テワラン・コリンドーネ合同軍と帝国軍・機械部隊の戦闘は、カーディレット帝国軍・司令部にも速やかに報告された。


今まで作戦の補助としてしか見てこなかった機械部隊が、思った以上の戦績を上げた事に対して

司令部に在籍する将軍たちも、俄かに驚きを隠せないでいた。



「まさかあの寄せ集めのゴロツキ部隊が、思った以上に手柄を立ててくれましたな」

「ギュンター将軍が討たれたと聞いた時は、所属する兵士たちを他の部隊にばらけさせて

 雑用をさせるしかないと思っていたが……」

「ソルシエールの魔導師たちや騎竜部隊との合同軍の時よりも、彼らだけに任せた方が上手くやってのけるとは、意外ですな」


報告書に目を通した将軍たちは、彼らの出した功績に思わず唸る。


「その方法も、あまり大規模な作戦ではないようですが……よくこれで勝てましたな」


電動カッターや銃撃、限られた資材による手製の防御鎧の使用など、帝国軍としては一見地味目な戦闘様式に、

将軍の1人は彼らの勝利を思わず疑ってしまう。


しかしそれに対してフォルクマールは、落ち着いた様子で椅子にゆったりと腰かけ、資料を1枚1枚丁寧にめくって目を通し

己の考えを述べたのだった。



「物量があれば勝てる、というのは、今の時代、もう既に幻想になりつつあるのです。

 お分かりのように、我がカーディレット帝国は、各地に戦線を展開しています。つまり、それだけ戦力が分散するのです。

 だからと言って、戦略的に配置したどの戦線も、手を抜くと言う訳には参りません。

 ただ、ひとつの所に戦力を集中させてしまえば、不足した場所に必ず歪が生じます。

 効率的に、戦略的に、部隊を運用する明晰さが、部隊を率いる方々には求められているのですよ。


 今回の、彼らを勝利に導いた作戦は、予想を遥かに超えた称賛すべき、寧ろ我々が見習うべき功績です。

 物量に頼らなくても、それを運用する者の賢さ次第では、如何様にも結果を覆せるとね。


 ……お分かりになりましたら、ここにいる将軍の皆さまには、漫然とした根拠のない、化石化した自信と虚言は

 功績を私の目の前に積み上げるまで、懐の奥にしまい込んで頂きたいものですね」



ゆったりとした調子で、しかし有無を言わさない鋭い眼差しを、司令部にいる将軍1人1人に対して向けるフォルクマール。

その静かなる迫力に、将軍たちは冷や汗を流し、思わず息を呑む。




「ユリコ特務も、初戦線ながらもよくやってくれましたな。

 この報告書によりますと、火力が少ない中、彼女が率先して発砲し、敵の戦力を撃破したとか……」


「相変わらずのじゃじゃ馬だ。指揮官自ら乗り込むとは、身につけている制服と同じような心持ちでいるのかね。

 危険な前線で敵の掃討など、下級兵にさせておけば良かろうものを……

 弾丸がたまたま当たらなかっただけで、命知らずな娘だ」


「しかし、敵前に果敢に立ち向かう姿を見せたからこそ、あの荒くれ者の集う機械部隊から、信頼を得たのでは?

