しまった、と思った時には、もう遅かった。
感情が先走ってつい大声を上げてしまった時には、ユリコは銃口をこめかみに突きつけられていたのだった。
「折角うまいこと潜んでいたのに、大声出しちゃ台無しだぜ、お嬢ちゃん?
……隠れている奴は皆、姿を現すんだ。このお嬢ちゃんの頭を吹っ飛ばされたくなかったらな」
イーグルがそう言うと、葉の影に潜んでいたアクセル、ヒューイは黙って姿を見せた。
「武器から手を放し、地面に置け」
イーグルの低く冷たい言葉に、アクセルは微動だにせず、彼を鋭く睨み続ける。
それを見たイーグルは、再び銃をユリコに突きつけて言う。
「聴こえなかったのか。2度は言わさんぞ。武器を地面に置くんだ」
動こうとしない彼にもう一度告げると、ようやくアクセルとヒューイはそれぞれ地面にゆっくりと武器を置いた。
「よし。 そのまま2、3歩下がれ。」
ユリコを中心にして、周囲の人間は皆、次にどんな展開になるのかと、双方息を殺して動けずにいた。
「先程の襲撃で、手負いの俺たちがこっちへ逃げてくると思って、待ち伏せていたのか。
随分と手回しのいいことだ。だが惜しかったな、大声を上げるなんざ、随分と詰めが甘いようだ。」
ユリコは突きつけられたピストルに怯むことなく、自分に銃口を向けている人物を睨みつけた。
状況を確認すると、銃を扱うのは、自分に銃口を向けるこの男性と、後ろで事の顛末を見守っている兵士の2人だけのようだ。
両手を挙げて下がるアクセルとヒューイに、ユリコは視線で合図する。
「えぇそうね。付け加えれば、今自分が優位に立っている、と過信するのも危険よ?」
そういうが早く、銃口の射程位置から素早く身を切り返して死角に回ると、銃を構える腕を捻り上げる。
見た目からして若い少女のその予想外の反撃に驚いたイーグルは、手元から銃を取り落してしまう。
同時に、アクセルは走り出してばっと空中回転したかと思うと、なんとイーグルの背後に着地し、
腿に隠していたもうひとつのスペアの銃を構え、彼に突きつけた。
ヒューイも素早くチェーンソーを拾い上げ、他の兵士たちを牽制する。
「ほぉ……若いのに随分いい動きをするじゃないか」
「まぁ伊達に訓練していないからね」
「へっへ、褒めてもいいんだぜーぇ!」
「ヒューイ、おめぇこんな状況なのにふざけてんなよ……」
ユリコたちの思った以上の反応の速さにイーグルは感心し、両手を挙げて無抵抗の意を示す。
一方ピースサインを掲げるヒューイに、アクセルがぼやいて後ろから突っ込んだ。
2人はともかく、ユリコは士官学校で武術訓練を正式に受けた身。簡単に相手に捕まるような軟な存在ではなかった。
黒髪をはらりと手で掬い流し、再び銃を構える。
「わざわざアタシたちを見つけ出さなければ、無理に戦う事もなかったのに」
「そりゃすまねぇな。どこに潜んでいるか分からない敵兵を見つけ出すのは、まぁいわば条件反射のようなもんでな」
イーグルの後ろで、リーディエとリックスは武器を構えて警戒する。
しかしイーグルは、大丈夫だと言わんばかりに、片手を上げて彼女らを制止する。
「で。これからどうするのかしら? アタシたちと戦う心算なら、正面から相手するけど。
……でも、そのゆとりも、正直貴方たちにはないんじゃない?」
担架に伏しているアルバトロスを一瞥した、ユリコの挑発的な言葉にも尚揺るがず、イーグルはあくまでもゆったりと応対する。
まるで、はじめから実力には雲泥の差がある、とでもいうかのように。
そのゆとりが、ユリコには気に食わなかった。
「あぁ、お気遣いありがとさん。 まぁ、あんまりゆとりがある状況とは言えねぇんだが。
