エムロードに戒厳令が敷かれてから、学者たちは今まで以上に他の諸外国との接触に慎重になる。

学びの都であるエムロードには、外国と共同研究を行っている事項がいくつかあった。


例えば、魔術に関する研究の盛んなソルシエールとの複合魔法の研究や、アミュレットの開発。

コリンドーネの地質と鉱石、その活用に関する地質学調査。

テワランや、セレスティアなどに生息している、希少な竜の一族に関する研究。



しかし、カーディレット帝国・ソルシエール王国・ノアプテ王国による、諸外国への侵略行為を警戒し

それまでどの国にも学びの門戸を開放してきたエムロードは、この3ヶ国との交流を拒む方針を決定する。


近頃エムロードでは原因不明の失踪事件が相次いでおり、原因探索の最中、今回アルテルが連れられた事件を受けて

これらの事柄は3ヶ国の侵略推進国によるものだと断定した。

それをうけ、侵略推進国との学術研究を凍結する事を、エムロードの理事会で決定したのだった。






だが、その決定を憂慮している者も、少数派ながらも、学者たちの中には密かに存在していた。





「カーディレット帝国、ソルシエール王国、ノアプテ王国への渡航制限……ですか……」


絹のような純白の髪を結いあげ白衣に身を包んだ女性は、目の前の少女に包帯を巻きながら、表情を少し曇らせて呟く。

彼女の傍らには全身切り傷を負ったメリィの他、数人の学者と自警団の若者が、椅子に腰かけ足をぶらつかせていた。


「そうですよ! だって、ソルシエールからやってきた人が魔法で攻撃してきて、アルテル博士を攫って行っちゃったんです!

 フライ博士も、噂でも聞きましたか? あの3国は互いに軍事同盟を結び、各国に侵略の手を伸ばしているんです。

 エムロードでも学者たちの失踪が相次いでいるのは、あの国らによるものじゃないかって。

 今まではっきりとは分からなかったですが、今回のように明らかな証拠が出た以上、それ相応の措置をするのは当然です!

