花が咲き乱れる丘を背に、ワダツミからやってきた少年たち6人は
フロレアールの民や教会の人間に見つからないように、薄暗い木陰を縫うようにして道のりを進める。
「花畑の丘から離れて、日陰の木立の、花がより少なくなっていく道を進んで下さい。
森は薄暗くて見つかりにくいし、きっと教会の人たちは近寄らないでしょう。」
聖花騎士隊のエフェメラから助言を受けて、6人は森の奥に住んでいるという
プランタン教会の元司祭・マグノリアの元に向かって歩んでいた。
なるほど、言われた通りに進んでいくと、次第に花はその姿を減らし、代わりに苔やシダ類が鬱蒼と茂る
薄暗い森へ、景色は変わっていった。
それでも、森に向かう途中の道のりでは、色んな種類の花が所狭しと咲き乱れ
それは鮮やかで華やかな、素晴らしい光景であった。
土の下の悲惨な全貌を、6人が思い知るまでは。
道中でも、少年たちは言葉を発することが出来ずに、ただ黙々と歩みを進めていた。
特にカズミは、鮮やかに咲き誇る花たちを正視する事が出来ず、俯いていた。
先程の腐り果てた芍薬の根の、あの有り様を見た衝撃は、なかなか離れないのだろう。
後ろを歩くリリサも、ずっと青い顔をしていた。
一方リョウヤは、何か一心に思いに耽っている表情をしていた。
ナオコは、先程腐った根の芍薬を死の眠りにつかせたリョウヤをちらちら見やり、気遣っていた。
シンペイとテンマは、かける言葉も見つからず、ただ互いに顔を見合わせることしか出来なかった。
森の奥へ進むにつれて足場が悪くなる中、少女たちが転ばないようにサポートする。
互いに口を利くことも出来ずに進んでいると、突然地面から植物のツルが生えてきた。
「わぁっ?!」
シンペイが驚く間もなく、両手両足にツルが絡みつき、彼を頑丈に縛り上げた。
「し、シンペイ、大丈夫?! 何、この植物?!」
次から次へと伸びてくるツルに6人が驚いていると、森の奥から声が聞こえた。
「それ以上先に進むんじゃないよ。今来た道を引き返せば、命だけは助けてやるよ。」
「どうしようこの植物…… 解けないよ……」
「もしかして、教会の手先?!」
突然の急襲に動揺する6人。地面から次々と生えてくるツルは、6人を頑丈に縛りあげていく。
ワダツミからフロレアールへ極秘裏にやってきたのに、教会の人間に捕まるわけにはいかない。
捕まったら、洗いざらい話させられる事になるだろう。
異端審問を推進する位というから、どんな拷問を受けるか分からない。
「脅されても、僕たちは簡単に捕まる訳にはいかないんだ!」
皆が慌てる中、リョウヤが氷魔法を発動する。
身体を縛り上げていたツルは凍りつき、次々と崩れ落ちていく。
しかし、ツルが更に生える勢いの方が強く、簡単に形勢は逆転してしまい
再び締め上げられる。
「くっ……! まだ力不足か……!!」
圧倒的な力の差を見せ付けられ、6人が捕まる事を危惧していると、思わぬ展開になる。
「その魔法……氷の魔法かい?」
ツルの動きがぴたっと止まる。
そして次の瞬間には、6人を縛り上げていたツルは解け、地面へと還っていった。
少年たちが唖然としていると、森の奥から1人の女性が姿を現した。
青紫の長い髪をゆるく束ね、虚無感を浮かべた眼差しで、それでも興味深そうに
6人を見据えていた。
「あんたたち、見かけない格好だね。この国の者ではないね?」
「僕たち、とある人を探してここにやってきたんです。僕たちは……」
そう言いかけるシンペイを、リョウヤがそっと制する。
「待ってシンペイ。敵か味方か分からないのに、僕らの所属をまだこの人に明かしちゃ駄目だよ。」
目の前の植物使いに向かって、単刀直入にリョウヤが問いかけた。
「貴方こそ何者ですか? 見たところ植物を操る魔法を使うようですが……教会の人間ですか?」
その言葉を聞くと、植物使いの女性は一瞬ぽかんとして、次の瞬間くすくすと笑い始めた。
「フフッ、教会かい…… 確かに、植物を崇めるあの連中に一時期身を置いていた時期があったね。
まぁ、こんな魔法を使うところを見られれば、そう思われても仕方ないね」
「違うのですか?」
「あそことはもう縁が切れている。そうでなければ、こんな所に住みゃしないさ。
私の名前はヴェロニカ。この森の番人をしている、しがない花使いさ。
んで、あんたたちは何者だい? この国で久しく姿を見なくなってしまった氷の魔法を使うなんて。
ただ者じゃないと見受けたけれど?」
目の前の女性が、教会の人間でない事にほっとして、ようやく6人は出自を名乗った。
「僕たち、海の向こうのワダツミの国からやってきたんです。
