明るい太陽の光が、大地の隅々まで降り注ぐ国、コリンドーネ共和国。
風に揺れる広大なひまわり畑は、その大きな頭を太陽に向けて日差しを一身に浴びていた。
ぎっしりと詰まったその花からは、やがてたくさんの種がとれるだろう。
「おーい! こっちの畑はそろそろ仕舞いだから、種を刈り始めるぞ!」
「あいよー! 今年も見事にいっぱい咲いたねぇ」
「毎年、咲く面積が増えているじゃないか。こりゃー回収するのは一苦労しそうだな…」
「さ、皆頑張って収穫、収穫!」
作業に追われた農夫たちの声には、疲れこそ混じっていたが、皆どことなく嬉しそうだった。
背の丈をゆうに超えたひまわりの花々に囲まれて、農夫たちは眩しそうに役目を終えた大輪の花を見上げていた。
精いっぱい咲き切った花たちは次の世代の為に、その夏貯めた栄養を種に凝縮させ、重い頭を垂れていた。
満開の花のような見栄えはなく、枯れかけたその光景は決して絵になるものではないが
コリンドーネの農夫たちは、そんなひまわりの花々を誇らしげに眺めていた。
その隣の畑では、春には菜の花畑が一面の黄色い絨毯を作り
ひまわりと同じように、花の見頃が終わるとたくさんの菜種を収穫されていた。
太陽の色を大地に広げ、精いっぱい咲き誇る花たち。
その種を絞れば、たくさんの植物油が採れる。
ひまわりと菜種の油は、機械工業の発達したコリンドーネを動かす、文字通りの動力源となる。
太陽の光と大地の豊穣は、コリンドーネ共和国に繁栄をもたらしていた。
機械を動かす燃料は、以前は石炭や石油を使っていた。
広大な国土を持つコリンドーネの鉱脈の一部から、石炭や石油などの豊富な化石燃料がある事が発見されると
それらは機械を動かす燃料として、国内で手っ取り早く使用され始めた。
しかしそれらの化石燃料は、人体や植物にとって有害な重金属類も含んでいた。
燃焼させれば有毒ガスを発生させ、土や川に流れて混じると土壌や水質を汚染して
その土地や水は、生き物が住まうには適さない土地となってしまう事を、コリンドーネは過去に経験していた。
また、化石燃料は埋蔵されている量に限りがあり、採掘権利をめぐって過去にいくつもの利権争いが勃発してきていた。
数に限りがある化石燃料を使うより、多少生産性が落ちてしまいメンテナンスに手間がかかるが、
自分たちの手で緑を育てて、燃料を恒久的に作り出す道を、コリンドーネの国民は選んだのだ。
資源も、やみくもに枯渇するまで採掘する事は避け、必ず上限を設けている。
古くなった部品、廃材は再利用し、極力無駄を避けている。
全ては、自然と共に在り続ける為だ。
これらは過去にあった、コリンドーネの労働者たちによる革命の、血と汗と涙の歴史そのものでもあった。
しかしその努力を今、嘲笑うかのように壊し続ける存在があった。
カーディレット帝国は、コリンドーネ共和国と並ぶ工業大国になりつつある。
広大な自国の領土でとれる豊富な鉄資源と、精霊魔法の力を使った技術で
大掛かりな機械技術が、急速に発展してきていた。
しかし、他国を食い潰すように侵略を重ねる帝国の方針と同じく、機械技術も自然を考慮されたものではなかった。
帝国が侵略戦争に使う機械や兵器は、破壊力だけを重要視し、なおかつ化石燃料や有毒な薬品類を多く使用されていた。
それは、深刻な環境汚染、生態系の破壊、現地の住民への被害につながっていた。
その為、機械に対する根強い拒否感を持つ国も、少なくなかったのである。
コリンドーネ共和国の澄んだ青空を越え、カーディレット帝国との国境付近に近づくにつれて
次第に空は澱み、黒くくすんだ重たい雲がいくつも横を流れていく。
雲が流れる空を走っているのは、鳥や竜でなく、奇妙な大きな翼を持った、鋼で出来た金属の機械。
流線形のそのシルエットは、太陽の光を受けてキラリと銀色に煌めいた。
その機体に1人、ゴーグルを身に着けた人物が乗っていた。
その人物は、国境付近を偵察に来ていたのだった。
「ひどいものね……」
