アレクセイに連れられたアルテルが、移転魔方陣の先に辿り着いたのは。

白薔薇が美しいアーチを編み、蒼い屋根と白亜の城壁を彩る、荘厳な城の前だった。

空には美しい星がいくつも瞬いている。

しかしその満天の星は不穏な運命を予感させる並びで、漆黒の夜空の元、ただ静かに瞬いていた。


胸が不安にざわつくアルテルを、アレクセイは極力怯えさせないように柔和に接する。


「急な事とは言え、不躾な対応、大変失礼致しました。お詫び申し上げます、マドモアゼル。

 しかし、事は急を要するのです。 我が国の王の為、ご協力願えますね?

 尚、この城は強力な魔法結界で阻まれています。くれぐれも言っておきますが、移動魔法など使うと

 その反動が貴方に跳ね返り、深い傷を負う事でしょう。私は、貴方が傷つく姿など見たくない……

 余計な労力は考えない方が、貴方の為ですよ?」


アレクセイは丁寧でありながらも、有無を言わさない圧力を言葉の端に滲ませ、アルテルに微笑みかけた。

アルテルは抗う事を観念し、静かに頷いた。


「……分かりました。私の出来る範囲で、お手伝いさせて頂きます。」





「ところでひとつ、貴方からお預かりしたい品があるのですが。答えて頂けますか?」

「何を、でしょうか?」


アレクセイの問いに、アルテルは首を傾げる。


「失礼ながら、貴方が天文学を専攻としている事は、我々の方で調べさせて頂きました。

 我々の与る情報では、貴方が貴重な隕石をお持ちだと伺いました。

 あれを、お渡し願いたいのです」



しかし、件の隕石は、既にカロリーナの胃の中である。

貴重な鉱石竜が、更に珍しい隕石を食べてその成分を吸収したなんてアレクセイに話せば、

彼は嬉々として再びエムロードに密偵を送り込み、学者たちを脅しにかかるだろう。

メリィがあんなに酷い目にあったのに、更に彼らを傷つけられるのは、アルテルにとっては是非とも回避したかった。


何とか、ごまかさなければ。



「……隕石は、ここにはありません」

「失礼。もう一度答えて頂けますか?」

「ないのです。フィールドワークの最中に、なくしてしまったのです。」

「馬鹿な。貴方がそんな凡ミスをするだなんて、私には考えられませんね。」


少し険しい顔でアレクセイが詰め寄ると、左手をかざしてアルテルに検知魔法を使う。

確かに、星の要素は彼女の守護属性のものしか感知されず、別の何かは彼女から検出されなかった。


「確かにお持ちでないようですね……

 では、正直に答えて頂きたい。ここにはなくても、きっとエムロードにあるのですね?

 貴方の研究室に、忘れてきたのですよね?」


アルテルは首を振る。


「研究室に戻っても、無駄足です。 無いものは、無いのですから」


それは本当の事だった。

ハートンと共に見つけた星のかけらは1個だけであり、しかも偶然発見した産物。

本来ならば、発見した土地の住人にとっても星のかけらは彼らが信仰すべき貴重なものであったが、

その土地の者に許しを得て、持ち帰ってきた貴重なものだった。



アルテルの言葉ははっきりとしていた。どうやら、彼女の言う事は本当の事なのだと認識すると

アレクセイはその優雅な微笑みを曇らせ、初めて眉間に皺を寄せた。





そこに、音もなく1人の魔導士が現れる。


「アレクセイ、いつもの余裕の爽やかスマイルはどうしたの?」


穏やかだが、どことなく冷ややかさを含んだ、氷の色のような瞳。

モス・グリーンの柔らかな髪が夜風にふわりと揺れる。

その面影を、アルテルはどこか見覚えがあって思わず呟く。


「リノ君……?!」


アルテルの呟きが聞こえると、目の前の魔導士は表情を思いっきり歪め、アルテルに向かって吐き捨てるように言う。


「……あんな奴と一緒にしないでくれるかな?」


魔導士は嫌悪感をまるで隠そうともせず、アルテルを見下す。


エムロードで出会ったソルシエールの魔導士・リノと、目の前に立っている魔導士は、姿形はまるで瓜二つだが

その口調、立ち振る舞い、冷徹な氷の瞳は彼と全く異なっていた。


「そういえば、貴方はエムロードに留学していたリノとも出会っていましたね。

 今貴方の目の前にいるのは、彼の双子の弟、ニノと言う魔導士ですよ」


アレクセイの説明に、アルテルは目を見張る。


「リノ君に、双子の弟が居たの……?!」


ニノはそれに答えるのも至極面倒だとばかりに、不機嫌な声でそれに答える。


「あんな奴、兄とも思いたくないね。ボンクラで、お人好しで、甘ちゃんで。

 現実を全く見ていない。エムロードに行ったのも、ただ勉強がしたいって、興味本位だけ。

 なぁんにも考えていない、お天気頭な奴さ。ソルシエールの恥だね」


実の兄を侮蔑するニノに、アルテルは驚きとその人格の荒みっぷりに怯え、何も言えないまま固まってしまう。

そんなアルテルの様子を構うことなく、ニノはアレクセイに問いかける。


「んで、アレクセイ。件のものは手に入ったの?」

「困ったことになりました……目論見が外れました。彼女は星のかけらを持っていないようです」


アレクセイの答えを聞くと、彼女を目の前にしながら、無遠慮にニノは舌打ちをする。


「労力惜しんで攫ってきておいて、お手柄無し? はんっ、無駄骨だったね」

「それは少し言葉が過ぎますよ、ニノ」

「んじゃ、こいつが何か僕たちの役に立つとでも?」


アルテルに向かって面倒そうに言い捨てるニノに、アレクセイは少しむっとした表情で、しかし丁寧な口調を崩さずに答える。


「アルテル女史は星についての知識に長けた、天文学者です。

 ルゼル教授によると、星の守護を受けた者は、天球の星たちの動きによって、扱う魔力も日々移り変わる。

 セルジュ様のご体調の事に関しても、何か少し助けになるかもしれません。」


「そう……じゃ、まんざら無駄だった、って訳でもなさそうだね。

 スヴェトラーナ様に報告入れとくよ。

 けど、惜しかったねぇ。折角星のかけらが手に入れば、いいアミュレットが作れるかと思ったのに」


「それはまた別の楽しみにとっておきましょう。……余り、王の魔力が強まり過ぎても、我々は困りますしね」


ニノとアレクセイはそう意味深な含みを残して、互いに合意した。




「それでは、私は彼女と一緒に、明日にでもギスラン伯爵にお目通りをお願いして参りましょう。

 ニノ、貴方には、エムロードの調査をお願いしたいと思います。

 貴方にとっては不本意でしょうが、貴方の兄君と姿が瓜二つなのは我々にとっても好都合。

 アルテル女史の言う事は信じたいのですが、万一……という事がありますからね。

 星のかけらが手に入れば、お手柄ですよ。エムロードの動向も気になりますしね」


「はいはい、アレクセイ様。承知致しましたよ。雑用は僕にお任せあれ、ってね」


アレクセイがそう頼み込むと、ニノは分かったという素振りで手をひらひらさせて答え、その場から消え去った。




リノとそっくりの容姿の、ニノという魔導王国の刺客。

彼がエムロードに向かう事に、アルテルは胸がざわつき、不安がよぎる。


リノがこちら側に協力してくれているという事を悟られるかもしれない。

エムロードの仲間たちも心配であったが、彼の身に万が一の事が無いよう、アルテルはただ祈る事だけしか出来なかった。



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