ワダツミの少年少女たちは、フロレアール王国で当たり前として広まっている異端審問の歴史を、
何故このような考え方が広まったのか、この国にかつて起こった出来事を知る為に
かつてプランタン教会の司祭であったマグノリアの元にやってきた事を伝える。
「僕たちが出会ったこの国の人たちは、異端審問がまるで当たり前かのように話していました。
僕らの国では、豊穣の為に一部の人が犠牲になるだなんて事は考えられません。
それはあまりにも傲慢だ……
見たところ、この国には食べ物も溢れているし、人々は何ら困った様子もない。
贅沢の為に人の命が犠牲にされるこの状況を、国の人たちは何とも思わないんでしょうか?」
まず口を開き、これまで見聞きしてきたフロレアールの現状を訴えたのは、リョウヤだった。
「フロレアールの街の人たちや、聖花騎士隊の皆さまからも少し話を聞きましたが、
この国の農家とは、ただ種を撒き、自然と実った植物を収穫するだけのようですね……
肥料を撒いたり、雑草を抜いたり、日照りの時は水を与えたり… そういった事はあまりなさらないんでしょうか」
リリサも、フロレアールの豊か過ぎる畑を見て、衝撃を受けていた。 遠慮がちに、心に抱いた小さな疑問をおずおずと尋ねてみる。
ここに来るまでの畑ではどこの農夫たちも、春も夏も秋も関係なしに、全ての季節で収穫されるであろう作物を両腕いっぱいに抱えていた。
おまけに、ワダツミや他の国では当たり前であろう作物の手入れを、この国の農家は全くしている様子が見られなかったからだ。
畑にはありとあらゆる作物が自由気ままに伸び放題で、同じ畑にある筈なのに、どれも互いに栄養が行き届いている様子だった。
それは、リリサにとってはとても奇妙な光景だった。
「料理にしたって、酷いもんだよね。 大の大人が、パン一つ焼けやしないんだから。
あれでどーやって生活してるのよ? 毎日ごはん食べなきゃでしょ?」
ここに来る前に、聖花騎士隊に所属する騎士たちが全く料理が出来ない事実を知ったカズミは、驚愕を通り越して呆れ果てていた。
少年少女たちが一挙に質問するのを、慌ててヴェロニカが制止する。
「待った待った、そんなに一気に質問するんじゃあないよ。マグノリア様だって、頭がこんがらがっちまうだろ?」
「いいのです、ヴェロニカ。彼らは新鮮な気持ちで、この国を洗い流そうとしてくれているのですよ。
古い国の考えに縛られている私たちより、遥かにこの国を客観視してくれていますよ。
フロレアールが異端審問なんかに頼らなくても生きていける生き方を、きっと見出せると思うの。」
微笑みながら、優しくマグノリアは答えた。
そして、少し厳かな表情を浮かべ、彼女は遠い目をして、自分の遥か過去を見つめなおす。
「まず、この国の歴史と、私の過去の過ちを貴方がたにお伝え致しましょう。
先に述べておきます。司祭でありながら、過ちを正せなかった私にも責任はあります。
そんな私の話で良ければ、聞いてくださいね。」
少し一呼吸置いてから、マグノリアは静かに語りだした。
「この国は、かつて30年程前までは、冬が存在していました。
年中花が咲き乱れて作物がいつでも実るような、こんなに豊かな国では無かったですのよ。
周りを標高の高い山々の万年雪に囲まれているためか、国外からの人の流れも乏しくてね。
そんな中、夏〜秋の収穫の季節に、山からの冷たい季節風が吹く時があるの。
そうすると、困った事に、折角育った作物がみんな駄目になってしまうのですよ。
食べ物を備蓄するにも、保存技術が不十分でね。 また、季節風もいつ活発になるのか、詳しく分からなかったの。
飢えに苦しむことも、少なくなかったのですよ」
「そうだったんだ……今はこんなに豊かなのに……」
今とは比較できない程の、かつてのフロレアールの困窮に、シンペイは驚きを隠せなかった。
「そんな中、私はこの状況をなんとかできないかと、仲間たちと活動を始めました。
それが、今のプランタン教会のおこりとなったのです。
花や植物の力を助ける、木や光、陽の魔法に長けた有志たちが集まって、季節風によって枯れかけた植物たちを
一生懸命助けました。おかげで、少しずつ作物は実り、人々を飢えから助ける事が出来たのです。」
「……しかしね、奇跡の力を手にすると、そこには人々の注目が集まり、それを悪用する輩も出始めるのさ」
ヴェロニカが暗い表情で話すと、マグノリアも静かに頷いた。
「私は、土の精霊使い故に、精霊たちの言葉を聞くことができます。
