暮れかけた空の下、銀色の塔が聳えるコリンドーネの城から、職人通りの石畳の上を自宅に向かって

リックスはとぼとぼと歩みを進めていた。

軍に務める者は、普段は城にある寮に住んでいるが、機械技師でもあるリックスは

機械のメンテナンスなど、作業に必要な道具を取りに行く為に、自宅に頻繁に帰る事を許されていた。


夕暮れ時なのか、通り沿いにある家からは暖かな光と、夕餉をこしらえる料理の香りが風に乗ってくる。

その光と香りに誘われるように、子供たちが楽しげな声を弾ませて家路に着いていった。


自宅の工房に辿り着くと、明るく賑やかな職人町とは対照的に、部屋の中は暗く翳り、しんと静まりかえっていた。

照明をつけず、テーブルの傍にある椅子に、静かに腰かける。

窓から見える夕暮れ空の、薄いピンク色をした陽の光の名残をぼんやりと眺めていた。



暫らくの間、物思いに耽っていると、賑やかな声が聞こえてくる。

そして部屋の明かりが突然ぱっと点いた。



「ただいまー! ……って、あれ、リックス居るじゃんか!

 暗くなったら明かりぐらい点けてよねー!」


土埃を払いながら入ってきたのは、水色のおさげを垂らした人物だった。

背にはつるはしを掛け、手にした麻袋には様々な鉱石が入っていた。

部屋の暗さに驚いて、菜種油が入ったランタンに種火を灯す。すると、ぱぁっと暖かな光が部屋を照らした。


「あー… おかえり、ジュンコ」


光に照らされて、ようやくのっそりとリックスは顔を上げる。いきなり明るくなった事に順応しきれず、目がしぱぱと瞬いた。


「何よー、辛気臭くしちゃって。あ! さては試験飛行で何かあったの?

 でもアンタが作った飛行機械、良い出来だって言ってたじゃん。

 失敗するようには見えなかったけどなあ。」


麻袋をテーブルの隅に置き、その中から煌めく石たちを選り分けながら、ジュンコは首を傾げた。




するとその後ろから、もう1人やってくる声がした。


「いやージュンコ、鉱石掘り過ぎだぞ。 折角いい石見つけたってのに、袋が足りねぇじゃねーか」


泥だらけのつなぎを着た壮年の男が、ドアを開けて入ってきた。


「悪いね、オーウェンのおやっさん。 アタシも思ってた以上にいい鉱脈に当たってねぇ。

 まさかこんなに大量になるなんて思わなかったよ。

 だけど、全部は取り切っちゃいけない、そうでしょ?」


オーウェンと呼んだ人物にジュンコは指摘する。


「コリンドーネに住む者ならば、大地に感謝を持って、全部は頂戴しない。

 アタシがここに来て知った習わしで、結構好きな言葉なんだよ。」


「ほう。お前さんも随分コリンドーネ人らしくなったじゃねぇか。ははは」


オーウェンはそう言い、陽気に笑った。


そう、ジュンコはコリンドーネで生まれた訳ではなく、エムロードから地質学の調査と採掘の為にやってきた学者だった。

オーウェンが営む工房に、調査で採掘した鉱石を提供している。そのついでに、ちょこちょこと工房に顔を出していたのだ。

この日も、山岳地帯に新しい鉱脈を探しに、オーウェンを引き連れ調査に出かけていたところだった。




「んで。こいつは何でこんな腐ってるんだ?」

「わかんない。丁度アタシも聞いていたところだったのよ」


テーブルにちんまり蹲っているリックスを見て、オーウェンはジュンコに尋ねると、彼女も首を傾げた。


すると、リックスがようやく言葉をもそもそと紡ぎだす。


「……飛行試験は失敗しないわよ。蒸気機関を使った、自慢の新しいエンジンだもの。

 ボイラー、タービンや復水器の調子も良くって、長時間の飛行への耐久性もバッチリだった。

 機体自体は問題ないのよ。ただね……」


「ただ?」


「ちょっとテワランの方まで足を延ばしたのよ」


「ちょ……?! それって予定以上の飛行をしたってこと?! アンタ大丈夫だったの?!

 燃料は国境を超える分まででしょ?! 足りなかったらどうするつもりだったのよ!!」


「菜種油の燃料は不純物が多い分、熱量が化石燃料より低いけど、往復分は一応搭載出来たわ。

 足りない分は……想像の通りよ」


リックスは生まれた時から火の力を授かっている。

飛行に使う燃料が足りなくなった時、自らの魔力を使い火を起こし、ボイラーを熱したのだった。

それは、火の加護を受けた者だからこそ出来た、緊急手段だ。


「だからアンタ、消耗しきってるのね……はぁ、全く無茶するんだから。

 まぁ、無事で良かったよ。 ほら、これ好物でしょ。食べなさい」


溜息をつきつつもどこかホッとするジュンコは、帰り道に出店で買ってきた大判焼きを差し出す。

ワダツミから仕入れた小豆を使って作るこの菓子は、素朴な味が優しい、彼女の大好物だ。

いつもなら喜んで飛びつくリックスだが、この日はじっと大判焼きを見つめるが、まだ手を出そうとしなかった。


「何か食べないと、気力も湧かないでしょ?


 ……それとも、まだ何か引っかかる事でもあるのかい?

