長い長い夜が明け、早朝の清々しい光が山麓の向こう側から、テワランの雄大な山肌を照らし始める。

澄み切った朝の空気の元、兵士たちは短い仮眠から目覚め、欠伸をして各々の手足を伸ばす。



ユリコがふと目を覚ますと、殆どの兵士たちはもう起きていた。


「おはようございます、ユリコ様。少しでもお休みになれましたか?」

「おはよう、クシューシャ。ふわぁぁ、もう朝なのね……」


クセーニヤが隣で控え、湧き水で絞ったタオルを渡す。刺すように冷たいが、かえってそれが心地よい。

受け取るとユリコは顔を拭き、長い髪をとかしてトレードマークのリボンを結び直す。


支度を整えて部隊を見渡すと、ローレンツやハイデマン、アクセルたちの姿が見られない。



「あれ、隊長たちは?」


「援軍に来てくれる、ワイバーン部隊をお出迎えの準備に向かわれました。」


「いけない!もう到着する時間?! 寝過ごしたわ……!!」



慌てて彼らの後を追うユリコを、クセーニヤはゆったりと宥める。


「心配には及びません、ユリコ様。

 ユリコ様がよくお休みになるように、眠っている間は起こさないようにと、ローレンツ様から直々に承っておりましたので」


「隊長が? 全く、あたしを過保護に扱い過ぎなんだから……子供じゃないのよ。もう。

 出迎えの時に寝過ごすだなんて、副官として恥ずかしいわ。案内してクシューシャ。あたしも行くわ」



余計な気遣いだ、とばかりにユリコは彼の配慮にもどかしさを感じながら、援軍を出迎えに向かった。







昨日テワラン・コリンドーネの同盟軍と対峙した、眼前に広がる広大な草原。

敵軍を追いやる事は完全には出来なかったが、この草原を挟んで陣を構える事の出来た帝国軍・機械部隊の面々は

上空からやってくるであろう、ワイバーンによる援軍を今かと待ち構えていた。



双眼鏡で上空の様子を眺めていたローレンツを見つけると、ユリコは憤慨しながらずんずんと近寄り、声をかけた。


「隊長!!」


「やあ、おはようユリコ。よく眠れたかい?」


ローレンツはユリコに気が付くと、にっこりと笑いかける。

その笑顔はいつも通りで、昨晩見たような翳りなど、微塵も感じられなかった。



「おはようじゃないわよ!! 援軍が到着する時に寝過ごしちゃうところだったじゃない!!」


ぷんすか怒る彼女を眺めて、ローレンツはうんうん満足そうに頷いた。


「うん、元気そうで何よりだ。やっぱり少しでも、深い睡眠をとる事は大事だね。

 睡眠不足は若い子の美容にも良くないし」


「あのねぇ〜〜ッっ……」



あまつさえ最後の台詞を嬉しそうに言うローレンツに、もはや彼には何を言っても無駄だと諦めた。

ユリコは仲間たちと同じく上空を見上げ、援軍の到着を待つ。



「……ワイバーン部隊は、今丁度この草原目指して向かっているのね?」


「あぁ。昨晩のうちに通信兵を介して、騎竜部隊と連絡はとれたよ。

 イグナート将軍の話によれば、以前の戦闘で負ったワイバーンたちの傷も、大分改善したそうだ。

 向こう側にテワラン・コリンドーネ軍は対峙してはいるものの、多少の銃撃であれば迎撃しながらここに合流できる。

 以前の共同作戦の際に、ワイバーンの装備を強化しておいたからね。」



流石、抜かりが無い事である。

機械部隊は、連続した作戦行動によって大幅に消耗してしまっていた。兵士たちも皆疲労困憊だ。

これ以上の単独による作戦は、実質不可能とも言えるような状況だ。



だが、ここまでの作戦によって騎竜部隊が回復する時間を稼げた。幸いにも犠牲者を出す事も無かった。

自分たちは役目を十分果たしただろう。



兵士たちはそう思いながら、騎竜部隊の到着を今かと待ち構えていた。







やがて、空の向こう側から甲高い叫び声と羽音が聞こえてくる。

黒い蝙蝠のような翼を羽ばたかせて、紅地に金色の焔と片羽の紋章を身につけた兵士を乗せたワイバーンの群れが

森林を超えてやってきた。




敵の新手の登場に、テワラン・コリンドーネ陣営から対空砲撃が開始される。

その銃弾は、ワイバーンに施された強化装甲で弾かれるだろう…… 機械部隊の面々はそう思っていた。






しかし、どうやら、様子が違う。




ワイバーンに向けられた銃弾を弾いていたのは、彼らが施した装甲ではなかった。




双眼鏡でその様子を覗いていたローレンツが、予想外の事に表情を曇らせて呟く。


「強化装甲による反射では無い…… あれは、防御魔法か……?」


その呟きを聞いたユリコは、怪訝な表情を浮かべた。


「防御魔法……? おかしいわ、騎竜部隊に魔法の軍備は殆どない筈よ……?」




騎竜部隊の人員は、魔法による攻撃手段は殆ど持たない。故に、防御魔法も扱える筈がなかった。

しかし今目の前でコリンドーネ軍の銃撃を防いでいるのは、魔法による防御壁だった。


しかも、普通の魔法の防御壁ではない。

強大なエネルギーを秘めた魔法の圧倒的なパワーで、銃撃を無効化していたのだ。



「ソルシエールの魔導師部隊はまだ待機中の筈…… どうして防御魔法だなんて……」




そう言いかけた時、突然、今まで交戦していたテワラン・コリンドーネ軍に向けて、一条の閃光が走る。



「!! 全員、防御姿勢を取るんだ!!」



次の瞬間、圧倒的な熱量を帯びた爆風が、辺り一帯に吹き荒れた。

突然起きた大規模な爆発と、それによって引き起こされた熱風によって、目の前の草原は一気に焼き尽くされる。



「一体何が……何が起こっているというの……?!」


爆風から身を護る為、必死に地面に伏せりながら、ユリコは何が起こっているのか分からず叫ぶ。




辺り一面が灰燼に帰してしまった中、燻る地面に、炎の熱などものともせず、上空から何匹かのワイバーンが降り立った。




機械部隊の面々が訝しがる中、ワイバーンから降り、冷たく黒い軍靴で地面を踏み下ろしたその姿は、

以前共闘した騎竜部隊の長・イグナートだけではなかった。



氷のような冷徹な眼差し、歴戦を超えてきた風格。

カーディレット帝国軍でも指折りの実力者と評される、グスタフ将軍だ。


また、あまり見かけた事のない、涼やかな顔をした将官もいる。



そしてその隣にいたのは、ユリコもかつて何度か顔を合わせた事のある人物だ。




代々皇帝に仕えてきた由緒ある一家の跡取り、近年では帝国軍において、誰もがその名前を一度は聞いた事のあった者。

帝国を、侵略戦争から遠ざけようと、尋常ならざる熱意をもって奔走し続けてきた人物。




ブリューゲル・フォン・ローゼンベルガー、その人だった。




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