乗り手の人物がゴーグルを通して眺めた、国境の向こう側にうっすら見えるカーディレット帝国は
コリンドーネと対照的なほどに、その大地から緑の色を失って赤茶けていた。
侵攻が真新しいのだろう。国境付近のあちこちから、煙がくすぶっている。
草原や森を焼き払い、場合によっては人体どころか、そこに住む生物にとっても有害な薬品類を
カーディレット帝国の軍隊はためらいもなく使っている。
侵略を受けた大地からは、生き物や草木の影が消えてしまっていた。
また、侵略に使って壊れた機械がいくつも放棄され、場合によっては仕掛けられた機雷、トラップが多くの命を奪っていた。
カーディレット帝国が侵攻して手に入れた地は、もとの豊かさを失い
例え大規模な戦闘の末に手に入れたとしても、人が住まうには程遠い環境に変えられてしまう。
領土を奪われる事もそうだが、大地そのものを汚される事にも、侵略を受ける国々は頭を悩ませていた。
次第に景色には、平地から山が増えてくる。
空を駆ける機械の翼は、その視界に気になるものを見つけ、少し方向転換をする。
目指したのは、カーディレット帝国と国境を接する国のひとつ、テワラン天帝国の方角だ。
テワラン天帝国は広大に聳える山々を国土とした国。簡単に侵攻はされないと有名であったが
近年のカーディレット帝国は、最新の機械技術と、新しい技術、人工精霊使いを用いて侵攻の勢いを増していた。
険しい山々の上にある集落は侵略をまだ免れていたが、標高の低い地域は森を焼かれ、激しい攻撃を受けていた。
コリンドーネ共和国はカーディレット帝国の侵略行為に以前から対立する姿勢をとり続けていた。
国交が確立されていないとはいえ、近国のテワラン天帝国の危機を黙って見ているのは、兵士たちには辛かった。
テワラン天帝国の領地の中の、国境に近い小さな集落から、煙がくすぶって出来たと思われるいくつもの筋がたなびいていた。
その煙は、まだ新しいものらしい。木材が燃えたような、黒くくすんで濁った色をしていた。
空からよく目を凝らして様子を伺う。どうやら、侵略されたばかりのようだ。
もしまだ住人がいるのならば、帝国軍から保護しなければ。
偵察という命令の範疇を超えてしまうが、操縦士は集落に降りるという判断を咄嗟に下した。
空飛ぶ機械は高度を下げ、警戒しながらゆっくりと、森の中ぽっかり空いた地面に着地する。
今のところ、帝国兵の気配は感じられない。
エンジンを切り、くるくると回っていたプロペラがその動きを止めると
水色の制服を着た操縦者は懐に銃を忍ばせ、慎重に機体から降り、煙がくすぶる集落へ密やかに足を運ぶ。
物音はしなかったが、焦げ付いた木造りの家に近づくと、人の気配がした。
まだ、誰かいるのだろうか。だとしたら、帝国軍が戻ってくる前に保護しなければ。
少し声を張り、空飛ぶ機械から降りた人物は、少し緊張した面持ちで住人へ呼び掛けた。
「ワタシは、コリンドーネ共和国の者です! 急に訪れ、驚かせてしまい、申し訳ありません……
ワタシは貴方たちに危害を加えに来たわけではありません!
ここはカーディレット帝国との国境付近に近く、帝国兵に侵略される恐れがあります!
どうか、出て来て頂けませんか?! 安全な所に誘導致します!」
その人物が呼びかけると、静まり返った集落から住人が何人か顔を覗かせる。
しかしその表情は怯えて、来訪者を警戒していた。
「なんだ、あの金属で出来た変な機械は……?」
「新しい帝国の兵器じゃないか?」
「色は違うが、あの服、軍人の服だ……きっと仲間に違いないぞ、騙されるな……」
疑心暗鬼の声が、ざわざわと不穏なさざ波のように人々の間に広がる。
その中のひとりが、引きつった声を上げて叫んだ。
兵士と機械を見つめるその両の瞳は、恐怖の色に染まりきっていた。
「あんたも私たちをひどい目に合わせにきたのかい?! そんな不気味な機械で!!
コリンドーネ共和国と言えば、恐ろしい機械を生み出す国だと聞いている!
