銃口から吹き消された煙を前に、ユリコを前にした機械部隊の兵士たちの反感も、

まるで煙のように消え去ってしまっていた。


静まり返る彼らを前に、1人の熟練していると思しき兵士がやってくる。


「こら、お前たち。ユリコ様は、皇帝陛下を護る由緒正しき一家の血筋。

 大変貴い身分をお持ちだ。皆、失礼のないように接するのだぞ。」


そして彼はユリコの方を向き直り、兵士たちの非礼を詫びた。


「申し訳ありません、ユリコ特務。私はこの部隊に所属する軍曹、ハイデマンと申します。

 彼ら兵士たちは、帝国各地から寄せ集められた者たち。平民出身だったり、敗戦国から集められた者もおります。

 貴いご身分の方に接する口の利き方も、ろくに学んでいないならず者たちばかり故、

 失礼なことがありましたら、どうぞこの私までお伝えください」


そう言って、ハイデマンは頭を深く下げた。

実際、他の部隊に比べて機械部隊は兵士たちの忠誠心が低く扱いづらい、という話は、ユリコはどこかで聞いたことがあった。

なるほど、どうやら一筋縄ではいかない部隊のようだ。

もともと貴族などの身分制度をあまり好ましく思っていないユリコにとって、あからさまにヘコヘコされるよりよっぽど好都合だ。

兵士たちの忠誠を自分自身の手で勝ち取る事が、まずは課題のようだ。




面白い、やってやろうじゃないの。


かえってその逆境が、ユリコの闘争心に火をつけたようだ。



「構わないわよ、ハイデマン軍曹。あたし言ったでしょ?

