常夏の太陽に照らされ、南国の風薫る碧い海と白い砂浜。
満ちては引いて、満ちては引いての、繰り返される優しい潮騒の音。
のんびりと手足を伸ばし、砂浜に寝そべって昼寝でもしたくなるような、
穏やかで心地よい時間が、セレスティア諸島には流れていた。
細かな星の形の砂粒がまっさらに敷き詰められた、箱庭のような白い浜辺には
海が育んだ桜色の美しい貝殻や、透き通るように白い珊瑚の枝が流れ着く。
しかしその日は、少し不思議なものが砂浜に落ちていたのだった。
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セレスティア公国は、南方に点在する島々を束ねた国である。
島それぞれには独自の生態系が築かれ、この地でしか見られない独特な生き物たちが存在する。
島には美しい海と綺麗な空気のおかげで、世界各地から乱獲を逃れてきた様々な生き物が
心穏やかに住むことが出来ていた。
その中には、絶滅の危機に瀕している、竜の一族も居たのだった。
人智も超える賢さを持つ竜、そしてその竜を護ろうとする人々が、セレスティア公国を作り上げてきた。
竜をはじめとする生き物たちと人々が手を取り合う事で、この国を護って来たのだった。
竜と共にこの国を護る役目を担う者を、この国では『竜騎士』と呼ぶ。
それはセレスティアに住まう者ならば誰もが尊敬し、憧れる役職であった。
故に、竜騎士を憧れてそれを志す若者が、この国には大勢いたのだった。
セレスティアの宮殿の端で、一端の若い竜騎士の叫び声が響く。
「駄目なのかよ! 俺だって竜騎士の一員だし、もう20歳を超えた! 遠征にだって連れていける筈だ!」
「駄目だ。お前みたいな無鉄砲な奴は、何やらかすか分かったもんじゃないし、俺たちだって見守り切れない」
艶やかな大理石の回廊の上で、2人の意見がぶつかり合う。
1人はセピア色のつんつん髪を伸ばした若い青年で、深翠色の瞳で必死に訴えかけている。
対する人物は、長い髪を束ねた屈強な体格の、いかにも歴戦の騎士といった風貌の男だ。
年上の青年が咎めるのを、若い方の青年は振り払うようにして尚も叫び続けている。
「んな子供じゃねぇ! 自分の事だって自分で出来るし、相棒の竜とも十分コンタクトもとれる。
アサド、お前だってこないだの親善試合で、モーガンから一本取ったの見ただろ!」
「強けりゃいいって訳じゃないんだ。お前は熱くなりすぎると周りが見えなくなる。
遠征はそんな簡単なものじゃない。いいかフウラ、ここ最近セレスティア近海では密猟が増えているんだ。
しかも危険な罠を使った悪質なものがな。一歩間違えれば、怪我だけじゃ済まないんだ。
セレスティア近海を回る程度の見廻りさえ、怪我人が続出している。お前じゃ、経験も思慮も分別も足りねぇよ。」
アサドと呼ばれた青年の竜騎士は、淡々と客観的な事実を、目の前の若い竜騎士、フウラに突きつける。
「〜〜〜〜ッっ、分かったよ……!」
冷静に現状を指摘され、フウラはまだ何か言いたそうだったが、口を噤んでその場を後にする。
踵を返して立ち去っていくフウラをアサドが見送ると、1人の背の高い穏やかな風貌の竜騎士と
淡い藍玉のような色の長い髪を垂らした女性が歩いてきて、静かに彼に声をかけた。
「どうしたのですか、アサド?」
鈴の鳴る様な涼やかな声で、女性はアサドに話しかける。
「若い竜騎士が、遠征に志願してきたのですが、まだ適当ではないと思い、追い返していたところです」
アサドは溜息をつく。そんな彼の様子を見て頷いて同意するのは、竜騎士の1人のマクスウェルだ。
「あの子は一生懸命なんだけどね。目の前の状況に集中しすぎて、周りが見えなくなりやすいんだ。
俺も、遠征に連れていくのはまだ賛成しかねるよ。
ただ、セレスティア近海で密猟が多発して、この近辺に住まう竜たちが危機的な状況になっているから
正直猫の手も借りたい所なんだけどねぇ……どうしたものやら……」
困った表情を浮かべ、マクスウェルも頭を捻る。
「わたくし共の住まうセレスティアは小さな島々の集まり。擁する竜騎士隊も、自国の自衛を担うに過ぎません。
そこに今、ドラゴンハンターと呼ばれる輩や、彼らと手引きをしていると言われているやってくる国々が束になれば
わたくしたちの国も、簡単につぶされてしまうかもしれませんね……
今は、険しい断崖や遠く離れた島々という環境で、さほど侵攻の手は強くないですが、
噂によると大国が手を組んで、竜狩りを推進してしまっている状況との事……。
このセレスティアも、竜や希少な生き物たちの安寧の地とは、言い難くなってきてしまうでしょう……」
シルクの衣服をふわりと揺らして、テラスから臨んだ目の前の広大な碧い海を眺めて、その女性は深くため息をつく。
「……しかし、同胞たちの危機を見過ごすわけには参りません。
可能な限り、我がセレスティア公国・竜騎士隊は、近辺の竜狩りを取り締まる必要があります。」
女性は気を取り直して顔を上げ、凛とした声で決意を新たにした。