カーディレット帝国だろうが、コリンドーネ共和国だろうが、私達にとってどちらも
森や山や生き物を殺す機械を作り出す、おぞましい国さ!! さっさと帰っておくれ!!」
住人は、皆一様に口を揃えて、機械に対する憎しみを並べ立てる。
「この前も、山を歩いていたら、帝国兵が残していった兵器が爆発して、息子は片足を失ったんだ!!」
「テワランの河は美しい清流だったのに、捨てられた機械から油がしみだして、河を汚している!!」
「お前たちが作り出すものは、自然にとって悪だ!!」
自然を壊し人々を傷つける機械と帝国への怒りは、水色の制服の兵士にも同じように向けられた。
「それは違います! 機械が全て悪いんじゃないんです!! ワタシたちは……!!」
悲しそうに水色の制服の兵士がそう言いかけた時、焦げた森に残っていた鳥たちが一斉にざわめき、飛び立った。
不穏な空気が周囲一帯に流れる。
警戒する間もなく、空から、甲高い切り裂くような鳴き声が響き渡る。
「帝国兵のワイバーンだ!!」
「奴ら、戻ってきやがった!」
村の人々が次々に悲鳴を上げて、逃げ惑う。
「くそ……やっぱり、帝国と内通してたのか!!」
「放っておけ! それよりまず、ここから一刻も早く逃げるんだ!!」
蜘蛛の子を散らすように、村の人々は散り散りに森の奥へ逃げていった。
「待ってください……! どうか話を……!!」
しかし、それ以上呼び掛けている余裕はなかった。
帝国の対空部隊・ワイバーンの騎竜部隊が、刻一刻と近づいているのが分かる。
獰猛で荒々しい鳴き声が次第に大きくなっていたからだ。
彼ら帝国兵と鉢合わせると、面倒な事になるのは重々分かっていた。
仕方なく銀色の機体に飛び乗り、急いでエンジンをかけてスクランブルした。
大きな風を巻き起こし、集落を飛び立つ。
操縦士が後ろを見ると、煙を上げている集落の向こうから黒い翼のワイバーンが2、3匹近づいていた。
ワイバーンを操る兵士たちが鋭い眼差しで、機械の翼を持った奇妙な機体を指さしているのが分かる。
帝国兵に見つかる可能性を残して、集落に安易に近づいたのは、迂闊だった ―――
そう操縦士が後悔すると共に、気持ちはすぐに次の行動に切り替わる。
「見てなさい、このブースターの威力……アナタたちには簡単に、追いつけさせやしないんだから!」
ブースタースイッチを入れ、ハンドルをぐっと引くと、燃料が追加され、火力を上げたエンジンが高速回転をする。
すると、プロペラの回転数が爆発的に上がり、銀色の機体は推進力を得て、鳥よりも早いスピードを出す。
加速された機体には、飛行速度に定評のある帝国のワイバーンも、流石に追いつけはしなかった。
ハンドルを握りしめ、水色の制服の兵士は後ろ髪を引かれる思いで、煙を上げて多くの住人を残す集落を後にした。
澄んだ青空の元、再び銀色の機体はコリンドーネ共和国に戻ってくる。
鋼の塔が聳える大きな城が見えてくると、ゆっくりと高度を下げ、城の領地内にある広場に着地した。
兵士が地面に降り立ち、ゴーグルと頭に被っていたキャップを外すと、イエローオークルの髪がふわっと広がる。
すると、城の方角から兵士が何人か、操縦士の方へ走って近づいてきた。
「おかえりー! リックス、大丈夫だった?」
「今回の試験飛行はどこまで行ってきたんだい? 随分予定より遅かったね?」
まん丸で無邪気な明るい緑色の瞳を持つ人懐っこい少女と、やや細身の人の良さそうな青年が話しかける。
「ええ、ちょっと色々とあってね……」
懐から取り出した眼鏡をかけなおし、少し疲れ切った表情で、リックスと呼ばれた人物は言葉を濁す。
そんな会話をしていると、3人の後ろから厳格な声が聞こえてくる。
「続きは私が聞こう。 疲れている所悪いが、早速偵察の報告をして貰おうか」
オレンジ色の髪をすっきりとまとめた、厳格そうな女性兵士が、白いブーツの音を響かせて近づいてきた。
そして、鋭い眼差しをまっすぐにリックスに向ける。
「どんな事が起こったか、逐一正確にな。包み隠さず話すのだぞ」
「は、ハイ……」
その女性兵士の射抜くような目の鋭さと、有無を言わさない威圧感に思わずリックスが尻込みしていると
一緒に居た青年が気を利かせて声をかける。
「メルク、少し休ませたらどうかな? たった今、帰ってきたばかりだよ」
「大丈夫よオーデリック、有難う…… 確かに、ワタシが見てきた事は、一刻も早く報告しなくてはいけない事だわ」
オーデリックと呼ばれた青年の気遣いに感謝して、リックスは静かに歩みを進め、
メルク、もとい皆からメルクリウスと呼ばれている女性の後について、城の中へと歩いて行った。
そんな2人の様子を、青年と少女の兵士は心配そうに見守っていた。
「すると、試験飛行と偵察の間に、テワラン天帝国の領土内で帝国軍とかち合ったという事か」
メルクリウスの質問は責めている訳ではないものの、受け手はどこか萎縮してしまうような威圧感を出していた。
それは、厳格な彼女の雰囲気がそう感じさせてしまうのか。リックスは顔を上げられずに膝に手をついていた。
