状態で、無実の人々の命を奪うのは

 やはり騎士のやるべきことじゃない」


静かに、ジェノは口を開いた。

先程までとは違い、異端審問について教会の暴走を聞いた上で、冷静に自分の意見を述べた。


「ううむ、王命は絶対だと信じていた、私の信念が崩れそうだ……

 だが、教会は国の中でも大きな影響力を持っている現状。

 国王が教会に踊らされている可能性を考えれば、異端審問も奴らの思惑によるものかも知れないからな……」


エスカーダも、異端審問についての話を聞き、懸命に悩んでいる様子だった。




「ひとつ聞きたい。異端審問とは、本当に正しい事なのか?

 確かに、教会の教えがこの国に広まったお蔭で、作物が豊かに実り、この国は豊かになった。

 ただ、異端審問は、この国にとって本当に必要な事なのか?」


ルドベキアは長い間抱えていた疑問を、エリスに問い質してみる。

それに、エリスは慎重に答える。


「私も、異端審問が本当に間違っているかは、正直分からないんです……

 それでも、突如異端者の烙印を押され、友人と家族と引き離され、死刑を言い渡される……

 そんなの、間違っています。間違っているって信じたい……

 司祭のマグノリア様は、異端属性も自然の一環で、排除されるような存在ではないと仰っていました。

 ただ、この国では、異端審問があまりにも浸透してしまいました。

 大多数がそうだというから、それが正しい…… そんな事、あってはならないんです」




3人の意見を聞いた上で、暫く考え込んだ後に、ルドベキアは己の考えをゆっくり述べた。


「異端審問が本当に間違っている事を証明するには、我々にはまだ知識が足りない。

 だが、無実の罪で人々が裁かれ、命を絶たれる事は、あってはならない。

 王国聖花騎士である以上、王命には従わなければならないが、王も人間、間違いを犯す可能性だってありうる。

 道徳に反する命令にまで従うのは愚か者のする事だ……


 真の王国聖花騎士とは、王を虚言から救い、国民の命を護り、国を発展させる存在となるべきだ。

 ジェノ、エスカーダ……我々はこの修道士を助け、異端者を解放させる手伝いをしようと思う。」



ルドベキアの考えを聞くと、ジェノもエスカーダも頼もしいばかりの笑みを浮かべた。


「流石先輩、そう来なくては!!」

「口の利き方に気を付けろって言っただろうが、このたわけ者!!」


ジェノに拳骨を喰らわせるエスカーダの様子を、ルドベキアもエリスも笑って見ていた。

そしてエリスは、改めて感謝の言葉を3人に述べた。


「本当に、ありがとうございます……正直、私だけがこの考え方だったらどうしようって、不安だったんです……」

少し弱気に言うエリスに、3人はぱちくり目を瞬かせた。


「あれだけ行動を起こしておいて、不安だったとは……

 結構、後先考えずに行動するタイプですか?」

「実は、そうなんです」


照れてはにかみながら、エリスは笑った。




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前々から構想していた、白の反乱のストーリー、ようやっと書けました!!

いやもう、登場人物から誰をどうやって書こうか、キャラ模索から始めたこの話。
途中で頓挫していたけれど、色々なトピックでフロレアール人員を動かすうちに、
インスピが湧いて筆を進める事が出来ました。