その言葉そっくり、お前さん方に返させてもらうぜ。
何故少数編成で、敵とかち合うリスクのある、こんな密林のど真ん中にお前さん方はいるのかって話だ。」
「作戦を簡単におおっぴらにされると思われちゃ、こっちもたまんないわね。
このまま、抵抗できない貴方たちを、先程交戦していた部隊に引き渡してもいいのよ?」
「そりゃ困るな。手負いの味方もいる事だしな。このまま穏便に逃がしてくれると、こちらとしても有り難いんだがな。
どっちにしろ、見つけ出さなければ、って話から、戦う気はないんだろう?」
「そっちのペースで話を進めないで。条件を持ちかけているのは、こちら側なのよ?」
両手を挙げているイーグルの背中に、もう一度アクセルが銃を突きつける。
すると、イーグルは驚く事を言ったのだ。
「分かった。素直になろう。
俺たちを見つけていながら、奇襲をしないでいてくれたのは感謝するよ。」
その言葉を聞いた瞬間、ユリコは真っ赤になる。
先程のユリコとアクセルの会話を、彼は聞いていたのだ。
「随分帝国兵らしからぬ行動じゃないか。
手負いの敵兵を見つけながら、圧倒的優位にありながらも、手を出さずにいるだなんて。」
イーグルのその言葉を聞いた瞬間、そして臙脂色の大きなリボンに長い黒髪という目の前の少女の姿を見て、リックスは思い出した。
「アナタ、機械部隊の副官さん!」
「なんだリックス、知り合いか?」
目を丸くしたリックスに、興味深そうにイーグルが話しかける。
「シャオフーを追いかけていった時に、一時的に捕虜となってしまった際、彼女たちが解放してくれたんです」
「そうだったのか。なんだ、お前さんたち、敵兵に情けをかけるのはこれが初めてじゃあないようだな? ははぁん。」
そう言って腕を組みながらイーグルがユリコを覗き込むと、ユリコはますます顔を赤らめる。
「おいおっさん。副官をいじめてんじゃねぇよ」
やもすると楽しそうにも見えてしまうイーグルに、アクセルは銃を突いて脅しをかける。
「や、済まんな。 若い子をからかうのは楽しくてな。
しかし、随分若いのに副官を任命されているとは大したもんだな。
……なるほど、これはお前さんの独自の意思か?」
イーグルにピタリと言い当てられてしまい、ユリコは押し黙ってしまう。
「そういえば、一緒に居た、あの眼鏡のお兄サンは? 別行動?」
さらにリックスにローレンツの行方を問いかけられると、ますます何も言えなくなってしまう。
そんな様子を見かねて、黙ってしまっているユリコの代わりに、アクセルが溜息をつきながら彼らに説明した。
「アンタたちに大規模な魔法攻撃をけしかけた連中と、俺たちは別に独自に行動している。
折角おいしい手柄が目の前に転がっているっつーのに、副官はそれを拒んでる。まぁ、結局のところ、彼女の意思だな。
あとはユリコ特務、アンタが彼らに説明しなよ」
そう言って、それまで構えていた銃をアクセルはようやく下ろし、ユリコの肩をぽむぽむと叩いた。
「……怪我人を引き連れている中、奇襲をかけるのは、たとえ手柄になろうとも、あたしの正義感が許さないの。
誰彼構わず傷つけるような、野蛮な帝国兵と一緒にしないで貰いたいわ。」
「それが帝国の方針に反するって言っても、このお嬢は聞かねぇんだよな。ま、そんなコイツについて行ってる俺も俺なんだけど」
「そんなユリコちゃんに、俺も、地の果てまでだってついていくぜー!」
3種3様の異色のこのユニットを目の前にして、イーグルたちは目をぱちくりさせる。
そして、盛大に笑ったのだった。
「だはははは!! 変わった奴らだなぁ!! 国の方針にヘソ曲げるなんてな!!
