小休憩を挟んで、ユリコたちは再び作戦会議に戻る。



「どうだい、気分転換は出来たかい?」


戻ってきたユリコに、ローレンツは穏やかに声をかけた。

先程悲しげな表情を見せていた彼は、今は落ち着いているようだ。

今まで穏やかな表情しか見せてこなかった彼の気の落ち込みの方がユリコは気になったが、今はそれ以上何も聞かないことにした。



「えぇ。辺りを少し散策してきたわ。帝国と違って、緑が多いから空気がとても澄んでいて美味しいわね。

 少し歩くだけでも、大分リフレッシュ出来たわ。」


「本当に、テワランのこの大森林は見事なものだね。侵攻なんかじゃなければ、俺はここでキャンプでもしたいものだよ」


今までより大分刺々しさの消えたユリコの素直な答えに、ローレンツは明るく笑った。

彼も、このテワランの大森林は気に入っているようだ。

だからこそ、かつての機械部隊のように火炎放射器で焼き払う事を、個人的にためらっているのかもしれない。


だが、本国の命令であるテワラン侵攻を少しでも進める為には、この密林が彼らにとって支障となってしまうならば

この見事な大森林も、焼き払わなければならないだろう。

それでも、ユリコは己の存在感を少しでも高め、軍内で意見出来るようになりたいという目標があった。

その為には森全体を焼き払い、兵士をあぶりだす程容赦のないような作戦に打ってでも、この戦線で成果を上げなければならなかった。



「で、どういう作戦でいくのかしら。

 さっき言ってたように、トラップを仕掛けられたり敵が潜んだりしてしまう位ならば、

 やっぱりこの森を火炎放射器で大々的に焼き払った方が、都合がいいのかしら……?」


どのような作戦が効果的にテワランとコリンドーネの合同軍にとって打撃を与えられるのか、ユリコは考えあぐねてローレンツに尋ねる。

しかし、彼が答えたのは、最初と同じ方針だった。


「いや、それでも俺は、この森林を焼き払うのは得策ではないと思うよ。

 1つ、まずそれだけの燃料が確保できない。これから侵攻するポイントは、あの開けた場所と、川を目指している。

 焼き払うには範囲が広すぎる。それに燃料を使い切ってしまえば、今後の作戦に支障が出る。

 2つ、森林を焼き払うという事は、俺たちが得ている兵糧をも全部焼き払ってしまう事になる。

 民家も畑も周りにない中、手持ちの携帯食料も限りがある状況で、今ここで長く持久戦を行えているのは、森林の恵みのお陰なんだ。

 3つ、それだけ大規模な攻撃を仕掛ければ、向こうがより警戒してしまう。より侵攻は困難になるだろう。

 相手にこちらを侮るぐらいの心持ちで居させた方が、しっぺ返しが出来るだろう。


 だから、最初に言ったように、小規模で地道な戦闘スタイルで、確実に戦線を進められるように俺は考えたい。」


「なるほどね。あたしたちの持っている軍備で出来る範囲で考えなくては、確かに現実的ではないわね。

 力だけでのゴリ押しなんかで、成果は続く訳ないものね。納得だわ。」


ローレンツの意見を聞き、ユリコは納得する。


「逆に、あたしたちの強みって何かしら……」


「そう、俺たちが持っている強みを整理する事も、とても大事だよ。

 その強みを生かす戦略を考えれば、劣勢でも場合によっては逆転する事も出来るからね。

 で、出来るだけ相手が考えていた裏をかくような作戦だと、より望ましいね」