 あの部隊のゴロツキどもを従えるのは、骨が折れるとギュンター将軍も以前つぶやいていたな……」


話題が、新しく赴任されたユリコ特務になると、司令部の将軍たちは、彼女の功績をそれぞれ批評していく。

破天荒な行動を数々繰り出してきた彼女の様子は、戦線に赴いても相変わらずなようで、

将軍たちの口から出てくる彼女の話題を聞いていたフォルクマールは、思わずこみあげてくる笑いを抑えられないでいた。



「やはり、彼女をあの部隊に配属したのは、間違っていなかったようですね。

 皆の心配を他所に、忠誠心を掴むのが難しい部隊の者たちを纏め上げ、しっかりと手柄を出してくれているじゃありませんか。

 このまま、彼女とあの副官だった軍佐に、彼ら機械部隊の指揮を続投して頂きましょう」




そんな中、会議に参加している将軍たちの話を割って、場をかき乱す発言が現れる。


「しかし…… 彼らのやり方はぬるいわ。

 敵兵1人討てなかったですって? 戦力としては撃破しても、生存していればまた反撃のチャンスを与えてしまうでしょう」


「全くだ。相手を完膚なきまでに殲滅させてこそ、カーディレット帝国の恐ろしさを焼き付ける事が出来る」



そう発言したのは、クレメンス将軍とグスタフ将軍だ。



「このカーディレット帝国の恐ろしさを植え付けるには、完全に叩きのめしてこそでしょう。

 フォルクマール総司令官。貴方も以前仰っていたわね? 力で完全に支配してこそ、真の平和が訪れると」



その言葉にぴくりと反応するフォルクマールを横目に置きながら、クレメンスはさらに続ける。



「また、諜報部の報告によると、テワラン天帝国とコリンドーネ共和国の他にも、密やかに水面下で

 結託する動きを見せる国が出始めているというわ。

 彼らは徒党を組み、我らカーディレット・ソルシエール・ノアプテの3ヶ国による同盟に対抗しようとしているのよ。

 これは、私たちに対する大いなる反乱の兆しよ。反乱の芽は、まだ小さいうちに、徹底的に摘み取らなければならないわ。


 この報告を受けて、まさか、あんな甘ちゃんな部隊だけに、広大なテワラン天帝国の攻略を任せるだなんて、

 総司令官殿は、お考えではないわよね……?」



ねっとりとした視線で、かつての発言をなぞらえながら、クレメンスはフォルクマールに呼び掛ける。

2人の鋭い視線が、暫くの間空中で対峙した。


そして、ふっとフォルクマールは視線を落とす。


「……確かに、敵の戦闘能力だけ奪い、復活の可能性を残すのは、彼らがまだまだ甘い証拠でしょう。

 もちろん、テワラン天帝国、それにコリンドーネ共和国も加わった一大勢力の相手を、機械部隊だけに任せようとは考えていません。

 騎竜部隊もまだ万全の状態ではありませんし、ソルシエール軍やノアプテ軍の協力も、まだ時間を要します。


 しかし折角、機械部隊が作ってくれた、彼の国への侵攻の足掛かりを、今ここで利用しない手はありません。

 密かに水面下で進めつつあった、我が軍の革新的戦力を、この戦線でお披露目することとしましょう」










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両陣営の衝突から、少しほとぼりが冷めた頃。


漆黒の夜空に極点星が弧を描く、ほぼ深夜の時間帯だというのに、何やらテワランの兵士たちが騒いでいる。

コリンドーネ側の陣地にいたアルバトロスは、何事だろうと喧騒のする方角へ歩んでいく。


「どこだ……あいつは一体、何処行った?!」

「ふぇぇん、どこにも見つかりませんよぉぉ……お願いだから出てきてー!!」


「一体これは、何事が起きたんだ?」


大勢で騒ぎ立てる兵士たちに、アルバトロスが問いかけた。

すると、テワランの兵士の1人、ホァホンが、起きがけの眠気まなこをこすりながら、状況を説明した。


「大変なんです、シャオフーが、どこにも見当たらないんです!!」

「何……?! いつぞや、リックスに攻撃を仕掛けた、あの少年か?!」


すると、彼の兄であるターシェンも、血相を変えて叫ぶ。


「あいつの武器も、森の地図もないんだ!

