フロレアール王国の、女王や大臣たちが住まう王宮を外に出て、

丹精に刈り整えられた木々が美しく均一に立ち並んだ、石畳の道をしばらく歩くと

頑強そうな門を幾重もくぐり、跳ね橋が見えてくる。

国外から攻め込んでくる敵に備えて作られた、立派な堀と何重にも層となった城壁が

フロレアールの城を広く取り囲んでいた。



城壁には、敵に向けて弓矢が打てるように、いくつも小さく覗き窓がついている。

その覗き窓の向こうに、見張り番に立たされている、若き騎士がいた。


「……よし、城壁1層西側より2層中央まで、異常なし! っと」


構えた弓矢を下ろして、騎士の少年はぴしっと指し示し、いつも通りの点呼を終えた。

傾きかけた陽の光が、城壁を橙色に染めている。

そろそろ見張りの当番が交代の時間である事を示していた。



「レビンー! そっちはどうー?」


反対側の城壁から少年騎士に向かって、明るい声が響き渡る。


「こっちは異常ないよー! ロゼット、そろそろ交代の時間だから、下へ降りよう!」


城壁を下る階段を、レビンと呼ばれた若い騎士は駆け足で降りていく。

地上につくと、先程声を掛けてきた騎士の少女が先に辿り着いていて、

あどけない笑顔でレビンに手を振っていた。


「毎日、この広い城壁を見回りするってほんとう大変だね! お疲れさま!」

「そう言っている割に、ロゼットはまだまだ元気そうだね。 疲れないの?」

「うーん、ちょっぴり。お昼いっぱい食べたおかげかな?」


そう言い、ロゼットと呼ばれた少女は屈託なく笑う。

そんな様子を、驚きつつも半ば尊敬しながらレビンは羨ましそうに眺める。

「いいなぁ。僕はあんまり体力ないから、この広い城壁を見回りするだけでへとへとだよ。」

そう言い、レビンは膝で息をしながら、額に滲み出た汗を拭った。



すると東側の城壁から、階段をぱたぱた降りてくる足音が聞こえた。

足音の主は、2人と同じくらいの年の、色白で吹けば飛びそうな程の、身体の細い少女だった。

彼女はレビンより更に息を切らして、肩でようやく息をついていた。

騎士というには、いささかその少女は体力不足を否めないのは、誰の目に見ても明白である。


「だ、大丈夫? エフェメラ」

レビンが声を掛けると、少女は息を整えながら、急いで何かを伝えようと口をパクパク動かしていた。


「え、何だって?」

耳を澄ましてよく聞いてみると、彼女の口を突いて出てきた言葉は、あまり悠長にしていられない事態だった。


「……東の第2城壁と第3城壁との間に、侵入者がいます!」






3人は、恐る恐る忍び足で、東の城壁に向かって歩いていた。

本来ならば、新米でまだ経験不足のレビンやロゼットたちが、独断で行動していい案件では無い筈である。

しかし、先輩騎士に知らせようというレビンの提案を聞いたエフェメラは

遠慮がちではあるが、表情を曇らせ拒んだのであった。


「僕たちだけで、勝手にこんなことして、良いのかな……?」

不安でどきどきしながら、心細げにレビンは前を進むロゼットに問いかける。


「だって、エフェメラが言うんだもの。侵入者は、大人じゃないって。ね?」

そうロゼットが後ろを振り返ると、殿を歩くエフェメラはこくこく頷いていた。


「あの、侵入者はね……

 まだ若い子みたいなんです。あの姿、もしかしたら……

 侵入者は、捕らわれたら、聖花騎士隊の審問会議にかけられるでしょう……?」


いかつい騎士たちが一同に並んだ壇上から、1人ぽつんと立たされ

厳しい視線で見下ろされる様子を想像したレビンは、思わずぶるっと身体を震わせた。


「うん…… 僕だったら、嫌だな……」

「出来れば…… 私たちで事情を聞ければいいなって思って……」


すると、前を進んでいたロゼットが突然立ち止まり、レビンは強かに顔をぶつけてしまった。


「ちょっと! いきなり立ち止まらないで……」

「しっ! 静かに……」


人差し指を口に押し当てて、ロゼットが2人の言葉を遮った。

城壁に沿って生える木々の影から、3人はそっと顔を覗かせる。


夕暮れが差し込み、城壁が作り出した影で顔はよく見えないが

辺りを注意深く見返し、閉ざされた古い扉を調べるその姿は、どうやら大人ではないようである。

背丈や体格、肩にかかる髪から、その姿から3人は若い少女を連想した。



それだけならば良かったが。


彼女が身につけていたのは、すこぶる特徴的で、わかりやすい服だった。

薄手のヴェールがかかった、長い裾のビロードのワンピース、胸元に煌く12枚の花の紋章。



それは、聖花騎士隊と犬猿の仲だ、と今専ら評判の

教会の修道士の制服であった。



3人は思わず顔を見合わせる。





その修道士の少女が、古く錆付いた扉の鍵を解く前に

レビンとエフェメラが止める間もなく、ロゼットが物陰から勢い良く飛び出した。


「ちょっと待ちなさい!! 貴方、教会の修道士でしょう?!

 ここは王宮を護る城壁の内部、すなわち王宮の敷地内!

