戦場で傷ついた兵士たちが、傷ついた身体と心をゆっくり癒す場所。

または、兵士たちを1人でも多く、再び過酷な戦場へと戻らせる為に、故障した身体を修復する場所。


カーディレット帝国軍・医療部隊は、その2面性を持っていた。





「ぐす……っ、もう嫌です……!!」


左足が壊死しかける程、酷い損傷を負った兵士の傷を消毒しながら、医療部隊の兵士であるアーシャは

次々と流れ落ちる涙を袖で拭いながら、涙声で弱音を吐いた。チャコールグレイの制服の裾が、零れ落ちた涙で点々と滲む。

治療しても幾人も幾人も、次々と運ばれてくる重傷の兵士たち。

医療部隊の集中治療室は、咽返るような生々しい血の匂いと消毒薬の異質な香りが混ざって、息が詰まるようだった。

目の前の怪我人もその意識はなく、浅い呼吸を苦しそうに繰り返している音だけが、小さく、途切れ途切れに続いていた。

耐えがたい痛みに苦しむ彼らのうめき声は、眠りにつこうとする時でさえ彼女の耳から離れない。


そんな彼女の隣で淡々と傷を洗い、消毒し、包帯を巻くクリスティーヌが、ふとその治療の手を止め、彼女を優しくそっと慰める。


「辛いでしょうが、泣かないで、アーシャ。痛みを耐えている方々は、貴方の涙をみれば、もっと辛くなりますよ。」


アーシャに優しく声をかけたクリスティーヌのその手も、治療している重傷者の血で紅く染まっていた。

いつ止まるか分からない弱々しい呼吸をしている重傷者を見守りながら、クリスティーヌは懸命に治療を続ける。

その様子を見るなり、アーシャは再び涙する。


「だって、傷を負った人たちが絶える事は、決してないんです……!