 ……もしかしたらあいつ、向かい側に潜んでいる帝国軍を討ちに行ったのかもしれない!!」

「そんな……まさか、たったひとりで!?」


たった齢12のまだ幼い彼の、思わぬ行動に驚くアルバトロスに、ターシェンは項垂れて嘆いた。


「今回の戦いにどうしても一緒に行くってきかないから、しょうがなく見習いのあいつも連れてきたんだが、

 その割に、帝国軍を目の前にしていながら、いつもより随分静かだと思ったんだ……

 決着がつかないからって、俺たちに何にも言わず、誰の協力も得ようとせず、たった1人で向かっちまったなんて……」


「無茶だ……丸腰でないとはいえ、帝国軍なんかにたった1人で立ち向かえば、たちどころにハチの巣にされるぞ!!

 それこそ、奇襲なんか仕掛けたら、やり返されて命を奪われても、文句は言えねぇ……!!」


森に潜伏している帝国軍に、たった1人で向かった事を聞かされたイーグルは、最悪の事態をも想定して蒼くなる。



ルトガーは、拳を握りしめて大きく振り下げ、地に伏して己を悔いた。



「くそっ!! もう少しあいつを注意して見ているべきだった…… 突拍子もない、無謀な事しやがって……!!

 あいつをここまで思い詰めさせてしまったのは、俺の責任だ……」






すると、コリンドーネ軍側からも、若い兵士たちが大急ぎで駆けてくる様子が見えた。


息を切らして走ってきたエリナとカヤが、イーグルとアルバトロスに急いで報告をする。


「大変です、隊長、副隊長!!

 リックスさんが、テワランの若い子を追いかけて、カーディレット軍が潜伏する向こうの森へと……!!」


「なにィィィィ?!!」


今度は、イーグルが机にダンと拳を振り下げて叫ぶ。

あまりの怒り様に、額に血管が浮き出る程、顔を真っ赤にしてイーグルは怒鳴った。


「どういう事だ?!! 命令もないのに、勝手な行動は許さんぞ!!!」

「落ち着け、イーグル。聡明なあの子が、そんな無謀な行動を、独断で敢行するとは思えない。

 何か理由があっての事なのか、エリナ、カヤ?」


怒り狂うイーグルを抑え、報告にきた怯える2人に、アルバトロスは落ち着いて問いかける。

すると、2人は互いに顔を見合わせて、小さく頷いた。


「はい……

 私たちはあの草原の端で、交代で見張り番を行っていたんです。

 そうしたら、草むらの陰から、あの少年が1人で向こう側へ行こうとしていたんです……」


「それに気付いた私たちが呼びかけようとしたら、振り切るように走り出してしまって。

 敵陣へ向かう彼を追いかけるべきか迷っていたら、リックスさんが私たちに、隊長たちへの報告を指示し、

 自分がすぐ連れ戻すからと、彼の後を追いかけていったんです……」



2人の身を案じて、エリナとカヤはそれまで見てきたことをひとつひとつ丁寧に伝えた。


「あいつが?!」


ルトガーは、シャオフーを追いかけたというリックスのとっさの行動に、酷く驚いた。


「無茶な…… 確かに、彼女は狙撃の腕も悪くないし、何より我が軍の数少ない魔法の使い手だ。

 やり方によっては活路を開けるかもしれないが、あの手勢に1人は……」


「……それでも、あいつはきっと放っておけなかったんだな。あいつらしいな……

 クソッっ、急いで救助のためのユニットを結成する!! ジャネット、ルヴェイン、俺と共に来い!!

 さっさと連れ戻して、2人共一発喝を入れてやらぁ!! アルバ、残された皆の統括を頼むぞ!」



エリナとカヤの話を聞くや否や、イーグルは防弾ジャケットを羽織り、銃兵隊でも指折りのスナイパーの2人に援護を頼むと

愛用のリボルバーピストルとポケットに入るだけの銃弾を詰め込み、その場を立ち上がる。


そんな彼を、アルバトロスとルトガーが慌てて抑えに入る。


「待てイーグル!! お前程の者がこの戦場を離れたら、残りの兵士たちはどうなる?!