 関係者や聖花騎士隊の者以外は、立ち入り禁止の区域だよ!!」


はっと後ろを振り向くと、修道士の少女は扉を背にして、懐から鋭い銀の短剣を取り出した。

そして問答無用で、いきなりロゼットに切りかかってきた。


「わっ?! ちょ、ちょっと!!」


突然の反応に戸惑い、一瞬怯むものの、腰に携帯していた剣を引き抜き

ロゼットも即座に応戦する。


「あまり音を立てちゃ、騒ぎになっては、駄目……!!」

周りの様子を気に掛けて、慌ててエフェメラが忠告した。

「わ、分かっているけど……おっとぉ!」

ロゼットの頬を、繰り出された短剣が僅かに掠める。


「レビン君! 何とか出来ないかな……」

「接近戦は僕、苦手なんだよぉ……」

エフェメラが振り返ると、レビンも足が竦みすっかり怖気づいてしまっていた。


小回りの利く短剣の動きに、ロゼットが手にしていた長剣は応戦しきれていなかった。

なんとか防戦する一方である。

相手が年端も行かぬ少女である故、ロゼットは出来るだけ剣で手傷を負わせたくはなかった。

しかし、息を荒げている修道士の少女は、全く手を緩める気配がない。

捕まったら最後、と必死の様子であった。



「そっちがその気なら……!」

ロゼットは俄かに手を緩め、剣を手放した。

その様子を見て、一瞬戸惑った少女の不意を突き、身体ごと突っ込んだ。

遅れて少女が繰り出した短剣の一突きを間一髪でかわし、猛烈なタックルをかます。


「きゃあっっ?!!」


訓練で鍛えられたロゼットの体格から繰り出された一撃に、修道士の少女は吹っ飛ばされた。

地面に倒れこみ、その手から短剣が転がり落ちた。

すかさずレビンはそれを拾い上げ、少女から離す。

そして、少女が起き上がる前に弓を引き絞り、震えながらも狙いを澄ました。


「お願いだから、大人しくして……僕だって、これを引きたくはないんだよ……」


弱々しく少女に向かって忠告する。

強かに背中と肩をぶつけ、痛そうに擦りながら少女は起き上がると

鋭い視線を3人に投げつけた。


「どうせ、私を引き渡すのでしょう……

 ならば、その弓、撃てばいいわ」


少女の口から零れたのは、絶対的劣勢にありながらも、頑なに徹底抗戦する意思だった。


「やっぱり、教会のスパイだね! 忍び込むなんて、全くいい度胸してるよ。

 しっかり尋問するから、覚悟するんだね!」


拳を鳴らして、ロゼットが取り出した縄を修道士の少女にかけようとすると

エフェメラがおずおずと前に出てきて、両手を広げて首をふるふると横に振る。


「決め付けるのはよくないわ……ちゃんと、相手の話も聞かなくちゃ」


「でも、エフェメラ……」


「誰でも、疑ってかかれば、警戒するでしょう? それでは、心を閉ざしてしまいます。

 相手の事情も、きちんと聞かなければ。

