しん、と静まり返った教会の聖堂。
幾重もの色をした光の筋が、教会の一角にあるバラ窓から降り注ぐ。
その光の下で一心に祈りを捧げている少女がいた。
少女の名前はフィオレット。まだ弱冠18歳でありながら、フロレアール王国の女王の座に居た。
丁寧に編みこまれた金の髪を垂らし、祈り終えると、碧い瞳をそっと開ける。
様々な花に彩られた美しい祭壇も、色とりどりの見事なステンドグラスも、
今の彼女の目には虚ろなものにしか映らなかった。
「お姉さま……」
つややかな唇から漏れ出たのは、遥か遠くへ追放されてしまった姉を案じる言葉だった。
甘えん坊で泣き虫で、殆ど両親や姉に頼りっきりであったフィオレットは、
両親であった国王とその后の急な崩御、異端審問を下された姉の追放と、
いきなり家族を失って、途方に暮れていた。
豪華な薔薇色のドレスを身に纏い、王の証である冠をその頭上に戴いても
先行き分からない国と自分の行く末に、ただただ戸惑うしかなかった。
「フィオレット様」
祈りを捧げる彼女の後ろから、穏やかに声を掛けたのは
宰相のアマランサスであった。
「アマランサス…… 私は、これから一体どうしたら良いのでしょうか。
国の事も、殆どお父様とお母様に任せきりで、何も分からないのです。」
至極心配そうに戸惑い、両の眼を潤ませておろおろ尋ねてくるフィオレットを、
アマランサスは1つ1つ優しい言葉で慰めた。
「本当に、突然の国王陛下ご夫妻の崩御、私もただただ胸を痛めるばかりです……
フィオレット様が戸惑われてしまうのも無理はありません。
何しろまだお若い身の上であるのに、国の王という重荷を、一身に引き受けることになってしまったのですから。」
膝をつきそっとフィオレットの手をとって、悲痛な面持ちで頷きながら言い聞かせるアマランサス。
しかししっかりとした言葉で、フィオレットに語り聞かせた。
「ご安心下さいませ、フィオレット様……いや、女王陛下。
先代のギルランダ国王の代より、お傍で仕えさせて頂いた我々が、少しでもお力になりましょう。
治世に詳しい家臣も多くお傍に残っております。
何しろ、フィオレット様は、誉れ高い“花を芽吹かせる者”です。
この国を良い方向へ導く道標となり、人々は貴方様についていくでしょう。
威厳を持ち、王位に座して下さいませ。」
その言葉にフィオレットは少し反応したが、未だ憂いの表情を浮かべて、
ステンドグラスから差し込む虹色の光を見つめていた。
全てのわだかまりを、目の前の忠実な家臣に、フィオレットは打ち明けることが出来なかった。
聖堂を後にしたアマランサスが向かった先は、修道士や司祭が集う、教会の総本部である。
花と光と太陽を何よりも尊い物とし、生命を育む源と考えているのが
この国に大きな影響力を占める、教会の教えであった。
年中緑豊かなこの国で、教会の教えは広く人々の生活に浸透していた。
教会の教えがそのまま国の人々の価値観となり、教会は国民の尊敬を勝ち得ていた。
それ故、教会は国政にも大きな影響を与える事になる。
そんな教会の実質トップといわれているのが、12人の花の司祭たちである。
彼らの発言が、国の情勢に大きく関わっていた。
アマランサスは、教会から派遣され、国政に教会の教えを反映させる
いわばパイプ役のような存在であった。
この日、アマランサスは花の司祭たちに状況を報告しに、教会総本部へ向かっていた。
司祭たちが集う聖堂に入ると、アマランサスはうやうやしく両手を揃えて蕾を形作り、頭を下げた。
12人のうち、最も神々しいオーラを放つ司祭が厳かな声で告げた。
「汝の下に、恵みの光あらん事を」
清らかな音色をした錫杖を振ると、アマランサスはゆっくりと顔を上げた。
「ファレノプシス卿。
女王陛下は、今後の国の行く末と自らに課された役に、大きな不安を抱いている様子。
悩める子羊である、女王はじめフロレアールの民を導けるのは、教会がもたらす教え。
我々をお導き下さいませ。」
「この地に陽の光と花の力が続く限り、この国は安泰です。
貴方は引き続き、教会の教えを女王に言い聞かせ続けるのです。
迷いは、陽の光を遮る雲の如し。女王に迷いを与えてはなりません。」
1点の曇りなく、ファレノプシスはアマランサスに役目を告げた。
「承知しております。ただ……
女王はやはり、あの件の事を今でも気に掛けているのではないかと。」
「あの件、と言いますのは?」
「異端審問の事でしょう。
王位を継ぐ筈だった姉が、異端者として国を追放された事に、未だに動揺しているのです。
家族としての情を捨てきれないのです。」
「そんな甘い考えでは、国を背負って立つ女王としての役目は、果たせないのでは?」
手厳しく横槍を入れたのは、司祭の1人、コスモである。
「まぁまぁ。年が近い君からすれば、苛立つ気持ちも分かるが、女王はまだ弱冠18歳だからね。
甘いのも仕方がないさ。」
コスモを宥めたのは、同じ司祭であるヒュウガであった。
「自分だったら、どう思うの? 大事な家族が、突然追放や処刑を言い渡されたら、貴方は大人しく従うの?」
怪訝な表情を浮かべ、司祭の1人であるベルは、コスモに問いかけた。
「ええ、従いますわ。大いなる教えは、移り変わる情なんかより大事ですもの。
私ならば、喜んで家族を差し出しますわ」
目を伏せ微笑みながら、胸にある教会の紋章に手を当てて、コスモはきっぱりと言い切った。
「でも、異端審問は、国の為に大事な事ですよね……
フロレアールを破滅に導く、氷と火と闇の要素を受け入れてしまっては、国が衰退しかねませんから。