「勿論です、イレーネ様。我ら竜騎士隊は、このセレスティアに住まう竜と生き物を護る為の存在。
その若い竜騎士も、志は我らと同じ筈。きっといずれ力になってくれることでしょう。」
「ま、だけど猫の手にもなるかどうかは、ちゃんと見定めないと問題だけどな……育ってくれている事を願うもんだよ」
主に仕える2人の竜騎士は互いに顔を見合わせ、若い竜騎士の将来を見守るのだった。
宮殿からフウラが戻ってくると、彼の元に仲間たちが駆け寄ってくる。
「お帰りー! どうだった、どうだった? 遠征に連れて行って貰えるって?」
真っ先に聞いてきたのは、オリーブアッシュの髪をした、笑うと八重歯が目立つ少年だった。
「駄目だってさ。お前じゃまだ、危なっかしくて任せられないってさ」
「なんでだよ! こないだだって、俺と息ぴったりだったろ! あの大人たち、俺らのタッグを見てないのかよー?」
先日の試合の事を持ち出し、遠征を止められたことに少年は憤慨する。
その金色の瞳は、どこか不思議な光を宿していた。
すると、後ろから活発な少女の声が聞こえてくる。
「あんたたちは見るからに危なっかしいわよ。先輩の判断は間違ってないと思うわね」
「なんだよミカ! まだ遠征に行けてないからって、俺たちにまで説教たれるのはやめろよなー。おまけに全身砂だらけだし」
ぶーたれる2人に、ミカと呼ばれた竜騎士の少女…エウフェミカは怒って反論する。
「違うわよ! 私はただ客観的に言ってるだけであって……
ってか、うっさいわね!! これはちょっとした理由があって……」
服についた砂を払いながらエウフェミカは声を荒げる。
そんな口論をしている3人の元に、次々と他の仲間も駆け寄ってきた。
「どうしたの? あんまりケンカしちゃダメだよ?」
にこにこ顔でやってきたのは、同じく少女騎士のカーティだ。 ほわんとした笑顔で、3人を宥める。
「違うよ。俺とユピテルのコンビで、遠征に志願に行ったんだけどさ。
アサド兄に、まだ早いって窘められたんだ」
「俺らの実力を認めないなんて、センスないよなー。」
「えぇ……ダメだったんだ……残念だったね……」
2人が認められるのを、楽しみに待っていてくれたのだったが、その答えにカーティはしゅんとする。
ユピテルとは、オリーブアッシュの髪の少年の事である。
彼は、竜から人に変化することの出来る、極めて稀な竜だった。
「当然よ。フウラは無鉄砲だし、ユピテルはお調子者だもの。
あのね。遠征はお遊びじゃないのよ。島周囲の簡単な警護だけならばいいんだけど、予測不能な事態だってあるかもしれない。
あんたたちそれに対応できる?
遠征についていったからって、先輩たちの足を引っ張るだけの事態になりかねないわ。
ましてや、最近竜の違法な乱獲が増えているのよ。ユピテル自体だって、危ない目に逢わない保証だってないでしょう?」
エウフェミカの冷静な指摘に、悔しさは残るものの、2人は黙って頷くしかなかった。
「そういえば、ミカちゃんはクレト兄さんやルルちゃんと一緒に、浜の巡回に行ったんじゃなかったっけ?」
カーティがそう問いかけると、エウフェミカははっとして己の役目を思い出す。
「あっ……そうそう! 浜辺で巡回していたら、ルルが大変なものを見つけたのよ。
それで、クレトさんからお城に伝えてきてって言われて、大急ぎで戻って来たんだけれど……」
「大変なもの?」
エウフェミカの言葉に、一同は揃って首を傾げる。
「……大きなお肉?」
ひょっこり出てきたのは、同じく竜騎士仲間のジェニファーだ。
「浜辺に打ち上げられたクジラさんとか」
「まさか、砂浜に埋められていた、大海賊秘蔵の宝箱が出現したとか?!」
各々、好きな事を羅列していると、エウフェミカは首をぶんぶん振りながら叫ぶ。
「違うわよ! あのね、壊れた機械人形の子が置き去りにされていたの!
あんな機械、うちの島じゃ見た事無いわ……きっと外国のものよ。
それこそ、最近ドラゴンハンターとか他の国の侵略とか、物騒な事ばかりあるから
なにか関係があるかもしれないから、竜騎士隊の先輩に聞かなくちゃって思って戻って来たのよ!」
「機械人形??」
自然豊かで素朴な生活を送っているセレスティアに、似つかわしくない単語が出てきたことに
若い竜騎士たちは一斉に声を揃えて、更に首を傾げるのだった。
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前々から考えていた、セレスティアの竜騎士たちの日常を書こうと思って
ひと段落したので、書き上げてみました!
丁度よしちゃんがセレスティアについて書いてくれたので、そこからつなげる形に。
あの後のミカちゃんを伝令として連れてきちゃったけれど、良かったかな…?
というのも、ふー坊・ゆぴ坊と絡ませたかったというのがあった(笑)
ここはまた、ワダツミや帝国とは違った感じの若者らのわいわい感があるかなーと。
若い子たちでわいわいさせるの楽しい(笑)