コリンドーネの若き銃兵隊員たち、テワランの武官たちは、森の奥から向かってくる兵士たちを見据える。
ツギハギの不格好な鎧はともかく、相手は子供ですら容赦なく葬り去る、冷血無慈悲と悪名高いカーディレット帝国軍だ。
ターシェンは、拳を固く握りしめる。
彼らやドラゴンハンターが放ったと思われる毒が、自分たちの故郷の村の河を汚し、それを口にした伴侶や仲間たちは
耐えがたい苦痛のあまり、自らの喉をかきむしり果てには千切ってしまうまでのたうち苦しんだ。
河のほとりや井戸の周りに折り重なるようにして倒れた、村人たちの変わり果てたその姿。
顔面には最後の一瞬まで苦悶の表情が張り付き、必死に伸ばしたその手の先には、どれほど切に水を欲したことだろう。
この世のものとは思えない、地獄とはまさにこのような光景か。
その光景の悲惨さを今一度瞼の裏に思い浮かべ、静かにその眼を開く。
目の前に迫る軍隊は、己の故郷に惨状をもたらした元凶を作った者だ。
普段は温厚なターシェンだが、対峙したらその顔面に一発でも喰らわせなければ気が済まなかった。
他にも、カーディレット軍を待ち構えるテワランやコリンドーネの兵士たちは、それぞれに帝国に対する恨みと敵意を抱いていた。
リーディエは、可愛い部下であるビージャオが負った毒の罠による痛々しい傷を。
カヤやエリナ、ユーディアらは、故郷を焼かれ、住んでいた場所を力づくで奪われた悲しみを。
仲間たちも幾人か彼らの侵攻の前に、無残に散っていった。
その恨み、今こそ晴らす時!
銃弾を詰め、ジャキンと引き鉄に指をかけ、銃を構えて静かに待つ。
やがて帝国軍の兵士たちが、彼女らの射程内に入る。
「覚悟なさい!」
狙いを定め、エリナは引き金を引いた。
彼女の銃の腕前は、コリンドーネの銃兵隊員の中でも決して悪い方ではない。
照準は、きっかり帝国兵の頭部を狙っていた。
しかし、狙い定められた筈の銃弾は、兵士に届いた筈が、高らかな音と共に弾かれた。
「…?! 外れた?!」
「いや、違う! 奴らの装甲が、君の銃弾を弾いたんだ!!」
「何ソレ?! あんな変な鎧が?!」
そう、弾かれた。
コリンドーネの銃兵隊の標準装備であるコリンドーネ式リボルバータイプの銃は、銃弾の大きさは帝国式のものより大きい。
故にそう簡単に弾かれる事はないのだが、今狙いを定めた筈の銃弾は、不可解な急ごしらえの謎の鎧によって、阻まれたのだ。
帝国軍・機械部隊の中には、コリンドーネと対戦したことのある兵士もいた。
彼から、ユリコは助言を受けていたのだった。
やはり実際に対峙した人物でなければ、本当の威力や、対処の仕方は分からない。
「あいつらの銃はかなり威力が強い。並大抵の装備じゃ、一発KOだ。
俺たちは魔法が得意じゃないからな。防御魔法だって使えないから、装備にこそ念を入れないと駄目だ。」
「どのくらいの装甲ならば、貫通しないで済むかしら?」
「そうだな…… せめて、この分厚い携帯食料の缶詰ぐらい無いと、厳しいな」
以前の戦闘で、携帯食料の缶詰に銃弾が当たった時、銃弾が突き抜けないでいた事を、彼は見ていたのだった。
「熱して加工してしまうと薄くなり、その分強度が下がりますね……2枚重ねにしてみてはどうでしょう。」
クルルが、試作品を分析しながら助言する。
「接続部も入念に加工した方がいいぞ。こういうのは継ぎ目が一番脆弱で狙われやすい」
アクセルもひょいっと出てきて、横から意見を述べる。
「予備の防寒ジャケットの生地を内側に敷き詰め、クッション代わりにしたらどうだろう?