戦線に赴くのが初めてであるが、ユリコが自分で何とか考えようとするのを、ローレンツは助言をしながら見守る。

部隊の上に立つ者に求められるのは、戦略性だ。それを、なんとかローレンツはユリコに分かって貰いたいと考えていた。


数分間頭を捻って、ユリコは思いついた事を挙げてみる。


「テワランは接近戦に長けているわ。機動力もあるから、懐に入られたら大打撃は免れないわね。

 逆に、防御はどうかしら。肉弾戦が主ならば、防御は薄いはずよ。

 そう考えると、うちは機械部隊は鉄の扱いが上手い。鉄をうまく利用すれば、彼らの攻撃を凌ぎつつ、痛手を与えられるはずよ。」


彼女の提案に、ローレンツはにっこりする。


「よく気が付いたね。そう、武力戦は前の戦いで証明された通り、接近を許せば機械に頼っている非力な俺たちは弱い。

 但し、彼らは武装が弱い。比較的軽装が多いからね。

 で、コリンドーネの協力があるから、リフレクトメタルによって、魔法攻撃に対しては耐性が強い。

 おそらく、ソルシエールとの合同軍を見越して、魔法防御の強化を図ってきたんだろう。


 ただ、今回はどうやら騎兵隊よりも銃兵隊の方が比率が多いようだ。騎兵隊だと物理攻撃に対しては比較的強いが、

 今回そこが甘いのが、俺たちの勝機ともいえる。どうやら、俺たちがとるべき作戦が、少し見えてきたかな。


 今度はそういう目線で、俺たちの仲間を見てきてごらん。

 勿論作戦は考える。けれど、より斬新なアイデアが出るかもしれないから、是非君の意見も聞きたいな。」


「分かったわ。」


ユリコは、ローレンツが先日言っていた事を思い出した。


まず兵士たちと交流を持つ事が第一の任務。

自分を認めていなかった、気難しそうな兵士たちとの交流を通して、自分の存在意義を彼らに知らしめる。

その第一段階はまずまずクリアの手ごたえを感じていた。


そして、その次の段階。自分たちの仲間の能力と特色を、ちゃんと1人1人把握する事。

ローレンツの与えた課題に、ユリコは大きく頷いて、森のあちこちで作業している兵士たちの元へと向かった。





兵士たちの元を駆け回るユリコの様子を見ながら、ハイデマンがローレンツに声をかけた。


「どうですかな、隊長。ユリコ特務の様子は」


「うん。ちゃんと兵士たち1人1人と対等に話し、彼らを知ろうとしてくれている。

 やや己の信条を貫きすぎる、猪突猛進というか、怖いもの知らずな所もあるけれどね。

 同時に、彼らの境遇を思いやってくれる優しさもあるようだ。


 あの若さと、女性である事から、兵士たちの信頼を得られるか、正直俺も最初は不安がなかった訳じゃない。

 けれど、俺の助けなんか必要としなくても、彼女は持ち前の度胸とパワーで、自分の力でなんとかするようだ。

 意外に冷静だしね。 きっと、いい指揮官になってくれるんじゃないかな」


そう言い、期待を込めるかのように、ローレンツは嬉しそうに彼女の様子を見守っていた。


2人の視線の先には、ヒューイとアクセルと何人かの兵士を囲んで、何やら騒がしく叫んでいるユリコの姿が目に映っていたのだった。




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大陽の光が陰り始め、傾いた陽が投げかける金色の光に森の木々がささやく、黄昏の少し手前の時刻。


