本国に戻っていった機械部隊のメンバーのうち、ユリコと共にごくわずかな一部の兵士たちが

テワランに隠れているとされる風の精霊使いを探す任務を担い、雑草や木が鬱蒼と生い茂る険しい山道を進んでいた。

敵に見つからないように、最小限の装備だけを背負い、這うようにして一歩一歩慎重に進む。



「……進めど進めど、鬱蒼と茂る森ばっかりだな……」


「油断してはダメよ。精霊使い部隊が森の大部分を焼き払ったとはいえ、どこかにテワランやコリンドーネ兵が

 隠れているとも限らないわ。彼らに見つからないようにして、その風使いを私たちは見つけ出さないといけないの。」



銃を手に、草むらを描き分けて進むユリコたち。

途中、草陰から物音がしたと思って、急いで構えの姿勢を取るが、現れたのは茶色い毛並みのウサギだ。



「ウサギかよ…… あ〜、みんなが装備を持って帰ってなければ、このウサギでまたユリコちゃんのうまい鍋が食えたのによー…」


野原を駆けまわって身の引き締まったウサギを見て、ヒューイが名残惜しそうにぼやく。



「無事に戻ったら、また作ってあげるわ。だから、それまでもうひと頑張りよ」


こんな状況でも、食欲に正直なヒューイの様子にひとしきり笑って、ユリコは彼を励ました。





「それにしても、精霊使い部隊のあの魔法、凄い威力だったな……」


彼らがやって来た時の爆発の様子を思い出して、アクセルが言う。


「えぇ…… あれだけの戦力が出てきたら、戦線はあっという間に、こちら側が圧倒的な有利な状況になるでしょうね。

 テワランやコリンドーネを陥落させるのも、もしかしたら時間の問題かもしれないわ……」


ユリコも難しい顔で呟く。


自分たちが今まで必死に戦ってきた相手を、あのように簡単に捻り潰してしまう、精霊使い部隊の力は凄まじいものだ。

だからこそ、彼らの力を以てして、帝国が簡単に諸外国を征服してしまうような状況になってしまわないか、

ユリコはそれを一番危惧していた。



「……でも、手柄を上げた彼らに、帝国やピーテル殿下を好きにさせる訳には、決していかないのよ」



精霊使い部隊を率いていたのは、冷徹無慈悲で名高いグスタフ将軍、アルルカンと名乗る仮面の将校。

そして、処刑されて再び蘇生され、精霊使いの兵士として戦わせられている、ブリューゲル……いや、トゥワイスと名乗る人物。

確実に、エドワードが裏で糸を引いていると思しき連中だ。


つまりは、彼らが手柄を上げるという事は、それだけエドワードの一派が帝国内を確実に牛耳る状況に近づくという事だ。



人道に背くような実験で得た戦力で、世界をモノにしようとする彼らの邪な思惑を、ユリコは絶対に打ち砕きたかった。

不屈の意志で、行く手を阻む何本もの木の根を掻き分けて、道をなんとかこしらえ、苔むした岩を登り、

顔や手足、紅い軍服を泥だらけにしながらも、彼女は尚進んでいく。




「しっかし、俺たちが仮に、その風の精霊使いを捕まえたとしても、あの精霊使い部隊の戦力を見る限り

 俺たちの手柄なんか、司令部にとっちゃへのかっぱじゃねぇのか?」


風の精霊使いを捕まえても、それが果たして手柄になるのか、道中を進むアクセルは足を一旦止めて腕を組み、訝しんだ。



「確かに、精霊使い部隊のあの戦力に比べたら、たった1人の力など、ちっぽけなものかもしれないわ……

 だけど、その風の精霊使いは、機械部隊の前任の隊長・ギュンター将軍を、魔法で妨害しつつ確実に狙って射止めるなど

 戦略性に長けた戦いっぷりをしていたそうよ。


 兵士たちひとつひとつの戦力を潰すよりも、寧ろその戦略を編み出すブレーンを持った存在を潰す方が

 部隊にとってどれだけ痛手か。……今なら分かるわよね、アクセル?」


ユリコにそう諭され、思わずアクセルは唸る。


確かに、前の戦いでも、コリンドーネ側からユリコを狙撃されかけた時、アクセルを始め兵士たちは随分肝を冷やした。

なるほど、重要な人物を捕獲するという事は、軍にとってそれだけ大きな意味を占めているらしい。

実感を持って、アクセルはユリコの言を理解した。



「さっすがユリコちゃーん!! 賢いなぁ!!