聖花騎士隊の方たちに聞いて、この森に住んでいるマグノリアさんという方に会いにやってきました。」
「へぇ! あの極東の島国から、わざわざねぇ……」
それを聞くと、ヴェロニカと名乗った女性は、6人の顔を1人1人見据えて、問いかけた。
「……聖花騎士隊の連中から話を聞いているなら、話は早い。
ここに来るまで、この国の状況を見てきただろう。どうだったかい?」
その問いかけに、最初の口火を切ったのはカズミだった。
「酷いものよ……
見た目はあんなに綺麗なのに、お花たちは土の下で、ボロボロになるまで咲かせられているのね。
あんなの、作られたニセモノの美しさだわ!」
「国の人たちも、それに気付いていないんだね……
街にいる人たちは、至って平然としている。まるで、花があんなに必死に咲いているのが当たり前みたいに」
リョウヤも淡々と、今まで見てきたフロレアールの国民の様子を告げる。
「この国はおかしいよ。何か狂っているよ……」
シンペイは目を伏せて、搾り出すように言葉を紡いだ。
ワダツミの少年たちの浮かない表情を見て、ヴェロニカは言う。
「普通の観光客ならば、この花畑はただのお綺麗な風景にしか見えないがね……
良いだろう……あんたたち、こっちについて来な」
暗い木立を分け入って進んでいくと、小さな一軒家が現れる。
牧歌的で、小洒落た佇まい。軒先につるされた様々なハーブから、芳しい良い香りが漂っていた。
ヴェロニカが玄関のチャイムを鳴らして入ると、とても人の良さそうな年配の女性が出てきた。
「お帰りなさい、ヴェロニカ……
あら! まぁまぁまぁ……これは可愛らしいお客様たちですね。どうぞ入っていらして。」
柔和な笑みを浮かべたこの女性が、かつてフロレアール王国の司祭であった、マグノリア女史である。
奥に通されると、テーブルの上に白い花模様の入ったティーカップが準備され
それぞれのカップに、いい香りのハーブティーが注がれる。
歩き続けて疲れた身体に、温かいお茶が染み渡る。とても、ほっとする味だった。
少年たちは、にこにこ笑って少年たちを眺めているマグノリアをちらちら見やる。
フロレアールにやって来る前に、聖花騎士隊の若者たちから少し聞きかじっていたが
白髪混じりの、この穏やかそうな女性が、かつて異端審問を進めていた教会に
属していた人物とは、どうにも思えなかった。
そんな少年たちの挙動を見て、笑いながらマグノリアは自己紹介する。
「名乗り遅れましたね。私はマグノリアと申します。
もうご存知かも知れませんが、8年前まで教会の司祭を務めていました。
遠い海の向こうからお話を聞きにいらしたなんて、疲れたでしょう。
それなのに、ヴェロニカが試すような事をして、御免なさいね」
「私たちは教会をやめて、ひっそりとここで暮らしているんでね。
またあの連中に嗅ぎ付けられないよう、常に見張りをしているのさ」
「さて…… どこからお話しましょうか?
そのご様子ですと、一杯聞きたい事があるのですね?」
マグノリアの問いかけに、6人は黙って頷いた。ただ、どこから尋ねて良いのか分からなかった。
「ここに来る前に、ある花畑を見たんです…… とても綺麗なのに、根っこが腐り果てていて……
フロレアールは花が常に咲いていると聞きましたが、教会の魔法はあんな風に植物を酷使しているんですか……?」
おそるおそる、真っ青な顔で口を開いたのは、リリサだった。
「貴方たちは見たのですね……あの土の中が、どうなっているのかを。
この国は、数十年前から冬がありません。冬をもたらす氷の精霊たちを、徹底的に排除したからです。
同時に、植物を助けるため魔法……木と光と陽の魔法を、乱用し始めたのです。
結果、どうなったか……見ての通りです。
私たち人間で言えば、飲まず食わずの状態で絶えず働かされているのと同じ状況と言えるでしょう。」
「まさに奴隷ってことだな……」
テンマが、心底嫌そうに答えた。
「ただ、表面上は美しく花が咲き、豊かな実りがもたらされるので、誰も止めない……
一部の人間を除いてはね」
「異端属性者たちの事ね?」
ナオコの問いかけに、ヴェロニカが頷く。
「氷・闇・火の属性を持つ者は、その身分から徹底的に弾圧されます。
存在そのものが罪とされ、近年では処刑に追い込まれる事態となりました。
何人もの人が、命を失ったか……
何より恐ろしいのが、人々がそれを奨励するようになってしまったことです。
国の豊穣の為に、一部の犠牲を黙認するような風潮が出来てしまい、今なお続いているのです。」
「本当に、異端審問は正しいって言えるんですか?