 身分だなんだの、能力や働きにぜんっぜん関係ないバカげた物でしか動かない関係は嫌いだって。

 無礼な口や態度はそんなもんじゃなくて、彼らが自分で改めようと思えるように、私自身がやってくわ」


さらりと返すユリコは、銃弾を補填しながら、ガチャンと音をさせて銃を構える。


「それに、タメ口くらいは別に非礼とは思わないわ。どんどん話してちょうだい。

 もちろん、話す内容自体が相手を侮辱してるようなら、その時はこっちも遠慮なく制裁させてもらうけどね。」


そう言い、ユリコは不敵に笑う。


まずは、自分への甘い浮ついた評価は、少しは撤回できたようだ。






一方、ふりふりのメイド服を着たクセーニヤに対する兵士たちの視線は、まだアイドルを見るような眼差しだ。

兵士たちは嬉しそうに彼女の周りに集まり、手を振っている。

クセーニヤはメイドらしく、たおやかに微笑み、彼らに手を振り返していた。

そんな浮ついた様子の彼らに、ユリコは一言付けたし、釘をさしておいた。


「あ、ちなみに彼女はクセーニヤよ。仕官学校時代からあたしの手伝いが出来るように、

 機械の簡単なメンテと、銃と火薬の扱いくらいは勉強させてるから。よろしくね。」


「え、嘘だろ……?! メイドなのに、機械と銃の扱いが出来るって……?!」

「ただのお嬢様だけじゃなくって、メイドもタダ者じゃねぇってのか……?!」


再び兵士たちがざわめく。そんな彼らに、ため息をつきながらユリコは丁寧に説明した。



「メイド付きなのは、まるっきり男しかいないんじゃ、色々不便があるからよ。

 あんたらだって、女しかいない場所に行ったら意味わかるはずよ。

 まったく……! 野郎を野郎だらけの場所に詰め込んで教育するこの体制も問題よね。

 こういうところ、ちっともわからないまま図体と態度と欲だけでかくなるんだから」



実際の所、機械部隊は男子ばかり、しかも所帯を持っていると思われるような堅実な青年は、残念ながらあまり見当たらなかった。

帝国の教育は、男子と女子は徹底的に役割も立場も分けられて行われる。

独身者が大半を占めると思われるこの部隊では、きっと女性に対してなど、接し慣れていない者が多いに違いない。

身の回りの事の為に、メイドのクセーニヤを連れてきたのは、正解だったと言えるだろう。

ユリコはもう一度、大きなため息をついた。






荷ほどきを終えたユリコは、愛銃を携え、ローレンツの元に赴いた。


「準備はできたわ。で、アタシはここの部隊の副官として、何の仕事から覚えればいいのかしら?」


「ん〜…… そうだなぁ。今はまだ作戦命令は出ていないよ。今すぐして貰わなきゃいけない事もないし」


少し考えながらローレンツは空を仰ぐが、真剣な眼差しで姿勢を正しているユリコを見て、少し笑いながら言う。


「……はは、その様子だと、まだ緊張しているみたいだね?

 そうだな、まずはそう肩肘張らないで、部隊の兵士たちと気ままに話してみてごらん」


「部隊で扱う機械の事とか、作戦に関係ある事じゃなくっていいのかしら?

 侵攻が近いから、覚えなきゃいけない事、きっとたくさんあるんでしょ?」


テワランの戦線は先日大敗を喫した筈だ。この人物は、危機感という物を知らないのだろうか。

思った以上に平凡な命令に対して、怪訝な顔を浮かべ反論するユリコに、ローレンツはのんびりした調子で答える。


「もちろん。詳しい事はいずれ、おいおい覚えて貰う事にはなるけどね。

 それより、今の君にとっては、兵士たちと交流を持つ事が第一の任務だ。

 うちは、チームワークを大事にしているんだ。メンバーがどういう人間か知るのは、とても大事な事だよ。

 色んなメンバーが居て、面白いよ。大丈夫、彼らも君の事をまだ知らないけど、悪い奴らじゃないさ」


後ろにいる兵士たちを仰いで、ローレンツはユリコに対して、最初の課題を与えたのだった。





士官学校では考えられない内容の命令に、ユリコはますます不信感を抱いて、命令されたまま仕方なく

メンテナンスをしたりしている兵士たちに声をかけようとする。


しかし、何と言って声をかければいいのだろう。


彼らと共通の話題なんて、ある筈もない。

無難に天気の話でもしようかと思うが、ここは戦場だ。そんなのんきな話題、振るのもばかばかしい。


生い立ちも立場も違い過ぎる兵士たちに、ユリコは声をかける事の難しさを知った。

更に、兵士たちは自分の事をまだ信用していない。下手な声かけは、彼らからますます不審がられるだろう。



そんな思いを頭の中で巡らせていると、ふと、兵士の1人が磨いて組み立てている部品が目に入る。

とても精密だが、ちょっとやそっとの事では壊れなさそうな頑強さも兼ね備えている。

これはいったい何だろう。


「……ね。その部品、何かしら?」

「あぁ、これっすか。これは、密林に生えている木々を切り倒すのに使う、小型の収納カッターですよ。」

「こんなに小さいのに、木を切り倒せるの?」


ユリコは驚いた。手のひらぐらいの大きさしかないのに、まるごと1本木を切り倒せるとは。

機械部隊の技術は、どうやら思ってた以上に相当なもののようだ。

驚く彼女に、兵士は得意げになって答える。


「小さいからってバカにしちゃいけませんよ? 樹齢50年の大木だって、こいつにかかりゃあ怖くありませんよ。

 こうして腕に着けて使うんです。 進軍の際に軽くて持ち運びに便利で、邪魔にならないんですよ。」


「そういえば、機械部隊って言ったら、大規模な火炎放射器で森を焼き払ったり、クレーンで伐採したり

 そういう作戦が多いって聞いていたわ。見た所、あまりそういった設備は無いわね……?」


「前の将軍が、そういう派手な作戦が好きだったんですよ。

 でも、コストが馬鹿にならなくて。おまけに、そういうのって、壊れるのも早いんです。

 だから、今の隊長に代わってから、無駄の少ない今の形を取り入れるようになったんです」


「ふーん。合理的っちゃ合理的ね……確かに、無駄がなくって理に適っているわね。

 それを可能にする、貴方たちの技術も凄いものなのね。」


「いやぁ、それほどのものじゃ……」


兵士の話を聞き、感心するユリコ。

ユリコに褒められたのが素直に嬉しいのか、兵士は少し赤くなって笑う。


すると、その後ろにいた兵士も、興味深そうにユリコに話しかけてきた。


「それにしても、ユリコ特務のあの銃の腕前、凄いですね! 遠くにある木に、ど真ん中に命中!