「準備はいいかな、皆?」


絡繰式銃剣に電力を十分に充電し、武装したローレンツが、機械部隊の皆に呼び掛ける。

セオリーに反する時分の出陣に、クルルは若干気弱に呟く。


「こんな時間に攻め込むなんて、ちょっと卑怯じゃありません……?」

「馬鹿、これは戦いなんだよ。卑怯もくそもあるかよ」


クルルの呟きに少し呆れながら、アクセルは自分の銃の具合を確認しながら答える。


「奇襲だからね。まぁ戦いってもんは、明確にルールが決まっている訳じゃない。

 いつ相手から攻められても、お互いに文句は言えないよ。だから双方、常日頃警戒しているじゃないか。

 あちらには悪いけど、これも戦いだ。お暇して貰おうじゃないか。」


ローレンツが名付けた、『突撃・隣の晩ごはん作戦』という、少し変わったネーミングのこの作戦。

奇襲というのは大抵、相手が眠る事の多い深夜から早朝にかけて行われる事が多い。

そんな中、視界の悪い夜が近づく夕暮れ時に奇襲をかけるのは、あまり行われない作戦である。


彼曰く、膠着状態だった戦線で、まさかこんな遅い時間帯から自分にとって不都合な作戦をするとは向こうも思わないだろうと。

その為、準備が十分に出来ない所を急襲するという狙いがあった。


「逆に言えば、夕餉の支度をしている今の時間なら、あっちも油断してるって訳。

 ちょっと気が引けるでしょうが、ここで睨み合いを続けて膠着していてもしょうがないでしょ。

 戦いを早く終わらせるためにも、とっととケリをつけるのよ。」


ジャキン! と銃を構えて、物騒な台詞をさらりと口にするユリコ。


「に、しても…… その恰好……ねぇ……」


半ば呆れるようにしてユリコが振り返ったのは、鉄の板を曲げては伸ばして、貼り付け接合し組み合わせた兜や胸当てをつけた

まるでブリキの鎧の出来損ないのような、ヒューイの恰好だった。


「うーん、デザインセンスはまだまだ改造の余地があるんだけどなー。しょーがねーさ、急ごしらえだったから!

 ホントはもっとボルトやナットを飾りにくっつけたかったんだけど、あまり使い過ぎるなって言われてよー」


「隊長も言ってただろ、資源は大事に使えって。お前のセンスとやらに任せて作ったら、それこそ部品が足りねーよ……」


あまり満足気でないヒューイに、隣にいたアクセルが突っ込む。

そういう彼を始め、大半の機械部隊の面々は、急ごしらえのような、頭部と胸部を護る鉄製の鎧を身に着けていた。

コリンドーネの銃撃から、その身を護る為の鉄製の防御のためだ。



「ユリコ特務は被らないのですか?」

ハイデマンが手にした急ごしらえの鎧を見て、ユリコは笑って遠慮する。


「大丈夫よ。そんな重たいの着けたら、重くって銃が上手く狙えなくなるもの。こっちの方が身軽だしね。

 でもアンタたちはしっかり被ってて。銃の威力は遠くからでも大きいわよ。急所を撃たれたら、それこそもたないわ。」


コリンドーネの銃兵隊が扱う銃の威力を、同じ銃使いであるユリコは誰よりもよく分かっていた。

カーディレットよりも精密な加工技術が優れているコリンドーネ式の銃は、命中率が高く、そしてその威力も高い。

この一見とんちんかんな謎の鎧は、兵士たちが狙撃されるのを、ユリコが恐れての指示だった。


そして、俯いて小さく呟く。


「例え望まない戦いだとしても、アタシたちは皆逆らう権利もなく、国の命令ひとつで戦線に立たされているわ……

 アンタたちが1人でも死んだら、故郷でアンタたちの帰りを待つ友人や家族、想い人、

 そして隣で戦う仲間や、アタシだってやり切れないわよ……」


「ん? なんですと?」


風にかき消されてしまう程のユリコの小さな呟きを聞き取れず、ハイデマンが聞き返すと、

兵士たちを前にして、ユリコは仁王立ちになり、片手に愛銃を構え、黒髪を靡かせて勇壮に叫ぶ。


「いい!! 家族がいる奴もいない奴も、恋人いる奴もいない奴も!!

 とにかくなんであろうと、犬死にだけはすんじゃないわよ!! 無事に帰ってきなさい!!

 女子供や戦友を置き去りにして死ぬような奴は、このアタシがぶっ殺すから!! わかったわね!!」


ユリコの一風変わった激励の言葉に、兵士たち一同目をぱちくりさせる。

言葉こそ威勢がいいが、武功よりもこうして自分たちの命の方を慮ってくれるような将官は、兵士たちはついぞ見かけたことがなかった。

そして、ふっと口元に笑みを浮かべ、兵士たちは次々と拳を振り上げて答える。


「お嬢、分かってらい! お嬢を護り切れずにこの命、簡単に朽ちてたまっかよ!」

「俺、恋人なんかいないけど、ユリコ特務の為なら頑張る……!」

「よっ、ユリコちゃーん、かっくいー!!」

「つまりは生きて帰らないと2重にユリコ特務にしばかれるという事か」

「あのなぁ、なんかこれ言ってることオカシイ事に気付いているかお前ら?」

「あはは……僕たち、無事に戻ってこないとですね」


兵士たちから威勢が良い声が次々と上がるのを、ローレンツは穏やかに微笑んで見守っていたのだった。





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