テワラン戦線において、忠実な部下に支えられながら機械部隊で己なりに奮闘してきたローレンツは今、

軍紀違反を科せられ仲間たちから引き離され、鉄の枷を嵌められて、カーディレット帝国に連れ戻されてきた。


戦線で一度捕獲した敵兵をそのまま逃がした事が、本国から反乱行為と受け止められたのだ。



一時戦線を離れ、何名かの兵士と共に彼を本国に連行してきたアルルカンは、城の正面からは入らず

限られた者だけがその場所を知る監獄塔へと向かう。一部の者しか知らない、諜報部への入り口だ。



その監獄塔は陽の光がまともに当たらず薄暗い上に、石組みの壁の廊下は黴臭い香りに包まれて

ぼんやりと蝋燭が点在するものの、まるで牢獄のようなその場所は、とても好んで入りたいと思うような場所ではなかった。


自身を連行していく場所が、作戦本部である司令部ではない事に、ローレンツはアルルカンにその理由を問いかけた。



「……司令部への命令違反ならば、司令部に連れていくものじゃないのかな」


「司令部への命令違反だけといウ、単純な理由だけデここにハ連れてきませんヨ。

 貴方の行動、そして思想ハ、司令部への違反だけニ留まらズ、この帝国軍の軍紀を大幅に乱す可能性がありまス。

 諜報部隊の責任者の判断によリ、貴方にハ諜報部の取り調べを受けて貰いまス」


「それは、司令部も知っている事なのかい?

 諜報部だけの独断ならば、このような勝手な事は許されない筈だ」


「諜報部の任務ハ、軍に属すル人物の思想を把握シ、反乱の意思を未然ニ摘み取リ、軍紀を正す事でス。

 その為ならバ、司令部にさエ、逐一全テ報告すル義務など無いのでスよ」


「なるほど。だから、軍内でも司令部の命令さえも退け、エドワード殿下の独断で色々勝手出来る訳だね。

 議会の決定もこうなれば形無しだ」



そこまで言うと、アルルカンは懐から刃を取り出し、ひゅっと軽く振るう。

ローレンツの頬に、ひとすじの紅い血筋が流れる。


まるで虫けらでも見るかのような目つきで、アルルカンは冷たく見下して言う。



「無礼な口ヲ利いてハなりませんヨ。 今や貴方の命ハ、風前ノ灯火。

 エドワード殿下ノ、その掌の中にあるのですかラ。」




やがて2人は、薄暗い石造りの回廊の先にある、重々しい地下室の扉の前に辿り着いた。

焔と片羽の模様が刻み込まれた、古くて色褪せた木造りの重厚な扉を開くと、何人かの官僚と共に

円卓の中心には、いくつもの勲章を身につけ大綬を掛けた高貴ないで立ちの、プラチナブロンドの柔和そうな青年が腰かけていた。



その人物こそ、エドワード・ヴィルフリート・フォン・デル・カーディレット。


ピーテル皇帝陛下の従兄であり、諜報部隊の最高責任者、カーディレット帝国を裏から牛耳ていると言われている、影の暗躍者だ。

彼を前にして、ローレンツは跪かされた。




「やあ、君が、あの機械部隊を率いていたという人物だね?

 僕はエドワード。知ってる通り、現皇帝の従兄で、この諜報部隊を率いている者さ。」



エドワードはにこやかに笑いかけるものの、その笑みはアルルカンと同じく、どこかヒヤリと冷たさを感じ、心地いい物ではなかった。



「一般人やら捕虜やら、魔力の欠片も無い寄せ集めを率いて、よくここまで戦ってこられたね。

 随分大変だったろう? 無能な役立たずばっかりだったろうから。その苦労は、褒めてあげるよ。」



部下が差し出した戦線の資料をぱらぱらとめくりながら、さもおかしそうにくすくすと笑いながらエドワードは言う。



「お言葉ですが、彼らはそれほど役に立たない訳でもありません。

 このカーディレット帝国の地位を盤石なものとしたのは、彼らの技術力あってのもの。

 戦線においても、獅子奮迅の勢いで戦ってくれました。彼らがあってこそ、我々が居るのではないでしょうか」



アルルカンに押さえられた頭をゆっくりともたげ、ローレンツはエドワードを見つめ、淡々と答えた。

すると、尚もおかしそうにエドワードはくすくす笑う。



「なるほど、報告通り、随分下級兵に肩入れし過ぎているようだね。

 そんな君に、今一度教えてあげよう。このカーディレット帝国においては、階級こそが物を言うのだと。

 上に上がるだけの能力も気概も持たない、みずぼらしい身分の者なんか、何も考えない馬鹿な奴らなんか、

 僕らが指図して、手足として動かしてあげるべきなんだよ。」



そして立ち上がると、愉快そうに笑い始める。その目は、狂気の紅に満ちていた。



「そんな役立たずたちの為に、君は敵を虐げる為に必要な情報を得る、貴重な機会をみすみす逃したという。

 ……それは、立派な罪だよね?」


「敵兵1人から得られる情報など、たかが知れています。もう1人は兵役に上がる前のテワラン人の子供。

 情報を彼らから得なくとも、影響は小さいかと。」



「君、情報兵を甘く見ていないかな?

