和解の心をわずかに通わせたシャオフーとリックスの傍に、幾人もの足音が近づき、2人を取り囲んだ。

敵の気配にいち早く気付いたリックスが、素早く懐からスペアの銃を取り出し、シャオフーを庇って構える。


しかしその前に、軍人特有の抑揚のない声が、彼女に呼び掛けた。


「無駄だ。君たちは完全に包囲されている。武器から手を放し、両手を挙げて立つんだ。」


シャオフーを説得するのに集中しすぎて、周囲への警戒を怠っていたのは迂闊だった。

敵がここまで接近するのを許してしまったのは、自分の落ち度だ。



そうリックスは後悔するが、時既に遅し。自分たちは敵陣の真っ只中に入り込み、敵兵に見つかってしまったのだ。

周囲から聞こえる足音、銃や武器を構える冷たい金属音から、おそらく数十人を超す兵士たちに取り囲まれてしまっているのだろう。


ここで反撃すれば、確実にハチの巣にされる。そう判断したリックスは、持っていた銃を目の前に置き、両手を挙げる。

シャオフーは暫く敵兵を見つめていたが、一度リックスの方を見ると、やがて悔しそうに両刃刀から手を放し、草原に投げ捨てた。




2人を取り囲んでいた紅い服の敵兵の中から、眼鏡をかけた淡い金髪の青年と、銃を構えた黒髪のやけに年若い少女が現れる。

肩章の飾り模様、胸につけた勲章の違いから、おそらく彼らがこのカーディレット軍の兵士たちを統括する上官なのだろう。




「その服装は、コリンドーネ軍の兵士と、テワラン軍の武官だね。

 こんな夜更け、しかも両軍が死力を尽くして対峙した直ぐ後に、たった2人で俺たちの陣地に足を運んだ、その勇気は健闘しよう。

 だが、見ての通り武力の差は明らかだ。こんな僅かな手勢で、ここにやってきた、その目的を知りたいな。」


「敵兵がそう簡単に、質問に答えてくれると思っちゃいけないわよ?

 それにカーディレットの兵士サンたちは、レディーファーストという言葉も知らないのかしらね?

 相手にものを尋ねるならば、自らの素性を明らかにするのが先でしょう?」


捕獲された状態でもリックスは強気に答えるが、隣に控えている兵士が彼女の顔を挙げさせ、鋭利なカッターで無言の圧力をかける。

しかし眼鏡の青年は穏やかに、兵士に手で制止の合図をかけた。



「失礼。それもそうだね。

 じゃあ自己紹介からいこうかな。 俺はこのカーディレット帝国軍・機械部隊を率いるローレンツって言うんだ。

 テワランを武力制圧する為に、この国境付近の森林に戦線を張っている。

 まさかテワランにコリンドーネの協力があるとは思っていなかったけれど、君たちの共同作戦はそれは見事なものだった。

 おかげで、こちらは手を焼いているよ」



「それはどうも。アナタたちカーディレット帝国軍が各国への侵略戦争を拡大しているから、こちらも志を同じくした仲間として

 テワラン天帝国と協力関係を結び、防衛をしているって訳よ。

 ワタシはコリンドーネ共和国軍の銃兵隊員の1人、リックスって言うわ。」



「君の顔は見覚えがあるな。確か魔導弾を用いて狙撃する兵士だろう。あの魔導弾のおかげで、こちらも随分苦しめられたよ」


「!! どうしてワタシだって分かって……」



あっさりと敵に自分の能力を見破られたリックスは、表情こそ変えまいと装っていたが、内心激しく動揺する。



「特殊な武器を用いる兵士は多くない。よく観察すれば、特定の兵士をマークする事は難しくないよ。

 君の容姿も覚えやすいいで立ちだからね」


「確かに、眼鏡こそしてるけど、金髪碧眼、なかなか結構カワイイ子じゃんか!

