エムロードと、カーディレット・ノアプテ・ソルシエールら侵略推進国との学術研究の凍結。
それはすなわち、ソルシエール出身のリノが所属する、魔導研究室との共同研究も打ち切られる事を示している。
「リノさんとこの研究室は、ソルシエールとの協力関係にありましたよね。
共同研究を打ち切られてしまう事になってしまうのは、学者としては、残念な事ですね……」
何冊もの本を抱え、リノの借りていた書籍を運ぶ手伝いをしていたメリィが話しかけた。
「仕方がないよ。研究内容が、他の国への侵攻の助けになってしまったら、それこそ大変だ。
国としては大々的に協力が得られなくても、エムロードにいられる限りは、僕はまだここから色々と学べるし。」
「まさか告発したのがリノさんだって事、国にばれないようにしなきゃですね……」
あたりをきょろきょろ見回しながら、こそっと心配そうに言うメリィ。
ソルシエールとの共同研究を打ち切りにせざるを得ない理由を、エムロードもたらした彼は
本国にその事がばれようなら、どんな仕打ちを受けるか分かったものではない。
「ここの人たちは皆口が堅いから信頼しているよ。
過去のエムロードも、自らが滅びる時でさえも、古代の秘密を抱え、その文明の終末を迎えたんだ。
君たちはその血を受け継いでいる。これより信頼できる人なんて、どこにいるんだい?」
古代遺跡の残るエムロードは、その遥か昔、偉大な文明を築き上げたという。
その叡智は今の技術を遥かに凌ぎ、進み過ぎた文明によって滅びの道を辿ったとも言われている。
高度に栄えた文明が終焉を迎える際にも、古代のエムロード人はその秘密を誰にも明かすことなく護り抜いた。
多くの学者たちが研究しているものの、その文明は今も謎に包まれたままだ。
「知識を深めすぎるのも、危ういのかも知れないね。
その知識も、使い方を誤っては野蛮な力になりかねない。今のソルシエールのように……」
憂いを帯びた表情で、遠くの故郷の地を見据え、リノはつぶやいた。
「ところで、リノさんの研究室って、どんな研究を行っていたんですか?」
担当区間である天文学研究室の見守りをしつつ、いくつかの文献を読み漁っても居たメリィは
自分の担当以外の研究室が、一体どんな研究を行っていたのか、興味津々だ。
「僕の所属していた研究室は、魔導研究室と言ってね。
魔法の仕組みそのものを、ひとつひとつ解き明かし、その活用法を調べる研究をしていたんだ。」
「魔法の仕組み?」
メリィは首を傾げる。
「魔法というものは、そもそも未だ多くの謎に包まれているんだ。
そもそも魔法とは、どういう原理で起こるものなのか、まだはっきりとは解明されていないんだ。
国や地域によって、魔法と呼ばれたり、占いやまじない、神の力とまで呼ばれたりしているんだ。」
「魔法は、魔法じゃないんですか?」
更に首を傾げるメリィ。
それまで当たり前のように接してきた魔法というものを、立ち止まってその原理を考えた事などなかった。
リノは、いくつかの古ぼけた本を棚から引っ張り出し、説明を始める。
「魔法そのものは、自然界における精霊の力を借りて起こす奇跡の力。その根本は皆同じなんだけどね。
発動の仕方が、国によって異なっているみたいだよ。
たとえば、中央大陸において僕たちが魔法と呼んでいる力は、自分が持っている魔力を魔力経路を通して発動する。
単純な魔法ならば、魔力を込める事で発動する事も出来る。ただ火を起こしたり、水を出すとかね。
だけど、複雑な魔法を使おうとする場合は、複雑な呪文や魔方陣など、具現化を補助する媒体が必要になってくるんだ。
まぁ、訓練を重ねて魔力経路を鍛え、身体にしみ込ませる程に熟練した場合は、簡単な詠唱や無詠唱でも済むけどね。
僕らは大体呪文や魔方陣を使うけど、例えば、これ。見てごらん。」
そう言ってリノが見せたのは、見た事もない文字や符号が描かれた、和紙で出来たお札。
「これ、なんですか……?」
メリィは目をまんまるくして覗き込む。図書館で扱ってる本に使われている紙とはまた違ったものだ。
「これはね。遥か北東にある、ワダツミノ国で使わている属性符だよ。これは確か温陽符って言ったっけな。
旅の人がくれたんだ。ポケットに入れておくと、あったかいよって。あの国はとても寒いからね。
このお札は詠唱をしなくても、この符号と図形自体が、魔法の起動を兼ねた魔方陣になっているんだ。
あと、これも見て欲しいなぁ。」
そう言ってリノが取り出したのは、小さな光を灯した石を乗せたランタン。
「これは、コリンドーネから輸入されたランタン。この石は不思議な力を宿していてね。
なにもしていなくても、ひとりでに光るんだ。おそらく、鉱石自体に、魔法が含まれているんじゃないかな。
あの国は魔法文化があんまり栄えていないけれど、職人さんの中には、たまに不思議な力を宿らせる人がいるって言うよ。
詠唱をしなくても、魔方陣や符号さえ描かなくても、物質に魔法の力を無意識に宿らせる事を、付加魔力って言うんだ。
このように、文化は違えども、色々な形で魔法は存在しているんだよ。」
「へぇぇ、面白い! 面白いです! こんなに色々魔法の形があるんだって、知りませんでした!