 毎日、毎日、酷い怪我を負って運ばれてくる……折角彼らを治したとしても、戦場へと再び赴いて、

 また同じように怪我を負って戻ってくる……

 こんな事の繰り返し、彼らを再び苦しめる為だけに治療しているようなものじゃないですか……!!」


丁度薬品やガーゼ、包帯を運んでやってきたトレバーも、彼女の叫びを聞き、その表情を暗くする。

しかし気を取り直すと、涙に頬を濡らした彼女の肩を優しく叩き、声をかける。


「ちょっと、休もう、ね? 消毒は僕が代わるから……」

「ありがとう、トレバー。アーシャを休憩室へ連れて行ってくれるかしら? 彼の処置は私が代わります」

「え、でも、一度に2人は……」

「大丈夫。困ったらエミリカに応援を頼むから。それより、彼女を看ててくれると助かるわ」

「はい、分かりました。」


落ち着いて答えるクリスティーヌからかけられた、自分に任せたいというその言葉に背筋が伸び、トレバーはしっかりと頷いた。






コーヒーを淹れた温かいカップを渡すと、しゃっくりあげながらも、アーシャはそれをゆっくりと受け取った。

カップに口をつけず、湯気の立つコーヒーをしばらく眺めて膝に抱えて俯いていると、彼女はまた再び涙をひとつ流した。


「私、医療部隊の兵士失格だよね…… 酷い怪我した人見ると、いつも泣いちゃうんだもん。

 こんなんじゃ、ここでやっていけないよ……」

「そんな事ないよ。アーシャはまだ配属されて2年しか経ってないのに、覚えが早いし、技術もしっかりしてる。

 重傷者の治療を任せて貰えてるって事は、それだけクリスティーヌさんが頼りにしているんだよ。凄いよ。」


鼻を啜らせて、涙で滲んできた目をこするアーシャに、トレバーはおずおずと答える。

彼が言うとおり、アーシャは泣き虫ではあるが、物覚えは大変良く、今どんな治療が必要か判断し、的確に処置することが出来た。

その為、戦線を拡大すればする程怪我人が増える昨今、常に人手不足で頭を悩ませている医療部隊にとっては、即戦力だったのだ。

しかし血を見るのが苦手なアーシャは、いつも酷い傷の怪我人を前にして、涙を流してばかりいた。

そんな彼女を、いつも年の近いトレバーが、励ましてくれていたのだ。穏やかで優しい彼はアーシャの良い相談役だった。



「ありがとう…… トレバーは、いつも優しいね。」

「そんな事無いよ……」


一生懸命慰めようとしてくれているトレバーに、アーシャは涙を拭いて礼を言う。トレバーは慌てて首を横に振った。


「僕だって、いつも悩んでばっかりだよ……

 まだ医療部隊の兵士になってそんなに経っていないけれど、先輩たちが治療した兵士たちがまた大きな怪我をして

 ここに戻ってくる、あるいは……戦死してしまうのを見続けていると、僕たちが彼らを治療するのは

 果たしてほんとうに、彼らを助けているのか……寧ろ、彼らを苦しませ続けているんじゃないか……って、

 そう思ってしまうんだ……」


トレバーもアーシャと同じく、折角治療した兵士たちが再び戦場に送られ、より酷い怪我を負ってしまう事に対して

自分たちの仕事に対する矛盾を、ずっと気にしていた。


「怪我人、どんどん増えていくばかりだね……」

「うん…… 先輩の話によると、今、テワラン天帝国に向かって侵攻を始めているから、もっと怪我人は増えるだろう……って」

「いつまでも、こんな事繰り返していくばかりなのかな……」

「わかんない…… でも、僕は戦場に送られて人を傷つけるより、まだこっちの方がいいよ……こっちはこっちで、辛いけどね」


トレバーは今年14歳で、丁度兵士として徴兵される年齢にあたる。

戦場で人を傷つける兵士になるくらいならばこちらがいいと、早いうちから医療部隊に志願して、衛生兵になる事を望んだ。


しかしながら、連日絶えず運ばれてくる怪我人を治療しては、再び戦場へ兵士として送り出す……

それは、人々を癒すことを生きがいとして働き続ける、心優しい彼らにとっては、とても辛い事だったのだ。







この日も、傷ついた兵士たちが幾人も送られてきた。衛生兵たちの慌ただしい声が響き渡る。


「テワラン戦線からの新患だ! ベッドは空いているか?!」

「こちらに少し余裕があります! テワランというと、あそこは打撃戦が得意だから、打撲、骨折や破傷風系が多いかな?」

「容態は?! 受け入れ兵、トリアージ頼みます!」

「彼は……黄色かな。肩に銃創を負ってる。バイタルは安定しているけど、感染と傷の具合によっちゃ赤だ。

 どうだい、話せるか? 出血はどのくらい出たか?」


受け入れ患者は、テワラン戦線に赴いていた機械部隊の兵士たちだという。

機械部隊と言えば今まで最前線で戦ってきたが、精霊使い部隊が新たに派遣され、長く戦線にて戦ってきた彼らは

本国へ一旦引き上げる事になったらしい。

そう兵士たちが話すのを、アーシャとトレバーは耳にしていた。


早速治療の手伝いに赴くが、いつもの怪我人たちに比べて、彼らが負った傷は思ったより深くない事に2人は気が付いた。


「あんまり裂傷や、壊死するような酷い怪我が少ないね……」

「そうだね……? 一番酷い傷で、さっきの肩に銃弾を受けていた人ぐらい……?」


大勢の患者を受け入れた時に、素早く治療の必要性を判断する為、その重傷の度合いを4段階で判別する事をトリアージという。

赤は生命に関わる緊急度の最も高いもの、黄色は軽症ではないがまだ少し余裕がある状態、緑色は待機出来る者、

黒は死亡または救命が期待できない者……だ。


トリアージによって分けられた機械部隊兵士たちは、殆どが緑色のタッグをつけられる。即ち、軽症者が多い証拠だ。


「あぁ! 女神様に会えるとはなんたる幸運……!! 怪我して良かった!!」

「馬鹿言ってねぇでこっちのベッドで静かに寝てろや!」

「そもそも休む必要なんて無いんじゃないのか? お前がこさえたのは大きなたんこぶひとつだろ」

「何を! あのでっかい球のような武具に打ちのめされたんだ! 目の前に星が飛ぶぐらいに、脳震盪起こしたんだぞ俺は!」


「し・ず・か・に!! まとめて破傷風トキソイド打ってあげるから、利き腕じゃない方の腕差し出して、黙って座ってなさい!!」



機械部隊の兵士たちは、随分賑やかな様子だ。

医療部隊に務めるクリスティーヌを一目見るなり、軍内に知れ渡るその美貌に、思わず叫び声を上げる兵士さえいる始末。

てんやわんやな彼らに、衛生兵の1人のエミリカが、注射器を片手に威勢よく叱りつけた。

しかし彼女の一喝も、彼らにとってはまるでご褒美の様子だ。


だがそんなタフで元気な様子に、アーシャやトレバーはかえってほっとしたのだった。

命に係わる怪我など、出来れば少ないに越したことはない。



だが、どうして今までの部隊に比べて、これ程までに重傷者が少ないのだろうか?



