エムロードは学問の都である。
都の中央に大学と併設された巨大な図書館を持ち、そこには膨大な数の著書が集められている。
学問を究めようと世界中から知識を求め、学都の門を叩く人は今日も後を絶えない。
そしてその扉は、どんな人間に対しても、常に平等に開かれていた。
そう、どんな人間にでも。
森とほぼ一体化しつつある図書館の、少し翳った所にある追いやられた研究室。
木の陰に隠れ、窓からもあまり陽は差さない場所だった。
ひんやりとした、カーテンで閉ざされた部屋からは、時々爆ぜる音が聞こえ
少しくたびれた白衣の人物が、懸命に真空フラスコの中を覗いていた。
「駄目ですねえ! この鉱石の結晶からでは、効率的に魔力を引き出すことが出来ません!」
その人物は何度かフラスコを凝視していたが、諦めて真っ黒な遮光眼鏡を外す。
少し脂っぽいこげ茶色の髪をかき上げ、血走った紅い瞳を何度か瞬かせた。
それまで実験をしていたフラスコの後ろには、今までにも何度か試したのか、くすんで縮れた鉱石のかけらが山積みになっていた。
すると、その白衣の人物に、新たな鉱石を差し出した人物がいた。
「ルゼル教授、こちらの鉱石はいかがですか? コリンドーネ産のシルバーコランダム、これならばきっとお気に召すかと」
しかし、ルゼル教授と呼ばれた人物は、差し出された鉱石に目もくれず、苛立った様子で言い放った。
「駄目駄目!! 確かにコリンドーネ産の鋼玉は奇妙な魔導回路を有していますが、所詮大地の産物。
星の魔法には、宇宙からの贈り物である星のかけらが一番ぴったりなのですよ!!
貴方たちでしょう、星の魔法に一番有効な魔導装身具を作ってくれと頼んだのは?」
そう叫ぶルゼルの視線の先に居たのは、端正な顔立ちの、プラチナブロンドの髪と美しいアクアブルーの瞳を携えた青年だった。
白いマントをなびかせ、胸元には十字勲章が光っている。マントに隠れた紺碧の制服は、言わずともその出身を示していた。
「仰る通りです、ルゼル教授。我々はより強力な魔法を練りだすよう、日々試行錯誤を重ねています。
魔法の力は知識の力とも言えるもの。その威力を発揮するには、弛まぬ勉学による知識が要るのです。
そして、貴方の知識が導き出したのは、星のかけらを手に入れれば、より強力なアミュレットが出来るという事ですね?」
「そういう事ですねえ。貴方たちは、最近竜狩りに躍起になっているみたいですが、王の魔法属性は星でしょう。
星のかけら、即ち隕石を手に入れれば、劇的に能力の飛躍が期待できますよ。
そして、星は天球を移動し続ける存在。その日の星たちの巡り方によって、魔法の強弱も、効果も、変わってくるのですよ。」
「成程……その知識は、私たちは存じ上げておりませんでしたとも。貴重な情報、感謝します。」
ルゼル教授の話を一言も漏らすまいと、青年はしきりにメモを取る。
「教授、この広大な図書館では、天文学に力を入れている研究室もあるのでしょうか?」
「ノン、ノン。それ以上の情報を欲しければ、分かっていますよね……?
ところで、無酸素で加熱・冷却・電流実験が行える機器があれば、もっと色々な元素で実験が出来るのですがねえ」
しれっとした顔で、ルゼルは青年の問い掛けに問いで返した。
「……分かりました、ご協力致しましょう」
にこりと微笑むと、青年は懐からずしりと重みのある小袋を取り出し、ルゼルの目の前に差し出す。
「話が早くて助かりますねえ。
天文学専攻の研究室は、あの展望塔の先にありますよ。責任者はアルテルという女性研究員です。
ただ、彼女は、竜の保護を掲げている頭の固いハートン博士と近しい。悟られないよう、重々注意することです」
同時刻、天文学研究室のある、展望台にて。
「あ゛ーーーーーーーーっ!!!」
素っ頓狂な声に、各々仕事をしていた研究者たちが、何事かと書籍の山から顔を覗かせる。
「どうしたんですか、アルテル博士?」
ひょこっと顔を出したのは、図書館の各セクターを警護して回る自警団の一員、メリィだった。
彼女は、天文学研究室のある展望台の一角を担当していた。
好奇心旺盛で、図書館に在籍する研究者に負けないくらいの探求心を持ち、警備の傍らも専ら本を読んでいた。
メリィがアルテルのデスクに駆けつけると、彼女は奇妙な格好をしていた。
学者コートのポケットを全部裏返しにして、足元には書類や封筒が散乱し、
何より不思議だったのは、つややかな宝石のような鱗をした小さな竜を、両手で抱えていた事だった。
「この子……食べちゃった……」
「はい?」
わなわな震えて少し涙目気味のアルテルに、困惑してメリィが問いかける。
すると、アルテルは大声で泣き出してしまった。
「大事な大事な、星のかけら!!!
