精霊使い部隊が到着し、テワランとコリンドーネの合同軍に対して、自分たちの代わりに戦う事となった。

軍備を大幅に消費し、もはや戦う力が殆ど残っていない機械部隊は、戦線を退くように勧告される。


おまけに、自分たちを率いてきた隊長のローレンツは、軍法会議にかけられる為に本国に連れ戻される事となり

ユリコは機械部隊の隊員たちを前に、途方に暮れてしまうのだった。




目の前では、戦線に躍り出た精霊使い部隊の兵士たちが、強力な精霊魔法を用いて、

テワランやコリンドーネの兵士たちに向かって、容赦ない攻撃を繰り出している。


火炎放射器よりも高温の、不気味なほどに青白い焔で、敵の兵士たちが無残に焼かれていく。



「やめて……」


その魔法が炸裂する光を眼に映しながら、ユリコは小さく呟いた。



「お願いだから、もうやめて……」

「特務……」


隊員たちが心配そうに見守る中、ユリコはその眼から大粒の涙を溢す。



「そんな簡単に、人を殺さないで……!

 まるで紙屑を燃やすように、命を燃やしていかないで……!!」


黒髪を振り乱し、涙が流れるままに、ユリコは眼前の惨状に絶叫した。



敵味方関係なく、1人、また1人と、兵士たちが倒れていくごとに、ユリコの脳裏には過去の記憶が鮮明に浮かぶ。

夫を失って号泣する婦人や子供たちの姿、息子を亡くしその場に泣き崩れる年老いた母親……

愛する親族を失い、悲しみに暮れる人々の姿だ。


いずれも、侵略する側であった筈の帝国でも、それは戦争の度に頻繁によく見かけた光景だ。




命が失われる悲しみに、侵略する側も、される側も関係ない。

いつまで、このような悲しみは無くならないのか。悲劇は、続いていくのか。




ユリコは今一度、悟った。

カーディレット帝国が、自分の故郷が、戦争を続けていく限り、このような惨劇は決して無くならないのだと。




自分がその戦争で何か出来る事は無いかと、この戦線に立った。

非道に突き進む祖国に物申せる立場に立身出世すべく、今まで奮闘してきた。


しかし、功績を立てる事よりも、身近にいる自分の仲間たちを護る事の方が、何よりも彼女には大事だったのだ。

それは、共に戦ってきたローレンツや、機械部隊の仲間たちから教えられて、彼女がはじめて自覚した事だった。



だがそれは、帝国が求める功績ではない。


彼女の意思に反して、帝国は大きな手柄……即ち、敵国への大規模な破壊や、兵士への殺戮を求める。

仲間の命を顧みた行動は、帝国の意に反すると、処罰の対象となってしまう。

しかも、それを告発したのが、同じ部隊で共に戦ってきた仲間だという残酷過ぎる衝撃。





このままでは、帝国を変える事など出来ず、悲しみに暮れる余り、何も出来ず、何も信じられずに道半ばで立ち止まってしまう。




そんな状況を、打開していく為には。



自分は今、どうしたらいい?

一体、何をすればいい?