国ごとに、色んな形があるんですね〜。」
色々な国の魔法にまつわる品々を見て、メリィは興味津々だ。
そんな彼女を笑って見やり、リノは少し真面目な顔つきになって話を続けていく。
「中央大陸の中でもそれを詳しく研究し、高度な魔法の知識を持っているのが、ソルシエール王国だ。
その強大な魔法の力で、かつては中央大陸で覇権を握っていたのだけれど、今、それを超える力を持つ国が出現している。
それが、精霊魔法で台頭してきた、カーディレット帝国さ。」
「精霊魔法って、最近よく聞きますよね。
めったにいない精霊使いは、他の魔法使いたちよりもかなり強い魔法を操るって言われていますけど。
カーディレット帝国軍が、人工精霊使いを開発したって近頃話題になっています。
精霊使いの魔法と、魔法使いの魔法は、どう違うんですか?」
中央大陸で存在感を示している2つの大国がそれぞれ誇る、属性魔法と精霊魔法の違いをメリィは質問した。
「精霊魔法とは、精霊と直接コミュニケーションを取ることで、魔法を起こす精霊そのものに命令するんだ。
呪文や魔方陣などの媒体を通さなくても、精霊に命令すれば、意図する効果を簡単に起こすことが出来る。
だから、訓練無しに、始めから複雑で強力な魔法を使えるんだよ。」
「なんですかそれ! そんなの反則じゃあないですか!!
皆頑張って練習してるのに、精霊使いは何にもしなくても、強い魔法が使えるって事ですよね?!
そんなのずるい……魔法、覚えるの大変だったのに……」
何の努力もなしに大きな魔法が使えてしまうと思ったメリィは、その反則的な力に声を荒げる。
どうやら、彼女も魔法を身につけるのに相当苦労したようだ。
そんな彼女のぼやきを、笑ってリノが宥める。
「まぁまぁ。ただし、精霊使いは存在そのものが何百万人に1人と、極めて稀な存在だ。
それに、カーディレット帝国の研究だと、精霊使い皆が強力な魔法を使える訳でもないらしいよ。」
「どういう事ですか……?」
「精霊使いの魔法能力は、守護精霊の能力に大きく左右されるみたいだね。
精霊そのものの力が強ければ魔法も強いけど、弱ければ魔法も弱いってことだよ。
ちゃんと魔力経路を鍛えている訳じゃないから、はじめのうちは精霊に能力が依存してしまうってことだね。
まぁこれは訓練次第でなんとかなるかもしれないけれど。
それに、人工精霊使いは、それ以上のリスクも含んでいるみたいだよ?」
「リスク……?」
メリィの疑問に、リノは厳しい表情で答える。
「精霊魔法の力を得る為に、人に精霊を無理に従える。そうすると、抗う精霊によってその人の人格や記憶が歪められてしまうんだ。
帝国の人たちはこれを、精神侵食って言っているらしい。」
「えっ…………?! 人格や記憶が、変わっちゃうんですか?!」
「最悪、人格そのものがなくなってしまうらしい」
メリィは青ざめて息をのむ。
魔法を身につける為とは言え、自分自身の人格そのものが失われてしまうなんて、とんでもない。
「だとしたら、何の為に魔法を身につける意味があるのですか…!! そんなことまでして……!!」
「そんなことまでして、力を欲したい。あの国たちは、そういう状況にあるんだよ。」
あまりの事に憤慨して叫んだメリィの言葉を引き取り、リノは淡々と帝国と魔導王国の非道な現実を述べたのだった。
「これは、国の上層部の人からこっそり教えて貰った事なんだけどね。
同盟を結んだ相手のカーディレット帝国では、そういう実験を行ったうえで、あの人工精霊使いたちを作っているそうだよ。
僕の祖国はどうだろう。今や同じことをしようとしていないだろうか……
より強力な力を求めようとして、その材料となる竜を、罪のない生き物たちを、
そして彼らが住まう美しい国々を、争いに巻き込もうとしている。そんな事、止めなくちゃいけないんだ……」
リノは再び顔をあげ、ギヤマンの格子戸を通して見える、深い紺碧の夜空に散りばめられた星々を眺める。
「魔法は、ほんとうに奥深い。この世界の神秘だよ。
色々な国がそれぞれ独自にその技術を発展させ、生活に結び付けて生きてきた。
学べば学ぶほど、この世界の不思議を紐解いている、そんな気持ちにさせてくれるんだ……
だからこそ、争いの手段として利用されようとしているのならば、僕はそれを止めたい。
エムロードや竜たちを護りたいのも勿論だけど、魔法の美しい神秘の力を、空しい争いの道具なんかにされたくないんだ。」
そう呟くリノの両手は固く握りしめられ、瞳には静かなる焔が宿っていた。
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