 何で見落としてたんだ俺ー!!」


「ヒューイ、お前相変わらずだな……」


人間観察に優れたローレンツがリックスの能力をさらりと言い当てると、横からひょいっと出て彼女をまじまじ見るヒューイに

アクセルが思いっきり後ろからどつく。


「コリンドーネやテワランは、軍隊に普通にオンナノコがいるんだなー。羨ましい限りだぜ」


他のカーディレット兵士たちも、女性兵士が物珍しいのか、リックスをまじまじ眺める。

そんな兵士たちに、やや緊張を削がれながらリックスは溜息をつく。



「あのねぇ。そんなに珍しい……? ワタシに言わせてみれば、アナタたちが無骨すぎるような気がするんだけどねぇ……

 女性だって、男性には力は劣るけど、テクニックだってあるし、銃の扱いや魔法であれば、十分引けを取らず立派な戦力になるわよ。

 今時後ろで控えているだなんて考え方、古いわよ」


そうリックスが言うと、カーディレットの兵士たちは互いに顔を見合わせ、自分たちの副官を見上げた。


「確かに! うちのお嬢だって、年若いけど、十分な腕前を持ってるしな!!」

「お嬢……?」


「敵兵目前にしてお嬢って言うんじゃないわよ!! 恥ずかしいわね!!」


機械部隊の荒くれ兵士たちを前にして、ユリコはいきり立って叫び、グーでどつき突っ込みを入れた。

しかしリックスの話にユリコは、腕を組んでうんうん頷いて同意する。


「でもその考え方には賛成ね…… 流石、男女平等が進んだ国は言う事が違うわ。

 女だからって家で控えているだけなんて考え、今時古すぎるわよね。上層部の古臭い連中には悪いけど。」


「あら。敵兵ながら話が合いそうね、アナタ」


そんなユリコを面白そうに眺めるリックス。



しかしやや意気投合しかけている彼女らを引き離すようにして、ハイデマンが叫んだ。


「いけませんぞ、ユリコ特務! 副官ともありながら、敵兵とこうして慣れ合うのは、部下に示しがつきませんぞ!」


「まぁ、アナタそんなに若いのに副官なのね。凄いわね。」

「お褒めに与り恐縮だわ。アタシはユリコって言うの。この機械部隊に最近配属された副官よ。よろしくね。

 貴方の銃の腕前もなかなかどうして厄介だったわ。いい好敵手になれそうね」


すかさず褒めるリックスに対して、自信満々にふふんと笑いながら、ユリコは自己紹介した。


「だ・か・ら!! 慣れ合わないで頂きたいと申し上げております!! 勝手な情報交換も禁止ですぞ!!」

「まぁまぁ、ハイデマン軍曹。落ち着いて、落ち着いて。」


相変わらず互いをリスペクトする2人に頭を抱えるハイデマン。息を切らす彼を、ローレンツが優しく宥める。




そして軽く咳払いをすると、改めてローレンツはリックスとシャオフーを前にして、敵国の将官の顔になる。



「まぁさておき…… 捕獲された君たちは、我が軍の捕虜という形になる。

 本来ならば、敵兵である君たちの情報を、尋問を以てして、頂かなければならないのだが……」



そう言いかけるローレンツは、シャオフーの方をちらりと見やる。

その視線を感じ取ったリックスは、シャオフーの前に立ち、彼を庇って叫んだ。


「彼は、軍の機密情報を殆ど何も知らない見習いよ! 彼は尋問せず、ワタシだけにしなさい!」


「そうはいかない。彼からも是非話を聞かなくては」


兵士たちに抑えられながらも烈しく抵抗するリックスの前で、ローレンツはシャオフーの前にゆっくりと歩いていく。

その右手には、絡繰式銃剣が鈍い光を放つ。

武器を奪われながらも、シャオフーは憎しみの籠った眼差しで、目の前のカーディレットの将校を一心に睨んでいた。




すると、後ろからユリコがローレンツに問いかけた。



「その子を……尋問するの?」


相手は、まだ15歳にも満たなさそうな小さな少年だ。

敵兵とはいえ、まだいたいけな子供を尋問するような事に、ユリコは激しく戸惑い、ローレンツの軍服の裾を掴む。


「……君はまだ若いから、こういうことには些か戸惑うだろうけれど、どうしても聞かなければならない時もあるんだ」


そう話すローレンツは厳しい表情をしていた。それはいつものような優しい眼差しではなく、厳しい軍隊の将官のものだ。

その眼差しの厳しさに一瞬ユリコは躊躇するが、それでも首を振って、決心して彼の前に立ちはだかる。


「ダメよ!! こんな小さな子に尋問だなんて……軍紀に問われるかもしれないけれど、アタシは納得できない!!」

「特務!!」


その行動に驚いて止めようとするハイデマンがユリコの傍に駆け寄ると、ユリコはその腕を振り払いながらも

真っ直ぐな眼差しをローレンツに向け、己の思いをぶつけた。



「そもそも、なんでこんな小さな子が軍に紛れ込んでいるのか分からないけれど……!