植物たちを寒さから助け、陽の光を与えて健やかに育って貰った時、いくつかの精霊たちが私に忠告したのです。
『力を使い過ぎてはいけない』『自然のバランスを壊してはいけない』と。」
ここのくだりを聞いた時、ワダツミの少年少女たちの頭の中に、共通したひとつのエピソードが思い浮かんだ。
はっと顔を上げ、互いに目を見合わせる少年少女たち。
その様子に気付くと、マグノリアは彼らに目配せする。
「……皆さん、何か思い当たる節があるのですね?」
その問いかけに、全員が静かに頷く。
「僕らの国に、古い言い伝えがあるんです。
かつて僕らの国は、色んな部族がそれぞれ邑を治めていて、その集落ごとに争いが絶えませんでした。
そんな中、とある邑に水と氷の精霊使いの双子が生まれたんです。当時でも、今のように精霊使いは貴重な存在。
争いに巻き込まれないようにと、彼らはそれぞれに引き離され、分かれて過ごしました。
しかし、集落ごとの争いに引き出され、水の精霊使いは邑の意向によって川を堰き止め、
力を使いすぎたせいで川の氾濫が起こり、水の精霊使いと、氾濫を止めようとした氷の精霊使いは命を落としました……」
古いワダツミの言い伝えをリョウヤは、マグノリアとヴェロニカに分かりやすく伝えた。
「それが、ワダツミの国の方々が自然と共に生きる為に大事にしている戒めなのですね。
そのような言い伝えが、フロレアールにもあれば……
その頃の私は若すぎて、彼らの言葉の意味が分かりませんでした。
人々を飢えから救いたい一心で、植物を助ける魔法を使い続けていきました。
今思えば、愚かな事でした……」
そう言うと、マグノリアは膝に手をついてうなだれる。
「そのうち、奇跡の力と人々の間で噂されるようになった教会は、はじめは小さな人々の集まりだったのが
大勢の人の支持を受ける事になったのです。その噂は、王宮まで届いたのです。
王宮は、国民をどうやって救うのか苦心していたので、奇跡を起こしたプランタン教会の豊穣の力を重視し始めました。
すると、教会内では、王宮からの庇護を盾に、野心をもつ存在が表れ始めました。
教会の力で、国を動かそうとしたのです。」
「それが、ファレノプシスの一派さ。
奴らは教会内で大きな勢力となり、はじめは豊穣を少し手助けするだけの存在だった教会を、
国内で教会がなければ生活できないような政策を提案し、人々を教会に依存させるような教えを次々と説いていったのさ。」
「教会がなければ生活できないような政策……って……」
「今までこの国を見てきて、不自然だな、って思った箇所を挙げてごらんよ?
さっきあんたたちが言っていたことさ。」
ワダツミの少年少女たちの疑問に、ヴェロニカは質問で返す。
「どうしてこの国の人たちは、異端審問を疑問に思わないのか?
自分たちで料理が出来ないのか?
冬が無い事を疑問に思わないの? いつでも季節を問わず花が咲いているのか?
他所の国からやってきた人たちは、ごく自然に思う事だろう。
しかし、この国は内陸国で周りを険しい山々と氷河に覆われていて、簡単に人がやってこれる場所じゃない。
それを逆手にとって、入国者を制限し始めたんだ。
あんたたち、ここにやってくる際に渡航について詳しく調査されただろう。
どこの国から、どういった目的でやって来たのかを。
そして、この国に滞在している間も、周囲に教会の手の者が監視をつけている。
指示された場所以外は訪れないように、国の矛盾に満ちた生活を知られないようにね。
この国に害をなす情報をもたらさないよう、常に監視してるってわけさ。
同様に、出国者についても制限をかけている。教会が、大規模な情報操作を国がかりでしているんだ。」
「でも、そんな情報操作、国の人たちが許すはずが無いわ……! 誰かおかしいって思うはずよ!」
至極当然な反論を返すカズミに、ヴェロニカは淡々と答えた。
「普通はそう思うだろう。だが、ファレノプシスの一派は、長い時間をかけて、用意周到に準備を進めてきた。
教会がその豊穣の力を示し始めた頃に、同時に異端審問の考えを国民に刷り込んでいったのさ。
光と陽と植物の力によって豊穣をもたらすと同時に、植物を枯らす冬と闇と火が悪だという考えをね。
異端属性を排除することによって、更に国に豊かさがもたらされたと錯覚させたのさ。
これによって、人々はますます教会の教えを信じ込む。情報操作されていれば尚の事。
結果がもたらされれば、人は信じてしまうものさ。」
「それでは、火については?
