相棒の竜・ティフォンの背に乗り山を滑空して下る間、リーディエは王太子のルトガーについて

簡単な説明をハートンにしていた。


「天帝の第一王太子のルトガー様は、国に篭っている事を良しとする性分ではありません。

 もともとざっくばらんであまり王威を振りかざすのを好まないお方なのですが、あちこちに出向かれては

 その場所での実際の生活や、住民たちの声を聴く事を大切にされているのです。」


「ほぉ。それは感心な事じゃないか。王サマってのは、ただ椅子の上にふんぞり返っているだけじゃ、人はついてこない。

 己の住まう国の住民たちの事をよく知り、どんなことに困っているのかを知り、彼らに寄り添って国の在り方を日々考える。

 そうじゃなきゃ、人々からの尊敬は得られんと思うぜ。


 それは、俺たち研究者も同じだな。図鑑や本に載っている知識をいかに頭に詰めても、実際にその場所に行って

 その生き物たちがどう生活しているのか、自分の目で確かめる事が大事だ。

 生き物ってのは、図鑑だけじゃ教えられない事が山ほどある。それに、本に書いてある通りとは限らねぇ。

 自分で足を運び、同じ生活を送り、初めて分かる事が山ほどあるんだ。」


積極的に出かけて現地を見て回るルトガーの振る舞いに、フィールドワークを重んじるハートンは共感を覚え、感心した。


「だからこそ、私たちは太子様を尊敬しているのです。

 時々放蕩息子だなんて呼びますが、それはより身近に感じている、住民たちの親愛の表れ。

 隣にやってきて、親身になってくれることが、何よりも住民たちは嬉しいのですよ。

 ただ……」


「ただ、どうしたってんだ?」


表情を曇らせるリーディエに、ハートンはその先を尋ねた。


「先程、ハートンさんは仰いましたね。カーディレット帝国やソルシエール王国の軍備の強さが、かなり強大であると。

 テワランも昔から武芸に長けた国で、国土を護り続けてきましたが、それだけでは彼の国の侵攻を抑えるには難しくなってきているんです。

 ドラゴンハンターによる罠、帝国による機械による侵攻、ソルシエールによる魔法攻撃……

 いずれも、テワランの戦い方だけでは、防ぎきれないんです。

 そこで太子様は、彼らに対抗する為に、コリンドーネ共和国への視察に行くと話していました。」


「コリンドーネ共和国っていうと、カーディレットと同じく機械文明で発展してきた国だろう?