 そんな小さな子を尋問しなければいけない事自体、間違っているわ!

 カーディレット帝国は、もっと正々堂々とした振る舞いをすべきよ!!」



そう言い放つユリコは、味方さえも敵に回しかねない状況の中、己の信念を掲げたのだ。






するとローレンツは、周囲の皆が驚くような回答をしたのだった。



「大丈夫。君が思うような尋問は行わないよ。」


「え……?」



その答えに、ユリコを始め、機械部隊の面々も、リックスも、シャオフーですら驚いた。



「そこの少年は、どうやら兵士として召集される年齢に満たないようだ。

 兵士でない民間人を尋問・攻撃する事は、国際条約で禁じられている。よって、君たちには手を出さずにここから解放しようと思う」



予想外の答えに激しく異論を唱えたのは、ハイデマン軍曹だ。


「何を仰る! この2人を捕虜として、尋問によって情報を得て、あるいは彼らを人質として敵から交渉を引き出すべきですぞ!!」


長年戦争を経験してきて、普通ならこう行われるだろうというセオリーを彼は並べ立てた。

しかしそのハイデマンの進言も、ローレンツはゆっくりと退ける。



「おそらく、前任のギュンター将軍ならば迷うことなくそうしただろうね。

 あるいは、この2人に利用価値が無いと判断すれば、その命すら簡単に奪っただろう。

 だが、どの国も護らなければならないルールという物がある。それが国際条約だ」

 
「国際条約ですと……?! そんなものを、今更ここで持ち出して何になるというのですか……!!」


今更だ、とハイデマンは尚もローレンツに食らいつく。



「カーディレット帝国が今、世界中で疎まれている理由は、この国際条約をことごとく無視している事なんだ。

 自由貿易の制限、捕虜の虐待行動、竜の捕獲補助行動など、国際条約の数々の無視……

 正当性のない国に、行いに、人々は誰も従ったりしない。

 どれだけ力の強い国々と徒党を組んでも、正当性を語れないような行いを繰り返していけば、必ずや反旗を翻されるんだ。


 なにより、人道に背くような行為を、俺は肯定したくない。

 先程の彼らのやりとりから、その少年はたった1人で俺たちに立ち向かおうとしたのだろう。

 それを危険と判断した彼女に止められた。違うかな?

 ならば、とても計画だった作戦行動とは思えない。いわば向こうも予測していなかった事故だ。

 そんな突発的な事故を、国同士の戦いに利用してしまうなんて、卑怯にも程がある。そう思わないかい?」


その説得力は、その場に居る誰もが納得するような、公明正大としたものだった。



絶対的優位にありながらも、その立場を濫用することなく、淡々と己の信念の正義を貫こうとする。



思い返せば、彼の信念の片鱗は、ユリコは今までもちらほらと垣間見ていた。


占領国出身でありながらもアクセルの反抗心を忠誠心に変えてしまう程の、部下を思いやるその人柄。

決して華やかではないが、堅実で確実、無駄のない作戦。それも、仲間に無理をさせない配慮だ。

いざ戦闘になれば、危険を顧みず自ら率先して仲間を護るその姿勢。



そのような将官を、野心の溢れるカーディレット帝国において、ユリコは今まで見た事が無かった。





「ただ、ひとつだけ聞かせて欲しい。君は、どうしてたった1人で、命の危険を冒してまで、我々に立ち向かったのかい?」



シャオフーと目線を合わせて、ローレンツは問いかけた。

すると、その眼差しにありったけの憎しみを込めて、シャオフーはその口から彼らへの恨み言を吐いた。



「俺は、お前たちによって、井戸に毒を流されて壊滅した集落の者だ……!!」


「井戸に、毒を……?!」


彼が話し出したあまりのショッキングな内容に、ユリコは両手で口を覆う。


「みんな、あまりの苦しみに自分の爪で喉を掻き切りながら、無残に死んでいった……!!

 俺のねえねえも、毒の水で死んでいった!! 俺のこの目は、苦しむねえねえによって引き裂かれたんだ!!

 あの地獄の苦しみが分かるか……!! 何もできずに、ただ目の前で大事な家族が死んでいく様を!!

