今目の前に佇んでいる人物の面影は、かつてユリコが見た彼の面影とは、随分かけ離れていた。


落ち窪んだ眼窩に、生気の無い瞳、血の気を失ったその顔色はまるでブロンズ像のように冷たく、

いつも浮かべていた穏やかな笑顔は微塵も見当たらない。



今目の前にいる人物に、ユリコは激しく動揺する。


彼は確か、謀反の罪で先日処刑されたばかりではなかったか。


では一体どうして、彼は今こうして自分たちの目の前に立つことが出来ているのか。





ユリコたちが警戒していると、血の失せた表情で黙っている彼に代わって、隣に控えていた仮面の将校の青年が話しかけた。



「機械部隊の皆さマ、お初にお目にかかりまス。私たチは、本国より遣わされタ特別部隊。

 騎竜部隊と貴方たチに代わり、コのテワラン戦線で相手を完膚なきまデに叩き潰す役目を仰セつかり、参りましタ。

 私は秘書官のアルルカンと申しまス」



そう説明すると、青年将官は軍帽をとりぺこりとお辞儀する。

その様は丁寧でありながらも、彼が浮かべていた無機質な笑みと口調は、どこかあまり気持ちの良いものでは無かった。



「援軍を依頼したのは、騎竜部隊のイグナート将軍宛てだった筈だ。

 君たちの戦線参加は、本国直々の命令かい? 俺たちは作戦変更の命令を何も受けてはいないが……」


ローレンツがアルルカンに作戦変更の意図を問いかけると、彼はくすくすと静かな笑みを浮かべ、突然の作戦変更の説明をする。



「騎竜部隊と貴方たチ、そしてソルシエールの合同軍で芳しくなイ戦績を憂慮され、本国から私たチが急遽派遣されタのです。

 いわバそうですネ、もう貴方たチは用済みとイう事でしょうカ」


最後の台詞にぴくりと反応しつつ、ローレンツは感情を表に出さないように努める。

しかし後ろに控えていた機械部隊の隊員たちは、アルルカンの言葉を聞くや否や、思い切り不満を顕わにした。



「用済みだって?! 聞き捨てならねぇな! ここまで戦線を進めたのは誰だと思ってんだよ!!」

「戦闘にも参加せず、本国からのうのうと命令だけしやがって!!

