暫く待機命令が出されていた機械部隊に、カーディレット帝国の司令部からついに進軍命令が下る。

いつまでもテワランとコリンドーネの共同戦線に対し、膠着状態を保ったままではいられなかった。

兵糧や機材、そして一度敗れた兵士たちの士気も徐々にすり減っていく事を、司令部は危惧したからであった。



先日戦線を共にした騎竜部隊と、ソルシエールの魔導師部隊は、今回は戦線を共にせず

機械部隊のみの攻撃で、設営キャンプを少しでも奥地へ進めるべし、との命令だった。



「どうしてうちの部隊だけでの攻撃なんですか!! うちだって疲弊しているのに!!」


司令部からの命令に、アクセルが憤慨する。


「おそらく、先日のあの一戦で、騎竜部隊のワイバーンたちが大幅にやられてしまったからね。

 彼らは大きな機動力があるけど、生き物である以上、傷を負ったら回復にそれなりに時間がかかるんだよ。

 それに、ソルシエールの魔導師部隊は、あっちの国が絡んでいる。同盟を組んだ以上、極力あまり傷つけさせたくはないんだろうよ。

 だから前回サポートとして立ち回り、あまり被害の少なかった俺たちの部隊に、先鋒としての白羽の矢が立った訳さ。」


一見不条理な命令であるものの、どういう意図があって司令が下ったのか、冷静にローレンツは分析する。


「ふぅん……これが、『お上』のやり方って訳ね。

 見え透いた雑用じゃない。面倒な雑草狩りはアタシたちに投げといて、一番おいしい役得を、あっちの部隊に寄越せって事でしょ」


司令部からの命令を聞き、至極気に食わない調子でユリコが言うと、ローレンツは笑って彼女に答えた。


「あぁ、そうだとも。まぁ仕方がないよ、俺らはそういう部隊、そういう立ち位置にいるんだ。

 だが、裏を返せば、戦闘の作戦の全責任は俺たちにあるってことでもある。

 他の部隊の意向に捉われることなく、俺らで独自の戦略、判断を取る事が出来るんだ。」


「へぇ…… で、どういう作戦でいくのかしら、隊長さん?」



まずはお手並み拝見とでもいうかのように、ローレンツの作戦を伺う。


すると、ローレンツはここの一帯を記した地図を持ち出す。

地形や森の配置、高低差なども自分自身で書き込んだ、詳細な地図だ。


「まずは、前回目標としたポイントφではなく、それよりももっと戦略的な場所を目標とするんだ。

 彼らだって飲み水確保は大事だろう? 比較的近いこの川と湖一帯を占拠したら、長期的にキャンプを張る事が出来る。

 そして大事なのは、この少し開けた丘だ。」


ローレンツが指し示した地図には、森の中にぽっかり空いた場所があった。



「ここは、俺たちがわざわざ労力出して森を切り開かなくても、森の中に自然にできた草原がある。

 これだけの広さがあれば、何が出来るか分かるかい?」


彼の問いかけに、クルルははっとして答える。


「ワイバーンの発着地……!!」


「そう、騎竜部隊をここに誘導する事が出来るし、ここを拠点に本国からの輸送だって簡単に行える。

 テワランの連中も、おそらくここを拠点にして使っている。彼らの移動手段のひとつに、竜もあるからね。」


「なるほど、これは確かに、ポイントφよりも、断然戦略的ですな。」


彼が指し示した目標とする場所の戦略的な有効性に、ハイデマンも納得する。



「ただ、ここの重要性は向こうだって承知の上だ。ここを重点的に護りにかかるだろう。」


「まぁ、そうなるわよね…… うちの部隊は前回、前々回と大きな痛手を受けてるけれど、何か策はあるのかしら?」


ユリコが溢した疑問に、ローレンツはきらりと眼鏡を光らせる。


「彼らは、次も俺たちが大規模な合同軍でやってくる、そう思っているところが抜け穴だ。」


「どういうこと?」


「こっちは一度大敗をしているんだ。まさか、コリンドーネ軍が共同戦線を張っているなんて、俺たちも思っていなかったからね。

 だから、痛い目を見た俺たちの軍は、再び向こうの合同軍の戦闘規模に合わせた編成で臨んでくるだろう、って思いこんでいる。

 そうすれば、そのように作戦を練ってくるだろう。


 だが、コリンドーネ軍の協力は今回が初めてだ。俺たちは大敗したが、あちらも急ごしらえな準備が多かったのじゃないかな。

