「公主!!」


ルピンデルの突然の登場に、ハートンと話していた3人の武官たちは一斉に頭を下げ、敬礼の姿勢をとる。


「んもぅ、シェンシェンったら。好奇心があるのはいい事だけど、公主様より先にお客様に勝手に会っちゃうのはダメよぉ〜〜ん」

彼女と一緒にやって来た武官の1人、ジュエンだ。

「好奇心に罪があるとは言わん。それは若さ故だ。だが、時と場合に応じて使うのが宜しかろう。

 さてさて、どんな話をしたのかはさておき、その話の続きは我らの公主に引き渡そうぞ」

そう話すのは、武官を率いる部隊長のタンだ。


「姉さん、ごめんよぅ〜」

「老師……申し訳ありません」

シェンツーとヤーファン、トンリューは直属の上司である彼らに懺悔し、公主たちの後ろに引き下がる。



その3人の様子を見て、ハートンは思わず面食らう。


「なんだなんだ……こちらのお偉いさんのお嬢さんは……」


そんな面食らったハートンに、リーディエがルピンデルの事を紹介する。


「ハートンさん。王太子は今テワランの外へ外遊中ですが、代わりに太子の妹君でテワランの公主で在らせられる、

 ルピンデル様が話を聴かれるとの事です。」



すると、竜鱗扇をゆったりと翻し、スカートをつまみお辞儀をして、ルピンデルは自ら名乗り出た。


「お初にお目にかかります。

 わたくしはテワラン天帝国・天帝ラーマが第2子、ルピンデル・シャーンナ・リュー・テワランと申します。

 急ぎ兄上との謁見をお求めとの事でしたが、残念ながら、兄上はコリンドーネとの調停の為に、今ここを留守にしております……

 代わりに、わたくしが公主として、貴方のお話を聴かせて頂きますわ。」


世界各国を歩いているとはいえ、高貴ないで立ちの人物に謁見する機会には殆ど無かったハートンにとって

一国の公主として丁寧な物腰で応対するルピンデルに、ハートンはすっかり気後れしてしまう。


「参ったな……驚いたぜ。本来ならば一介の学者である俺の方がそちらに謁見をお許し頂く立場なんだが、

 公主様直々わざわざここまで来て頂いちまうのは、気が引けちまうな……」


「構いませんわ。寧ろ、諸外国から侵攻の危機すら感じるこのテワランに、貴重な情報をお持ち頂けたのですから。

 こちらから伺い、お話を聴くのが筋というものですわ」


気後れするハートンに、にっこり笑うルピンデル。



ハートンはくたくたの学者ローブの襟元を少し直し、口調を改め、公主の前に跪き、改めて自己紹介する。



「自己紹介が遅れました。俺はエムロードの学者で、ハートンと申します。

 しがない学者の1人ですが、俺は世界各地の竜の研究をして飛び回っています。

 このテワラン天帝国にも、研究で何度か足を運んでいます。その際には、武官の方々にお世話になった事もあり、

 彼らの協力に改めて感謝申し上げます。」


彼がぺこりとお辞儀をすると、ルピンデルやリーディエの後ろで、ビージャオが小さく笑顔で手を振った。

そんな彼女に、ハートンは笑ってウインクを小さく返した。


「武官たちがドラゴンハンターと称する者たちと戦う際にも、貴方の協力を頂いた事もあったと伺っておりますわ。

 こちらこそ、感謝申し上げます。

 して、この度はるばるエムロードからこのテワランにお越し頂き、伝えたい火急の用事とは、一体どのような事でしょう?」


ルピンデルが問いかけると、ハートンは現在の世界情勢を織り込みながら、彼らに今のテワランを始めとした

世界各地に住まう竜たちを取り巻く問題を伝えていく。



「俺は、世界各国を調査の為に訪れています。テワラン、セレスティア、その他竜の住まう場所。

 そんな中、ここ最近、竜を密猟する者たちの暗躍が増えているのを感じています。

 竜は、その希少さから、国際条約をもって、乱獲を厳しく取り締まられています。

 しかし、その国際条約をも足蹴にし、私欲のあまり竜を乱獲する動きが、増えてきていると。

 その国々の事を、貴方たちはもうよくお分かりかと」


「兄上が申しておりました。我が国に竜を密猟にやってくるドラゴンハンターや、仇敵のソルシエール王国だけでなく、

 最近はカーディレット帝国まで、我が国の竜や領土を狙っているとも。実際、国境侵攻と思われる動きが、見られ始めているのです。」


表情を暗くして、ルピンデルが呟いた。



「エムロードは中立を謳っていますが、そんな我が都市でも、近頃不穏な噂を耳にします。

 あちこち軍隊を派遣して、各地を制圧して領土を広げているカーディレット帝国と、ソルシエール王国、

 そしてノアプテ王国が、軍事同盟を結成した……と。」


「えぇ。それもつい最近、兄上がリトスに派遣している密偵の報告から受け取ったそうですわ。」


ルピンデルの後ろに控えている武官たちも、表情を険しくする。

国境侵攻を一番身近に感じているのは、国を防衛する彼らだ。



「凶悪な大国が手を組んで、国際条約を破り、戦争を仕掛けてくることは、もはや避けられない現実。

 こうしている間にも、国の領土が彼らに侵されるかも知れない……

 奴らに対抗する為に、竜を護る国々を渡り歩き、結集を呼びかけようと思い、ここに参上しました。」