再びユリコは眼を開き、己の足元を見る。



そして、視線を上げるとそこには、自分を心配そうに見つめる、機械部隊の隊員たちの姿があった。




「特務……大丈夫ですか?」




自身を心配してくれるその一言が、ユリコを現実に引き戻した。




そうだ。ローレンツが隊員たちを託したのは、他の誰でもない、自分なのだ。

泣いている暇なんか、一刻たりとてあるものか。例え規模は小さくとも、自分は部隊を任された身なのだ。


ユリコはぐいと、涙を腕で拭い去る。



「えぇ……大丈夫…… 大丈夫よ。ありがとう。

 これからの事を考えないとね。」



そして真っ直ぐに、目の前に並んでいた隊員たちを見つめた。


その視界の真ん中に、ハイデマンらを捉える。彼らはユリコの眼差しに、黙って立ち尽くしている。

もはやどんな弁明をもしないという覚悟を持っているかのように、ただ黙って、その場に立っていた。


彼らを責めるような口調ではなく、ユリコはあくまで冷静に、彼らに語り掛けた。



「まず…… このような事態をもたらした、貴方たちの事情を知りたいわ。

 例え諜報部隊でも、個人の思想や行動まではコントロール出来ない筈よ。

 強制的に貴方たちを従えさせた理由を、良かったら話して貰える?」



いつものユリコらしからぬ、冷静な語り口が、ハイデマンに次の言葉を促させた。



「……我々は、隊員の中でも、本国に家族を残している者たちです……

 諜報部は、本国に残された家族たちを人質にして、我々に情報提供を呼びかけました。

 新しく赴任した隊長が、本国に逆らうような思想、行動が無いか……」



「なるほどね……部隊の統括、作戦行動は責任者にあるから、ギュンター将軍が討たれた後に

 諜報部は反乱分子の可能性がないか、注意していたって訳ね……」



ユリコが問いかけると、ハイデマンは黙って頷いた。

すると、ユリコはため息をついた。



「貴方たちの事は責めないわ。なぜなら、人質を取られた時点で既に、敵方に有利な情報を与える要素になるもの。

 逆に言えば、潔癖で何も落ち度が無くても、人質を盾にすれば、有利な情報を寄越すように指示出来るわ。

 つまりは、でっちあげだって可能ってことよ。 でも貴方たちは正直だから、事実のみを告げたのね。

 ……きっとその事は、ローレンツ隊長も存じ上げていた筈よ。だから、抵抗ひとつせず、あっさり連行されたんだわ。」


「では、隊長は、我々の事を分かっていた上で、連行されたというのですか……?」


最初からでっちあげによる連行さえ可能だったと聞かされ、告発した隊員たちは驚く。


「諜報部は最初から、陥れる心算だったんだわ……そうでなければ、あんな小さな理由だけで、わざわざ連行したりしないもの」





それらの事実を踏まえ、ユリコはあえて彼らに呼び掛けた。



「諜報部のその命令は、今も健在なのかしら?」

「おそらく、そうだと思いますが……」


質問の意図が分からず、ハイデマンは首を少し傾げた。そんな彼に、ユリコは構わず続ける。


「なら話は早いわね。

 今ここで、改めて皆に言っておくから、よく聞いておきなさい。

 アタシはね、侵略ばかりしている今の帝国の体制に反対なのよ。あんな奴ら、ぶっ飛ばしたいって常日頃思ってるわ。」


「!!」


いきなりのユリコのとんでもない発言に、機械部隊の隊員たちは思わず固まり、耳を疑う。

密告を義務付けられていると聞かされた直後に、飛び出したユリコのこの発言は、何を意図しているのか。



「どう? これでアタシも、立派な危険思想の持ち主よ。これで、アンタたち、アタシを諜報部に密告する?」


その問いかけに、ハイデマンたちは押し黙ってしまう。



「アタシが気になっているのはね。

 諜報部の命令に従ってさえいれば、自分たちの家族が無事で済むって、貴方たちが本当にそう思っているのかって事なの。

 ……帝国は、恐怖政治で貴方たちをコントロールしているわ。それに従うのも仕方が無いと思うの。

 ただ、命令に従ってさえいれば家族は無事で済む、とは限らないのよ。

 諜報部は自分たちの都合だけで、貴方たちを操っているのだから、いつ裏切られるかなんか分からないのよ。


 ただね……貴方たちがその命令を受けて差し出したのが、諜報部の連中なんかよりずっと

 貴方たちの事を本当に大事に思ってくれている人物だった、という事だけは、自覚して欲しいのよ。

 今までだってずっと、共に戦い続けて、その姿を見てきたんでしょう……?」



そうユリコが語り掛けると、ハイデマンはその眼に涙を滲ませ、肩を震わせる。



「アタシはここに赴任されてわずかしか経っていないけれど、隊長の人柄はなんとなく分かるわ。

 いつでも、アタシたちの事を護ろうとしてくれていたわ。そう考えて、作戦を立てていたわ。

 今回こうせざるを得なかった貴方たちのことだって、きっと責めはしないと思うの。

 それだけ、ローレンツ隊長は貴方たちを大切に思っているのよ。」



ユリコの言葉を聞くと、堪え切れないあまり、膝をつき、ハイデマンは後悔に涙する。



「私は…… 私たちは…………!!」



号泣するハイデマンに、ユリコは跪いて目線を合わせ、彼を正面からじっと見つめ、真摯に思いを伝える。



「でもね、ハイデマン。貴方の人柄だって分かるわ。いつでも皆の為に、陰から支えてきてくれた。

 初めて部隊にやって来たばかりで何も分からないアタシに、色々と親切に教えてくれた。

 時には叱咤だってして、この自由奔放な連中を律していたのは、規律を護る事でアタシたちを護ろうとしてくれていたんでしょう?

 あの時だってそう。きっと、誤った選択をしないように、ブレーキをかけてくれていたのよね……?

 アタシはそう信じているわ。



 もし、後悔している気持ちがあるなら……

 お願い、今度は諜報部じゃなくて、アタシを信じて欲しいの。隊長や、機械部隊の仲間たちを信じて欲しいの。

 貴方たちも、貴方たちの家族も、必ずアタシが護ってみせる。

 アタシはその為に、この戦線にやってきたんだから。この国を変える為に、ここにやってきたんだから」




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