 なんで帝国のお偉い様は皆、ユリコちゃんの話をまともに聞かないんだろうなぁー?」


「そりゃ、まだちんちくりんのガキ…… いや、家柄が良いとはいえ、年が若過ぎるし、実績も積んでない。

 そんな若造の話なんか、重鎮方がマトモにとり合うかよ」


アクセルはそう冷静に分析した。背後にユリコのやや刺々しい視線を感じながらも。



「……確かにそうよ。悔しいけれどね。

 だからこそ、発言に見合った実力や手柄が要求されるのよ」


ユリコはというと、彼を叱り飛ばさず、素直に受け止め、ため息をついた。



確かに彼の言う通りだ。司令部の重鎮と話すには、自分は若すぎるし、実績も何もない。

家柄という肩書に助けられているだけだ。自分の未熟さを、ユリコは痛い程感じていた。


だからこそ、士官学校では銃の腕に磨きをかけ、そんじょそこらの男子になぞ負けないぐらいに鍛錬した。

その上で課されたのが、今回の戦線での任務であり、そこで彼女は大いに実力を発揮していた。




出来る事ならば、今のカーディレット帝国軍を実質的に統括している、総司令官と直接話が出来れば。


カーディレット帝国軍がここまで力をつけたとされるのは、軍部に精霊使いを採用する事を提案した彼の功績だともいう。

そのアイデアの進言者に、敵国の精霊使い……しかもただの兵士ではなく、戦況を左右する程の戦略性を持つ人物を拿捕し、

交渉を持ちかけられないか。ユリコはそう考えていたのだった。




「まぁ、どこかの誰かみたいに、実力があるから発言権も手に入れられるってのも、どうかと俺は思うがな」

「あ、それってもしかして割り込みバニラ将軍の事かよー?」

「ありゃバニラアイスとかわい子ちゃんの事だけしか考えてねぇよな」


アクセルとヒューイはそう言うと、けらけら笑ったのだった。







山道をしばらく進んでいくと、いち早く何者かの気配を察知したアクセルが、2人に呼び掛ける。


「伏せて隠れろ!! ……誰かが走ってくる気配がする」


言われるがままに、随分育ち過ぎた重たいヤツデの葉の影に、3人は身を隠した。



シダや苔に覆われた地面に足音を立てて、遠くから幾人かの影が近づいてきた。随分慌てているようだ。




「急いで!! 竜の発着場はこの先です!!」


「なんてこった…… まるで地獄絵図を見ているようだったぜ…… おい、アルバ、息はあるか?」

「なん……とかな……」


木の枝にジャケットを通して作った簡素な担架に乗せられて、コリンドーネの銃兵隊の副官・アルバトロスが

全身に酷い火傷を負って、テワランの兵士とイーグルが率いる担架に運ばれていたのだった。

その傍を、リックスも涙を堪えて付き添う。



「うぅ……副隊長……ぐすっ……」

「泣いてる場合じゃねぇだろ。 ほら、お前もしっかりしろ!」


涙を拭うリックスを、イーグルが窘める。そんな彼も、左腕に大きな怪我を負っていた。


「皆を逃がす為に、殿に残って盾になるなんて無茶よ……

 ワタシの持ってたアイスビュレットを全部託せっていうから、何するかと思ったら……」


「仕方ねぇだろ。こいつはそういう性分なんだから!」


「でも、おかげで被害があれ以上出なくて済みました……

 まさか、やってきた帝国の新手が、あれ程までの魔法を用いるとは……」


リーディエは先程の攻撃の様子を思い出し、蒼ざめて震えあがる。


「あれが噂に聞いていた、カーディレット帝国の精霊使い兵ってヤツだな……

 まるでバケモンだな。原っぱを一瞬にして兵士諸共焼き尽くしちまいやがった……」


腕の傷を忌々しく眺め、イーグルは悪態をついた。



どうやら彼らは、先程の精霊使い部隊の攻撃で深手を負ったらしい、テワランとコリンドーネの兵士たちだった。





ヤツデの葉の影から様子を窺い、アクセルは囁いた。


「あいつらは…… 俺たちと戦ってたコリンドーネの兵士たちだな。

 しかもかなりの重傷の様子だ……」


「まさか、彼らと戦う気?!」


驚くユリコに、アクセルが畳みかける。


「話の内容から、あの手負いの奴は将官クラスらしいぞ。

 アイツを討ち取れば、かなりの手柄になるんじゃないか?」


確かに、アクセルの言う通りだ。弱った敵の将官など、滅多にお目にかかれるものではない。

この好機をもってすれば、わざわざ労力を割いて密林を進み、風の精霊使いを捜索しなくとも、

敵の将官を討ち取ったという功績が、簡単に手に入るだろう。



しかし……




「おい、どうしたんだよ?!」


ユリコは、いつまでたっても愛銃に手をかけようとはしなかった。

苛立つアクセルに、流石のヒューイも声をかけた。


「ユリコちゃーん、どうしたの? 具合でも悪いのかい?」


俯いたまま動こうとしないユリコに、アクセルが業を煮やす。



「なんだよ、今更騎士道精神ぶってるのか?! 手負いの輩は撃ちたくねぇって?!

 そんな甘っちょろい事言ってるとな、自分が後ろから撃たれちまうんだよ!!」


すると、ようやく頭を上げたユリコは、その目に涙をいっぱい溜めて叫び返す。



「分かってるわよ!! それでも嫌なの!! 圧倒的優位にあって相手を甚振るような、卑怯な真似だけは!!

 そんなの、あの黒皇子と一緒じゃない!! アタシは正々堂々と戦いたいのよ!!」



その叫び声が仇となった。




「ほぉ…… 火薬の香りがすると思ったら、こんな所に帝国兵が潜んでいたとはな」



ユリコのこめかみに、リボルバーピストルの冷たい鉄筒が突きつけられた。

ヤツデを掻き分けて、草むらに潜んでいたユリコたちを、イーグルが見つけ出したのだった。




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