 俺たちがどんだけ苦労してここに到達したか、これっぽちも分からねぇ癖によ!!」


「上官前だよ、君たち、抑えて。

 確かに戦線に手間取ったのは事実だが、ここまでの彼らの奮闘も少しは汲み取って貰えると嬉しいな。

 援護を主体として満足な装備さえ無かった彼らだけれど、その技術力で随分創意工夫してきたのだから」



荒ぶる兵士たちを宥めながらも、ローレンツはアルルカンに彼らのこれまでの戦いぶりを訴えた。



兵士たちが不満を口にする様子をアルルカンは横目で見ながら、笑顔を浮かべつつも決して有無を言わさない迫力で、

丁寧でありながら凄みを効かせた口調で兵士たちに言う。


「これしキの進軍で悪戦苦闘するヨうでは、残念ながら貴方たチの能力はそこまデのモノと言わざルを得ないでしょウ。

 ……ですガまぁ、ここまデの戦線、微力ながら御苦労さマでしタ。後はこの特別部隊デある私たチに任せてくださイ。」


「特別部隊……?」



兵士たちが訝しがる中、アルルカンは、終始怯えた目でブリューゲルの方を見ていたユリコの視線に気付く。



「あァ、彼の事が気になりますカ」


「……その方、確か謀反罪で処刑された人よね?」


ユリコの言葉を聞くと、アルルカンはにんまりと不気味な笑みを浮かべる。


「えぇ、そうでス。

 彼はトゥワイス。帝国の技術力を結集して蘇っタ、人工精霊使いでス。」


ユリコとアルルカンの会話を聞き、機械部隊の兵士たちはざわついた。


「処刑されて、蘇った兵士だって……!?」

「どういうことだ……?!」


ざわつく兵士たちの中、ローレンツはその表情を思い切り歪める。


「噂では聞いていたけれど……人間を依代にして精霊を宿し、魔導兵士を作る実験……人工精霊使い……

 完成していたのか……」



「我々は過酷な実験の末、貴様らが何人束になっても超えることの出来ない強大な戦力を生み出す事に成功した。

 それが、我々精霊使い部隊だ。」


グスタフ将軍が一歩前に進み出る。


そしてその隣に、2人の兵士が控えた。

1人は、深紅の髪に澄んだ青い瞳。もう1人はふわふわと風に揺れる黄色い髪に、葡萄色の無垢な瞳。

しかし共にその表情は感情を失い、黙したまま静かに佇んでいた。


その姿は、幾人かの兵士たちも度重なる戦線で目にした覚えがあった。


「あれは……あいつは、天然精霊使いの『青い炎の使い手』……!!」

「隣の少年は、グスタフ将軍が手塩にかけたと言われる、最強の人工精霊使い……?!」


彼らは、帝国軍の強大さを盤石にしたきっかけとなった、精霊使いの少年たちだった。



「貴様らも先程の交戦の様子を見ただろう。あの圧倒的な精霊魔法の威力を。

 彼ら人工精霊使いにかかれば、貴様らが苦戦していた戦線など、簡単に潰せるのだ。

 このテワラン戦線に、本国からの命により我々の派遣が急遽決定された理由が、これで貴様らにも理解できただろう」



確かに、先程のあの閃光と爆発の威力は凄まじいものだった。

あれが精霊魔法によるものならば、今まで自分たちが時間を掛けて進めてきた戦線なんかよりもずっと早く、

その圧倒的な武力によって、テワランなどあっという間に攻略できるだろう。


いや、テワランはおろか、この世界さえも、簡単に手中に出来てしまうのではないか。



帝国が手にしたあまりにも大きすぎる力に、そしてそれによってもたらされるであろう未来を想像し、ユリコはぞっとした。



しかし、こんな所業、皇帝であるあの優しいピーテルが許すはずがない。

それまでずっと皇帝を献身的に支え続けてきた人物を屠り、このような人形兵器に貶めるなんて、非道極まりない事は。

目の前に控えている少年兵たちも戦争捕虜で、過酷な実験と訓練を繰り返した上でここに立っているという事は、軍内では誰もが知っていた。


ユリコは震える唇で、アルルカンとグスタフに問いかける。


「皇帝は……皇帝陛下は、この事をご存知なのでしょうね……?」


すると2人は、まるで意に介さないかのように、彼女の質問を素っ気なくあしらう。


「詳しい戦略、兵士の開発の事まで、いちいちまだお若い陛下の耳に入れる必要はない。

 こと戦線に関しては、全て司令部や、総司令官殿に一任しておられる」


グスタフはそう言い捨てた。

やはり、ピーテルの耳にはこれらの事実は届いていないのだろう。更にグスタフは悪びれることなく、こんなことまで言いのける。


「帝国による世界統一をいち早く成し遂げ、この世界に平和をもたらす為、特別部隊による作戦実行に踏み切ったのだ。

 テワランなど山奥に住む原住民なぞに後れを取っている貴様らでは、用が足りん。

 この特別部隊……精霊使い部隊の力を持って、それを成し遂げよう」



「皇帝陛下が、こんな所業を許すはずが無いわ……!