いくらなんでも、火を扱う事を禁止してしまえば、人々は生活出来ていけないでしょう。
普段の炊事などの家事については、どのようにしたのですか?」
これまた至極真っ当な疑問を、リョウヤが質問する。
「そこについては、教会もなかなか巧みでね。
フロレアールでは良質な小麦がたくさん採れる。それらを使ったパンや焼き菓子の製造が盛んなんだけれど
それらの労働を、皆教会で引き受け、火属性の異端者に生存の代わりに低賃金で強制労働させ始めたんだ。
作られたパンや焼き菓子は教会の名のもとに販売され、それは教会の資金源となった。
なにしろ手間がかかる料理だからね。簡単に主食が手に入るようになり、人々は家庭であまり作らなくなってしまったんだ。
そして、家庭での生活には、光の熱を利用した設備を提供した。火を使わずして、生活に必要な湯を沸かしたり、暖を取る事も出来る。
火による火事の危険性も減ったから、人々に受け入れられた訳さ。」
「人々は楽に生活が出来るよう、より利便性を追い求めてしまう。
確かに生きる事は楽になりますが、それが生きる力を削いでいるのは、いうまでもありません。
私は、そうならないよう、追いやられて隠れ住んでいるこの地でも、なるべく自分で出来る事は自分でやりたいと思っているのですよ」
マグノリアの家にある暖炉や、簡素な作りの井戸、軒先に吊るされた手作りのハーブティー、テーブルクロスに至るまで
全て彼女とヴェロニカが自分たちの手によってこしらえたものだったのだ。
「……だから、この国はどこかおかしいって僕らは思ったのかな。
ワダツミの国は、生きる為に子供たちだって小さなうちから働く。それが当たり前だって育ったよ。
だけどこの国は、生きる事に必要な事は全て初めから与えられている。
それじゃ、自分で考える事すら出来なくなって、生きる力なんてつくわけがないよ」
マグノリアとヴェロニカから国の仕組みを聞いたシンペイが、どこか腑に落ちたようにぽつりと呟いた。
「その頃、マグノリア様は古参の司祭の1人だったけれど、新しい教えを次々と説いて
国からの権力をバックにして地位を確立するファレノプシスに、教会の殆どが喰われちまった。
今や、教会の中だけでなく、国民全てが教会の考えを疑うことなく信じ、教会の考えが国を浸透しちまっている。
分かるかい? あたしらはイレギュラー、少数派なんだ。誰もあたしたちの言う事なんか聞いてくれやしないんだよ」
「……そんな事、ありませんよ」
どこか諦めた物言いをするヴェロニカに、静かに呟いたのは、リリサだった。
「エフェメラちゃんや、聖花騎士隊の皆さんのように、この国はどこかおかしいって思っている人たちはいるんです。
大切な人たちが、異端審問に連れられて、傷ついて悲しんでいる人たちはいるんです。
ただ言い出せないだけで、この国のあり方を疑問視している人たちは居るはずなんです。」
しっかりとした眼差しで、リリサは胸の内を話す。
その眼差しを受け止めて、マグノリアは彼らがここに来た理由を悟った。
「聖花騎士隊の隊長さんが、どうして貴方がたをここに寄こしたのか、よく分かりました。
今までの歴史を知ってもらう事で、未来を若い世代に託そうと考えたのですね。
私たちでは変えられなかったこの国を、国の垣根さえ超えて、貴方がたならばきっと良い方向へ運んでくれるでしょう」
若い子供たちのきらきら輝く瞳を眩しそうに見据えて、マグノリアは穏やかな笑みを浮かべた。
大分時間が開いてしまいましたが、フロレアールの矛盾を考えながらどのように異端審問は広がったのか、考えてみました!
ワダツミの伝説とも比較して。人の手によって作り替えられた自然、それがフロレアールです。