「はい……。 一般人を避難できればと思い、偵察の範囲を超えた行動をしてしまいました」
「飛行機械の開発は、まだ試験段階だ。あまり帝国に知られたくない……が、
報告の限りだと、帝国兵に感づかれた可能性はあるな」
「勝手な行動をしてしまい……スミマセン……」
報告を受けていると、メルクリウスの後ろから、中年の男性が2人やってくる。
「まぁ、そう責める事はない。飛行機械の開発の事ならば、帝国の諜報部だってきっと既に嗅ぎつけている。
設計図や性能が全て知られた訳ではない。想定の範囲内だ。
それに、偵察に向かうという事は、その姿を誰にだって見られる可能性はあるだろう。」
そう話したのは、コリンドーネ軍の銃兵隊の副隊長であるアルバトロスだ。
「メルク、お前は慎重すぎるんだよ。 虎穴に入らずんば、虎児を得ずだ。
外交特使かつ王女の護衛で外の人間と接する機会が多い分、外国の動きをよく見ているが
警戒するばかりじゃなく、時にはこちらから攻めていかなきゃならん事だってあるさ」
アルバトロスと一緒にやってきたのは、銃兵隊の隊長のイーグルだ。
すると、俯いているリックスに対して、イーグルが予想だにしない事を聞いてきた。
「テワランの住人は、お前に対してどんな態度を取った?」
驚いて顔を上げるリックス。
てっきりメルクリウスと同じように、彼から叱咤されると思っていた。
じっと見つめるイーグルの瞳に、しばらく言葉が出なかったが、再び表情を曇らせてぽつりと呟いた。
「……彼らは、機械に対して敵意を持っていました。
侵攻に遭い、被害を受けているにも関わらず、避難の誘導を頑なに拒んだのです。」
その答えを聞き、イーグルは頭をぼりぼりと掻き、ため息をついた。
「自然を友人とし、自然と共に住むことをモットーとするテワランに対しちゃ、
機械は自然を壊すもの、ってイメージがまだ強すぎるんだよな。
俺たちの申し出を断るのも、無理はないだろう。
あいつらにとっちゃ、俺たちはまだ得体のしれない“敵”だからな」
「テワラン天帝国と我がコリンドーネは、まだ国交がないからな。
被害を受けている隣国の住人に手を差し伸べたのは、とても崇高な事だと思うよ。
だが、相手に誤解されたままでは、折角差し伸べた手も振り払われてしまい、功を奏さない。
君の努力と思いやりは、無駄骨に終わってしまうのだ。」
イーグルの言を聞いていたアルバトロスも、意気消沈しているリックスに穏やかに語りかけた。
「我が国も、帝国には防戦一方で手を焼いている。
次々に侵略戦争を仕掛けている強大な帝国に対抗するには、侵攻を受けている国同士で力を合わせねばならない。
出来れば、テワランとも協力し合いたいのだが、帝国軍の機械を使った侵略行為が
彼らに“機械は恐ろしいもの”と思わせ、テワランから我が国を遠ざける一因となっているのは間違いなさそうだな」
すると、メルクリウスも表情を曇らせ、腕を組んで頭を抱えた。
「確かに、カーディレット帝国は今、ノアプテ王国、ソルシエール王国と同盟を組むという情報がある。
大国同士で手を組み他国への侵攻を強めるならば、残された国々で協力し合わなければ太刀打ち出来ずに、大国に併合されるだろう」
「カーディレット帝国が世界を支配するようになるだなんて……
世界があの軍事大国のように、力こそ全てのような考え方に染まるなんて、考えただけでもゾッとするわ……」
3人の話を聞いていたリックスも、思わず身震いする。
「偵察飛行の際、カーディレット帝国の国土は草も木も焼かれて、赤茶色にただれていました。
カーディレット帝国に併合されれば、コリンドーネのあの美しい向日葵畑や菜の花畑も、焼き払われてしまうのでしょうか……
そんなの、ワタシは許したくありません」
強い意志を瞳に込めて、リックスは拳を握りしめる。
「勿論だ。何のために、我が国が労働者革命を成し遂げたのか。
この国がまだ労働者を虐げ、自然を壊し続ける開発を続けていた頃、革命を起こしたかつての指導者のように
自然と共に生きる道を再び勝ち取らなければ、この国に……いや、世界に未来はないだろう」
「そうだな。帝国の言いなりになんかなるもんか」
「私も、外交を通じて、残された国々に働きかけられないか努力しよう」
アルバトロスがそう言うと、向かい合うイーグルとメルクリウスも目を合わせ、互いに頷き合ったのだった。
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コリンドーネのお話はずっとイメージしながらも、どう書いていいか分からず、手が止まりがちでした。
そこで、搭乗…いや、登場させちゃいました。機械の翼。
空から見たカーディレットとテワランとコリンドーネの境界は、明らかにくっきりと分かりやすいかなーと。
そして、帝国軍が使った機械がテワランに多大な被害をもたらしているという所にも絡め、
2国がまだ疑心暗鬼状態という事も表してみたかったとかなんとか。
ここから、どう互いに協力する道を模索するのか。考えていきたいです!