僕からしてみれば、異端者排除は、国のための犠牲としか思えない……」
それまで考え込んでいたリョウヤが、マグノリアに問いかけた。
「貴方たちの国ワダツミは、遥か東の彼方にあるのですね。
極寒の冬には厚い雪に覆われ、大地は白一色になると聞いています。
……しかし、全ての命が死に絶えるという訳ではないでしょう?」
マグノリアの問いかけに、ワダツミの少年たちは、はっとする。
「厳しい冬を越え、春になると植物たちは再び芽を出す力を、ちゃんと持っているのですよ。
フロレアールの人たちは、それに気付いていないのです。
豊かさだけを追い求めて、忘れ去ってしまったのかも知れませんね……」
悲しそうな瞳で、マグノリアはため息をついた。
「人々を仮の豊かさから目覚めさせるにはどうしたらいいのか……
私には分からないのです。彼らには、大地の悲鳴が聞こえないから」
「!! 大地の悲鳴…?! マグノリアさんにも、聞こえるんですか…?!」
シンペイは、思わず立ち上がる。
すると、悲しそうにマグノリアは頷いた。
「えぇ。貴方にも、植物たちの声が聞こえるのですね? 若い水の精霊使いさん」
「僕が精霊使いだって事も分かるの…?!」
驚愕してシンペイはマグノリアに問いかける。
6人は、マグノリアがエレメンタラーであるという驚くべき事実を知った。
その能力故に、ずっと苦しんでいたという事実も。
そして、シンペイは苦しそうに、今まで見てきたフロレアールの地から聞こえる精霊の嘆きを代弁した。
「こんなに悲しみに包まれた大地は、初めて見ました。
綺麗に咲いている筈の花たちが、僕に嘆願してきたんです。
『もうこれ以上咲き続けたくない、休ませて欲しい』と……」
「そうでしたか……辛い道のりでしたね……」
痛々しい表情でマグノリアは、エレメンタラー故のシンペイの孤独な苦悩を労ったのだった。
「ここに来るまでの事も、隣にいる貴方たちの精霊が教えてくれました。
……氷使いの少年さん、貴方はあの芍薬の子に、安らぎを与えてくれたのですね?
苦しい役目を負わせて済まなかった、最後に有難うと伝えて欲しい、と言っていたそうですよ……」
リョウヤが最後の引導を渡したあの芍薬の言葉を、マグノリアが伝えると
ワダツミの少年少女らの瞳から、涙が零れた。
特に、リリサは誰よりも大粒の涙を流していた。
リリサの能力は闇魔法。
植物たちには死をもたらすものだと、フロレアールに来る前からずっと気にしていたのだった。
シンペイたちは決断する。互いに顔を見合わせ、彼女に申し出た。
「マグノリアさん。貴方は、司祭をやめてから、ずっとここで隠居生活を送られていると聞きました。
しかし、精霊の声が聞ける貴方でなければ、この国の惨状は人々に届きません。
どうか、僕らに協力してくれませんか……?」
「この方が今おいくつか分かって言っているのかい?
それこそ、今まで散々無理をしてきたお方。無理をさせたら黙っちゃいないよ?」
いきり立つヴェロニカを穏やかに制して、マグノリアは少年たちに答えた。
「そうですね……多勢に屈して日陰に逃げ延びた、愚かな私に与えられた宿命かも知れませんね。
植物の最後にも、こうして心を砕いてくれる、心優しい少年少女たち。
貴方たちを見ると、貴方たちが育ったワダツミの国の優しさが窺い知る事が出来ますよ。
私の元に来てくれて、本当に感謝致します。
私は半ば諦めかけていましたが……貴方たちを見ていると、再びフロレアールに
安らぎと希望を取り戻せるような気がしてきました。
私は既にこの通り老いた身ではありますが、貴方たちに協力は惜しみません。
よろしくお願いしますね。」
6人を眩しく見据えて、マグノリアは深々と頭を下げた。
「あ! いえ!! 僕たちの方こそ、よろしくお願いします……!!」
ワダツミの少年たちも、恐縮して慌ててぺこりと頭を下げた。
精霊を敬う国の少年たちと、花の国の過去を知る1人の老女とその弟子。
彼らの遭遇は、この国にどんな変化をもたらすのか。
小さな改革は始まったばかりである。
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Goサインが出たので、書いてみました!
よしちゃんの前のSSを読みながら、それぞれ個性を模索しながら
書いてみましたが如何でしょう?
会わせてみたかったんだ、このご一行。