そこで、ハートンは、己のボロボロの学者服を改めて見て、声を落とす。


「俺はしがない一介の学者だ…… 俺自身が所属するエムロードも中立を謳っていて、どこかの勢力に特別に肩入れする事も実際難しい。

 しかし、罪のない生き物を、人々を、蹂躙する奴らのやり方には、なんとしても異を唱えたい。

 国として参戦は出来なくとも、協力する事は出来る。竜を愛し、自然を敬愛するテワラン天帝国に、俺は助力を申し出たいと思ってます」


ハートンはそう言い、頭を下げた。



そこまで話したハートンを目の前に、ルピンデルはゆっくり頷いた。



「このテワランにご協力のお申し出、大変に有難く思いますわ……貴方の思い、確かに受け取りました。


 仰る通り、今の世は、不穏な動きに包まれつつありますわ……

 大国同士が手を組み、各地を飲み込んでいこうとする動きも、皆感じています。

 暴力で支配するような世の中になってしまおうとしている……

 しかし、兄はそんな動きに異を唱える為に、志を同じくする仲間を求めて、コリンドーネに出向いたのですわ。


 でもはじめ、わたくしは素直に賛成出来なかったのです……

 コリンドーネは機械の国。自然と共に生きるテワランの民たちが、機械によって傷つけられた民たちが、

 同じく機械を扱う国の者たちと手を結ぶことが出来るのかと。

 それを決断した兄が、国民から激しく糾弾されるのではないかと……」



リーディエが話した事と同じことを、ルピンデルも思っていた。

機械に蹂躙されたテワランの国の民たちは、同じく機械を扱うコリンドーネを果たして仲間として受け入れるのか。



暫く黙した後、ルピンデルはその鮮やかなペリドットの瞳を大きく見開き、竜鱗扇をばっと広げ、目の前に指し示した。



「……ですが、それ以上に、わたくしたちは、結集せねばなりません。互いの相違を超えて、大事なものを護る為、戦う為に結集せねばなりません。

 兄上がコリンドーネを目指したのも、そういう理由だったのだと思うのですわ。祖国を護る為に、国の垣根を超えて、互いに協力しなくては!」



「よくぞ仰られた! それでこそ、太子様の妹君。ラーマ天帝様の御子息!」


老師タンが声をあげた。


ルピンデルが驚いて後ろを振り返ると、武官たちは揃って頼もしげに彼女を見上げていた。


「ルピンデル様はまだお若く、太子様は貴方に負担を掛けさせたくないが故に、黙っている事も多かったでしょう。

 故に、やきもきする事もあったかと……

 ですが、立派に兄君の御意向を理解しなされている。これからの国の行く末をしっかり考えておいでである事が、我々は嬉しいのですよ。」


武官の中から、リーディエは笑ってそう答えた。


「本当は、兄上が話を聞いた方が良かったのではないかと思うのですが……」


やや気後れしながらそういうルピンデルに、首を横に振ってリーディエは答える。


「確かにそうかもしれません。ですが、留守のテワランを兄君が預けたのは他でもない、妹の貴方様なのです。

 ルピンデル様の賢さを太子様はよく心得ています。その上で、公主として、この話をよくお聞き頂ければと」


「分かりましたわ……」


力強く頷き、ルピンデルは話の続きに臨む。




「それで、侵略を目論む国々に対抗する国々で一致団結を図らなければならない訳ですが、

 同じく帝国やソルシエールらの竜狩りに異を唱える国で、どこか協力を得られそうな国があれば、有り難いのですが」


そう話すハートンに、ルピンデルはある事を思い出した。


コリンドーネに赴く前に兄が出向いていたのは、セレスティア公国。

テワランと同じく、竜を隣人として大切に扱う、南方の小さな島国で、

美しい海と自然に囲まれ、独自の生態系が息づき、竜が安心して過ごすことの出来る数少ない場所のひとつだ。


しかしその小さな国土とは裏腹に、彼らセレスティアが有するのは、勇猛果敢な竜騎士たちだ。


険しい断崖絶壁の多い島が連なるセレスティアでは、竜に乗って戦うスタンスがとられている。

竜との信頼関係を結び、彼らの背に乗り勇ましく闘うセレスティアの竜騎士は、その勇猛さで世界中に名を馳せていた。


彼らの協力が得られれば、これほどに心強い国はないだろう。



「……兄はよく、南方のセレスティア公国に赴いていましたわ。

 竜を敬愛する国同士、我がテワランとも古くから親交があります。

 彼らに協力を仰ぐことが出来れば、とても心強いと思いますわ。」



「セレスティア公国か……なるほど。

 テワランも、セレスティアとは古くから交流があったのですね。

 俺も、研究上セレスティアにはよく赴きます。彼らの勇猛果敢さもよく存じておりますとも。

 最近はドラゴンハンターの襲撃に苦しんでいる話もよく聞きます。きっと我々に共感してくれると思います」


ハートンは強く頷いた。



「流石に、天帝の子息2人とも同時に国を離れる訳には参りません。

 兄上の帰りを待ち、この件を相談致しましょう。

 それまではどうぞ、客人としてこのテワランの地で、ごゆるりと過ごしてくださいませ。」


ゆったりと微笑み、ルピンデルはエムロードからの使者、ハートンに、テワランでの滞在を促したのだった。