 大体、何でテワランまで足を延ばしたのさ? ちょっと偵察してくるだけだったんでしょ?」


「……帝国軍に攻撃されたばかりで、住民が残ってたのよ。そのままにしておけなかったの……」


ジュンコの問いに、リックスは視線を合わせずにぽつりと言う。


「住民は皆ボロボロで、助けたかった。だけど、拒否されたわ。

 得体のしれない機械を扱うワタシたちは敵だ、って。 自然を壊す機械は悪だ、って。」



すると俯いていた上半身を上げ、リックスは真摯な眼差しで2人に問いかける。



「ねぇ、機械は悪いものなの? 人々を苦しめるものなの?

 ワタシたちは、もっと皆の暮らしが楽になるように、便利なものを作っていくけれど……

 機械文明とは、自然には相反するものなのかしら……?」





疑問をぶつけてくる真剣な眼差しを受けて、ジュンコとオーウェンは言葉もなく互いに顔を見合わせる。



「お前はどう思っているんだ?」



「……え?」


不意に、オーウェンが問いかける。


「お前自身はどう思っているんだと聞いている。」


いつものお気楽な調子ではなく、真面目な父親の顔つきで、オーウェンは娘に真っ直ぐ問い質した。

すると、少し思い悩んでから、リックスは背筋を伸ばして、毅然としてこう答える。



「勿論、機械は破壊していくだけのものじゃないわ。

 ワタシたちは、ものを作り出していくけれど、それは人の為になって欲しいと常に願っている。

 そして、自然も壊さないように努力はしているわ。

 大地を大切にしなければ、その報いは私たちに現れるって、知っているもの」



すると、オーウェンはにかっと明るく笑う。


「何だ、ちゃんと自分で分かってんじゃないか。

 信念ってのはな、人から教えて貰うもんじゃねぇ。 自分で自分を信じてあげられなくてどうするんだよ?

 お前の中に、自分を信じる心があれば大丈夫さ。

 ウジウジしてるだなんて、お前らしくないぞ。 いつものように、自分を信じる心で突き進め。俺のようにな」


「あのねぇ……おやっさんは突き進みすぎだよ」


「はは、違いねぇな」


最後の言葉に突っ込みを入れるジュンコに、オーウェンはからからと豪快に笑った。







「それにしても……カーディレット帝国の侵攻がここ最近激しさを増しているねえ。

 テワランにも手を伸ばしたとは風の噂に聞いていたけれど、あの国は険しい山々が自然の城壁となって

 侵攻が難しいと聞いているけれど?」


「テワランは、山岳地帯はなかなか難しいけれど、森林が広がる所は平地も多いからね。

 木を切ったり焼き払ったりするのに、大型のカッターや、火炎放射器を備えた機械を多く使っているみたいよ?

 最初は、農耕地を作る為の開拓道具だったんだけれど、使い方を誤ると凶器になってしまうのね」


ようやく元気を取り戻し、大判焼きをもしゃもしゃ頬張りながらリックスが帝国の侵攻状況について説明する。


「おまけに機械の動力は確か化石燃料って言ってたね……

 カーディレット帝国は鉄の国と揶揄されるぐらい、鉄の鉱脈が多いんだよ。確か石油の埋蔵量も多いはずさ」


ジュンコも2つ3つ、大判焼きを頬張って、帝国についての知識を伝える。


「石油か……俺たちも昔、石油は使っていたな。

 確かに、植物油だと酸化しやすいし、スラッジのような固まりが出来てすぐに機械が故障するから

 より不純物が少ない鉱石燃料のが使いやすくはあるんだよ。

 だがな、鉱石燃料はそれだけ有毒な成分を含んでいるんだ。埋蔵量にも限りがあるしな。

 だから、今はメンテナンスに手間がかかるが、植物油の方を使っている。


 ……しかしいくら植物の方が環境に優しいとはいえ、ものを燃やした時に出来る煙は体に毒だ。

 排気ガスで肺気腫やCOPDを起こして、辛い思いをしちまった仲間も多くいたよ。

 機械を動かした時に出る排気ガスの処理の問題が、今後の課題だな」


オーウェンはかつてのコリンドーネの様子を思い返し、そう言った。



「しっかしカーディレットの連中は、そんな無茶な開発が、結局は自分たちの首を絞めてるって知っているのかねえ?」


「それよりも目先の利益の事しか考えないんでしょう?

 割と建国も最近だし、大きくなったのは軍隊の力が強いからよ。

 そういう労働者の歴史を無視すると、大変な事になるんだから!」


カーディレット帝国の開発の仕方に憤慨するリックスに、オーウェンはため息をつく。


「技術自体は高度な筈なんだが、もうちっと環境に配慮出来ないもんかね」


「そもそも、機械を作る目的が、他国を支配する……人を殺める事なんだもの。

 自然を考える事自体、きっと念頭にないわよ」


半ば諦めたようにジュンコもそう言った。


「うーん。開発者が何を考えているのか、話をしてみたいもんだなぁ……」



オーウェンは、青く澄み渡った空の向こうに続いている、鉄の国の技術者に思いを馳せて、そう呟いたのだった。



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筆がのったので、コリンドーネのお話の続きを書きました!

ジュンコちゃんお借りしましたが、話し方がこんな感じだったか覚えておらず…(倒)
過去のログを遡ろうとしたら、見つかりませんでした。
んでも、おやっさんやリックスとは仲良くしてくれてるかなぁと期待しておりまする!

技術者たちは、どういった事を考えているのか。
そもそも、機械や技術に罪はなくて、作る側、使う側の問題なんだと思うんだよね。
これは機械だけじゃなく、全ての事に通じると思うんだ。