 皇帝陛下は争いごとを嫌い、平和を貴ぶ方よ。戦争捕虜はおろか、自分に仕えてきた忠実な家臣まで

 こんな非人道的な実験を行って人間兵器に仕立て上げてまで、戦争を強行するようなお方ではないわ!」



グスタフの言葉に黙っていられず、ユリコは思わず叫んだ。

ピーテルの意向を無視して、非道な実験や侵略を強行する軍部の姿勢に、ユリコは込み上げる怒りを隠せなかった。



「黙れ、何も知らぬ小娘風情が。皇帝陛下は御年12、まだ情勢も良く知らぬ子供も同じ。

 情勢をつかみ、軍の指揮をするには些かお力不足は否めない。畏れ多くも、皇帝陛下自身もそれはご自覚なされている。

 その皇帝陛下から勅命を受け、動いている軍の司令部の命令は、皇帝陛下の御意向と同義なのだ。

 司令部の命に背くようならば、反乱罪を咎められても、何も反論は出来ん。そうだろう……?」



ピーテルは皇帝でありながらも、若すぎるという事を理由に、軍部の命令に自らの意思を反映する事さえ困難である事実を

今一度グスタフから思い知らされ、ユリコは唇を噛んだ。



さらに、アルルカンは手にした資料をめくりながら、こんな事を言った。



「まぁ、些かの物資不足の中でモ、貴方たチの奮戦ぶりハ、こちらも報告を受けていまス。

 ただその中には、あまり芳しくなイ事実もあるようでスね……?」


「芳しくない事実……?」


アルルカンを睨みつけながら、ユリコは彼の言動を注視し続けた。



「交戦の最中ニ、敵兵を拿捕したと伺いましタ。しかし、彼らをそのまま逃がしタ、と。」



それを聞いた瞬間、ユリコはどきりとする。


確かに、敵兵を捕獲しておきながら何の尋問もせずに解放したのは、もう反撃する戦力さえ残っていなかったとはいえ

帝国軍としてはあるまじき行為だ。それを咎められても、反論はできない。


ユリコ自身は、兵役年齢に達していないあの少年兵に対して尋問する事は反対であったが、

もう1人はれっきとしたコリンドーネ兵で、しかもあの胸についていた一ツ星の勲章を見る限り、一般兵よりも格上の存在である事は

推して分かる事だった。恐らく、何かしら重要な情報を持っている事は間違いないだろう。

そんな彼らをみすみす逃すのは、軍部の意向に背くのも同義であった。



その事に対しては、同じ機械部隊内でも、賛否両論あった。


結果、敵の反撃を退ける為に、部隊を統括するローレンツが下した判断は、あの兵士たちをそのまま解放するという選択だったが

それが今、帝国軍の行動としての是非を、彼らは問われたのだ。



しかし、何故その事を、部外者であるアルルカンが知っているのか。



そんなユリコの表情を読み取ったのか、アルルカンは静かに笑いながら、その疑問に答えた。



「くすくす、どうしテ知っている、かのようナ表情をしテいますね。帝国軍では、未報告はご法度ですヨ。

 貴方たチの行動、思想、全て把握する為ニ、軍部でハ監視の目を張り巡らせていまス。

 とある協力者の報告によリ、貴方たチの計らイが、我々の知ル所となったのでス。」


「協力者ですって…?!」



ユリコが叫ぶと、アルルカンの視線の先には、数人の兵士たちが映る。




それは、深刻な表情を浮かべる、ハイデマン軍曹らの姿だった。




彼はローレンツやユリコを直視できず、視線を逸らしてその場に立ち尽くしていた。



「ハイデマン軍曹……?! あなたたち……!!」

「な……?! おやっさん?!」


「黙っていた事、本当に申し訳ありません……

 我々は、諜報部の命により、貴方がたの作戦行動を監視、報告する義務を課されておりました。

 昨晩での、あの敵兵を逃がすという判断……それは、帝国軍において、明らかな軍紀違反。

 報告しない訳には、いかなかったのです……」


苦渋の決断を滲ませて、ハイデマン以下数名の歴戦の兵士たちはその場から動けず、ユリコやアクセル、ヒューイらの叫びを一身に受けた。


「情報を搾り取れル所、何も尋問の一つモ行わずに放したとハ……

 これハ、我が軍への裏切リともとれル行為でス。このようナ残念な報告を聞くのハ、誠に遺憾でス。

 折角想定以上の戦績ヲ上げたというのニ……」


アルルカンは首をふるふると振った。



「おやっさん!! どうして!!

 辛い戦線を乗り越え、一緒に戦ってきたじゃねぇか!! 時には叱咤して、俺らを励ましてくれたじゃねぇか!!

 どうして隊長たちを売るような事をしたんだよ!!?」


アクセルは、長年苦楽を共にしてきたハイデマンの裏切りともとれる行為に納得できず、身を乗り出して思わず叫んだ。

飛び出た彼を、精霊使い部隊の兵士たちが牽制する。


「隊長のあの判断はね、背後に迫っていた追撃から、既に戦う力を失ったあたしたちを護る為に下した

 苦渋の決断だったのよ!!」


ユリコも声を荒げる。



「想定以上の戦績を上げれば、ギュンター将軍に代わって、貴方は機械部隊の正式な隊長として、

 軍佐から将軍まで昇格の可能性もあったのですよ…… どうして、あのような判断をしたのですか。

 長年貴方のお傍に仕えていただけに、我々は、それが残念でなりません……

 我々を護る為にあのような決断を下されたのであれば、尚更……我々の命など、顧みないで頂きたかった……」


至極悔しそうに、苦悶の表情を浮かべて、ハイデマンは己の決断に後悔を滲ませる。

諜報部の命とはいえ、共に戦ってきた仲間を売るような行為を、彼らは心底後悔していた。



「共に戦ってきた仲間を使って密告だなんて……なんて卑劣な事を……!!


 そうでなくても、ここまでの進撃を可能にしたのは、隊長の判断と、隊員たちの努力のお陰なのよ!!

 同盟国と徒党を組んで挑んでも勝てなかった相手をここまで怯ませたのだから、功績は立派なものだわ!!

 これしきの事で軍紀違反だなんて、そんなちっぽけな事で上げ足取るようなら、帝国軍も落ちぶれたものね!!」



ユリコが今まで見てきた機械部隊は、どの部隊よりも信頼関係で強く結ばれていた。

仲間たちを思いやる絆のその強さ故に、ここまで犠牲者を出さずに戦い抜けたと言っても過言ではない。



だからこそ、そんな隊員たちが密告だなんて、ユリコは信じたくなかった。

そんな残酷な決断をさせる命令を、許したくなかった。



彼らの信頼を覆させるような、あまりにも酷過ぎる命令に、ユリコは腸が煮えくり返る思いで、アルルカンやグスタフを睨みつける。

そんな彼らはユリコの怒りなどものともせず、しゃあしゃあと言い退けた。



「貴方たチは、どうやら仲間意識だなんテ生ぬるイ感情で、お遊び感覚でこの軍に仕えていルなんて事はありませんよネ?