 彼らを取り戻しに来たのは随分経験を積んだ熟練の兵士というじゃないか。

 そこまで大事ならば、彼らを人質に、十分な情報を引き出せる可能性があったんじゃないの?

 ……それは部隊を率いる賢い君ならば、十分に分かっていたんだろう?」


「部隊の兵士たちを、犠牲にしてもですか」


「兵士なんかいくらでも代わりはいるさ。寧ろ名誉の戦死が彼らに出来る唯一の手柄じゃないかな」


そういうと、エドワードは再び他の官僚たちと共に笑い出した。




そんな身勝手な命令ひとつで、簡単に命を消費される前線の兵士たちの虚しさは、怒りは、悲しみは、どこにぶつけたらいいのか。


聞いていたローレンツは、枷に嵌められた拳をぎりりと固く握りしめる。






「さて…… 別にそんなくだらない罪状1つで、君をここに呼んだ訳じゃないんだよ。」


笑いを一度収めると、エドワードはその瞳を妖しく光らせる。

ローレンツに近づくと、いきなりその襟ぐりを掴んで引き寄せる。



「機械部隊に7年務め続けて、ギュンター将軍の戦死と共に臨時的に部隊長へ昇格……

 ……だけどその前は、対バーミントン戦線に士官候補生として従軍していた経歴を持つ……そうだったよね?」



その事実をエドワードに突きつけられた瞬間、ローレンツの表情は凍り付く。



「バーミントン戦線において、僕の従兄で今の皇帝の兄君あるエーベルト殿下と、同じ部隊に所属していたとはね。

 うっかりしていたよ……あの時従軍していた部下たちは、殆どが戦死していたから、まさか生き残りがいるだなんて思わなかったよ。

 君自身、機械部隊で副官だなんて、地味で目立たない場所にいたものだから、重要な情報を見落とすところだったじゃないか」



これ以上ない楽しそうな表情で微笑み、エドワードは囁く。左右に色の違うオッドアイが、妖しく瞬いた。



蛇に睨まれ、動けなくなった鳥のような立ち位置にいるにも関わらず、毅然としたままで

積年の怒りさえもその瞳に灯らせながら、エドワードを睨むローレンツから、とんでもない事実が転がり出た。



「……エーベルトは、バーミントンや諸国との友好を願い、長年に渡る戦争をやめさせようと奔走していた!

 交渉が成立したその日、まさか後ろから自国兵から撃たれるだなんて、思わなかっただろうさ……

 しかもその暗殺をバーミントン側のせいにして、侵略の口実としたのは、君たちの差し金だろう!」



もはや身分など関係なしに、目の前の人物たちが画策した悪逆非道の事実を、ローレンツは今一度突きつけて叫ぶ。

そんな怒りをものともせずに、寧ろ楽しみさえしながら、エドワードは愉快そうに答える。



「困るんだよね、大陸に和平なんか持ち込まれちゃ。

 相手の顔色を伺いながら、決まりもしない事でいつまでも交渉の時間を費やし続けるのは無駄だと思わない?

 武力でもって、目の前の相手を蹴落として、従えさせてこその平和でしょ?」


「そんなもの、平和とは言わない!! まだこれ以上、戦線を広げ、無駄な血を流させ続けるというのか!!

 俺が黙ってここに連れてこられたのは、それを確かめる為だ……

 ……君たちがこの争いの、そもそもの元凶だということを確かめる為にな!!」




そう叫ぶと、ローレンツは己を縛り上げていた鉄の枷を、雷の魔力でもって解除する。

外れた枷を振り払い、隠し持っていたナイフで突然斬りかかる。



エドワードの隣で控えていた将官たちが素早く立ち上がり、その剣戟を防ぐ。

そして数人がかりで、制約結界を展開した。


エドワードに向かって下ろされたナイフは彼の鼻先一寸で寸止めされ、ローレンツは結界に阻まれ

ぴたりと動けなくなる。



「く……!!」


「残念だったね、御苦労さま。でもこれで君の反乱の意思がハッキリとした。

 おまけに、あの面倒な事実をこれで完璧に闇に葬り去ることが出来る。


 ……君の補助としてユリコが派遣された後、調査でこの事実を知った時、随分焦ったよ。

 ユリコを通じてピーテルにこの事実が知れたら、僕は確実にこの座を降ろされてしまうからね。


 ……でも君は言えなかった。それは、君にとって、自分自身を許しがたい感情だからさ。」



そしてエドワードは、辛辣な事実を放つ。



「エーベルト殿下を見捨てたのは、君自身だからね」





精霊使いであるエドワードの能力は、人の奥底に眠る感情の炎を読み取り、操る能力。

この能力を最大限に使い、帝国に住まう数多の人々を操り、影の頂点に君臨していた。



エドワードの圧倒的な能力の前では、ローレンツは全くもって、何も為す術が無かった。



悔し涙が一筋、身動きすら取れない彼の瞳から零れ落ちた。




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