 お前に万が一の事があれば、今後の作戦に大いに支障が出るのだぞ!! 分かっているのか!?」


「アルバトロスの言う通りだ!! 自分たちを率いるリーダーがいなくなっちまえば、

 兵士たちは何を心の拠り所とすればいい?!」


怒鳴りかかる彼ら2人に振り返ると、イーグルはとびきり不敵な笑みを見せる。



「……俺を誰だと思ってる? 戦場を駆け抜ける銀鷲の爪とは、この俺、イーグル様の事よ。

 一筋縄ではいかねぇって、あいつらに知らしめてやる。なぁに、簡単にくたばりゃしねぇよ。

 それに、ここには俺なんかよりもしっかりした、お前らが残ってる。大丈夫さ。」


そう言って、イーグルは2人の肩にぽんと手を置いた。



すると、それまでずっと思い詰めた表情をしていたルトガーが、ばっと音がする勢いで、頭を下げた。


「済まない!! シャオフーの勝手な行動は、俺のせいだ……アンタにこんな事までさせちまうハメになっちまって……

 だが、アイツを追いかけたリックスの事も、責めないでやって欲しい。

 無謀な行動に至ったあいつを、たった1人で助けに行ってくれたんだ。

 俺たちがここを動けない事をきっと、承知の上でな……

 もし、出来ることならば、シャオフーとリックスの2人を、無事に連れ戻して欲しい……頼む!!」


ルトガーはそれまで見せた事のない必死の形相で、イーグルに頼み込んだのだった。


すると、任せろと言わんばかりの笑みを浮かべ、イーグルはルトガーに強く頷いて答えた。



「あぁ。見てな。必ずあいつら2人をここに連れ戻してくるからよ!!」



そう置き台詞を残し、急いで駆けつけた2人の兵士と共に、イーグルは夜の闇へ向かって駆けていった。











一方、カーディレット帝国軍・機械部隊の陣地では。


傷ついた隊員たちの手当を終え、皆ひと段落して、交代で仮眠を取ったりしていた。


「あいつら、抜け駆けでこちらに撃ってこないよな……?」

「今ここで攻め込まれたら、俺たちもうアウトだぜ……」


敵側への監視を続けながら、もしもの襲撃を不安がって震える隊員に、ローレンツは彼らを落ち着かせるように言った。


「大丈夫だよ。彼らも先程の戦いで疲弊している。休息は必要だ。

 残弾数や燃料が僅かだというこちら側の状況さえ分からなければ、安易に攻めてくることはないだろう。

 このまま膠着状態が続けば、明朝には騎竜部隊に協力を仰げる。先程、通信兵に連絡を頼んでおいたからね。

 これだけ広い草原であれば、上空からの奇襲も行いやすい筈だ。ワイバーンたちの怪我が治っている事を祈ろう。」


「本当、俺たちだけで戦線を進めておけだなんて、上層部も随分な無茶ぶりだったよなぁ……」


「でも、皆の頑張りのおかげで、予定よりも早くここまで来ることが出来たんだ。感謝するよ。」


そう兵士たちを労い、暖かい薬湯を渡すローレンツの横で、ユリコはぼんやりと今日の事を振り返っていた。



「何だか……目まぐるしい1日だったわね……ふわぁぁ……」

「君も、ずっと集中したから疲れただろう。少し休息を取るといい。見張りは俺たちがするから」



流石に疲労が溜まったのか、大きな欠伸をしながらユリコは強張った手足を伸ばす。

ずっと銃を構え続けていたから、大分肩も凝っていた。

目の前に敵の陣地があるから、寝袋こそ広げる訳にはいかないが、丁度良さそうな枯れ木に身を凭れかけさせて

ユリコはクセーニヤと共に、うとうとと船を漕ぎ始めていた。







しかし、そんな彼女を、一発で目覚めさせるような報告が入ってきた。




「隊長、前方300メートル辺りの草むらに、動く影が見えます……!」



前哨の任務をしていたアクセルが、その視力の良さで、侵入者の姿を発見したのだ。





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