「お? どうした嬢ちゃん、俺の顔になんかついてっか? さてはカッコいい俺に惚れたか?」


急に尋ねてくる兵士に顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと振るアーシャ。

すかさず彼の後ろから、トレバーに包帯を巻いて貰いながら、仲間の兵士の野次が飛ぶ。


「何言ってんだ、オメーみたいなむさくるしいオッサンに、こんな若い可愛い子ちゃんが見惚れる訳ねーだろ。目医者いけ、目医者」

「医者ならここにいるだろが。医療部隊のど真ん中だぞ」

「あちゃー…… ナントカにつける薬は無いって。残念だったな!」


それを聞くなり、どっと笑い声をあげる機械部隊の兵士たち。

すると、あわあわと何か言おうと慌てているアーシャの代わりに、トレバーがおずおずと口を開く。


「いえ……僕たち、不思議だったんです。皆さんがこんなに元気なのが。

 僕らの元へ運ばれてくる兵士たちは、いつも酷い怪我を負っていて、見ていられないくらい重傷者の方が多かったんです……

 でも、皆さんの傷は比較的浅く、元気でいらっしゃる……どうしてかな、って」


トレバーの問いかけに、隊員たちは互いに顔を見合わせて、誰からともなく、ふっと穏やかに笑った。


「それはな……

 俺たちを導いてくれた、隊長とお嬢のおかげだよ。

 あの人たちの判断のおかげで、俺たちは大した傷を負うことなく、生きて帰る事が出来たんだ。」


すると、兵士の1人が、アーシャとトレバーの方を見て、こう尋ねたのだった。


「寧ろ、君たちの方が随分顔色が悪い。何か、具合の悪い所があるのかい……? 大丈夫か?」


彼の声かけに、2人はびっくりしてしまう。自分たちは兵士たちを治療する衛生兵。

自分たちは治療を提供する側で、こんな風に心配して貰った事など、今までに無かったからだ。


「おう。ホントだ! ちゃんと食ってるか? 背伸び無いぞ?」

「休憩ちゃんと取れてる? ずっと働き詰めじゃないかい?

 今はどこも戦線が酷いから、担ぎ込まれる兵士も多いだろうからね」

「医療部隊は、過酷な現場だって聞いているからな……君たちも、無理をしちゃいけないよ」


機械部隊の兵士たちは職人上がりが多いからか、気さくで素朴な心根を持つ者が多く、次々と2人を心配する声が上がる。




すると、トレバーは涙を浮かべ、思わずぽろりと心の奥底に抱えていた思いを吐露する。



「無理をするだなんて…… それは、寧ろ皆さんに、僕らがかけなければいけない言葉です……

 でも、僕らはそれを言う事が出来ない…… だって、僕らは、皆さんに無理をさせる事になってしまっているんですから……」


続けて、隣にいたアーシャも、涙をぽろぽろとこぼしながら、それまで溜めていた思いを口にした。


「……私たちが治療をすれば、皆さんはまた過酷な戦場へ戻る事になる……戻す事になってしまう……

 こんな優しい人たちを、また辛い場所へ赴かせてしまう……そう思うと、とても辛いんです……」



すると、肩に銃創を負った兵士が、治療を受けながら、にっこりと微笑んだ。



「治して貰えるお陰で、俺はまた、頑張る事が出来るんだ。有難いに決まってるよ。

 でもそれは決して無理をしている訳じゃない。俺自身の意志だ。

 俺は、助けたい人がいるんだ。しかし怪我を負ってしまっては、自由に動く事すらままならない。

 だけどね、こうして治療を受けるおかげで、また再び、立ち上がる事が出来るようになるんだ。


 消えかけた命の火を、希望の灯を、再び燃え上がらせる事が出来るというのは、素晴らしい事なんだよ。

 君たちが助けた命は、どこかで繋がって、別の誰かの役に立っている。

 そして大事な人にまた会えるチャンスをくれるんだ。


 君たちは、尊い仕事をしているんだ。ね?」



彼の言葉を聞くと、アーシャとトレバーはその瞳に涙をいっぱい浮かべて、ぶわわっと溢れさせる。



命を救う、命を繋ぐという事は、決して悪い事じゃない

それは、未来への可能性を繋いていく事


目の前の兵士は、そんな光の可能性を、アーシャとトレバーの2人に、教えてくれたのだ。



泣きじゃくる2人を、機械部隊の兵士たち、そして離れた所から、クリスティーヌは微笑んで見守っていた。




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