 確かにあの国は自由と博愛を重んじ、カーディレットの帝国主義に異を唱え、以前から奴らと戦い続けてきた国だな。

 同盟を組むには、理想的な相手じゃないか。」


コリンドーネの概要を知っていたハートンは、王太子が彼の国に視察に行く事に大いに賛成する。

しかし、リーディエはそれに反論した。


「ただ、それが簡単にはいかないのです。

 テワランは昔から自然や精霊を隣人とし、彼らと共に生きる事を信条としてきました。

 それが、ドラゴンハンターやカーディレット帝国による侵攻に、見た事もない機械によって、森林を切り倒され焼き払われ、

 不可解な毒で大地を汚された。機械に対して、自然を壊す恐ろしいものというイメージが、国民に定着しているのです。

 コリンドーネも同じく機械を扱うので、それに対する国民の反感と不安が、根強く残っているのです。

 もし彼らを受け入れるというのなら、国民たちの反感は必至でしょう。

 私も太子様の話を聞いた時、不安な気持ちがない訳ではありませんでした……

 彼らを受け入れていいものかどうか……」


「ふ〜〜〜む。そりゃ厄介な問題だなぁ…… 昔からある生活や伝統を、いわば覆しちまうような事だもんな……

 そりゃ、国民たちの反感を買いかねねぇ。難しいこったな……」


頭をがりがりかいて、ハートンも困った表情を浮かべる。

研究者であるが故に、古くからある伝統を大切に思う気持ちは、彼も十分理解していた。

同じ研究者の1人、民族伝承や古くからの言い伝えを専門に研究しているアートから、人々の生活や文化に対して

似たような講義を散々聞かされたことがあったからだ。


しかし、ハートンは知っていた。エムロードに時たまコリンドーネの人員がやってくることがあるが、

カーディレットとコリンドーネには、決定的に違う事があるという事を。



「だがな、リーディエ。コリンドーネの連中と接する時に、こいつは覚えておくといい。

 コリンドーネは確かに機械を扱うが、やっこさんたち、同じぐらい自然を大切にしているんだぜ。

 それは、あの国に実際に赴いてみるとよく分かる。ただやみくもに開発をして、自然を壊したりする連中じゃないって事をな。」


「そうなのですか……?」


リーディエは彼の話を訝しがるが、ハートンはそれも承知して笑う。


「ははは。まぁ、こういう事は、人から聞いただけじゃ納得しねぇっつーもんはよく分かってるさ。

 太子様が実際に足を運びコリンドーネに赴くならば、その時の話を十分に聞くといい。

 直に自分の目で見て聞いて感じたことが、何よりもの証拠になる。


 …………お、そろそろ宮殿に着くな」



彼らが話しているうちに、ティフォンは山岳を縫うように飛び、鮮やかな朱色の屋根瓦が敷き詰められた建物が立ち並ぶ宮殿に

あっという間に到着した。



「太子様に謁見出来るかどうか確認して参りますので、今しばらくここでお待ちください。」

「おう。まぁ急がんから、ゆっくりな」


そう言うとリーディエは、ビージャオと共に宮殿の奥へと進んでいった。

ハートンは来客控えの間に通され、暫く王太子が現れるのを待つ事とした。


待つ間、ハートンは天宮の庭を眺めていた。


太陽が降り注ぐ中、立派な造りの庭には色々な種類の木がバランスよく生い茂り、山水画のような風雅な美しさを醸し出していた。

心地よく流れる水の音がこんこんと響き、耳を楽しませる。そしてその庭の中を、涼やかな風が駆け抜ける。

庭の向こうにうっすら見える雄大な山々には、甲高い竜の声が響く。

その声に庭で待機していたティフォンも思わず顔を上げ、同志たちの声に耳を傾けていた。


「ふふ、ここにゃあ竜たちがまだ羽根を広げて悠々と生きることが出来る、雄大な自然が残ってるんだな」


ハートンはあちこち探索調査の為にフィールドワークに赴くが、その中でも豊かな自然と生態系が維持され、貴重な生き物たちが残っている

テワランとセレスティアは、とりわけ気に入っていた。


出された茉莉花茶をぐいっと飲みながら、自然の織り成すハーモニーを楽しんでいた。







すると。



控えの間で座っていたハートンは、朱色の柱の向こうから、誰かがこちらを見ているのに気が付いた。

しかもその人物は、全身に包帯を巻き、至る所に封印札を付けた、不可思議な恰好をしているのだ。


こちらを見ているのに気が付いたその人物は、ひらりふわりと不規則な動きをしながら、こちらに興味津々な様子で近づいてきた。


そして、封印札だらけの服でありながらも、両袖を筒のようにして合わせ、礼儀正しくテワラン式のお辞儀をしたのだ。



「風に竜の香りが漂っていてねぇ。感じ慣れない気配だったから、面白そうでやってきちゃったよぉ。」


突然の事にハートンが目を丸くしていると、封印札だらけの青年の後ろからばたばたと慌ててやってくる者がいた。


「こらシェンツー!! 来賓の方に勝手に話しかけるなって言っただろう!! 全くお前は好奇心が過ぎる……」

「あれ、竜にもお水を……って思ったら、2人とも何やってるんだい?」


ぜぇぜぇと息を切らせながらやってきたのは、屈強な体格の、黒髪を後ろでひとつに縛った青年だ。

さらにその後ろから、苔むしたような色の髪をした青年が、水盆に水を湛えてゆっくりと歩いてきた。


「何だなんだ、お前さんたち。面白そうな奴らだな?」


ハートンが興味津々で3人の様子を眺めていると、最初の札の青年がにっこり笑って自己紹介した。


「初めまして、お客さん。僕はここに仕えている武官で、シェンツーって言うんだ。テワランは初めてかい?」


「シェンツーが失礼しました。私はテワランに仕える武官、ヤーファンと申します。こちらはトンリュー。

 貴方の連れの竜をお世話させて頂きます。」


黒髪の青年がぺこりと袖を合わせてお辞儀をすると、その隣の青年も同様にお辞儀をした。