そうすれば、国の民たちは実りを失い、苦しみを味わい、路頭に迷うことになります」
司祭の1人であるスーザンも、自分に言い聞かせるようにおずおずと自らの考えを口にする。
「そうです。国の為に、異端審問は仕方が無かったのだと、女王には知って頂かなくては。」
司祭たちの考えを聞き、アマランサスはうんうんと頷く。
「ここできっちりしておかなければ、またあの反乱を起こすことになりましょう」
アマランサスが釘を打ったのは、今から数年前に起こった、異端審問をめぐる騒動の事であった。
異端審問が厳しくなったのは、その騒動以降からだった。
「ファレノプシス様、私の勝手な予想なのですが、あの反乱が起きた時に異端者を匿い
王を惑わせたのは、王を護衛する筈だった周りの存在かと」
ゆっくりと進言したのは、司祭の1人、カトレアだった。
「反乱の発端者を匿ったのも、聖花騎士隊の若い者だったと聞いております。
王や民をたぶらかし、邪な考えを植えつけたかも知れません。
首謀者は処刑され、賛同者も追放処分を下しましたが、残存する騎士隊の中には
まだ同じような考えを持っている可能性があります」
「貴方の考えに、私も賛同致します、カトレア様。」
カトレアと目配せした後、アマランサスも恭しく頭を垂れながら、ファレノプシスに進言する。
「今居る聖花騎士隊は、追放処分となった第1王女が懇意にしていたという噂があります。
今回の一件で、情に流され、騎士隊から再び謀反者が現れるとも限りません。
騎士隊の隊長も、教会の考えをいま一つ理解しない者。謀反の可能性があります。」
「ま、また騒動が起こるのかい。あまり物騒な事はよしとくれよ……」
気弱に震え隅に縮こまったのは、司祭の1人であるポインセットである。
そんな発言に耳もくれず、アマランサスは更にゆっくりと続けた。
「幸い、女王という大義名分はこちらの手中にあります。
この国を平穏に保つならば、聖花騎士隊とフィオレット女王の距離を、離すべきかと」
ファノレプシスは少し考えた後、威厳をたっぷりと含んだ声で、他の司祭たちに告げた。
「宜しいでしょう。迷いから女王を救うのです、アマランサス。
聖花騎士隊の動きを逐一くまなく観察し、予兆があればすぐ知らせなさい。
女王の身の回りの世話には、我が教会から修道士を派遣しましょう。」
「承知致しました」
恭しく傅き膝をついて、アマランサスは忠誠の意を示した。
教会総本部を後にし、王宮へ戻ろうとするアマランサスに
物陰から1人の男が、邪な笑みを浮かべながら声を掛けた。
深紅の軍帽とトレンチコートを羽織ったその姿は、
いわずと知れたカーディレット帝国の将軍である事を物語っていた。
「首尾よく行ったかしら?」
「えぇ、大体は思惑通りに進められましたよ、クレメンス将軍。」
アマランサスは落ち着き払った声で、クレメンスと名乗るカーディレットの将軍に答えた。
「これで国の行く末は我らが手中にあるも同然です。
女王は若く世間知らずで、教会の連中は教えに愚直ですし。
この戦乱の世の中、他国とのつながりの関心が薄いようでは、やっていけませんから。
同盟を組む貴国の力は、大いに頼りにしておりますとも」
「貴方の国は美しい緑と自然が溢れているわね。是非とも、我が国で御守りしたいものだわ」
クレメンスは妖しい笑みを浮かべたまま、
至る所に陽の光が降り注ぎ、緑が輝くフロレアールの街を、舐めるように眺め回した。
「ただ、この世知辛い世の中、無償という訳にはいかなくてよ?
貴方の国からも、何か差し出せるものがあるのかしら?」
「偉大なカーディレット帝国の軍事力と領土の広大さは、よく心得てますよ。
同時に、獲得した領土が多いにも関わらず、どんどん衰退しているという、憂うべき事実もね。」
さらりと告げたアマランサスの言葉に、クレメンスのこめかみが僅かにぴくつく。
「言ってくれるじゃない。お口の利き方には気をつけた方が宜しくてよ?」
「哀しいですが、現実ですからね。
そこで、我がフロレアールから貴国に提供したいのは、衰退した力を取り戻す方法です。」
「……なんですって?」
アマランサスは言葉巧みに、予め周到に用意しておいた<カード>をクレメンスに突きつけた。
「その前に、貴国は我が国を侵攻しない、という確約を頂きたいのです。
それがはっきりすれば、この方法をお教え致しましょう。」
クレメンスを見つめるアマランサスの眼差しは、柔和でありながら有無を言わさない迫力を含んでいた。
「貴方、カーディレット帝国の将軍である私を脅すとは、大したタマね。」
「お褒めに預かり光栄です」
クレメンスは暫く考え、不敵に笑いアマランサスに告げた。
「……いいわ。私の一存では決められないから、一度本国に打診してみることにするわ。
それまで、その“方法”とやらを準備しておくことね。
それが決して、強がりやハッタリじゃない事を信じているわ。」
軍帽を被り直してマントを翻し、アマランサスを背にして、クレメンスは物陰に溶けるように消えた。
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スノウが追放された後の、フロレアール王国と教会の関係をとりあえず描写してみました!
アマランサスや、それぞれの司祭のキャラクターをつかむためにも。
まだまだ模索は必要だけど、まずはこんな立ち位置かな。
ついでに、カーディレットと同盟を組むことになった発端を考えてみたよ!
新しい、しかも強烈なキャラ動かすの楽しいな(笑)