 私たちを利用しようとしている侵略推進国から、エムロードを護らなきゃいけないんですよ!」


生々しい切り傷をいくつも身体に負ったメリィは、憤慨してそう話した。


「えぇ、知っているわ…… 現にハートンも、竜狩りが過激になっている背景に、ソルシエールの関与を疑っているもの。

 噂を確かめる為に、テワランやセレスティアへの調査に出かけていったのに、すぐにアルテルが巻き込まれる形になるなんて……」


消毒を終えて包帯を巻きあげると、フライは沈痛な面持ちで視線を落とす。


「知識は力です。しかし、それを悪用される事になると、かえって侵略を進める事態になりかねない。

 エムロードや他の国々を護る為にも、この決定は致し方ないと思います……」


メリィの隣で佇むリノも、そう答える。


「このお方は?」


「ソルシエールから学術研究でやってきた、留学生のリノさんです。

 でも、悪い人じゃないです! とても優しいですし、私を助けてくれて、ソルシエールの事を教えてくれたんです。」


フライが尋ねると、少しあわあわした様子で、メリィは誤解を生まないように言葉を選びながらリノの事を紹介する。


「いいよ、メリィ。ありがとう。 僕は、ここの人たちから不審に思われても仕方がないと思うよ。

 国の方針に異を唱える僕はソルシエールにとっても裏切り者だし、祖国を裏切る者は、他の国の人からしてみれば

 ますます信用できないだろうからね」


メリィの紹介に少し苦笑いして、リノは肩をすくめる。


「国が暴走してしまうなら、今回のように対外的に対抗措置をとらなくてはいけない事になるんだよ。

 ただ、僕のように国民全部が国の指針に賛同しているとは言えないから、そういう人たちもひっくるめて

 侵略国側と捉えられてしまうのは、少し悲しいけどね。国という大きな存在の前では、仕方がないんだよ」


リノの呟きを聞くと、フライも表情を暗くしてぽつりと話す。


「確かに、この3ヶ国が他国への侵略を続けるならば、対抗措置として、学術共同研究を止めてしまうのも仕方はないかもしれません……

 研究が、望まずとも侵略の手助けになってしまう場合もありますから……

 ただ、リノさんの通り、一概に侵略国という枠組みに捉えてしまって、何もかも止めてしまうのは……私にはちょっと……」


「何か、気になる事があるんですか?」


リノが尋ねると、フライの代わりに、傍についていたクラースが答える。


「フライ先生はね、たくさんの人たちの怪我や病気を治すのが仕事なんだ。

 仕事であちこち外国に行ってたりするんだけど、その中にね、ノアプテも含まれていたんだよ」


「なるほど……ノアプテは国の気候柄、虚弱で病弱な方が多いというものね。

 急に渡航制限が設けられて、診察していた患者さんたちを手放すことになるのは、確かに辛いだろうね……」


クラースの説明に、リノは納得する。


エムロードは、ノアプテにも援助を行っていた。

それは、国に流行る流行性疾患や、虚弱体質の多い国民の医学的な調査・治療であった。


フライの仕事を手伝うクラースの手には、たくさんの辞典や資料の書かれた文献が抱えられていた。

おそらく、フライがノアプテに渡って研究している資料なのだろう。



「ノアプテ王国が、カーディレット帝国やソルシエール王国と結託して他国への侵略に加担するのであれば、

 それに手を貸すのは確かに道理に反するものでしょう。

 しかし、ノアプテ王国自体も、恵まれない気候によって人々は病み、苦しんでいるのです。

 それを放っておくのは、辛いのです……」


「確かに、元ある風土病で人々が苦しんでいるのはもとからであって、

 決して、戦いに傷ついた兵士をまた戦場へ送る為に治療するって訳じゃないですからねぇ……」


苦悩するフライの横で、話を聞いていたメリィも、難しそうに頭を抱える。



「でも、ミランダ理事をはじめ理事たちは、侵略国に協力する事をあまり好くは思わないんじゃないでしょうか」


「確かにね。そもそも、ソルシエールを警戒するように情報提供したのは僕自身だし。

 ……でもね、僕は別に杓子定規に物事を捕らえなくてもいいと思っているんだよ。

 侵略や暴力からは勿論、エムロードや他の国々を護らなくてはいけない。

 だけども、ノアプテで人々が苦しんでいるのはその国のせいじゃない。

 それを、国境を超えて何とかしたいと思っている人がいるならば、止める権利はないと思うんだ。

 だって、僕らが協力するのは、国じゃなくって、その国に住んでいる人たちなんだから。」


「難しい話ですねぇ……」





「もし本当になんとかしたいならば、フライ先生、僕のように国の肩書きを捨て、個人的にノアプテに向かわれるのをお勧めします。」


リノの言葉を聞き、フライは少し顔を上げる。


「後ろ盾となる国があるという事は、とても心強い。各国を旅していると、そう思えます。

 だけど、国や所属している団体の肩書きは、時として活動の重荷となってしまう時があるんです。

 でも、自分が心に信じる信念があれば、難しい境遇でも、なんとかなる……そう思います」


静かなその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようであった。

リノ自身も、祖国の意に反して行動を起こす事を、少しも不安に思っていないという訳ではなさそうだ。


彼の様子を見て、フライの瞳にも光が灯る。


「そうね……私は、ひとりでも多くの人を助けたい。そう信じて、医者としての人生を選んだのだったわ。

 例え国としての共同研究が中止されても、あの国に住む病に侵された人たちを、私は放っておけない。

 やれるだけ、やってみようかしら」










一方、ノアプテ王国では。


カーディレット帝国・ソルシエール王国との提携の噂が広まると、突然エムロード側より

医術共同研究の打ち切りを告げられた。

それは、度重なる流行り病や飢餓、国民の健康に関する多くの問題に困窮するノアプテ王国にとっては、

大きな痛手であった。


同時に、こんな噂も流れ始めた。


軍事提携を結んだから、他の国々が対抗してエムロードに情報を流し、我が国を陥れようと医術共同研究をやめさせたと。


それは、陽の光も十分に届かず、痩せた国土で僅かな食糧しか手に入らず、1日1日を生きるのに必死なノアプテの国民たちを

精神的に追い詰め、防衛反乱国に対しての怒りを引き出すのには十分だった。


「公平だったエムロードにある事無い事吹き込んで、このような事態を謀った……!」

「満ち足りた国土だけでは飽き足らず、我々への援助の手さえも切り捨てようとさせるとは……!」

「所詮恵まれた国には、我々のような国の辛さなど、これっぽちも分からないのだろう」

「そんな国など、潰して我らの血肉としてしまえばいい!!」



生きるのに必死なあまり、次第に急進的な考え方に傾倒していくのを、この国は止める事が出来なかったのであった。



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