「初めまして。この子は、テワランの水は気に入ってくれるかな?」


トンリューが水盆をティフォンの前に差し出すと、その匂いを少し嗅ぎ、ゆっくりと舌をつけると

ちゃぷちゃぷと水音を立てて、ティフォンは水を飲み始めた。


3人を代わる代わる眺めて、ハートンはようやく笑いながら自己紹介をした。


「ははは。歓迎ありがとな。俺はエムロードの学者で、ハートンって言うんだ。

 何もテワランは初めてじゃねぇ。何度か竜の研究でここには足を運んでいるぜ。

 こいつも、テワランの水は気に入ってるみたいだ。山の恵みをそのまま受けた、旨い水だからな。ありがとな。」


「竜の研究! へぇぇ、お兄さんは竜の学者さんなんだねぇ。」

「あ、もしかしてビージャオちゃんがたまに言ってた、外国からくる学者さんって、あなたの事だったんですね?」


ハートンが自己紹介をすると、3人は興味津々で彼を眺めた。


「あぁ。ビージャオの嬢ちゃんには世話になってる。

 もっとも、こんな王宮なんて立派な所にゃ足を運んだ事なんて滅多になくて、もっぱらそこいらの野山を駆けまわってるがな。はは。

 おっと、研究とは言うが、竜には悪さはしねぇ。ドラゴンハンターみたいな連中とは一緒にすんなよ。

 竜がどんな生活をしているのか、どんな種類の竜が世界中分布していて、どんな生態をしているのか調べるのが俺の仕事だ。

 彼らを助けるには、まず彼らを知らにゃあならんだろう。」


ハートンは竜の研究をしていると名乗り出たが、ドラゴンハンターのような竜を軒並み捕えるような事はしない事に、3人はほっとした。


「竜は我らの隣人。彼らを護るのは、我々の務めです」

「よかった。ドラゴンハンターみたいな連中じゃなくって。最近あいつら、どうにもこうにも竜を捕まえようって躍起になっててさ。」

「と言うと、奴らはテワランでもその手をますます伸ばしてるっていう訳か?」


テワランでのドラゴンハンターの暗躍が増えてきている事を、ハートンは気にかけて3人に尋ねると、3人は首を揃えて頷いた。


「そりゃあ、酷いもんだよぉ。あいつら、所構わず罠を仕掛けたりするんだよぉ。

 テワランの村ではあちこち、その罠で怪我人が続出しているんだよぉ」

「ビージャオは、その罠によって怪我をしたんだ……可哀そうに……あんないい子が……

 まさか王宮のあるこのシャンティエンにまで仕掛けてくるようになるとは……」


シェンツーとヤーファンは声を揃えて、ドラゴンハンターの悪行の数々を挙げる。

国境近くにあるような辺境の村だけでなく、テワランの帝都にまで彼らが出没する事態を、彼らは心配する。

その中でも、声を一層落としてトンリューが呟いた。


「単純な罠だけならいいんだけどね……

 彼ら、手口を更に悪質化させていっている。竜の生息地近くにあるとある村なんか、水場に毒を盛られて、

 住民がほぼ全滅してしまったんだ……」


「なっ……何だと?! 住民の水場に、毒だって?!」


トンリューの口から出た衝撃の事実に、ハートンは驚愕する。


「そう……神経を冒す強力な毒でね。その毒で人々は呼吸すら難しくなり、苦しみながら死んでいったそうだよ……

 竜を捕まえる為なら、彼ら、手段を択ばなくなってきている……こんな事なんて、今までに無かった。こんな残酷な事……」


そう言い、視線を落とす。彼も武官の1人としてその現場に赴いた。その光景の悲惨さたるは、もはや直視できるようなものではなかった。


「野郎共……下衆な事しやがる……」


ハートンはより一層、ドラゴンハンターへの憎しみを募らせ、拳を握りしめた。


「ますます奴らを野放しになんかしちゃおけねぇな。帝都にまで手を伸ばしてるって事だ。

 このままじゃ、我が物顔でこの国を好き勝手踏みにじられちまう。いや、もうされ始めていると言っても過言じゃねぇ。

 それじゃもはや、この国は奴らの奴隷のようなもんだ。そんな事、させておけるか!!


 ……そう思ってよ。俺はこの国に視察に来て、ついでにあちこち諸外国を渡り歩いてる太子様に、

 なんとか話を出来ないかと思ってやって来たんだがよ……なかなか来ねぇなぁ……」



「太子様? 太子様ならば、さっきご自身の竜に乗り、コリンドーネへ出かけてしまいましたよ?」


「な、何だとぉぉぉぉっっッ?!」


さらりと言うトンリューに、ハートンは思わず叫んだ。



同時に、王太子を呼びに行ったリーディエが慌てて戻ってくる。


「ハートンさん、申し訳ありません……太子様は、既にコリンドーネへ視察と調停のため、出立なさってしまったようです……」


「そいつは弱ったな……一番事情を汲んでくれそうなお方が、既にもう出掛けちまったのか……

 コリンドーネって言うと、ここから大分あるな…… 戻ってくるまでにかなり時間がかかる。

 参ったなぁ……対策を練るのはなるたけ早い方がいいんだが……」


困り顔でハートンが頭を悩ませていると、そんな彼にリーディエが進言する。


「その代わり、ある方が太子の代わりに貴方の話を聴くとのことです」


「あるお方?」




そんな一行に、廊下の向こうから、ある人物が、2人の女官と幾人かの武官を連れ立ててやってきた。


目の覚めるような鮮やかな赤い上衣に、金縁と花飾りの施された豪奢な長いスカート。

高く結わえた橙色の豊かな髪とペリドットの眩い瞳は、兄である王太子と同じ色だ。

その手には、華奢でありながらも透明で美しい光を反射する、テワランの至宝・竜鱗扇が翻る。



美しいいで立ちながらも、鋭い光を瞳に宿し、威厳を纏わせてハートンらの前に現れたのは、

テワラン天帝国・天帝ラーマの娘、ルピンデル・シャーンナ・リュー・テワラン公主だった。




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