だから折角の好機でありながらも、俺たちを捕まえたり迎え撃ったりしなかったわけか!」
「勘違いしないでよ! だからと言って、敵国兵士である貴方たちと、別に慣れ合うつもりはないんだから!」
ぷいと横を向いたユリコであったが、酷い火傷のアルバトロスをもう一度見やると、彼らにそっと呟く。
「だから、今の貴方たちと戦うつもりはないわ。
今はこんな事をしている状況じゃないでしょう。その方の状況は、一刻を争う筈だわ。
貴方たちも、出来れば私たちと剣を交えずに、怪我人を連れて、そっと立ち去って欲しいの……
これが、今のあたしたちが出来る最大の譲歩よ。」
懸命に頼み込むユリコに、リーディエが鋭い視線で、厳しく問い詰める。
「いずれ私たちが、怪我を回復させ、貴方たちともう一度戦う、という事になったとしても……?」
彼女の問いかけに、ゆっくりとユリコは頷いた。
「いつかは戦わなくてはいけない時が来るかもしれないわ。でも、その時は、せめて正々堂々、正面から挑みたいの。」
「あのなぁ。戦争なんだぞ。戦いに正々堂々もあるかよ……勝てばいいって世界だぞ。
勝つ為なら手段を択ばないって奴らは、いくらでもいるだろうに。そいつらに出し抜かれるのがオチだぞ?」
ユリコの正義観に、アクセルが横から溜息をつく。いくつもの戦場を経験した、彼なりの厳しい意見だ。
「わかってる……カーディレット帝国が、他国からどのように言われているかは、なんとなくだけど知っているわ。
自分がその国の生まれだという事もね……
そんな国の人間が正々堂々だなんて、笑わせるわよね……
それでも、自分なりの正義をせめて持ちたいと、あたしは思うの。」
「自分なりの正義……」
ユリコが口にしたその言葉を、リックスは、そしてアクセルは、何度も反芻して噛みしめる。
暫く話を聞いていたイーグルだったが、ユリコの話を受け、強く頷いた。
「分かった。そう言ってくれるのなら、こちらにとってもこれ程有難い事はねぇよ。
今は互いに攻撃しない事を、ここに約束しよう。」
こうして、互いに攻撃を仕掛けない事を、双方共に合意したのだった。
分かれる間際、ユリコの事をずっと気にしていたリックスが、そっと彼女に話しかけてきた。
「ありがとう。2度ならず3度までも、助けてくれて。」
「助けた? アタシは何にもしてないわよ? 寧ろあたしは敵じゃない。感謝される筋合いはないわよ」
「いいえ。出会ったのがアナタたちじゃなかったら、ワタシはまず捕虜として殺されていたかもしれないし、
今回だって、重症の仲間がいる中で、戦闘を避けてくれたわ。
……この間聞かせてくれた、アナタのあの思い。あの信念に、救われている人は多いと思うの。
帝国は嫌いだけど、アナタみたいな人がいるって分かって、嬉しかったの。」
戦いとはいえ、無駄な犠牲を生みたくない、悲しみの連鎖を生み出したくないという、彼女の信念。
その信念は、今ここでも、ひっそりと咲いているのだろう。
彼女の思いに、リックスもまた、突き動かされたのだ。
「アナタが何と戦っているかは分からないけれど、アナタの信念、ワタシも応援したい。
……今は仲間たちと離れて辛いでしょうけれど、頑張って」
そう言って手渡されたのは、すらりとしたフォルムの、きらりと光る真鍮製の弾丸だ。
「これは……!」
「アナタの持ってるスナイパーライフル銃と、同じタイプの弾丸よ。
ずっと戦線にいるのに、補給も出来ないから、そろそろ残弾も少なくなってくる頃でしょう?