 皆、ただ自分が信じている事をしているだけなのです。」


弱々しくも、エフェメラは自分の信念をしっかりと述べた。





すると、それまで警戒していた修道士の少女が、驚いて尋ねる。


「私を、捕らえないの?」


「……教会が本気でこちらを探ろうとするならば、もっと内情に詳しい人を寄越すと思います。

 新米の私たちでは、きっと見つけられません。

 貴方は見たところ、私たちと同じくらいの年では? 何か、事情がおありなのでしょう?」


修道士の少女と目線を合わせ、少し笑顔を浮かべて、エフェメラは答えた。



レビンとロゼットは、心底驚いた。

エフェメラは、いつもおどおどと自信無さそうだった。

訓練でも罵声を飛ばされる度、毎回申し訳なさそうに平謝りしていて

このように自らの考えをしっかり述べたような事は、あまり無かったからだ。


レビンはまだ警戒しつつも、修道士の少女に突きつけていた弓矢を、ようやく下ろした。





すると、修道士の少女は、ゆっくりと身の上を語りだした。



「……話を聞いてくれて、感謝致しますわ。

 私の名前は、パンセと言います。ご覧の通り、教会に所属する修道士の1人です。

 ここに忍び込んだのは、決して貴方たちを陥れるような理由ではありません。」


「でも今、教会は僕ら聖花騎士隊と、あんまり仲がよくないって聞いたよ?

 僕ら、てっきり君が、騎士隊の事を探りに来ているって思っちゃったんだけど」

「そう思うのも、無理はないでしょうね」


レビンの問いかけに、パンセは苦笑して答えた。

そして今度は、パンセからレビンたちに質問を投げかける。



「確かに、教会と聖花騎士隊は対立している状況と聞きます。

 ……ただ、それは、仕組まれたものだと、私は思うのです。

 貴方たちは、私たち教会の人間をどう思っていますか?」


「うーん、お祈りを捧げて、国中にお花や緑をいっぱい咲かせるのは凄いなぁ、って思うよ。

 でも、なんかこう…… 教えを信じろーって、押し付けがましいというか、

 うさんくさい感じがするんだよね……」

「……ちょっとロゼット、はっきり言い過ぎだよ……」

「だってさぁ。レビンだって、言ってたじゃない。教えに順じない者を排除するのは間違ってるって」


歯に衣着せず自分の考えを思うままに言うロゼットに、レビンは思わず小声で突っ込みを入れる。

しかしそんな真正直な答えを否定することなく、パンセは先を続けた。


「いいのです。そう思ってくれる人が居て、正直私も安心しましたわ。」

「貴方、修道士なのに、教会の教え信じてないの?」

「納得できない事は、多々ありますわ」


パンセの答えにびっくりして、目を丸くしてロゼットは思わず聞き返す。


「おっどろいた…… なんてイレギュラーな子なの……」




「でも、騎士隊の方からそう思うのは分かるけど、君は教会の修道士だよね?