うわぁぁん、貴重な資料だったのに〜……」
手元の小さな竜は、悪びれることなく、満足そうに大きなげっぷをした。
「あらら、この子、あれ食べちゃったんですか……
いつも狙っていましたものねぇ……」
あちゃ〜という表情で、満足そうなカロリーナとわんわん泣き続けるアルテルを、メリィは交互に見やる。
「失礼します、この間借りた書籍をお返しに……
って、うわ?! ドラゴン?!」
モスグリーンの髪をした1人の青年が、数冊の本を抱えて入ってきて、取り込み中の研究室の様子にひどく驚いた。
「あ! リノさん、こんにちは〜! これまた、タイミング悪い時にいらっしゃいましたね〜」
「タイミング悪いも何も、これ、一体どういう状況なの?」
来訪者にもすっかり慣れ切った様子で、メリィがいつもの調子で挨拶を返すと
リノと呼ばれた青年も、苦笑いしながら問いかける。
意気消沈し落胆するアルテルに代わって、メリィはリノに状況を説明した。
「ふぅん、その小さい竜が、博士が大事にしていた隕石のかけらを食べちゃったんだね。」
「星のかけらはとても貴重なものなのよ。
この隕石だって、ハートンと一緒にフィールドワークに行った時に、偶然見つけたものだったのに。
まだ調査中で、調べられる事はたくさんあったのよ……
それを、ハートンが留守にするからって預けたこの子が……まったくもう、しょうがないんだから!」
無邪気に見上げるカロリーナのほっぺたをみょんみょん伸ばし、恨みがましく唸った。
カロリーナは遊んで貰えていると勘違いしたのか、嬉しそうに羽根をぱたぱたはためかせて喜ぶ。
星のかけらを食してからか、その体は羽根の先や尾っぽにかけて、青碧色からつややかな漆黒の光沢を纏い始める。
「竜自体も、とても貴重な存在だけどね。
この竜は、ハートン博士が親をなくしたところを保護するため、このエムロードで育てているけど
違法に竜を乱獲しようとする人たちが、ここ最近活動を活発化しているんだよ。
多分その事は、ハートン博士も知ってはいるんだろうけどもね。
ましてや、貴重な隕石のかけらを食べた鉱石竜なんて、あの人たちに知れたら大変だ。
アルテル博士、メリィ、この子はあまり人目に触れる所に連れて行っちゃいけないよ?」
あんまり危機感を抱いていなさそうな2人に、リノは警告する。
「そうしたい所なんだけど、この子ったら好奇心旺盛で……
いつも目を離したスキに好き勝手な所に飛んで行っちゃうのよ」
「はは、いかにもハートン博士に育てられた竜らしいね。自由奔放なところは博士そっくりだ。」
頭を抱えるアルテルに、リノは苦笑する。
「でも、そんな事教えちゃっていいんですか? リノさん、ソルシエールから来ているんですよね?
ソルシエールは、合法的とはいえ、大量に竜の鱗やら爪やらアミュレットの材料として輸入しているじゃないですか。
今の話だと、国の指針に反する事になりません? 謀反罪で捕らえられてもおかしくないですよ……」
忠告をするリノに、心配そうにぼそっとメリィが声を潜めて問いかける。
その問いに、少し悲しそうな笑みを浮かべてリノは答えた。
「君たちも知っているように、僕がここにやってきているのは個人的な勉学の為と銘打ってある。
だけど、留学に来ているソルシエール出身者は、アミュレットの開発や魔力を上げる研究をする為にやってきている人が殆どだ。
このエムロードは、学びの為ならばどんな人も受け入れるからね。
ここ最近のソルシエールは、魔力を上げるためには手段を選ばなくなってきている。
侵略を繰り返す帝国と手を組むなど、ますます拍車がかかってきているみたいだ。
そのうち僕にも、本国の命令が下るかもしれない……
だから、ハートン博士は、僕の事をあんまりよく思っていないみたいだけどね。
……でも僕は、侵略の片棒を担がされるのは嫌なんだ。 学びは、侵略の為にするものじゃない。
だから、君たちにこの事を伝えたんだ。
心配してくれてありがとう、メリィ。僕はうまくやるよ」
リノはおろおろするメリィの頭をぽむぽむ撫でて、安心させようとする。
そして、アルテルに聞こえないように、メリィの耳元で小声で付け加えた。
「アルテル博士は、すごく探求心が高い……そこをつけ入れられる恐れがある。
だから、賢い君がしっかり見張っててくれると嬉しいな」
肩に手を当てて念を押すと、暖かい蒲公英色の瞳を見据えて、メリィはしっかり頷いた。
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魔導を動かすきっかけになればと思い、作った小話です!
最近悪役のバリエーションを増やしたく研究中(笑)
イケメン悪役な魔導幹部は、あえてまだキャラ付けしなかったけど、
設定作ると面白いかな?
リノはエムロードに留学に行っている設定をくっつけてみました。
もともと学者気質な子だったから、馴染むかなと思って。
魔導出身者は、はーちゃんみたいな反乱防衛派からは警戒されていそうなイメージ。
でも、実は侵略に反対していて、それを知っているのはメリィとか一部の人だけとかね。
頭の良さと、賢さは違うと思うのだ。
知識を持っても、その使い方を誤れば大変な事になる。
エムロードの学者たちは、皆そのきわどい境界にいるんじゃないかなと。