テワラン・コリンドーネ合同軍の防衛戦線上では、カーディレット・ソルシエール合同軍の侵略に備えて
終日監視が行われていた。敵の動きに警戒して自分たちから戦線は動かさず、専ら彼らは防衛に徹していたのだった。
そんな折、とある日の夕暮れ時、斥候の1人が敵の軍のある動きを感知する。
いつも炊事の煙が上がる筈なのに、今日は一向に上がる気配がない。
かといって、別の場所に待機しているワイバーンたちが動き出す気配も見られない。
次の反撃もカーディレット・ソルシエール合同軍で大規模になるものだと予想していたが
帝国軍の動きは何故か密やかなものであった。
その動きを不審に思った斥候は、上官に報告の為に戻る。
「ほう……それは、侵攻のサインかも知れないな。夕暮れ時だからと、こちらが油断していると思ったのだろう。」
「残念だが、こっちゃいつでも臨戦態勢だぜ! やっこさんたちの年がら年中の国境侵攻のお陰で、急襲にゃ慣れてるからな。」
報告を聞いたアルバトロスとイーグルは、帝国軍の動きから侵攻を予測する。
「ただ、ワイバーンたちはこの間の侵攻で大分痛手を与えてやった筈。
彼らそれを警戒して、より軍備を整えてやってくるのだろうか? その割には動きが少ないな。」
「また森を焼き払ったでっかい火炎放射器で、こっちを焼き尽くす心算なんじゃねぇか?」
「その割には、目立った動きが少ないな…… 大きな機器類を動かすような動きは見られないようだが……
今回はどういう作戦でくるのか……」
テワランで今まで受けた被害をまとめると、火炎放射器での森林の焼却、カッターでの伐採など、大規模な作戦行動が目立つ。
それを考えると、目につくような動きが少ないのも、逆にこちらにしてみれば不気味であった。
「こちらに侵攻を仕掛けてからドンパチが大分長引いたからな。流石にきっとあんまり燃料を使いたくないんだろうよ。
ギリギリまで近づき、ドカンとやらかすんじゃねぇか。
あんたたちから借りたあの電撃結界も警戒しているから、ワイバーンを使わず、地道に森を歩いて進んでくるのかも知れないぞ」
それまでの被害を振り返りながら、ルトガーは帝国軍の動きに憶測を巡らす。
彼の憶測に、コリンドーネの2人も納得したように頷く。
「確かにな。戦線が膠着し、何度目かの侵攻だしな。一度大規模な作戦で敗れ撤退している所からも、かなり消耗しているとみていいだろう。
あっちの本国から大規模なワイバーンで資材が運ばれた形跡もなし。連絡係と思われるものが1匹見られただけだ。」
「手柄を立てようと焦っているのかもしれない。迎撃するまで油断しないよう、パトロールをしている各ユニットに連絡を入れよう。」
予測される侵攻に対し、彼らは準備に取り掛かり始めた。
カーディレット帝国軍・機械部隊は、密林を一歩一歩、慎重に歩みを進めていた。
密林の落ち葉の影などに隠れ、存在感をなるべく消しながら前進する。
いつどこに、テワラン・コリンドーネ共同軍の警戒ラインがあるか分からない。
一歩進むごとに、周囲を振り返り観察しながら、ゆっくり確実に進軍する。
息を潜めているのは、向こうとて同じ。夜の帳の降り始めた密林に、鳥や獣の鳴き声がいやにこだまする。
やがて、前進するうちに、アクセルが森の中の違和感に気付く。
「枝に、なんかやたらキラキラするもんが見えるぞ……?」
それは、よく目を凝らさなければ全く気付かない程の、微かなものだった。
「周囲に敵の気配は感じられるか?」
「や、どうやらないようですね。鳥の声も聞こえますし、飛び立つ様子もありません。」
「よし。ちょっと双眼鏡で覗いてみよう。その場所だけじゃなく、付近の枝も観察するんだ」
ローレンツが双眼鏡を取り出して、キラキラする枝の周囲を観察する。
「これは……」
木の葉や木の皮で巧みにカモフラージュされているが、よく見てみると
エナジウムの組み込まれた金属製のボールがいくつも設置されていたのだ。
先日の戦いで、ワイバーンの大半を撃墜した、電撃結界のようだ。
目の前一帯の木の枝、そしてよくよく見てみると、地面にも枯れ葉で隠されてはいるが、それらしきものが見える。