 それに、功績といってモ、戦線をわずかニ進めタだけで、敵兵1人討てテいないでハないですカ。

 功績を名乗るのならバ、もう少シマシな戦績を見せテ欲しいですネ」


「ふん。どいつもこいつも、甘い感情ばかりしか抱いてない。

 だから戦績も上げられず、昇格など出来ない無能者よ。この帝国軍の底辺で燻っているがいい。」



そして、彼らは取り出した剣の切っ先を、機械部隊を率いてきた2人の将官に向かって突きつけた。


「そういう事だ。貴様らの罪を、今ここで断罪してやろう」




すると、それまで黙っていたローレンツが、静かに口を開いた。



「俺は、あの決断を後悔などしてはいない。

 今でもはっきりと言える。帝国軍の勝利よりも、仲間たちの命の方が、何百倍も大事だよ。

 例え勝ったとしても、大事な仲間たちを失って、何になるというんだい? それは本当に、勝利と呼べるのかい?

 今までの戦線でも、その信念の元、俺は戦ってきたんだ。」



そう言い切るローレンツは、真剣な表情をしていた。



「貴様、ぬけぬけと帝国を愚弄する気か……!!」


激昂するグスタフに、アルルカンは静止を掛けながら、前に出て宣告した。



「貴方は、自らの過チを認めるというのですネ」


「過ちとは思っていない。隊員たちの命を優先しただけだ。考え方の相違だろう」


「それを過チと言うのですヨ。いいでしょウ、貴方は帝国軍の将官としてハ相応しくなイ。

 機械部隊の隊長としテの権限を、司令部かラ託された命によリ、一時剥奪。

 帝国軍軍紀第1条3項、軍に所属すル兵士は全て、司令部において決定されタ命令に背ク行為を行っタ場合、処罰の対象とすル。

 この項目の違反デ、貴方を本国へ連行しまス。」



それを聞いた機械部隊の隊員たちは、いきり立つ。


「何だと!! 俺たちの隊長を、連行なんかさせねぇぞ!!」

「おぉよ!! 本国でも乱暴者だとか、野蛮だとか言われた俺たちによくしてくれた隊長を、処罰なんかさせねぇ!!

 そんな命令、蹴飛ばしてやる!!」


次々に声を荒げ、隊員たちはアルルカンに抗議の声を上げて詰め寄ろうとしてもがいた。



そんな彼らの前に、青い炎の使い手と帝国軍の兵士たちに恐れられた青年が、感情の灯らない冷たい表情のまま立ち塞がり、

その右手を黙って静かに掲げる。彼の掌からは、今にも灼熱の蒼炎が繰り出されようと、熱気が迸る。

すると、何も言葉を発しないでいながらも、目の前の精霊使いから醸し出されるその迫力に、機械部隊の隊員は思わず尻込みした。


何百、何千という命を焼き尽くしてきたその青い炎の前には、誰も何も反論さえ出来なかった。



しかし、抗議の声を上げようとした機械部隊の隊員たちに、ローレンツは笑って淡々と答える。



「護ろうとしてくれてありがとう。でもここで反論すれば、君たちは軍紀に問われてしまうよ。

 俺は俺に出来る事をやってきたまで。それで司令部にお咎めを受けてしまうならば、大人しくそれを受け入れよう。

 大丈夫、俺が去っても、君たちは上手くやれるさ。ユリコもいてくれるしね。」



そう言うと、ローレンツはアルルカンに振り返り、今一度念を押して確認する。



「捕虜から情報を得るべき所を怠ってしまったのは、俺の判断だ。

 だから、軍紀に乗っ取れば、処罰を受けるのは、部隊の責任者である俺だけになる。

 彼女は俺の補佐をしてくれていただけで、決定権は持っていない。

 連行されるのは俺だけ。それでいいね?」


「隊長!! そんな勝手な……!!」


抗議の声を上げるユリコに、ローレンツは制止をかけた。


「これは隊長である俺の責任だ。君には残った隊員たちを任せたい。

 だから、ここは黙って従って欲しい。」


「良いでしょウ。貴方が素直に連行されテ頂けれバ、こちらモ無駄な労力を費やさなくテ済みまス。」



アルルカンはそう言うと、取り出した鉄の手錠をローレンツの手にかけた。




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