 だから、こんなことを引き起こした、仇のお前たちを、1人でも多く殺してやろうとしたんだ!!」


そう、シャオフーは思いのたけをぶちまけた。



「毒の水……とは……」

「おそらく、戦力となるテワランの騎竜たちを弱らせる為に、その住処の水源となる井戸に毒を撒いたのだろう……

 なんという、惨い事を……」


シャオフーの訴えを一身に聴くローレンツは、己の拳を強く握りしめた。

それは、敵の竜を弱らせるという身勝手で矮小な目的のために、罪のない多くの住人たちを死に追いやってしまった、

自分の祖国へ対する強い怒りだ。



「だから君は、兵役にも達しない年齢で軍に同行し、我々への報復の機会を狙っていたんだね……

 皆、聞いただろう。彼は、戦いにすら赴いていないのに、家族を犠牲にされ、巻き込まれた被害者だ。

 彼が我々に牙をむくのは、当然の結果だ。」



ローレンツの呼びかけに、機械部隊に所属していた兵士たちは、誰も何も言えずに俯いた。

そしてくるりとシャオフーの方に向き直ると、深く頭を下げた。


「済まない。俺たちが君の家族や友人たちへ与えた仕打ちは、到底許されるようなものではない……

 せめて、国に代わって……までは言えないが、謝罪させて欲しい」


なんと、子供とはいえ敵兵であろう相手に、将官自ら頭を下げるなんて、前代未聞の行いだ。

これにはユリコも吃驚仰天する。


「隊長……!!」


その背中は、彼の信念の気迫が宿っていた。そのあまりの迫力に、誰も反対の声を上げなかった。




一方のシャオフーは、予想外の展開に、あまりの驚きで目を見開いていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「変わった奴…… 俺みたいな端くれに謝る将官だなんて、見た事がないぞ……」


しかし、どこかそっぽを向きながらも、やがてこうも話したのだった。



「でも…… 初めて、ねえねえたちの事、こんなに切実に思ってくれる奴に会った気がする。

 カーディレットの兵士だけど、カーディレット兵らしくないな、お前。」



シャオフーにそう言われると、ローレンツはくすりと微笑んだ。


「いいんだ。例え誰から何を言われようと、これは譲れない俺の信念だから」





目の前にいる少年が無謀にも自分たちに向かってきた理由が分かると、ふと、そっとユリコがシャオフーに問いかけた。


「貴方に、残された家族は居るの?」


「……ねえねえ……俺の姉の夫が、生き残ってる……」


それを聞いたユリコは彼に言う。


「きっと、とても心配している筈よ。すぐ帰って、元気な顔を見せてあげなさい」


それは、とても優しい声色だった。





ハイデマンはじめ、古くから機械部隊に配属されていた兵士たちは、ローレンツとユリコの判断を驚いて聞いていたが

やがてそれが自分たちの上官の判断だと、上下関係のハッキリした帝国軍でのルールに従い、彼らの決断を納得せざるを得なかった。



「分かりました…… それが貴方がたの判断ならば、我々はそれに従います」





2人が釈放される前、リックスはそっとユリコに問いかけた。それは、アルバトロスも同じく抱いた疑問だ。


「ねぇ、ワタシの銃をはじめ、主力の火力を銃で撃破したの、アナタよね?

 アナタの腕ならば、狙おうと思えば、ワタシの心臓だって狙えたはず。

 ……どうして、武器だけ狙ったの?」


その問いかけに、ユリコは誰にも聞こえないように、静かに答えた。



「……あたしは……戦争とはいえ、極力相手の命を奪いたくないの。

 あの子のように、家族を失う悲しみを経験した人たちを、多く見てきたから……

 命を奪った相手には、必ず悲しむ人がいる。そんな人を、自分の手で増やしたくないの……

 だから、戦闘不能に陥らせるだけで済むならば、出来るだけそうしたいの……


 ……とはいえ、これは戦いだから、そうも甘い事は言っていられないけれどね……

 次会った時は、覚悟しておきなさいよ」



彼女の答えを聞くと、リックスはふっと表情を和らげる。


「そうだったの……ありがとう。

 アナタや、あのお兄さんのような考え方のヒトがたくさんいれば、ワタシたちは戦わずに済むのかもしれないわね」





カーディレット軍から解放されたシャオフーとリックスが、再び空を仰ぐと、そこには満天の星が夜空で煌めいていた。

その瞬きは、かつてシャオフーが共に過ごした家族や友人、リックスが失った仲間たちの命の瞬きのようだ。


そんなことをふと感じ、シャオフーは流れてくる涙を腕でぐいと拭い、リックスと共に味方たちの待つ陣地へと歩いていった。




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