その仕掛けは、等間隔で、隙間なく均一に並べられていた。どうやらここ一帯が、彼らの警戒ラインらしい。
ローレンツはアクセルの観察眼の鋭さに感心する。
「よく気付いたね。大したものだ。
で、この警戒網に引っかからない抜け道はありそうかな。付近の捜索を頼む」
兵士たちに、同様の仕掛けを見つけるように指示した。
しばらくすると、付近を見回った兵士たちが戻ってくる。
「……他にもいくらか進行方向を変え見てみましたが、いずれもどこかの進路に
このような仕掛けが設置されているのを確認しました。」
「なるほどね。これに引っかかれば、彼らは俺たちを感知し、攻撃態勢に移るという訳か。
あれはエネルギーを吸収する鉱物のようだ。魔法で破壊しようと試みたが、逆にエネルギーを吸収されたと報告を受けている。
あの仕掛けを破壊するのは、銃やカッターによる物理攻撃だけしかない。
しかしその物音でも、彼らに俺たちの侵攻を覚られてしまうだろうね。」
「感知されずにこの警戒網をくぐり抜けるのは不可能……と言う訳ね……」
なかなか突破出来そうにない包囲網で囲まれている事に、ユリコは苦々し気に呟く。
「そういうことだ。あれを破壊したと同時に、彼らの迎撃が始まる……ということかな。
だが、俺たちが目指している目的地は、この警戒網の向こう側にある。ここが正念場だ。
皆、作戦は覚えているかい?」
部隊の面々にローレンツが呼びかけると、皆隊長を見つめて、しっかりと頷く。
「おそらく、テワランの武装兵、コリンドーネの騎兵による接近戦、そして遠距離からは銃による狙撃が予想される。
まずは防衛に徹するんだ。接近戦に関しては、ヒューイたち、頼んだよ」
「オッケー、隊長! 俺たちに任せとけー!」
ヒューイをはじめとする一団が、声密やかに拳を振り上げる。
「そして、銃撃が開始された場合、その方向を特定するんだ。方向を特定したら、ユリコたちにすぐさま報告。いいね?」
「了解!」
他の兵士たちも頷く。
「よし……じゃあ、始めようか」
ローレンツは絡繰式銃剣を起動する。 ユリコも愛銃を構え、息を潜めて狙いを定めた。
一瞬の静寂。
その瞬間を、森の生き物たちも感知したのだろう。一斉に、鳥たちが飛び立った。
その羽音と共に、甲高い銃声が森の中に響き渡る。
ユリコとアクセルが放った2発ずつの銃弾が、見事に結界装置に命中し、エナジウムの結晶が粉々に砕け散る。
四方に展開する一部の結界装置が破壊されたことで、その一角は電撃結界が解除された。
「よし、もう一丁!」
次々に銃弾を装填し、あちこちに展開する電撃結界を破壊していく。
部隊の皆が通れる程度の大きさに解除されたと同時に、警戒ラインの奥へと機械部隊は侵攻を開始する。
「皆、進撃開始!! 周囲からの攻撃に十分警戒せよ!!」
「はっ!!」
各々、自分の得物である特殊な機械をそれぞれ起動しながら、森の奥へと進んでいく。
「銃撃音確認!! 南西のポイントから、どうやら侵攻してきたようです!!」
テワラン兵がその優れた聴覚で、遠くの銃撃音を確認する。
「おいでなすったな……! 一番近いユニットは?!」
「あの辺りだと、うちではカヤたちのユニットですね」
「テワラン軍の面子は?」
「行動を共にしているのは確か、リーディエ、ターシェン、リンリー、ホァホンです」
「コリンドーネの面子がちと青いな…… 敵の本隊に圧倒されなきゃいいが…… 援護に向かうぞ!」
「了解!」
迎撃するメンバーの力量に少し不安を感じ、イーグルはルトガーやアルバトロスに協力を呼び掛けた。
一方、一番近いユニットでは、帝国軍の侵攻開始を同じく察知していた。
「こっちから銃撃音が聞こえた! 帝国軍が侵攻してきて、きっと結界装置を破壊したんだ……」
白銀の剣と大盾を構え、コリンドーネの騎兵・カヤが叫ぶ。
「まさかこっちの方からやってくるなんてね…… 恐らく、一番近いユニットは私たちね。迎撃しましょう」
自分たちに近い所からやって来たことに些か動揺を隠せないが、ユニットメンバーの銃兵・エリナは冷静に答えた。
「カヤ、もし敵が接近してきたら、貴方のリフレクトシールドで防御をお願いするわ。