 どうして、教会の教えに疑問を感じたの?」


レビンは、修道士でありながら教会に疑問を抱くパンセに興味津々で、その理由を問い正してみた。



「数年前に起こった、異端審問の騒動の事は、覚えていますか?」

「うん。異端属性の人が、教会に反乱を起こしたんだよね。

 フロレアールに寒さと暗闇をもたらして、作物がみんな枯れちゃって、皆困ったことになったって。

 それで、教会は異端属性の人たちを、国のために排除したって。」


「それでも、異端属性の人はいなくならないのですよ。

 毎年教会は、何人もの異端属性の人を見つけては、排除していますわ。

 でも、それっておかしいことだと思いません?」

「だって、国のためでしょう? 植物が枯れて、作物がとれなくなったら皆困るもの。」


ロゼットはパンセの問いかけに対して、至極当たり前のようにフロレアール国の常識を答えた。



「……貴方、外国の本は読んだことありますか?」

「ないけど?」

「身の回りに、ご高齢の方はいらっしゃるかしら?」

「おばあちゃんも、おじいちゃんも、ずっと前に流行り病で死んじゃったから、話した記憶はないよ」


首を傾げるロゼットに、ため息をついてパンセは残りの2人に対して話しかける。


「貴方たちは?」


2人とも、首を横にふるふると振った。


「この国は、20〜30年ぐらい前には、ちゃんと『冬』と呼ばれる、寒い時期がありましたのよ。

 教会による異端審問が行われ始めたのも、同じぐらいの時期に重なるのですわ。」


「!! それって……」


ようやくつながりを察して、息をのむ3人に、パンセは黙って頷く。



「何も考えず、教えに従うのは楽ですわ。ただ、自分で考えるのを止めてしまっては

 過去の過ちにいつまでも気付けず、繰り返してしまう恐れがあるとは思いません?

 私は、それを確かめるために、ここに来たのです。」



パンセの言葉に、レビンはどこか心の奥底で共鳴する思いを感じていた。



今までも、フロレアールのしきたりや、教会の教えに疑問を感じてはいた。

特に、異端審問については、未だに納得する答えに辿り着けていなかった。

生まれた時から守護属性は定められていて、自分で変えられるものではない。

それなのに、ただ異端属性だったからといって、有無を言わさず追いやられる人々を、レビンは何度も見てきた。

そんな状況に言いようのない矛盾を感じてはいたが、言っても仕方がない、そういうものなんだと

自分自身を納得させていた。


だが、目の前に居る少女は違っていた。

自分の信じる事を確かめるために、危険を顧みず、単身敵地に乗り込んできたのだ。



「……僕も、教会の異端審問はおかしいって思う。」


控えめだが、レビンははっきりと言った。


「もし、間違っているのなら、僕らは戦わなくちゃ。

 僕らに出来ることは、ほんの小さいことかもしれない。

 でも、誰かが言い出さなくちゃ、何も変わらないから……」


「レビン……」


気弱なレビンが珍しく、自分の主張をはっきりと述べた。

そんな様子が、ロゼットの心を揺さぶった。


「……よし! 私も戦うよ!!

 これがもし仕組まれたことなら、変えなくちゃ!!」

腕まくりをして、意気込んでロゼットもやる気を見せた。


「私も、ほんとうの事を知りたい。 貴方に協力します。」

エフェメラも、しっかりと自分の意思を伝えた。






「……で、なんでここに来たの?」

当初の疑問を、今更ながらパンセに問いかけるレビン。

パンセは、懐から1冊の使い古された手帳を取り出し、ぱらぱらとめくった。


「数年前に起こった異端審問の騒動の際、中心人物だった方の手がかりを探しに来ましたの。

 この場所が、何だか分かりますか?」


「あ! 騎士たちの資料書庫!!」


「ご名答。その人物は、聖花騎士隊とも交流がありまして。

 書庫に、何か手記や手紙みたいなものがないかと思って、ここに来たのですわ。」


「でもこの書庫は、鍵がかかっていて、許可を取らないと入れない場所ですよ……?」


困った顔のエフェメラの目の前に、パンセは1本のヘアピンを取り出した。


「ご安心なさって。私、こういう作業は得意ですのよ」

「顔に似合わず、ワイルドな事するんだね…… ってか、何処で覚えたの? その技術」


驚くロゼットを他所に、あっという間にパンセは、真鍮で出来た厳重な南京錠を解除した。



おそるおそる扉を開くと、扉の隙間から古い本の香りが漂う。

ゆっくりと、4人は抜き足差し足で部屋に入り、音がしないように用心深く扉を閉めた。





しかし、小さな窓から差し込む光の先には、先客が待っていたのであった。





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フロレアールのお話第2弾出来ました!!
今度は、騎士隊サイドから書いてみようと思って、若手騎士たちを登場させてみました。
レビン君お借りしました〜! 設定読んだけど、こんな感じで良かったかなぁ…?とどきどき。

話の流れ上、異端審問のくだりが登場したけど、なんかまだ奥がありそうだ。
話を書いていくと、色々思いつくね!