銃撃の衝撃は案外強いものだからね。」
皆の改善案を聞きながら、ローレンツも意見した。
それぞれの意見を取り入れながら、まず狙われやすい先鋒を務める兵士たちが装備する鎧を、彼らは作成した。
それが、この一見妙ちきりんな謎のツギハギ鎧だったのだ。
見てくれこそイマイチではあるが、実戦に赴いた兵士たちから意見を取り入れ作ったこの鎧は、
その防御力の完成度はかなり高いものだった。
「敵方より銃撃あり!」
「大丈夫?! 平気?!」
兵士の身を案じてユリコが急いで確認すると、最初の銃撃を受けた者は、突然の攻撃に驚きながらも
その健在っぷりを彼女に知らせた。
「大丈夫です、特務! この鎧のおかげで、痛みもありませんよ! これなら、奴らの攻撃も耐えられそうです!」
その元気そうな声にユリコはひとまずほっとして、兵士たちに警戒を呼び掛ける。
「コリンドーネからの銃撃よ! とりあえずなんとか凌げたようだけど、皆十分注意して! 手筈通りに行くわよ!」
「おう!!」
彼女の呼び声に、荒くれ兵士たちは皆一様に拳を突き上げた。
「くっ、次は当てるわ!!」
最初の銃撃が弾かれ、出鼻を挫かれたエリナだったが、気を取り直して次に銃弾を装填する。
エリナに引き続き、ユーディアも静かに銃を構える。
一番効果的な狙撃場所はどこかと2人は探すが、急所とされる頸部や頭部、胸部、身体の各関節部、
動きの要となる足、どこもかしこもしっかり謎の鎧でカバーされていたのだ。
その鎧の構成はそう、コリンドーネの騎兵隊の鎧の構成とよく似ている。
弱そうな節目を狙い、再び銃撃を行うが、そこも北方の美味しいかに缶のフタで補強されていて、
銃が鎧に弾き返される音が、森に虚しく響き渡る。
「ダメだわ……」
「隙が無い……! どこを狙えばいいのこれ…?」
銃を下ろし、ユーディアとエリナは為す術もなく彼らが迫りくるのを見守るしかなかった。
「遠くからの銃撃が駄目ならば、我々の出番ですね。皆、行きますよ!」
可憐な桃色の髪を風に揺らし、リーディエは他のテワランの兵士たちを率いて出撃する。
先陣を切って飛び出すのは、ホァホンとリンリーの若いやんちゃ娘コンビだ。
銀の手甲を嵌めたホァホンは拳の一撃を、リンリーは得意とする強力な蹴り技を互いに繰り出す。
「喰らえーっ!!」
1人の兵士に狙いを定め、2人は死角から同時に飛び掛かり、その奇襲の一撃が同時に兵士に炸裂する。
リフレクトメタルで補強された武具を纏った彼女らの一撃で、激しい衝撃が帝国兵を襲うが、
頑強な鎧で覆われていたおかげで、彼女らの一撃はあまり功を奏しなかった。
それどころか。
「いっ……たぁ〜〜〜い!!!」
一撃を与えた筈のホァホンが、手に受けた衝撃で叫び声を上げる。
思った以上の防御力で、手甲を嵌めていたのにも関わらず、拳に逆に痛みを受けてしまったのだった。
「ふざけた鎧なのに、なによこの硬さ!!」
リンリーも、鍋底を被った兵士に対して思わず悪態をつく。
生身の人間にはたまらない蹴りの威力も、金属相手ではなかなかに厳しかった。
「困りましたね……カーディレット軍は、あまり装備は強くないと伺っていましたが……
コリンドーネの銃撃が効かない程、彼らのあの鎧は頑強なようです。皆、素手は危険です。
それぞれ武器を使いなさい!」
彼女の指示に、テワラン軍の兵士たちは従い、各々の武器を手に取る。
リーディエも己の武器である錘を取り出す。
金属の重りを矛先につけたその武器は、彼女が思い切り振るうと相当な遠心力を伴い、
対峙した帝国兵の鎧の上からでも相当な衝撃を与え、炸裂した。
「ぐはっッ……!!」
錘は破壊的な威力を伴い、帝国兵を数人沈める。
「急ごしらえ鎧も壊す威力の武器……来たわね! 出番よ!!」
「了解!!」
ユリコが呼び掛けると、見た事もない武器を持った兵士たちが飛び出す。
ぎざぎざの鋭利な刃がついた、機械の組み込まれた武器。電動カッターだ。
「これはあんまり戦闘に使った事ないんだけれど、接近戦になれば結構強力な武器になると思うよ」
彼らの戦闘を見守りながら、ローレンツは呟いた。
裏方での仕事が多かった機械部隊では、電動カッターは主に木を切り倒す程度にしか使われなかったが
軽量化して持ち運びをしやすくした電動カッターは、充電した電力がなくなるまでという制限付きではあるが、
小回りの利く強力な武器になった。
「いぇーい!! ほらほら、子猫ちゃんは逃げ出さないと、俺のチェーンソーの餌食になっちゃうぜ〜!!」
彼らの中央に躍り出たのは、他の電動カッターよりも派手に大きいチェーンソーを抱えたヒューイだ。
ヒューイがチェーンソーを振り回すと、リーディエの錘と拮抗し、火花が散った。
「なっ…… なんて威力なの……!!」
リーディエがヒューイと拮抗しているのを見ていたカヤも、白銀の剣と盾を構えて助太刀に参戦する。
「てやぁっ!!」
しかし、彼女が振り下ろした剣を、他の兵士が鍋のフタで受け止め、電動カッターで反撃する。
独特なモーター音が響く。
「ふえ〜ん、鍋のフタで防御されるなんて〜…!」
「お嬢さん、ただの鍋のフタだと思わないで貰いたいね!
