薄暗がりの書庫にやってきた4人の目の前に佇む、大きな影。
よくよく見上げると、騎士隊員ならば誰でも良く見知ったその顔に、
ロゼットは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「た、隊長!!!」
その姿は、フロレアール王国・聖花騎士隊の隊長を務める青年、ルドベキアだったのだ。
残り3人も、思いも寄らぬ眼前の対面者に、すっかり驚いてしまっていた。
屈強な身体に似合わない、優しい笑みを浮かべた騎士の青年は
思わぬ場所での、突然の来訪者との遭遇にも全く動じずに、穏やかに語りかけた。
「見回りご苦労。侵入者をきちんと見つけてくれたんだね。
とっさの出来事、指示をする者がいない中、自分なりに考えて対処する。
まだ経験が浅いのに、その行動力、状況判断、上出来だ。
ただ、上の者に報告があれば、より良かったと思う」
「……申し訳ありません」
厳かな面持ちで、しゅんと頭を下げる若手騎士3人に対し、
ルドベキア騎士隊長は笑みを崩さずに、優しく答えた。
「相手を慮っての、君たちの配慮だ。その優しさも時には有効だ。
今回は幸い、大きな被害に至らなかった。
ただ、ほんの小さな綻び、情報の漏れ、敵の侵入だけで、大きな被害を招くこともある。
自らの手で負えない事態になりかねない事もあると、覚えておくといいだろう。
我ら騎士隊は、仲間同士の信頼と、綿密な連携によって成り立っている。情報の共有は大事な事。
若くても君たちは騎士隊の一員。報告・連絡・相談は隊員の義務だ。例えそれがどんなに些細なことでも。いいね?」
「はい!」
穏やかでありながらも、粛々と語り聞かせる隊長の言葉に、3人は背筋を伸ばして頷いた。
「……あの、1つ質問しても宜しいでしょうか…?」
おずおずと、ロゼットが問いかける。
にっこりと笑って、ルドベキアは答えた。
「ふむ。許可しよう」
「隊長は、こんな所で何をなさっていたのですか?
まさか、我々の行動を全て把握していた訳では……?」
ロゼットの質問に、ルドベキアは思わず笑い出した。
「ははは……いくら隊長だからといって、全ての兵の動向について把握出来ている訳ではないよ。
まぁ、それが理想ではあるがね。」
「え?! じゃあ……」
「個人的な調べ者をしにここにやってきたら、君たちが居た、という訳だよ」
「こんな書庫に? 日頃誰も来ないのに…」
「隊長はお忙しいし、立場もある。きっと色々考える事があるんだよ…」
ごにょごにょひそひそと、憶測を巡らす若手騎士たちを割って、
パンセが鋭く切り込んだ。
「……貴方は、異端審問について、何かご存知なのでは?
だから、この書庫にいらしたのではないのですか?」
パンセの質問に答える代わりに、笑顔を崩さず、しかし声のトーンを少し落として、こう告げた。
「……エフェメラ、外に誰も居ない事を確認しなさい。そっとね。
4人とも、身を屈めて。外から見えない位置に集うんだ。」
4人は、黙ってルドベキアの指示に従い、身体を低くして窓から見られない位置についた。
「まず、君には申し訳ないが、扉のこちら側で話は全て聞かせて貰ったよ。
手練れのスパイは、交戦する場合でも、音を立てずに素早く一瞬で急所を掻き切る。
城内で、あれだけ交戦する音が立てば、ここにいた私でなくても気付くだろう。
諜報活動をする場合、もっと慎重になるといい」
かぁっと紅くなるパンセに、ルドベキアは先を続ける。
「君の予測通り、この書庫には、先だって起こった異端審問に対する反乱の
先導者とされた人物の記録が残っている。
“エーデルワイス”……人々に“高貴なる白”と呼ばれた、とある修道士だ。
殆どの記録は、教会によって揉み消されたり、書き換えられたりしているがね。
この聖花騎士隊の書庫に保管されているものは、正真正銘そのままの記録だ。」
「で、では……!」
期待に目を輝かせるパンセを遮り、ルドベキアは静かにその先を告げた。
「この膨大な数の書を紐解くのには、相当な時間がかかる。
しかし、諸君らはその苦労を味わわずに済むだろう……
何故ならば、私は実際にその修道士に会っているからだ」
「!! 隊長が?!」
「関わったものは、ことごとく追放・処刑されたんじゃあ…?!」
驚いて答える若手騎士たちを横目に、皮肉そうに笑いながら先を続ける。
「何、まさか口を聞いた事のある者を全て処刑するなどという事は、到底無理だろう。
教会は口封じに躍起になっていたみたいだったがね。完全に護り切れる秘密などないのだよ。
おかげで、こうして教会には目をつけられる羽目になってしまったが。」
「それでは、教会が、聖花騎士隊を必要以上に弾圧するのは……」
「異端審問の真相を、世間一般や、更に強いて言えば、王室に知られたくないからだろう。
我々は王家を御守りする為の騎士隊。
教会は、王室から我々を遠ざけ、意のままに操りたいのだろう」
「そういえば、現在の王位を継いでいらっしゃるのは、第2王女のフィオレット様でしたね。
姉のスノウ王女は、数年前に異端審問を受け、追放されましたが……?」
「姫としては珍しく活動的なお方でね。時々剣の手ほどきを受けに、騎士隊に顔を出しておられたよ。
あの真っ直ぐな瞳は、ただ黙って異端審問の慣習を受け入れるとは思えない、えも言われぬ迫力を含んでいた…
教会としては、あの王位継承の際の異端審問は好都合だったろう。
より幼く扱いやすいフィオレット様の方が、傀儡として丁度良かったのだから。」
「しかし!! それでは!!
教会の方が、王家に対する謀略や謀反になるのではないですか?!」
憤慨して叫ぶロゼットを、ルドベキアは落ち着き払った表情を崩さずに制した。
「教会がもたらす豊穣は、今やフロレアールを完全に支配している。
王家ですら、教会の言いなりだ。
何を隠そう、異端審問を許可したのは、先代の国王なのだ。
しかし、それが……今まで築き上げてきたこの国の実りが、犠牲の上に成り立っているとしたら。
それは果たして、真の幸福と言えるのだろうか……?
そして、今後も犠牲を払って、豊穣を手に入れる事を続けるのか……?」
最後の台詞を呟いた時には、ルドベキアの拳は固く握り締められ、みしみしっと唸っていた。
「過去に、何があったのか、聞かせて頂けませんか? 私は知りたいのです、本当の歴史を。
そして、過去の過ちを繰り返さない為にも、歴史を正しく知っておく必要があるのです!」
ルドベキアがはっと我に返ると、真剣な表情でパンセが見つめていた。
「私たちも、知りたいです!」
若い騎士たちも、熱心な眼差しでルドベキアを見つめている。
「……個人の回想では、私自身の偏見が付きまとう。情報とはそういうものだ。
それでも構わないのであれば、聞かせよう」
4人は、黙って頷いた。
ルドベキアは軽くため息をつき、遠い日のフロレアールについて、語りだした。
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フロレアールの過去と現在の状況を分かりやすくする為に、
ごめ、こないだのお話の続き書いちゃった(こら!)
まだよしちゃんのとこは構想中だと思うので、キャラは少しぼかしてあります。