本当は敵兵になんか、渡しちゃいけないものなんだけどね。アナタになら、いいかなって。
是非、アナタの戦いに役立てて欲しいの。」
弾丸をユリコにこっそり手渡すと、リックスは小さくウインクした。
「ありがとう……!! 大事に使わせて貰うわね!!」
本国からの補給がほぼ期待できないこの状況下で、弾丸は彼女にとって何より有難く、心強いものだ。
おかげで、もう少し戦える。
しっかりと、思いが託されたその弾丸を握りしめて、ユリコはリックスに礼を言い、その場を後にしたのだった。
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「……彼女たちをあのまま行かせてしまって、良かったんですか?」
ユリコたちから離れた後、リーディエがイーグルに問いかける。
「ん? あぁ、さっきの嬢ちゃんたちの事か?」
「彼女たちが我々の事を、他の仲間に報告するかもしれませんよ?」
「構わねぇさ。した所で、俺たちが大打撃を受けたって言う、ある程度の情報はあちらにも渡っているだろうしな。」
「……あの臙脂色のリボン。機械部隊の副官という情報。
あの娘こそ、前の戦いで我々を撃破した鍵となった、凄腕の銃使いでしょう。
彼女の存在は、今後の戦況を左右するものになるでしょう。もしかすれば、我々を撃破してしまう要因にも……
今あそこで、討っておかなくて良かったのですか?」
不安な表情でリーディエはそう溢した。
しかしそれを聞いたイーグルは、思った以上に気軽な調子で、彼女の問いかけに答えたのだった。
「おいおい、それこそそれをしたら、あの嬢ちゃんが俺たちにかけてくれた情けを仇で返す事になるじゃねぇか。
心配しなくとも、少なくともあの嬢ちゃんの信念からして、俺たちに再度挑んで来ようとも、俺は安心して相手をすることが出来る。」
「どういう事ですか?」
首を傾げるリックスに、イーグルは、今までの戦場での経験を語った。
「一戦交える時は、相手の人間性が物を言う。どんな信念を持ち、どう戦うのか。
あの嬢ちゃんは、戦う時でこそ、簡単に見境なく殺戮を行うような人間ではないし、卑怯な振る舞いはしねぇ。
お前たちも見てきただろう。急所だけをついて戦闘不能とし、命までは取らなかった。
敵であれ、相手を大事にするような人間だろうなって。実際に戦ってみて、そう感じたんだよ。
だから、あぁいう相手は、安心して相対する事が出来る。敵として信用できるんだ」
「敵として、信用できる……?」
「お前さんも感じただろう。こいつなら、酷い事はしないだろうって。
同じ帝国兵ではあるが、他の者とは違う、こいつなら大丈夫、ってな。」
イーグルの言葉に、リックスは何となく感じる所があった。
あの臙脂色のリボンをつけた、銃使いの少女。
彼女が語ってくれた、敵味方問わず無駄な血は流したくないという、その信念。
戦いの中に身を置く状況で、一見矛盾するようにも思えるその信念は、己の国の在り方にも疑問を抱きながら
それでも先に進む為戦い続ける彼女を、きっと支えているのだろう。
敵でありながらも、彼女の思いに共鳴したリックスには、イーグルが語ったその意味を、少しだけ理解できたのだ。
「それより厄介なのは、アルバに酷い火傷を負わせた、あの精霊使いの連中だ。
見境なく焼き払ってきただろう。あの連中は、礼儀や人道ってもんを知らねぇ。
そういう連中が敵として立ちはだかった場合は、逆にこっちがどんな手を使ってでも、
俺たちはあいつらを徹底的に叩きのめさなきゃならねぇんだ」
「まぁ、今回みたいなケースは稀で、ワタシたちが相手にしている帝国兵は、大半がどうやらそっちの考えみたいよね……」
「あの嬢ちゃんたちと出会えたら、もう一度話をしてみたいもんだな。
同じ帝国でも、考え方に違いがあるようだ。
もしかしたら、それが今後この戦いに、何か道を開くかも知れねぇ。 ……まぁ、これは推測に過ぎんがな。」
ユリコたちの思想に触れたイーグルは、帝国内でも考え方が違うという事に興味を抱いたのだった。
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