私が陽動をかけるから、敵の主力をユーディア、貴方に撃破して貰いたいの。お願いね」
「はい!」
「分かったわ」
淡い緑色の髪をひとまとめにくくり上げ、エリナは迎撃への意気込みを強め、
同じユニットメンバーの眼鏡をかけた大人しそうなユーディアにも指示を出す。
どうやらこのユニットでは、エリナがブレーンとして動いているようだ。
すると、近くにいたテワラン兵のリーディエ、ターシェン、リンリー、ホァホンが彼女らに合流する。
「良かった。まだ帝国兵たちはここまで来ていませんね? 私たちも援護します。」
リーディエが助力を申し出ると、カヤが少しほっとした表情で胸を撫でおろす。
「あぁ、助かります…… 私だけでは、2人を護れるか不安で……」
「何言ってるの。貴方を見込んで私たちとユニットを組ませたのは、イーグル隊長よ。
毎日ちゃんと訓練しているんだから、貴方はもう少し自分に自信と度胸を持ちなさい。」
弱気な発言をするカヤに、エリナは叱咤する。カヤはまだ戦場に慣れていないようだ。
「まぁまぁ。敵の本隊がやってくるのです。私とて、不安が無い訳じゃありませんよ。大丈夫です。落ち着いて。」
不安がるカヤに、リーディエは優しく声をかける。
「大丈夫さ、お嬢ちゃん。 相手はあの帝国兵だ、はは、俺だっておっかねぇや……一緒、一緒」
そう笑って元気づけるのは、同じくテワラン武官の1人、ターシェンだ。
無精ひげを生やして豪快・気丈そうに見えるが、帝国兵を相手にするとなると、彼も不安がない訳でもなさそうだ。
敵兵を前にして、緊張の面持ちを見せる。
「今回、コリンドーネの皆さんからこんな便利なものを借り受けたんだもの。きっと大丈夫だよ!」
「そうよ。このリフレクトメタルのお陰で、この間だってあいつらを追い払えたんだもの。かかってきなさいだわ!」
リフレクトメタルの手甲を嵌め、勇ましくホァホンとリンリーが迎撃を受けて待つ。
そんな若い2人を、リーディエは厳しく窘める。
「油断してはいけないわ、2人共。相手は大陸の国々を次々に併合している大国。
先日は辛うじて追い返せましたが、今回もそう簡単にいくと思ってはいけません。
コリンドーネとの協力を知らなかった故に彼らは敗走しましたが、今回はきっと対策を立ててきています。注意なさい。」
「は、はい……!」
流石武官を束ねる身である。リーディエの言葉に、若い女子の2人は己の身を引き締める。
やがて、エリナやリーディエらが結界装置がある場所に近づくと、進撃途中の帝国軍の姿をついに見つける。
木の陰に隠れ、まずは彼らの様子を注視する。
皆紅い制服を身に纏い、規則正しく整列している……かと思いきや、様子が妙だった。
「何だろ、アレ?」
ツギハギの金属板やら、一部の装備に携帯兵糧のさば缶の模様なども見て取れ、即席鎧や、果てには鍋のようなものを被った
珍妙な恰好をした一団がやってきた。
「え、あれ、帝国軍……だよね?」
「えぇ、た、多分……」
あまりにもオカシイ恰好をしていたので、思わずホァホンは隣にいたエリナに聞き返す。
コリンドーネとの国境線の戦いに参加したことのあるエリナは、見慣れたカーディレットの制服とかけ離れた
妙ちきりんな格好の一団に、一瞬自分の見間違いかと思ってしまい、曖昧に返事を返す。
「何アレ、仮装行列?」
「や、よく見て……あの紅いシャツ、黒い肩章。間違いなくカーディレット軍の制服だよ!」
「なんだってあんな格好……」
リンリーは妙な恰好をした一団を唖然として見つめるが、カヤは彼らが着ている制服の特徴から
彼らが間違いなく帝国軍である事を皆に伝える。何故彼らがあのような奇抜な恰好をしているのかは、誰にも分からなかった。
しかし、妙とはいえ、帝国軍である事にはどうやら変わりがないようだ。
「知らないけど、と、とにかく、あいつらが帝国軍な以上、ここで足止めしないとダメだわ。いくわよ、皆!」
少し面食らったが、エリナは気を取り直し、迎撃の号令をかける。
帝国軍・機械部隊と、反乱防衛国の同盟軍の激突が、今始まった。
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