鉄の国、カーディレットが誇る製鉄・精錬技術! その高い精度で作られた鋼鉄の鍋は、君の剣だってはじき返す威力を持つのさ!」
機械部隊の兵士は、誇りを持って己の鉄の鍋ブタを自慢する。たかが鍋ブタ、されど鍋ブタ。
銃弾による攻撃も弾き返し、肉弾戦も生身に近い攻撃では、硬い装甲の彼らに功を奏さない。
唯一効果がありそうなのは武器による打撃戦だが、前回に引き続き魔法攻撃を重視してくると想定し
リフレクトメタルによる装備と、狙撃戦による編成を整えたこのユニットでは、戦力としては少なすぎた。
おまけに、あちらは物理的にも強力な武具を取り揃えている。魔法なら弾き返せるが、この薄い装甲では持ちこたえらえないだろう。
「何てこと……前回の侵攻から間を開けずに急に作戦を180度変えてきたなんて……これでは、彼らに対抗する手段がないわ……」
リーディエは現状を振り返り、今置かれている状況が、自分たちにとって不利な状況である事を悟った。
隣では、ターシェンが拳を握りしめ、悔しそうにカーディレット軍を睨んでいる。
彼の得意とするのは、己の強靭な拳による打撃だ。
しかしあの装甲、そして電動カッターの鋭利な攻撃では、肉弾戦では全く歯が立たないであろうことは
先鋒の少女らの攻撃の結果を目の当たりにし、十分なくらいに思い知った。
そんな状況を目の前にしてやみくもに突撃する程、彼は稚拙ではなかった。
テワラン天帝国は、己の国を傷つける機械や毒など、カーディレット帝国やソルシエール王国、ドラゴンハンターと
敵対する国々が扱う“最新の技術”という物に酷く嫌悪感を抱き、それらを避けていた。
しかし、機械を忌み嫌い避け続けるだけでは、その脅威に対して何の対抗策を講じる事すら出来ないままだという事を、
国土が次々と侵略され、罪なき住人たちの命が奪われるという代償を持って、今まさに思い知ったのだ。
テワランが伝統として重んじてきた武術だけでは、かの脅威を退ける事は、決して出来ない。
ましてや、一矢報いる事など。
ターシェンはリーディエにつぶやく。
「……今の俺たちじゃ、残念だけどあいつらには歯が立たない……」
彼の絞り出した悔しそうな一言に、リーディエも冷静に頷く。
伴侶や故郷の仲間の為に、帝国軍に対して一矢報いたかったであろう彼の気持ちを痛いほど感じながら、
それでもリーディエは冷静に判断を下す。
「そうね。今の私たちでは、彼らを足止め出来ないわ。
全員、一旦攻撃中止! 他のユニットと合流するまで、後退なさい!」
「うー…悔しいなぁ……」
「肉弾戦に歯が立たないんじゃ、仕方がないわ。私の銃もあいつらに痛手を与えられないみたいだしね……」
己の打撃が全く歯が立たなかったのを悔しそうに唸るホァホンに、エリナも為す術もなしといった風情で頭を振る。
リーディエの呼びかけで他の兵士たちは攻撃を止め、戦線から森の奥へと後退を始めた。
「敵方は後退を始めた模様です!」
テワラン・コリンドーネ軍の様子を伺っていた前哨兵が、双眼鏡を片手に叫ぶ。
「とりあえず、第一陣は退けたようだね。
一旦後退して、仲間たちと合流を図る心算だろう」
「隊長! このまま引かせると、奴らに俺たちの情報を伝えられてしまいます! 今ここで、足止めした方が……」
兵士の1人が申し出るが、ローレンツはその提案に首を横に振る。
「いや、深追いはしないでおこう。俺たちの目的は彼らの殲滅ではなく、戦線を目的地まで進める事だ。
欲張って今火力・電力を使うと、後でエネルギー切れになる恐れがある。
このまま可能な限り、不必要な戦闘を避け、力を温存するんだ。
どっちにしろ、いずれ情報は伝えられ、対策は立てられてしまう。
それまで、戦線を可能な限り進め、後々合流する騎竜部隊・ソルシエール軍にとって有利な状況を作るんだ」
「私たちの銃弾にも、限りがある。私たちの銃の火力は、コリンドーネよりはっきり言って弱いわ。
だからこそ、敵の戦力の中枢を見極め、ここぞという時の為にとっておきたいわね」
ユリコも彼の意見に賛同した。
彼女ら銃を扱う者たちが持つ銃弾の数も、機械を動かす燃料や電力も、限られている。
機械部隊は今までの戦線で大規模な作戦を行ってきた為、動力源となる石油・電力も大幅に消費していた。
消費を抑える為にも、不必要な戦闘を避けるに越した事は無い。
それに、ユリコは以前から感じていた。
彼女が所属するカーディレット帝国は、争いを起こす側だ。
自分たちが起こした戦争で相手の命を奪ってしまう事に、ずっと呵責の念を背負ってきた。
自分たちの都合で、相手の命を奪い去る事は、果たして許されるのか。
なるべくならば、傷つけることになってしまう相手は、1人でも少ない方がいい。
国の方針に異を唱えられる身分ではないが、少しでも残虐な殺戮を減らしたい。
実際に戦線に立つユリコの、これは彼女が行える、侵略にひた走る祖国への唯一の抵抗でもあったのだ。
→ Next Page