 どうやったら、あんなに銃の腕前が上がるんですか?!」

「俺も俺も!! 是非聞きたいっす!!」


銃を扱う兵士たちが、彼女の周りに集まってきた。

そんな様子に俄かに驚きつつ、彼らが投げかけてくる質問1つ1つにユリコは丁寧に答えていった。

年が比較的近いせいもあったのだろうか。話していくうちに、大半の兵士たちはすっかりユリコと打ち解けていった。


そのうち1人の兵士が、ユリコが持っていた愛銃に気が付く。


「特務の扱ってる銃、俺たちのと型が違いますね……?」

「あぁ、これ。アンタたちみたいな屈強な男には体格で負けるから、アタシじゃ取り扱える銃が限られてくるのよ。

 それで、特注に手に馴染む大きさに作って貰ったのよ。これのおかげもあるかしらね?」



すると、少し離れた所から、ぼそっと呟く声が聞こえた。


「……特別扱いか。流石いい御身分だよ……お膳立てして貰えるなんてよ。

 俺らにはそんなものないから、己の努力だけでやってかなきゃいけねーのにな……」


その声にユリコが気付くと、声の主は立ち上がって、ゆっくりとその場を離れていった。

それは、先程聞こえよがしに不平を言った、アクセルという青年だった。



ユリコが彼を見送っていると、兵士の1人が彼女にそっと言った。


「あいつ……、帝国が攻め込んで潰した国出身なんですよ。

 生き残るために、自分の国を滅ぼしたこの帝国軍に、自ら志願したんです。」


それを聞くと、ユリコは思わず彼を見返した。

そうだったのか。彼は、この帝国が闇雲に潰し続けてきた国の被害者なのか。

だとしたら、あの反抗的な態度も納得がいく。


「ギュンター将軍も、反抗的な態度をとるアイツに対しては、当たりが強くって。

 なにもしていないのに、今に裏切るだろうとか思い込んで、目つきが悪い、態度が悪いとか、

 そういった何気ない理由で殴ったりもしていましたっけ」


「ふぅん、つくづく下らないわね……そういうのって」


面白くなさそうにユリコは吐き捨てた。


上官がその時の気分で部下を痛めつける事など、帝国軍ではもはや常態化していた。

この機械部隊も、どうやらそのような事があったようだ。

そんな特権を利用した憂さ晴らしが横行する事に、ユリコは心底気分が悪くなる。


「で、ここは今もそういう所はあるの?

 ……構わないわよ、正直に答えても。アタシそういうの大嫌いだから。」


ユリコが兵士に問いかけると、兵士は首をぶんぶん振って否定した。


「いいえ! あまり大きな声ではいえないんですけど……

 ギュンター将軍がいなくなってからは、そういうのはなくなったんです。

 おかげで、随分楽になりましたよ。」


「へぇ……それは感心な事ね」


予想を反した回答にユリコが感心していると、兵士の1人が嬉しそうに言う。


「トップが変わったら、ここの部隊も変わったよな。

 前までは、機械部隊は使い捨て部隊だとか言われていたけど、今の隊長は、俺たちを大事にしてくれる。

 それが、俺たちにとっちゃ、何より嬉しいんだ。」


なるほど、兵士たちの統率が取れているのは、兵士たちの信頼を得ていたからか。

兵士たちの話を聞き、ユリコは、ただ単に規律や上下関係を重んずるという以上の、機械部隊の内につながる信頼関係を認識したのだった。





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