 だから、作戦展開にそんなにバリエーションがあるとは思えない。よっぽど有能な指揮官がいれば話は別だけどね。

 今回俺たちが被った被害を、一度整理するんだ。皆、覚えている限りで良い。それを一度書き出していこう。」


「なるほどね……考えたものだわ」


ユリコは、ローレンツの頭の回転の速さに感心した。

将軍が変わって機械部隊が大きく功績を上げるようになったのも頷ける。

上司がそれなりに立ち回れると、やり方によっては部下の能力を最大限以上に引き出す事も可能だからだ。




兵士たちはそれぞれ、自分たちが受けた被害や、敵方の装備、トラップ、能力など、思い出せるだけ書き出していった。



「そういえば、以前ギュンター将軍を狙撃した人物は、今回は居ましたか?」


兵士の1人が尋ねると、ローレンツは首を振る。


「いいや。戦線でイグナート将軍を狙った凄腕の狙撃手は居たけれど、確かあの時は突風に邪魔された。

 おそらく、その狙撃手は魔法も使うのだろう。今回はそのような魔法は見なかったな。

 コリンドーネは銃の腕前で有名だけれど、やはりもともとテワランにも銃を扱う人物がいるのだろう」


「機械を忌み嫌っているテワランにしては、珍しい人物ね……」


「そうなんだ。実は、この人物が今、極秘に司令部から捜索を依頼されているらしくてね。

 俺たちも見つけたら報告義務があるんだけれど……今回の戦線にいるかどうかは不確定だ。

 皆も、頭の片隅にでも置いておいて欲しい。」


「分かったわ」


ユリコ始め兵士たちは、託された司令部の依頼に頷いたのだった。



「……にしても、書き出してみると、思ったより単純な作戦だったね。 結界装置を使ったトラップに、各個撃破か。

 ワイバーンに乗っている騎竜部隊と魔導師部隊を一旦地上に落としてから、コリンドーネのリフレクトメタルを使った武力戦……

 案外、あっちの勝利は、物量が違えば叶わなかったかもしれない……

 残念ながら、俺たちの図った機械の軽量化や簡略化、規模の縮小は、あの作戦では功を奏しなかったんだね。

 これは騎竜部隊たちに悪い事をしたな……」


「この間の作戦の事?」


「あぁ。多分今まで通りギュンター将軍が健在で、力にものを言わせて火炎放射器で森を焼き払ったりすれば

 テワラン兵やコリンドーネ兵は隠れる場所を失い、トラップさえ仕掛けられず、退いていたかもしれない。」


立てた作戦の過ちに気付き、考え込むローレンツ。


「しかしおそらく、ギュンター将軍ならば、手柄を独り占めにしたいが為に、騎竜部隊との協力には応じなかったでしょう……」


ハイデマンはそう言って、ローレンツを励ます。




一度立ち止まって自分の過ちにきちんと向き合うローレンツのその姿勢に、

ユリコは、彼がただ野心的に手柄を追い求めるような人物ではない事を感じ取った。


そこで、少しだけだが己の考えを述べたのだった。



「アタシも、ハイデマン軍曹の意見に同感よ。ギュンター将軍ならばその作戦自体が成り立たなかったでしょうし、

 何より彼らのサポートに徹するように言われたのは上部からの命令でしょう? 仕方が無いわよ。

 隊長は出来る限りの事をしたと思うわ。ワイバーンに装甲を施したお陰で、被害が最小限に食い止められたとも聞いているし。」



そう話すユリコを見て、はじめてほんの少しだが、優しささえ感じる彼女の言葉に、思わずローレンツは微笑んだ。


「慰めてくれているのかい? ありがとう、ユリコ。ちょっと嬉しいよ。」

「ま。折角慰めてやったのに、ちょっとしか嬉しくないの?」

「だって、来た時から、君の言葉にはどこか棘があるんだもの」


ぷぅっと頬を膨らませるユリコに、そういってローレンツは笑ったのだった。


すると、周りにいた兵士たちも笑い出す。


「ははは、ツンデレお嬢が、少し歩み寄ってくれたじゃねーっすか」

「ユリコちゃん、ローレンツ軍佐はこないだ就任したばかりなんすよ! まぁ多めに見てやってな、ははは!」

「まー少しずつ仲を温め合っていきましょうや!」




機械部隊の兵士たちは、まだどこか頼りなささえ感じてしまう、自分たちの上官のやりとりを見て笑っていたのだった。





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